愛の唄 10

名前は当然だけど覚えていない、あれから数年経ったのだから、同じ様に変わって当然なのに、見覚えが微かにあるだけの彼らは肇を見て皆照れくさそうに笑みを浮かべて、迎え入れてくれた。
あの頃、壁を作って、わざと人を拒んだ自分の態度を少しだけ後悔している肇にそれでもくったくの無い笑みを返してくれる人達に肇はあの頃ならできなかった笑みを浮かべた。

「久しぶりに来てくれて嬉しいよ!」
「・・・・・他のメンツとはご無沙汰でもないけど、本当に久しぶりだよな。」
「少し、雰囲気変わった?」
矢継ぎ早に話されて戸惑う肇にそれでも笑顔の彼らにやっと貼り詰めていた糸が切れる様に緊張が肩から抜けていくのを感じていた。

そんな風にあの頃とは違う自分になれた一番の功労者にとても会いたくなった肇は「次の同窓会も必ず参加」を条件に二次会は断ると早々に懐かしい面々と別れタクシーに乗り込んだ。
今日だって会が始まる前まで会っていたのに、明日になればすぐ会えるのに、今すぐ会いたくて流れる街並みを眺めながら肇は数時間前に自分を送り出した人をひたすら思う。
逸る鼓動、すぐにでも会いたいと募る気持ち、それだけが肇の中をただ占めていた。


*****


階段を登るのももどかしい、チャイムを押し待つのも更にもどかしい、そんな逸る気持ちのままドアの前に立った肇は中で聞こえる物音に目の前のドアを一心に見つめた。
「はい、はい・・・・・どちら様〜?」
呑気な言葉と同時に開いたドアへと常には無い行動力で体を滑りこませると肇は目の前の人へとぎゅっと縋りつく。
ドアを開きかけたままいきなり抱きついてきた肇に識は驚きながらも笑みを浮かべる。
「早かったんだな・・・・・もっと遅いかと思ってたよ。 おかえり、肇。」
しがみついたまま何も言わない肇の背へとそっと手を伸ばし抱きしめ返すと識はそっと耳元へと呟いた。
「同窓会、どうだった?懐かしいとは思えた?」
「・・・・・識に会いたくなった。」
問いかけにただぽつり、と呟いたまましがみついた手に更に力を込める肇に識はその背を軽く叩くと「中に行こう」と肇を室内へと促す。それでも身動ぎしないまましがみつくその手をゆっくりと解いた識はその手を握り締め、背へともう一方の腕を回し促すようにゆっくりと歩き出した。

部屋に入ると繋いだ手に力を込めた肇が識を見上げてくるから二人で座れる様にと最近購入したソファーへと座る様促した識は自分も隣へと座りこむ。
「何かあった?」
繋いだ手をぴくり、と奮わせた肇はそれでも何も答えようとしないまま識にしがみついてくるから、そっと手を握り締めるとその背を優しく識はただ撫でる。
部屋に響く時計の音と身を近づけているからこそ、耳に直接響いてくる識の心音に肇はやっと微かな息を吐いた。
「・・・・・会えて嬉しいって言ってくれた。」
やっと呟いた小さな声に識は背を撫でる手を止めて胸元にしがみついている肇へと視線を向ける。
その視線に気づかないのか相変わらず胸元に顔を押し付けたままの肇は重たい口をやっと開く。
「あの頃の僕って、今もだけど・・・・・人と付き合うの苦手で、あまり良い印象だってもたれてないはずだから、もっと敬遠されるのかと思ってたんだけど・・・・・」
あの頃、確かに手を差し伸べてくれていた人の存在を、どうしてあれだけ拒めたのか理解できなかったのかに改めて気づかされたと肇はゆっくりと語りだした。
「・・・・・気づけたのは識のおかげかな、って思ったら・・・・・識に会いたくなって・・・・・・」
俯いているから識の視界に映るのは頭の上と耳たぶだけで、その耳が擦れた呟きにどんどんと赤くなるのを見て識はただ笑みを浮かべる。
「俺に会いたかった?」
言いながら背に回していた腕に力を込め引き寄せる識を肇はそっと見上げ頷くと赤くした顔のまま笑みを浮かべるから、識は何も言わずに顔を近づける。
言葉よりも何よりも今伝えたいのはその温もりでもっと深く感じたくて仕方なかった。
それは二人共が同じ気持ちだったらしく、肇は近づいて来る識の目の前でそっと瞳を閉じた。
軽く触れ合った温もりはどちらからともなく深く交わっていった。


*****


「そういえば、会わせたい人がいるんだ。」
ベッドで互いの素肌を抱きしめあい温もりに包まれていた肇は思い出した様に識の腕の中呟いた。
「・・・・・会わせたい人?」
「うん。・・・・・同窓会でね、識の話をしたら会いたいって言われた。」
帰り際、結城に言われた一言を今更思い出し、肇はゆっくりと呟いた。
「誰に?」
「・・・・・えっと、友達!小学校から高校まで同じであの頃の僕を色々フォローしてくれた人なんだけど、会いたいって言われた。」
「・・・・・何で?」
驚く識にぴったり、と身を寄せた肇はさぁ、と良く分からないのか同じく首を傾げてくるから、識はそっと溜息を零すと本当に不思議そうな顔をしたままの肇の頭をそっと撫でる。
「何で、その話になったわけ?」
「・・・・・一番最初に識の話したからかな?・・・・・帰る時に言われたんだよ、本当に突然に。」
呟いた肇は帰り間際の友人を思い出す。

「僕、これで帰るから、またいつか。」
「・・・・・またいつかって、お前らしい。・・・・・・そうだ、俺、お願いがあるんだけど。」
「え?・・・・・何の?」
「友達に会ってみたい! お前を変えた奴に会ってみたいんだよね。」
「・・・・・識に?」
「もちろん相手の都合に会わせるから、興味あるだけだし、ね。」
戸惑いながら呟く肇の前で結城は滅多に見せない優しい笑みを浮かべたまま珍しく話す。
だから、断る最もな理由も見つからなくて肇は相手の了承があればと頷いた。

「携帯の連絡先も教えてくれたんだけど・・・・・・識?」
「・・・・・何か、先生と会う保護者の気分?」
「何だよ、それ」
「いや、保護者同志のご対面なのかな?・・・・・・何か、会うのが怖いよな・・・・・」
ぶつぶつと呟きながらも既に会う気はあるらしい識の言葉の数々に肇は苦笑を浮かべるとそのまま瞳を閉じる。
心地よく感じる体に伝わる識の呟きは次第に遠くなっていったけれど温もりだけはずっと感じていた。


やばい終わらない。もう少しお付き合い下さい。

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