愛の唄 9

一度体を重ねてしまえば、それまで認めるのも不安だった心も憑き物が落ちた様に軽くなり、夢の内容を思い出した今は夢に魘される事もなくなり、少しづつ会社での肇は意思表示出切る様になった。
かといって、本来の性格が変わるわけではないけれど、周囲の肇への接し方は前よりも良くなってはいた。
「だから、俺は出ないから、誘うな!・・・・・合コンには興味ないし・・・・・・」
「・・・・・ほんの少しでいいから、顔出す程度でもいいから、頼む!! 人数合わせだと思って、お願い!」
仕事にやっと区切りがついた肇は一足先に食事へと向かった識を探して、がやがやと煩い中、識の声を聞きつける。
うんざりした声で呟く識に必死にお願いしているのは、いつぞやの合コン企画を持ち込んだ同僚だった。
両手を合わせ拝むように頭を下げる同僚に眉を顰めはしたけれど、識は再度断ろうと口を開きかけ成り行きをただ立ったまま見ていた肇と視線を合わせる。
「断るったら断る!・・・・・他のヤツ探せ、じゃあな!」
そのまま席を立ち、近づいて来る識に肇は躊躇いながらも少しだけ笑みを浮かべる。
「・・・・・いいの?」
「いいんだって、他の所で食べよう!」
問いかける肇の視界にはしょんぼり、と肩を落とした同僚が映る。
戸惑いの目を向けてはみるけれど、識は腕を引き肇を促しさっさとその場から出て行く。

「少し、可哀想な気がするんだけど・・・・・・」
「良いんだって!・・・・・肇も誘われたら断れよ! 俺は客寄せパンダじゃねーって!」
外に出て、会社の近くのレストランへと足を踏み入れた二人は早々にメニューを頼む。
メニューが来るまでだと煙草を取り出した識に肇は手持ち無沙汰なままもう一度問いかける。
「客寄せパンダって・・・・・それだけ、識が出ると参加者が増えるんだから、良い事じゃん!」
「・・・・・どこが? 飲み会なら良いけど合コンは当分パスだな、必要ないし。」
ね?、と笑みを向け問いかける識に首を傾げた肇は段々とその意味に気づき視線を外すと俯いた。
そんな肇の耳に識の微かな笑い声が聞こえますます顔を上げる事が出来ないまま、頼んだ食事が来るまで肇は必死に火照る頬を両手で押さえていた。


*****


最近は頻繁に識の部屋に泊まりそのまま会社に行くパターンが増えてきたので、識の部屋には肇の私物もこつこつと増えていた。
それでも流石に着替えが足りなくて、久しぶりに帰った自宅の郵便受けに溢れるように入った新聞紙、そのほか諸々を慌てて引き抜くと肇は逃げる様に自宅へと入る。
久々の自分の部屋なのに、識といる温かい部屋が恋しくなりながらも新聞紙をまとめてある場所へと中身を見る事なく置くと、溜まった郵便物を無造作にテーブルへと放り投げ、鞄を持ったまま着替えに寝室へと向かう。
部屋着に着替えると冷蔵庫の開け、ビールを取り出した肇は冷蔵庫の中にほとんど物が入っていない状態なのに苦笑を浮かべる。
そのまま識の部屋からの帰り間際、「一緒に暮らそう」と言われたのを思い出し一人顔を赤くする。
会社に行くのも、どこかへ出かけるのも識の部屋からの方がとても近い。
なるべく安くそして静かな場所を条件に探し出した肇の部屋は会社に通うのも、どこかへ出かけるというのも駅までバスで30分と、かなり遠い。
ちなみに識の部屋は駅まで徒歩15分と考えるまでもなくかなりお得だ。
移動するのに便利な場所に馴染むと自分の部屋だから居心地は良いけれど、帰るまでがとても億劫だった。
そんな事を考えながらビールを持ちテレビの前に来てから、肇は郵便物を忘れた事に気づくとテーブルにビールを置くと慌てて取りに戻った。
くだらないダイレクトメールや電気、ガス、水道料金のお知らせの手紙、携帯電話の料金などをぱらぱらと見ていた肇はぽとり、と落ちたはがきを無造作に取り上げ、まじまじとそのはがきを見つめ直した。
「・・・・・同窓会?」
学生時代はほとんど友達と呼べる人を作る事は無かった。
それは小学校でのトラウマも原因だけれど、元々内向的な肇は人付き合いが苦手で、更に近寄り難い雰囲気を作り出していたから、あまり良い思い出なんて一つも無かった。
中学はほとんど小学校からの持ち上がりだけど、高校になると周りには肇を知らない人が増え、更に孤独な自分でいたのを思い出しはがきを持ったまま微かに眉を顰めた肇は頭を振るとはがきを放り投げるとビールをごくり、と飲み込んだ。

「同窓会?・・・・・・へーっ、いつの?」
「・・・・・高校の時、その頃の奴らがお祭り好き多くて、僕はほとんど不参加だったけど、何かクラスを盛り上げるとか色々イベント企画したりしてたみたいだよ・・・・・・」
「めちゃくちゃ他人事だな。 案内のはがきが来るって事は肇もクラスの一員だって事だろ?」
「・・・・・僕、興味ないし・・・・・・」
ごろごろとクッションへと顔を埋めたまま転がる肇に識は苦笑を浮かべる。
最近は少しづつだけど、他人と関わろうとしてくれるけれど、出会った当初の人を遠ざける態度を全面に出しているのが普通なら、学校は肇にとって苦痛以外の何者でもなかったのだと識は思う。
「・・・・・行って見れば?」
「何が?」
「・・・・・同窓会。あの頃と今の肇は少しは変わったって証明してこいよ。」
「やだよ、名前もろくに覚えてないのに、話したのもほんの数人と義務的な話だけだし・・・・・」
愚図る肇の頭を撫でながら識は溜息を零す。
その識の態度にクッションに埋めていた顔をそろそろと上げ様子を伺う瞳にもう一度識は苦笑を浮かべる。
「昔の肇じゃないだろ、少しは変わった、だろ?・・・・・昔は話せない人ばかりだとしても、きっと、俺みたく肇に近づきたいと思っていたヤツだっていたかもしれないだろ?・・・・・成長するんだろ?」
強引にずかずかと肇の中に踏み込んできた人は短い人生の中では識が初めてだと内心思いながらも、肇は渋々頷いた。
成長している自分を識が誇らしく思ってくれる事が今の肇にはとても嬉しいことだから。
頷いた肇の頭をがしがしと撫でると笑みを浮かべた識が顔を近づけてくるから、瞳をゆっくりと閉じた。


*****


ドキドキと高鳴る胸を手で抑え、肇は今すぐにでも戻りたいと願う足を必死に前へと進ませた。
待ち遠しくない日に限って、早く来るのはどうしてだろう?
どんな人の上にも時間は平等だと良く言うけれど、そんな事はないと思いたいくらい、来て欲しくない日だった。
同窓会のはがきをバッグから取り出し、何度も場所を確認したそれをもう一度確認するとやっと顔を上げる。
今にも不安で押し潰れそうな胸をぎゅっと握り締めた肇は会場になる場所へと足を向ける。

場所の下準備は実はこの日が来るまでに識と何度もした。
識に選んでもらった服や靴、持ち物全て、それから姿。
広いロビーの片隅に置かれている鏡の前へと歩きもう一度肇は自分を確認する。
「完璧!」とVサインと笑顔で太鼓判を押した識を思い出しながら鏡に映る自分を肇はまじまじと見つめる。
この日の為にと眼鏡をコンタクトに変え、少し髪も短くして、重い黒髪を自然に見える茶色に染めてみた。
スーツも新調、靴も鞄も識の見たてだ。
鏡に映る自分を見つめたまま肇は深く大きな深呼吸を繰り返し鞄を持つ手に力を込めると重い足を今度は躊躇う事なく前へと進めだした。

見慣れない顔ばかりの集団から肇が入った途端にざわめきが起こり肇は出された出席の名簿へと目を向けながら一瞬で変わった空気を肌で感じた。
見覚えなんてほとんどない、学生の頃はいかに他人と目を合わせないようにするかが日常だった肇だ。
内心やっぱり来なきゃ良かった、と行けと促した識を恨みたくなる。
一応、クラスではまともに話した事ある顔を見つけた肇はそのまま彼の元へと歩いていく。
「・・・・・あの、久しぶり。結城・・・・・」
躊躇いながらも手を上げ話す肇に人懐っこいとは程遠い彼は少しだけ口元を上げると頷いた。
「元気してたか?」
「・・・・・うん、みての通りだよ。結城は相変わらず?」
「まぁな。・・・・・そういや、眼鏡は?」
「うん、コンタクト・・・・・変かな?」
「肇の素顔、まともに見たの小学校以来だよな。・・・・・なんか、懐かしい。」
今度こそ笑みを浮かべる彼に肇は言葉もなくただ顔を赤く染め俯いた。
クラスで唯一まともに話せた結城は小学校の肇を知っていたんだと、今更思い出す。
人見知りが激しい所や内向的な肇の性格を唯一知っている目の前の彼はあの頃、良く肇のフォローをしていてくれたのだと今更思い出す。
「・・・・・・会社で出来た友達に勧められたんだ。」
「友達?」
「うん、凄く世話焼きで色々お世話になってる。料理も上手だし、完璧な人って彼の事だと思うんだ。」
肇が識を思い浮かべ嬉々とした表情で話すのを結城は黙って見た後、吹き出すように笑いだした。
「・・・・・・結城?」
「いい奴と会えて良かったじゃん。・・・・・肇には強引なヤツが良かったんだな。」
笑いながら告げる結城の最後の言葉の意味が分からなくて首を傾げる肇の肩を叩いた彼は背を押すと集団へと向かいだした。
「結城!?」
「・・・・・せっかく来たんだから他の奴にも挨拶しようよ、さっきからあいつら興味津々でこっち見てるんだぜ。」
集団へと顔を向け、すぐに肇へと笑みを向ける彼に躊躇いながらも押されるまま歩き出した。
忘れていた感覚が結城の一言で肌に思い出させる視線の針。
大丈夫、何度も自分に言い聞かせながら肇が思い出したのは自分を褒めた時に見せた別れ際の識の笑顔だった。


終わらない・・・・・; そんなわけでまだ続きます(笑)

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