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 「はじめまして、結城穂積(ゆうきほずみ)です。」 
「こちらこそ、はじめまして、美咲識です。」 
丁寧に頭を下げて挨拶してくる結城に隣りで識が畏まった様に姿勢を正し頭を下げるから肇は一人、こっそりと苦笑を浮かべる。 結城に連絡するととんとん拍子にこの日が決まった。 あまり大仰な席もなんだから、と用意したのはこじんまりとした居酒屋なのに、二人共緊張しているのか微妙に空気は貼り詰めていた。 
「とりあえず、何か頼もうよ。」 
場の雰囲気を壊すようなのんびりした肇の声に立ち尽くしたままの二人もやっと席へと座る。
  
「・・・・・・じゃあ、高校時代は今に拍車をかけて暗かった?」 
「うーん、暗いというか、誰とも話さないというより寄せ付けない?」 
「あれま、それじゃ話し掛け様とする奴もいなかった?」 
「頑張った奴らもいたんだけど、ほら、とことん拒むから。」 
「なるほどね。」 
お酒が入ると同時に互いへの緊張も解れてきたのか、肇そっちのけで識と結城は高校時代の肇の話題で盛り上がっていた。いまひとつ入り込めないままひたすらお酒を飲み続ける肇に識がやっと顔を向ける。 
「お前、飲みすぎ・・・・・もう少し、話に入れ!」 
「・・・・・僕の過去話なんて聞きたくないよ。」 
唇を突き出しむくれる肇に結城は吹き出した様に笑いだす。 
「・・・・・・何だよ!」 
「凄い、肇と会話が続く奴なんてあの頃はまじでいなかったのに。」 
「はぁ?」 
眉を顰める肇の前で結城は尚も笑いが止まらないのかそのまま識へと顔を向ける。 
「本当に友達なんだって少し安心しました。・・・・・俺はほら、幼馴染だし、肇の性格も分かってるけど、会社でも分かってくれる人がいるのはきっと心強いと思うから。」 
これからもよろしく、と改めて頭を下げてくる結城に識は笑みを浮かべ頷いた。その横で呆然としている肇を見た二人は顔を見合わせると同時に吹き出した。 
  
***** 
  
居酒屋を出て電車で帰るという結城を二人は見送る為に近くの駅へと来た。 休憩所で名残惜しそうに尽きない話をしていた結城が時計へと視線を向けるから同時に立ち上がり改札口へと向かう。 
「良かったら、また飲みましょう!」 
「はい、また。・・・・・今夜は楽しかったです。」 
実家暮らしなんだ、と笑みを浮かべる結城は地元の会社に就職したらしく、週末は良く中学の同級生と飲むらしいと聞いていた。 ほとんど小学校の持ち上がりの中学の同級生とは肇も実家に帰ればたまに遊びの誘いを受けたりする今でも仲の良い友達が何人もいる。 
「肇も、たまには実家に帰って来いよ、おばさん、結構心配してたし。」 
「うん。次の連休には帰るから。」 
「連絡待ってる。・・・・・じゃあ、また。」 
「うん、またね。」 
「また今度!・・・・・是非また飲みましょう!」 
手を上げ改札を抜けていく結城の背後へと識が叫んだのを最後に人ゴミにまぎれた後姿は見えなくなっていた。 
「俺達も帰ろうか。」 
暫く改札口に立ったままでいた二人は識の言葉でやっと自分達の帰る場所へと足を向け歩き出した。 家に帰るまで何となく無言の肇に識もあえて口を開く事もなく、当然の様にその日も識の部屋へと向かっていた。
  
「何か、久々に楽しく飲んだ気がする。」 
部屋に着くと大きく伸びをして呟く識に肇は笑みを向ける。 
「本当に僕の過去の話で盛り上がってたよね。」 
「・・・・・肇の友達に会えて嬉しかった。俺も認めてもらえたし。」 
「はい?」 
「結城にちょっと気づかれたっぽいし。」 
「何を?」 
「俺達、ただの『友達』じゃないって。・・・・・多分だけどね。」 
これからもよろしく、と頭を下げてきた結城の様子がただの友達に送る言葉じゃない気がしたと呟く識の前で肇は結城の顔をつい思い浮かべる。 昔から結構聡かった気がする、良くフォローされていたあの頃から、一歩先を見ているそんな彼だった。 
「・・・・・結城、広める人じゃないし。」 
引き攣った笑みを浮かべ呟く肇は次に会った時には問い詰められそうなのを今から覚悟しておこうと心にひっそりと誓う。そんな肇の心を見透かした様な笑みを浮かべた識は彼を手招きすると腕の中へと抱きしめてくる。 
「識?」 
「・・・・・次に会う時はラブラブ宣言しとかないと、な。」 
「何だよ、それ。」 
「ちゃんと、幸せにしてます宣言しとかないと、心配するじゃん。」 
幼馴染なんて兄弟みたいなもんだし、と呟き顔を近づけてくるから、苦笑しながらも肇は瞳を閉じた。 
  
***** 
  
「これは終わりました。・・・・・それから、これは木崎さんのお仕事だと思いますのでお返しします。」 
書類の上にもう一つ書類を重ねながら話す肇に木崎はむっとした顔で見上げてくるけれど、書類を奪うように受け取ると後は見向きもしない。当然何も言わない彼に礼儀は忘れずに、頭を下げると席へ向かう肇は偶然目が合った社員にそっと親指を立てて向けられるからそっと笑みを返した。 本当に少しづつだけど、自己主張が出来るようになった肇に同じ部署の社員達は識を筆頭に屈託なく話しかけてくれるようになった。 相変わらず木崎とは業務上の付き合いしかないけれど、別に不満は無かった。 押し付けられる仕事の大半をそのままスライドして返せるようになったのは肇にとってもいい傾向だった。 
「お昼、行ってきます。」 
「はいはい、ごゆっくり〜」 
散乱していた机の上を簡単に片付け、丁度目が合った隣の席の社員に一言告げるとPCの画面を見ていた彼は肇に顔を向けると笑みで答えてくれる。 軽く頭を下げた肇はそのまま席を離れると、ポケットに入れたままの携帯を開く。 『食堂で待つ 識』 簡単な一言に笑みを思わず浮かべた肇はそのまま食堂へと向かいだした。
  最近日課の様に纏わりつく同僚にうんざりと溜息を零した識は今日も変わらない押し問答を続ける。 
「だから、行かないって!くどいよ、お前!!」 
「・・・・・美咲君が行くと女子の参加率高いのですよ!・・・・・・お願いします!!」 
「嫌だ!ほら、ご飯がまずくなるから、いい加減他当たれ!」 
本当に嫌そうに眉を顰めたまましつこい同僚を手で追い払う識に苦笑を浮かべた肇はトレーを持ったままその場へと向かう。 肇にいち早く気づいた識は手招きすると席へと肇を促してくる。 
「ごめん、遅くなった?」 
「いや今食べはじめたばかりだから。それより、悪いな、相変わらずうるさくて。」 
トレーを置き隣へと座りながら問いかける肇に頭を振り、眉を顰め呟いた識に苦笑を浮かべる肇の前で同僚は唇を突き出してくる。 
「聞こえてるから、高見はどう?」 
「いつもの合コン?・・・・・止めとく、興味ないし。」 
ほらみろ、と呟き嫌味な笑みを浮かべる識に悔しそうな顔で目の前の丼をつつく同僚に肇は「本当にごめんね」と更に謝る。 
「いいから、ほっとけ。・・・・・早く食べて他の奴、探せよ!」 
「・・・・・・美咲のけち〜!」 
食事を本当にゆっくりと食べる同僚を急かす識に彼は尚更ゆっくりと箸を運び出した。
  
「本当にあいつ、合コンの話しか持ってこないよな。」 
食事を終え、早々に同僚を見捨て肇を連れ出した識は歩きながらぼそり、と呟いた。 
「いいじゃん、本人はそれが生きがいみたいだし。」 
「言うようになったじゃん。まぁ本当に生きがいというかあいつ趣味合コンとか言い出しそうだよな。」 
会うたび『合コン』しか言わない同僚を思い浮かべる識に肇は何も言わずにただ苦笑する。 
「そういえば、今日の夕飯は何が良い?」 
「え?・・・・・あ、っと・・・・・カレーライスが食べたいかも。」 
「カレーですか。そいじゃ、識特製カレーでも。うちのは野菜盛りだくさんですから。」 
「本当?・・・・・楽しみにしてます。」 
ひっそり、と呟く肇に識もこっそりと親指を立てると二人顔を見合わせ笑いだした。 毎日が本当に楽しいと思える日々を過ごす、そんな当たり前の日々をくれた目の前の人に肇は更に感謝もこめて再度笑みを浮かべた。 
 
 
目指せ「純愛」そして成長物語がテーマでしたが無事に終わりです。 この二人はかなり甘い二人になりそうかな、とそして番外とかで書きそうです。はい。
 
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