愛の唄 6

名前をつけたくない、認めたくないこの気持ちをそっと仕舞いこんで肇は形だけの笑みを今日も作る。
見破られはしないだろうかと、識の顔を見る度に高鳴る鼓動の音を気にする肇に識は疑問を顔に出しながらも深く問いかけては来なかった。
ただ肇を見る瞳がいつでも「悩みは聞くから」それだけを訴えていたけれど。

「合コン?・・・・・お前、相変わらず、好きだね〜」
眉を顰め話を持って来た同僚へと呆れる声を返した識に彼は唇を尖らす。
「大きなイベントが迫ってるのに、独り身は寂しくないか?」
「・・・・・たまには静かにのんびり過ごせるから、いいじゃんか。」
「うわぁーー!!聞きました?・・・高見なら分かってくれるよね。独り身のイベント日は寂しいっていうか、侘しいだろうって・・・・・。」
丁度お昼時。
騒がしい中に一際声が目立ち、識の姿を見かけ近づいて来た肇はいきなり話を振られ何の事か話の発端が分からないまま笑みを浮かべる。
賛同を得たと思ったのか彼はそのまま肇の肩をがしっと掴み顔を近づけてくる。
「・・・・・・あの、何?」
「高見も合コンで今年は彼女を手に入れようぜ!・・・やぼい眼鏡を外したら、彼女が見つかる、そうしよう、なっ!!」
強引に押し切られ肇はついこくこくと勢いに乗せられて頷く。
その姿に気を良くした彼は「詳しい事は後で話すから〜」と風の様に去っていく。
まるで、台風一過の様な食堂で肇はとろとろと席へと手をかけた。
「合コン、参加するのか?」
「・・・・・合コン、って何の?」
「・・・・・・やっぱりまともに聞いてなかっただろう。あれは合コンのお誘いだよ。」
溜息をこれみよがしに吐きながら答える識に肇は呆然と口を開く。
「まぁ、頑張って。是非、彼女を手に入れて来いよ。」
「・・・・・識、は・・・行かない?」
「今は仕事で手一杯だから、彼女に時間は割けません。」
無情な態度で食事を再開する識の前、肇は頷いた自分に後悔を抑えられないまま溜息を零した。

「本当に行くのか?」
「頷いたのは僕だし、行かないと、彼にも悪いから・・・・・」
夕飯の誘いを断る肇に識は少し眉を顰め問いかけるから頷くと淡々と答える。
何度もネクタイを結び直し、最近はぼさぼさから少しはまともになってきた髪を撫でつけた肇が帰り支度を始めるのを識は黙って見ている。
「・・・・・じゃあ、僕行くから。食事はまた今度・・・・・楽しみにするよ。」
まだ隣りに立つ識へと少しだけ笑みを向けると肇はコートを着込み鞄を手にした。
無言のままの識に「それじゃ、お先に。」ぽつり、と呟き横を通り、まだ仕事で残っている同僚へも挨拶を交わし肇は独り会社を出る。
外へ出るとコートの隙間から入り込む風が冷たくて肇は吐息を漏らすとそのまま歩きだした。
本当は寸前まで合コンを迷ってはいた。
実は今もまだ迷ったままだ。
だけど、燻る気持ちに名前をつけたくない肇にはこのままこの思いをただの勘違いにするにはいい機会だと思った。
これがきっかけで、棚からぼたもち気味に彼女が出来ても、もちろんこんな不順な動機ではできない確率の方が多いけれど、不自然な思いを少しでも軽くできるのならそれで良かった。


*****


合コンという名の肇にとってはただの気晴らしの飲み会になるはずだった。
なのに、隣りに座る人を見て気づかれない様に肇は溜息を吐くと目の前のグラスを一気に押し込んだ。
「合コンって、普通の飲み会とは違うと思うのは俺だけかな?」
「・・・・・文句だけなら向こうに戻れば?・・・・・かなりの人気じゃないですか。」
便器とお友達になりながらも、小さな声で呟く肇に識は微かに笑みを浮かべただけで背後へと身を屈めるとその背を軽くぽんぽんと叩く。
「何だよ、不満そうだな。・・・そんなに、俺、邪魔?」
「・・・・・別に。」
同い年なのに何故かかなり子供扱いされているみたいで肇は唇を少しだけ尖らせたまま識から顔を逸らす。
視線からできるだけ逃れる為だけに俯くと喉元まで迫上がってきていた吐き気に苦しそうに呻きだす肇に識は苦笑を浮かべたまま何も言わずにその背を優しく擦りだした。
吐いても吐いても止まらない悪寒で苦しいのに、擦られている背が異様に熱くて仕方なかった。
合コンの意味は肇だって知っている。
いつも行われる気楽な飲み会とも違う事、こんな風に醜態晒すほど飲まないのが男の意地や沽券やプライドに関わる事、ただ惨めで情けない姿を晒した自分の評判は更に悪くなる気がした。
だけど、隣りに感じる体温に飲まずにはいられなかった。
認めたくない気持ちを、名前をつける事もなく胸の奥未だに燻るこの気持ちをより強くさせる、そんな温もりを欲してしまいそうになる自分を止める為、気を散らすには飲むしか浮かばなかった。
同性ともまともに話せない自分が異性とまともに話せるはずが無いと分かっていたのに、どうしてこんな所に来てまで、こんな醜態を晒しているのだろう、と思うと苦しさとは別の意味で情けなくて目元に涙まで浮かんでくる。
忘れたいはずの人が来る予定じゃなかったから、少しでも異性に惹かれる真っ当な思考の自分だと証明したくて来たはずなのに、現実はそんなに甘くなかった。

「肇?・・・・・白湯でも貰ってこようか? 顔色、かなり悪いぞ・・・酒、弱いのに何、飲みまくってんだよ。」
少しだけ楽になってきた、というよりもすでに吐けるほとんどのモノはほとんど便器へ水と共に流してしまった肇は口の中がまだ微妙に粘つくのと、吐くのに使った変な力のせいで便器に寄りかかる様にして俯いている。
そんな肇の冷や汗で額に張りついた前髪を直してくれながら問いかける識に残った力で無言のまま肇は首を振る。
「肇!」
「・・・・・このまま、帰るから良いよ。識はだから戻りなよ。いつまでも僕に付いてなくていいから・・・」
力なく呟く肇に識は立ち上がると無言でトイレから出て行く。
少しだけ、顔を上げぼんやりと見つめた後姿に怒らせたかな、と思うけれど、でも自分に構っていては合コンに来た意味が識にこそなくなるだろう気がした肇は便器から重い頭を上げると壁へと押し付ける。
ひんやりとする感触が気持ち良くて溜息を零した肇は強烈に襲ってきた眠気を必死に堪えて壁ごしに立ち上がる。
まだ少しふらつく体で、トイレの手洗いの場所までよたよたと歩き出し、洗面台に映る顔に再度溜息を零した。
分厚い眼鏡に顔の半分は覆われ、ぼさぼさだった髪は何とか形だけは整えてはいるけれど、大して変わらない見飽きた顔は吐いたせいなのか、普段から顔色はそんなに良い方じゃないのに、更に青白く、自分でも気味が悪くて眼鏡を取ると水で顔を洗いだした。
「ほら、タオル。あったかいの借りてきた。・・・・・それとコートと鞄も。帰る事も伝えてきたよ。」
背後からの声に顔を上げるとタオルを差し出す識の姿が鏡に映り肇は振り向いた。
帰り支度を既に整えた識の少し怒った顔に肇は声にならない微かな呟きと共に息を吐き出した。
「・・・・・・何で?」
やっと吐き出した擦れた呟きに答えないまま識はタオルを肇の顔に押し付ける。
じんわりと広がる温もりに微かに漏らす吐息を聞きながら識はまだ歩くとふらつく肇の腰へと腕を回すと歩き出した。
入り口で店員に借りたタオルを返すと、腰を支えたまま識は外へと出る。
肇と共に目の前に止まったタクシーへと乗り込むと二言、三言運転手と会話する識の声もタクシーの座席に座った途端強烈な眠気に襲われた肇には何を言っているのかも聞き取れなかった。
そのまま意識が薄くなっていく肇を温かい温もりがしっかりと支えていた。


*****


二日酔いでがんがんと痛む頭を抑えながら薄っすらと開いた目に映った場所が自分の部屋じゃなくて肇は起き上がると辺りを見回す。
見覚えある他人の部屋、ここが識の部屋の寝室だと気づいた肇はベッドに寝ている自分の服がお泊りも最近するからこそ置いてある服になっているのに気づいた。
痛む頭を抑え考えてみても、タクシーに乗ったまでしか肇の記憶の中には無くて、おそるおそる起きだした肇はベッドから出ると隣りの居間へと向かう。
「おはよう、気分はいかがでしょうか?」
「・・・・おはよう。あの、僕・・・・・」
「話があるから、ここに座って、ほら・・・・・早く!」
ソファーの上、寛いだままテレビを見ていた識は肇に気づくと笑みを向ける。
それは爽やかな笑みと違う、少しだけ何か含みがある様なそんな意地悪そうな笑みに襖の前、固まる肇に識は自分の隣りを手でぽんぽんと叩きながら促してくる。
そろそろと近寄るとなるべく離れてソファーの端へと座る肇に識は身を起こすと体ごと近づいて来る。
「ごめんなさい、僕、識の邪魔までして、本当にごめんなさい!!」
とりあえず謝るのが先だと必死に頭を下げる肇の前で識は大きな溜息を零した。
顔を上げると苦笑を浮かべる識の顔が目の前にあり、肇はびくり、と肩を揺らした。
「・・・・・あの・・・怒ってないの?」
「何に?」
「だから、そのここまで運んだの識だし、服変えたのも識、だよね?」
「まぁ、タクシー乗った途端に眠ってくれた誰かさんはみかけより重くて苦労はしましたけど・・・でも、俺の邪魔って何?」
視線を真っ直ぐにぶつけてくる識から少しだけ視線を逸らすと、肇は俯いたまま口を開いた。
「・・・・・合コンでの彼女お持ち帰り、僕が邪魔したから・・・何も識まで帰る事なかったのに・・・」
「俺、別に彼女いらないし合コンにもあまり興味ないけど?」
「・・・・・・だって、参加したって事は彼女・・・欲しかったんじゃ・・・・・?」
その言葉に顔を上げると不思議そうに小さな声で呟く肇の目の前で識は肇から視線を逸らすと盛大な溜息を零した。

「俺、彼女が欲しいなら自力で見つけるよ。ああいう所に来る女って、結構遊んでるのが多いから、お手頃なら構わないけど、今は興味ないし。」
「なら、何で?」
「お前が参加するっていうから・・・だから、何で気づかない?・・・・・俺、結構尽くしてんのに!」
「は?」
「・・・・・自覚するの待ってたら、俺が持たないよな。やっぱり、こういうのは先に言ったモン勝ちだよな、多分。」
ぶつぶつと呟きながらも、識は顔を上げると肇の肩を引き寄せそのまま腕の中へと包みこんだ。
自分が今居る場所、抱きしめられているその事に気づき呆然と固まる肇の頭へと顔を摺り寄せると識は更に背へと回す腕の力を強めてくる。
どうしてこんな事態になったのか理解できないまま、ぐるぐると頭の中で回る疑問を処理できない肇は焦がれた人の腕の中言葉を発する事も出来ず、ただ固まる。
窓から差し込む光、ちゃんと感触ある腕の温もり、夢じゃない事を微かに認識した肇はそっと胸元へと頬を押し付ける。
自分とは違う他人の体温、鼓動、嗅ぎ慣れた匂いに肇は瞳を閉じる。
これが夢幻では無い事を確かめるかの様に耳を規則正しく打ち鳴らす心音へと押し付ける。


すいません、識さんが持ちませんでした;
でも、これで進展してくれそうな気がしないですかね?

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