「蓮さん!・・・下の階にあいつが!」 「・・・あいつ?・・・まさか、あっちから?」 猛然と駆け込んで室内へと叫ぶ男の言葉に蓮は顔を上げるとぼそり、と呟いた。 そうして視線をもう一度床に座り込んでいる青年へと視線を向けた。 血が滲んだ唇、顔に幾つもある痣、服も乱れ所々ほつれ血だろう赤黒い染みまでついている青年の前へと蓮は屈みこむ。 「・・・祐樹、お前のおかげで向こうから来てくれたよ。感謝するべきかな?」 「・・・蓮さん・・」 血の滲む口元へと手を当て顔を上げさせると問いかける蓮に青年は痛みに眉を顰める。 小さな声で呟く青年から手を離すと蓮は先ほど部屋へと駆け込んで来た男へと顔を向ける。 「そのまま通せよ。ここまで案内してもいい。・・・後は任せる。」 「・・・わかりました!」 頭を下げ部屋を出て行く男を見送り蓮は立ち上がると窓へと顔を向ける。 稲光だけが差し込む暗い外を眺めた蓮の口元には笑みが浮かんでいた。 「久しぶり、やっと会えたな。」 薄暗い室内には階下と同じくゴポゴポと鳴る音と青白い光だけが照らしていた。 良く見なくても存在感のある大きな水槽の側から窓を眺めていた人影が室内へと足を踏み入れた薫へと話しかけてくる。 「・・・門倉」 眉を顰め名を呟いた薫へと振リ向いた蓮はゆっくりと彼へと近づいていく。 「何が目的でこんな事を?」 「・・・目的?・・何の事かな?」 「ふざけんなよ!・・・俺の真紀を傷つけるのは違うだろ?」 「・・・どうせ、お前の手つきの子だろ?・・・弟に手を出すなんて相変わらず節操ないよな。」 「あれは俺の『本命』だよ!・・・俺のものを傷つけて何ひとつナシですか?」 両手を握り締め喰らいつくかの様な鋭い瞳で蓮を睨みつけてくる薫に蓮は淡々と言葉を返しながらも一定の距離をとって立ち止まる。 「有紀が君を欲しいというから邪魔なものを排除しようとしたんだけどね。逆効果だったかな?」 「ふざけんなよ!・・・俺はお前の本命に興味はないって言わなかったか?」 「でも、有紀は君が良いそうだ。・・・俺はあの子の願いを叶えてあげたくてね。」 のんびり、と語る蓮に薫は唇を噛み締める。 話が全く通じない気がして隣りでただ黙って立ち尽くしている広海へと視線を向ける。 諦めた様に頭を振る広海に薫は溜息を漏らすと視線を彷徨わせて床に座り込んでいる青年ともつれ込むように倒れている人達に気づく。 「・・門倉、あいつらは?」 「・・・・ああ。こいつらが君の弟君にしたことは謝るよ。どうやら、最初のアレで興味を持ったらしくてね。」 薫の視線の先に気づいたのか顔を向けることもしないで笑みを浮かべ告げるその言葉に薫は背筋に冷たい汗が流れるのを感じた。 ******************** 出会った時から冷たい突き放した様な話し方をする男だと思ってはいた。 可愛い幼馴染を大切にしている事、些細な我が儘さえも叶えようとする事も彼の中の普通なのだろうとは思っていた。 だけど、大事なものと興味のないものへの接し方がまるで違うその態度を好きになれないと感覚的に思った昔を思い出して薫は蓮へともう一度視線を向ける。 「大事なものは幼馴染だけなら、あいつの我が儘叶えるより、正しい事を教えろよ!」 「・・・薫!」 広海の声を背に躊躇いなく踏み込んで薫は蓮を殴り飛ばす。 体格的には微妙だけど不意打ちなら反射でこっちに分があるはずだと薫は考えていた。 殴られる事には慣れてないのか呆然と顔を上げる蓮に立ち直る機会を与える隙を作る事なく薫は彼の上へと跨ると胸倉を掴んだ。 「俺は喧嘩も暴力も実はあまり得意じゃない。だから、言いたい事だけ言わせてもらう。」 「・・・苦手・・って・・・」 「大事なものを傷つけられた男の恨みを買ったんだ。・・覚悟は?」 「・・・新名、待て・・・落ちっ・・・!」 戸惑う様に話かける蓮の言葉を聞こうともせず薫は拳を振り上げる。 人を殴る感触はいつだって微妙。 手に感じる肉の弾力と堅い骨どうしがぶつかりあうような感じに眉を顰めながらも薫はただ殴り続ける。 反撃する隙を与えることなくただ一方的に殴る薫を呆然と見ていた広海が止める迄ただ殴り続けた。 「薫!・・もう、止めろって!」 「・・放せよ!・・・こいつには、まだ・・」 「もう十分だろ!・・・血だらけで真紀君に会うのかよ!」 腕を掴み蓮の上から引きづり下ろしながら耳元へと呟く広海に薫は手を見る。 血で汚れた右手をじっとみつめ黙る薫の肩を叩き広海は蓮へと近づいた。 みかけは酷いけど意識があるのを確認して起こす広海の腕を拒むと蓮は自力で起き上がる。 「・・・門倉、薫の大事な子を傷つけたんだ。これは想像の範疇だろ!」 「俺は・・ただ・・・」 「大事なのは願いを叶えるだけじゃない!・・・諦めることも教えろよ。」 呆然と呟く蓮に呆れた様に続けると広海は溜息を漏らすと薫へと近づく。 「・・・ごめん、止めてくれてありがとう。」 「全く。切れると何するかわかんないよな、おまえ。」 呟く薫に苦笑を向けると広海は呟き薄暗い部屋をもう一度見回す。 薫の肩を叩き暗幕の引かれた場所へと顔を向ける。 「・・・広海?」 「これだけの事を仕掛けた根源に会わないの?」 呟きに薫は立ち上がると暗幕へとゆっくりと近づいて行く。 部屋へと差し込む稲光の中、ゆっくりと暗幕の向こうが揺れて顔を覗かせる小柄な青年を薫は真っ直ぐ視界に入れる。 猫の目の様に釣りあがった瞳が戸惑う様に薫を見上げ、幼馴染へと視線を向けると瞳を細める。 城戸(きど)有紀、それが青年の名前。 可愛い顔して残酷な面を持つ我が儘な子供の儘成長した青年は世界が自分中心で動く事を当然だと思っている。 告白されて断ったのは薫にとって彼は後腐れなく付き合える性格じゃないと知っていたから、『本命』が一番だった薫には一番には出来ないのにそれを望む人とは付き合えないそれだけが理由だったけれどもっと上手く断れば良かったと今になって後悔するとは思わなかった。 「・・・城戸、ごめん。何をされても俺の大事なものは変わらないから。」 頭を下げる薫に唇を噛み締めた有紀は何も言わない。 泣きそうに顔を歪め頭を振ると有紀は両手で暗幕を握り締める。 視界に移る蓮の姿をじっと見つめた有紀は長い沈黙の後口を開いた。 「お帰りなさい、二人とも。凄いけがとかはしてないでしょうか?」 じっとりと睨みつけた瞳で玄関へと足を踏み入れた二人をそれでも笑みを貼り付け迎えた人に広海が反応する。 「佐智?・・・何で、ここに?」 「ここに?じゃねーよ。・・・薫〜。真紀君はお眠り中ですから起こさない様に!」 「・・・わかった。」 眉を顰めながらも頷く薫に佐智は笑顔を貼り付けたまま背を向ける。 消えていく後姿に顔色を失くす隣りの広海の肩を叩き薫は「すまん。」と呟く。 立ち尽くしたままの広海に構わずに薫は部屋へと入っていく。 目の裏鮮やかに蘇る今夜の事を上手く話せる様に纏めなくてはと考えると溜息だけが漏れた。 どう伝えたら良いのか分からないまま洗面所へと向かい薫は手を洗う。 流れ落ちていくこびりついた血を眺める薫の後でかたり、と物音がして彼は顔を向ける。 ******************* 「・・・真紀?・・・ごめん、起こしたのか?」 背後に立っていた真紀に笑みを浮かべると薫は呟いた。 「怖いこと、危険なこと・・・してないですか?」 「・・・真紀」 戸惑う薫に背後から抱きつくと真紀はぽつり、と呟く。 背後から伝わる温もりに薫は急いで手を洗い、しっかり拭くと真紀へと体を向ける。 「薫さん?」 「・・ごめん、心配かけて。でも、もう大丈夫だから。」 笑みを向ける薫を見上げる真紀へと手を伸ばすと優しく抱きしめる。 肩へと頭を軽く押し付ける薫を真紀は躊躇いながらもそっと腕を伸ばす。 おそるおそる、それでも優しく撫でる真紀の手の温もりに薫は抱きしめる腕に力を込める。 「・・・薫さん?」 「真紀、好きだよ。・・・真紀がいれば俺は何もいらないから。」 戸惑う様に身じろぐ真紀を抱きしめたまま耳元へと囁く薫に真紀は頬を染める。 赤く染まる頬にキスをした薫は真紀と視線を合わせると口元へもキスをする 何度も触れ合い互いの温もりを感じ離れがたくて抱き合っていた腕を薫は惜しむように離すと真紀の頭を撫でる。 「薫、さん?」 「・・もう大丈夫だけど、話は起きてから。ちゃんと話すから、隠したりしないから。」 こくり、と頷く真紀に笑みを浮かべ薫は外へと目を向ける。 「・・・雨、止んだな。」 呟いたその声に真紀も外へと視線を向ける。 そろそろ日が昇る時間、暗い夜が明けて外は薄明るくなってきていた。 「ほら、寝ろ!」 「うん。・・・おやすみ、薫さん。」 「・・・ああ、おやすみ。」 もう一度頭を撫でる薫に笑みを向け真紀は部屋へと帰るために背を向ける。 その背を見送り薫は床へと座り込むと溜息を漏らした。 部屋へと戻り、床へつくと真紀は笑みを浮かべる。 明けない夜に終わりを告げた日に安心した彼はそのまま瞳を閉じる。 暫くして規則的な寝息が部屋へと響く頃、外は昨夜の天気と打って変わった青空が広がりだした。 |
あっけない終わりで拍子抜け?・・・もう少しでラストです。