かなりうるさい音楽のかかる店内に足を踏み入れた青年は派手な格好をした周りを行き交う人々から視線を外し時計を確認した。 改めて顔を上げた青年は店内へとぐるりと視線を巡らせる。 目的の人物を視界の端に捕らえた青年は待ち人へと片手を上げるとゆっくりと近づいていく。 「あの子には、何て?」 「・・・何も。ちょっと出てくるって言ってきただけ。」 開口一番のその言葉に青年、薫は苦笑を浮かべ返事を返した。 その返答が以外だったのか眉を顰める待ち合わせの人物、狩野広海の反応にも薫は苦笑しか零さなかった。 「・・・そっちは?・・・飯野には?」 「事後承諾に・・・なりそうだな、お互い。」 溜息を漏らし立ち上がる広海に薫はやっぱり苦笑しか零さなかったけれど、「ごめん、巻き込んで。」本当に小さな声で謝罪を口にする。 耳元で呟かれたその言葉に、いつになく謙虚なその態度に広海は笑みを浮かべると薫の肩を叩き出口へと促すと歩き出した。 一度は晴れたはずの外から窓に当たる水音に気づき真紀は時計へと手を伸ばした。 もうすぐ深夜に近い時間なのに窓へと顔を向ける。 真っ暗な闇しか見えない窓へと手を伸ばした真紀はそっともう片方の手を胸元へと伸ばす。 今頃、何をしているのか一人になった途端に消えない胸騒ぎを覚えたまま真紀は瞳を閉じる。 すぐに帰ってきてくれる、きっとすぐに・・・胸騒ぎもただの杞憂だと思いたかった。 窓を打つ雨音が激しさを増してくる中、真紀は窓の側に立ったまま瞳を硬く閉じていた。 その静かな夜を打ち破る様に乱暴に鳴り響いた突然のチャイムの音に肩を揺らし真紀は階下へと急いで降りていく。 鍵は持って出ているはずの薫が鳴らしたのなら、出て行く時には聞こえたエンジン音が全く聞こえないのを不審に思いながらも、真紀は尚も感覚を置いてなり続けるチャイムに玄関の扉を誰かを確かめようとする事もなく躊躇いなく勢いをつけて開く。 ******************** 「・・・真紀君・・・もっと、用心しないと・・・」 突然開いた扉にチャイムに手を伸ばしたままの男の呆れた声がして真紀は以外な人の来訪に呆然とその場に立ち尽くした。 「・・・飯野、さん?・・・・何で、ここに?」 「薫、いないんだ・・・。」 「・・・飯野さん?・・・」 ぼそり、と呟いた佐智に問いかけた真紀へと顔を上げると笑みを浮かべ問いかけてくる。 「入れてくれない?・・・薫が帰るまでぼくも居ていいかな?」 「・・・どうぞ!・・・ごめんなさい、タオル、持ってきます。」 中へと佐智を招きその足で真紀はタオルを取りに行く。 パタパタとかける後ろ姿に佐智は苦笑を浮かべると「お邪魔します。」と小さな声で呟いた。 「飯野さん、タオルとこれ、お茶です。・・・どうぞ。」 少ししてから戻ってきた真紀は湯気の立つお茶をテーブルへと置くと佐智へとタオルを手渡す。 傘を持っていたのに佐智の肩も髪の先も濡れていて、真紀は雨足が強くなってる外へと目を向ける。 「・・・ありがとう!ごめん、こんな夜中に押しかけて。」 「いえ。・・・あの、薫さんに何か、ありましたか?」 「・・・・ごめん、今回はぼくもノータッチだから。真紀君と同じ除け者、酷いよね。」 お茶を啜りながらぶすっと唇をふくらませ話す佐智に真紀は笑を浮かべる。 「核心はないけど、多分、きっと・・・今頃会ってるかも。」 「・・・会ってる?・・・誰・・・って!」 「大丈夫だから、待とうよ。きっとここに帰ってくるから、ね。」 眉を顰める真紀に佐智は安心させるように笑みを浮かべる。 そしてゆっくりとお茶を啜りながら雨音が激しさを増す外へと顔を向ける。 「雨、酷くなるね。」 「・・本当に、それなのに、迷惑かけてごめんなさい。」 しょんぼり、と肩を落とし項垂れる真紀に佐智は苦笑を零す。 「ぼくが好きでここに来たんだから、真紀君は悪くないよ。大丈夫、きっと上手くいくよ。何もかも。」 笑みを浮かべ身を乗り出し頭を撫でてくれる佐智に真紀はぎゅっと唇を噛み締める。 優しい温もりに泣き出しそうなのを必死に堪える真紀に佐智は飽きずに頭を撫でたまま笑みを浮かべていた。 外へと佐智が目を向けたその時、今まではただの雨だけだったのに大きな音が鳴り響き彼は眉を顰めた。 びくり、と反応する真紀に佐智はそれがただ一つの願いの様に「大丈夫」と繰り返した。 ******************** 「・・・ここ?」 「ああ。入っていったの見た奴がいる。本当に行くのか?」 暗いし、雨は降っているで、はっきりと確認できない建物の前で、ここに来るまでにも何度となく問いかけられた同じ言葉に薫はただ頷いた。 二度と誰にも平和な生活を邪魔されたくない、そんな意味の報復も込めて睨みつけた建物から目を離さない薫に広海はひっそりと溜息を漏らした。 「俺の平和な生活を乱す奴らを俺は許さないよ。」 ぼそり、と呟いたその言葉は雨の激しい音にかき消されてはいたけれどその意思だけは広海にも通じて二人は顔を見合す。 突き刺す様に降りしきる雨の中、雷が鳴り辺りが一瞬明るくなるのを感じたけれど相変わらずの闇の中薫はただ拳を握り締め真っ直ぐに入り口へと突き進んで行った。 広海は一人歩き出した薫の背に苦笑を浮かべ慌てて薫へと近づいた。 入り口は切れかけの玄関のライトだけが照らし、年代ものにも見える古臭そうな重厚な扉を押すと二人は中へと足を踏み入れる。 雨足は激しさを増し、暗闇をつかのま照らすのはイナズマの光だけの外と同じくらい薄暗い廊下にはただ、激しい雨だけがなかった。 静けさと同時にうすら寒いものを感じたまま二人は無言で奥へと進んでいった。 ゆっくりと扉を開けた先には青白い光に照らされる室内がありゴポゴポと滅多に聞かない音がして薫は辺りを見渡し水槽ともうひとつ奥にある扉へと気づく。 誰の趣味なのか巨大な水槽には巨大な魚がいてゆったりと泳いでいた。 見れば見るほど奇妙な形の魚を思わず見入っていた薫に広海も気づいたのか水槽を見て上を見上げると一人納得したのか頭を少しだけ動かしている。 「・・・広海?」 「ああ。ごめん、ちょっと感動。アロワナだよ、あれ。」 「・・・はい?」 「魚の名前だって。シルバーアロワナ。凄い高いんだよね、あのクラスは。」 「お前、ね〜。」 ピンと張り詰めた糸が切れそうな呑気な言葉に呆れた薫は何も言い返せないまま先へと歩き出した。 「・・・薫、ゆっくり見る気は?」 「あ!・・・あるわけないじゃん!」 背へとかけられる言葉に大声で反論しようとして薫は声を潜め反論する。 少し肩を落としついてくる広海に薫は苦笑を零し、じっとりと中に入った時に手のひらにかいた汗が少しひくのを感じていた。 多少なりとも消えた緊張感をもう一度息を整え持ち直すと薫は奥へと控える扉へと歩いていく。 ただひとつの願い事の為に。 |
ラストまでカウントダウンに入った回になりました。
頑張れ、私!暴力シーンは色々あって端折りたいですがそうもいかないかな。