空いっぱいに祈る恋 13

学校では直毅と家では薫が常にいる生活を暮らしが続いてる内にも季節は変わっていく。
そろそろ夏が迫ってくるこの時季は晴れだったり、雨だったりと忙しい空を見上げ真紀は微かな溜息を漏らした。
「・・・真紀?」
「ごめんなさい、今、行くよ」
車の前で真紀を呼ぶ薫に真紀は答えると駆けていく。
いつもと変わらない日常の軋んでいる音がすぐそこまで来ているのに真紀は気づこうともしなかった。

「おれ、週番だ、来週・・・」
黒板に書き出された名前を見て真紀は呆然と呟く。当たり前だけど、忘れていたそれに眉を顰める真紀に直毅は顔を上げる。
「付き合おうか?・・・一人はまずいんだろう?」
「・・・でも、朝だし・・・平気だよ。いくらあいつらでも朝早くは来ないだろうし・・・」
直毅の問いかけに軽く笑みを浮かべ受け流す真紀に直毅も「そうか?」と返す。
ほとんど学校に来ない、来ても昼からとか中途半端な時間に来る大島達に会う事は無いと真紀にだって断言できた。
「送りはいらないの?・・・なんで。」
「朝、早いから・・・大丈夫だよ。」
「なら、尚更送るよ。朝、早いならきついだろ?」
苦笑する薫に真紀は頬を膨らませる。
朝が苦手だと思われがちな薫は結構朝に強く、逆に真紀は朝が弱い。
二人で生活する様になってからは、意地で何とか起きてはくるけれど、母が居た頃は毎朝母に起こしてもらうほど朝に弱かった。
どんなに夜早めに床についても起きれない真紀に母が呆れていたのを薫は覚えていた。
「何時に起こせば良い?」
「・・・6時・・・で、お願いします。」
神妙に呟く真紀に薫は笑みを浮かべ頷いた。

朝、早く時間通りに起こされ、まだ眠い目を擦りながら真紀は教室へと向かう。
戸を開けても当然、誰もいない教室の静けさをやけに感じながら黙々と仕事を始めた。
どんよりと曇りだした空を窓から見上げた真紀は「降るのかな?」とぽつり、と口に出した。
独り言がやけに響く教室に真紀は眉を顰めた。

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「新名、おはよう。早いね。」
がらり、と戸を開き入って来たクラスメートに笑みを返した真紀に彼は週番か、と呟いた。
「・・・何?」
「朝、早くから、新名の顔見るのはこの時だけだな〜とね。」
「・・・嫌味かよ・・・」
ふてる真紀に苦笑を返した彼は席へと着いて鞄の中から文庫を取り出した。

それきり会話を取りやめた彼が少しだけ気にはなったけれどそのまま真紀は続きをやり始めた。
段々と騒がしくなる廊下や教室に真紀の知る朝の光景を感じられて、静かな教室に違和感を感じた自分に苦笑すると席へと戻る。
「おはよう、真紀。・・・平気だった?」
いつもより少しだけ早めに来た直毅に頷くと真紀は笑みを浮かべる。
「大丈夫だよ。・・・朝って爽やかだよね。あの静けさが嘘みたいだよ。」
教室を見回しながら言う真紀に直毅は不思議そうに頭を傾げる。

「今週の週番は・・・新名か。このプリントを職員室まで集めて持ってきてくれ。以上。」
用件だけ告げると早々に出て行く担任を見送り真紀は溜息を漏らし立ち上がる。
「真紀!・・・手伝おうか?」
「平気だよ。直毅、プリント出して。すぐ置いてくる。」
笑みを浮かべクラスメート達へとプリント回収に向かう真紀の後姿を見送り直毅は溜息を漏らす。
「お、ご苦労さん。全員分か?」
「そうです。・・・先生、あそこで回収すれば良かったんじゃないですか?」
「・・・たかが紙でも重くなるだろうが・・・」
「・・・・・ずるー。」
平然と言う教師を詰ると真紀は早々に職員室を出て行く。
廊下を一人教室へと歩こうとしたその時、真紀は向かってくる人達を見て顔色を変える。
歩いてくるのは大島達。
こんな場所でこんな時間から会うとは思わなかった真紀は見なかった事にして向きを変え教室への近道を諦める。
階段を勢いよく駆け上がり真紀は胸を押さえる。
まだ動悸が激しい感じがして深呼吸を繰り返す。
気づかれてなかっただろうと一人胸を撫でおろした真紀は今度はゆっくり、と階段を登り始めた。
「真紀ー、日誌書いた?」
「・・・うん。これで、終わり。待たせてごめん。行こう、直毅。薫さん、下で待ってるってメール来た。」
「・・・薫さん、心配性だよね。」
苦笑する直毅と歩きながら真紀も笑みを返した。
職員室へと日誌を置き直毅と二人で薫の待つ車へと向かう。
いつもの日常に胸を撫で下ろした真紀は胸の奥で消えない不安を唇を噛み締め受け流した。
見上げた空は薄黒い雲がゆっくり、と流れてきていた。

********************

「・・・真紀?顔色悪いけど、何かあった?」
「何も無いよ。・・・明日は雨かな?って思っただけ。」
直毅を送り届け二人きりの車中で問いかける薫に笑みを返した真紀は空を指差し言う。
「梅雨だからね。・・・嫌な天気だよな。」
呟く薫に笑みを返し真紀は空を見上げる。
薄黒いその雲がまさに真紀の今の気持ちみたいだとぼんやり、と思った。

「明日も早いならおあずけかな?」
「・・・起こしてくれますか?」
ベッドの上呟く薫に苦笑した真紀は顔を見上げ問いかける。
「もちろん、起こすよ。明日も今日と同じ?」
こくり、と頷いた真紀へと顔を近づけると薫は唇へとそっとキスをする。
そのキスで目を閉じた真紀を薫は優しくベッドへと押し倒しながら軽いキスを繰り返す、それが段々と深いキスに変わる頃、真紀は薫の首へと腕を回した。

「あ・・・降ってきた・・・」
朝の教室が薄暗くて、電気をつけると真紀は外へと顔を向ける。
窓に近寄ると水滴が窓ガラスへとはりついていくのが見える。
黒い雲が覆う空、振り出した雨を見て真紀は胸の奥が一瞬痛むのを感じる。
気のせいだと頭を振り、がらり、と開くドアにびくり、と肩を揺らした。
「おはよう!・・・濡れなか・・・!!」
笑みを作り振り向いた先にいたのはクラスメートじゃなかった。
後ずさりしてもそこが一番端だから窓へと当たるが真紀は呆然と入って来た人を見上げる。
こくり、と唾を飲みこんでも口が渇いて仕方なかった。

「おはよう。こんなに早起きしたのは・・・随分、久しぶりだぜ。」
「・・・どうして・・・」
握り締めた手のひらからも、背中からも冷たい汗が吹き出てくる。
目の前にいたのはここにいてもおかしくはないけれど、こんなに朝早く来る人じゃないと何度も考えてた大島湊(みなと)その人だった。
周りにいつもならいるはずの取り巻きがいなくて真紀は大島へと顔を向ける。
「おれ、一人だよ・・・だけど、新名も一人じゃん。助けも来ないし・・・残念!!」
「・・・何の用・・・?」
「前にも言わんかった?・・・新名が気に入ったって。また味わいたいってさ。」
にやにや、と嫌な笑みを浮かべ語る大島から目を逸らし真紀は逃げる道を探そうとする。
隙があれば抜け出せる、そう思うのにどこが隙かも分からずにゆっくり、と距離を縮めてくる大島の足音と雨足の強くなりガラスに打ち付ける雨の音だけが教室に響く。
何の策も浮かばずただ逃げようとした真紀を大島が見逃すはずもなく腕を捕まれ引き寄せられる。
「・・いたっ・・・離して・・」
ぎりぎりと捩じられ真紀は微かに呟く。
「無理だよ、新名。お前の逃げ道はどこにも無い。」
耳元でそう告げる大島に真紀は身震いすると必死に身じろぐ。
流されるわけにはいかなかった。
もう少し我慢できればこのまま抵抗していれば誰か来てくれるはずだと真紀は必死にもがいたが、抵抗するほど捩じりあげられる腕の痛みに真紀は唇を噛み締める。
がらり、と開いたドアに希望を見出そうとして真紀は顔色をなくした。
入って来たのはクラスメートではなく取り巻きの二人だった。
「お前ら、遅いじゃん!」
「ごめん・・・ちょっと手間取ってさ。」
「・・・新名ちゃん、痛そうだね。」
顔を寄せてくる彼らから目を逸らし、真紀は大島を見上げる。
「本当残念、新名。じゃあ、さっさと場所変えるか。」
飄々と言う大島に真紀は唇を噛み締める。
引きづられながら無理矢理空き教室へと連れ込まれた真紀は埃くさい部屋の中へと投げ出される。
堅い床の痛みに顔を顰める真紀の前で大島達は真紀の自由を拘束し始めた。

「さぁ、じっくり堪能させてもらおうかな。」
にやり、と嫌な笑みを浮かべ言う大島の後で同じ顔をして笑う彼らを見上げ真紀は目を逸らすと身動きできないほどがちがちに固められた自分に少しだけ動く手を握りしめた。
外は落雷が鳴り響き酷い雨が降っていた。
そして真紀の心の中にも恐怖という名の嵐が吹き荒れていた。
素肌へと触れてくる生温い手達に体中で湧き出す気持ち悪さに怯えながら。

続きます。そして次はめちゃ暗いかもです。

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