空いっぱいに祈る恋 12

「話があるんだけど、良い?」
朝。
下駄箱の前、唐突に話しかけてきた顔見知り程度の同級生に真紀は見たことあるけど相手の名前が浮かばなくて眉を顰める。
不審気な真紀に彼は曖昧な笑みを浮かべると「良いかな?」と再度問いかけてくる。
渋々頷く真紀を彼は下駄箱の混雑している場所から腕を引き少しだけ外れの方へ移動すると腕を離す。
「・・・おれに何か?」
相変わらず浮かばない名前を頭の中で必死に思い出そうとしながら問いかける真紀に彼は体を寄せて耳元へと小さな声で呟いた。
「・・・気をつけて。大島達が君を探してる、捕まらない様に。」
「え?」
その言葉に何の事か聞き返そうとして顔を上げる真紀の前、彼は逃げる様に離れていく。
人ごみにまぎれたその姿を真紀は追うことも出来ずに伸ばしかけた手を堅く握りしめ、朝のチャイムが鳴るまで呆然とその場に立ち尽くしていた。
真紀の知らない場所で何かが確実に動きだしていた。


「・・・直毅、話があるんだけど・・・」
始業のチャイムぎりぎりに駆け込んできたまま一言も話そうとしないままお昼を迎えやっと発した真紀の言葉に顔を上げた直毅は思いつめた顔をしている友人に首を傾げる。
「・・長くなりそう?・・・ここで良いのかな?」
「・・・できれば、二人になれる所が、良いかも・・」
曖昧な真紀の言葉に直毅は席を立つと「上、行こう」と指で上を指し真紀を促した。
辺りを見渡しながら歩き出した真紀に直毅は疑問ばかりが頭の中で渦巻いていた。

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「・・・で、話って?」
「うん、おれ、・・・大島達に目をつけられてるらしいんだよね。」
「・・大島・・・って、あの?・・・・・何で、また。」
「話すと長くなるんだけど・・・」
「・・・聞くから、話して。この際、全部話しとけ!」
それでも戸惑う真紀に直毅は先を促す。

それは、聞いたからといって直毅の手に負える話では無かったけれど、でも、直毅で手助けできる事だってあるかもしれない話でもあった。
目を白黒させる友人の顔を見ながら真紀は話し出すと止まらなくて、結局今まで秘密にしていた全てを洗いざらいぶちまけていた。

「・・・直毅?・・・ひく?」
「・・・・・ごめん、驚いてるだけ。で、薫さんと真紀は、その、あの・・・」
「良く分かんない、けど、恋人同士になったみたい。」
「なった、って・・・ひとごとみたく言うなよ。」
「・・・・だって・・・」
呟き顔を赤くする真紀に直毅はわざと咳払いをする。
「・・・大島達も薫さん関係の、ってわけ?」
こくり、と頷く真紀に直毅は溜息を漏らすと、不安そうに自分を伺う真紀に気付くと笑みを浮かべる。
「・・・大丈夫だよ。大島達に学校で気をつけてれば後は平気なんだろ?・・・クラスも違うし、何とかなるって。」
なるべく明るく話す直毅に真紀はただ笑みを返した。
神出鬼没な大島達の動向がわからない不安があったけれど直毅はそれに触れる事なく「何とかなる」とただ繰り返すしかなくてそれはただの気休めにしかならない事もわかってはいたけれど他の言葉は直毅には思いつきもしなかった。
「・・・真紀?」
「ごめん、何か、言うだけで何となくすっきりしたから今はそれだけでもいいや。ありがとう、直毅。」
笑みを浮かべる真紀に直毅もただ笑みを返した。
薫が迎えに来るその時まで真紀は直毅から離れる事もまたその逆も無く、薫が迎えに来た車で直毅も帰宅した。
明日の朝は直毅の家に寄る事を二人で薫に願う事も、もちろん忘れなかった。

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「話したって・・・直毅君に?」
驚く薫にこくり、と頷き真紀は笑みを浮かべる。
だから直毅が真紀にとって嬉しい反応をしてくれたのだと薫は気づくと笑みを返した。
「・・・驚かれた、薫さんの事・・・」
「まぁ、そうだろうね。」
「ねぇ・・おれは薫さんの何?」
いきなりの問いかけに薫は真紀へと顔を向ける。
笑みを消すと真剣な顔で薫をみつめる真紀に近寄るとそっと真紀を抱き寄せる。
「大事な弟で、大切な恋人・・・かな?・・・真紀にとってのおれは?」
「・・・兄で恋人なのかな?」
眉を顰め困った様に返す真紀に薫は笑い出した。
今はまだそれでも良いから凄い進歩だと思うから、だから薫は真紀の顔を上げると顔を近づける。
そっと触れ合う口づけはゆっくり、と深く長くなっていた。
いつかでいいから、もっと、薫しか必要のない真紀でいてくれる事を祈りながら薫は真紀を抱きしめる腕に少しだけ力をこめた。


薄暗いフロアの一角。
店内を流れる音楽に負けない位の大声とガシャリ、と物の壊れる音にその場にいる誰もが視線を向けたその先には怒りで肩を震わす小柄な青年とがっしり、とした体格の青年が必死に宥めていた。
とてもアンバランスなその二人の前には三人の青年がおろおろと戸惑いながら立ち尽くしていた。
「放せよ!・・・僕の願いは一つだけ。『新名薫』に近づくヤツを排除しろって言っただろ!」
「・・・すいません!・・・でも、ヤツは義理とはいえ弟で、しかも一つ屋根の下で暮らしてるのに・・・」
三人の中の一人が必死に小柄な青年に頭を下げながら話すそれに小柄な青年はますます苛立ち声を荒げる。
「だから、ここにいるのが嫌な位、痛めつけろよ!・・・・何、生温い事してるわけ?」
「・・・有希(ゆうき)、それは・・・」
「蓮・・・お願い叶えてくれるって言っただろ?それとも、もう、忘れたの?」
「・・・・覚えてるよ。」
躊躇いながら呟く大柄な青年、蓮に小柄な青年、有紀は笑みを浮かべる。
「なら、叶えてよ。薫がまた僕を見てくれる様に、ヤツをちゃんと排除してよ。」
「・・・わかってる。それが有紀の望みだからな。」
身を寄せ抱きついてくる有紀へと腕を伸ばしかけ蓮は言葉を返すとぎゅっと手を握り締める。


ベッドの中、盛大にくしゃみをする互いに顔を見合わせ苦笑すると薫は真紀を抱き寄せる。
「・・・誰か、噂してるのかな?」
「さぁ・・・良い、噂じゃないみたいだよな。」
胸元へと擦り寄る真紀の顔を手で上げると薫はキスをしてくる。
「・・・んっ・・薫さん・・・寝ないと・・・」
肌を弄りだした薫を押しのけようとする真紀の口を塞ぐ為、キスをすると薫は真紀の体への愛撫を続ける。
そして諦めたのか腕を伸ばしてきた真紀を抱きなおすと薫は首筋から胸元へと唇を滑らせた。
甘く切ない声を真紀が漏らすのも、もう少し。
カーテンの隙間から漏れる月の光だけが薄っすらと差し込む部屋の中、肌が重なる音と微かな息遣いとベッドの軋みだす音だけがただ聞こえていた。

続きます。そしてどう纏めるのか模索中です。

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