どうして自分がここにいるのか分からずとても居心地悪い場所に居る様でもじもじと体を動かす真紀に目の前の男は男にしては綺麗すぎるさらさらの髪を揺らし少しだけ小さな頭を傾げる。 引き攣りながらも唯、笑みを浮かべる真紀に男はやっぱり、綺麗な笑みを返してきた。 真紀は内心溜息を漏らし今はここにいない薫の顔を思い浮かべていた。 きっかけは遡る事今から2時間前の学校終了後の話。 メールで少し遅れるからと店の名前と地図を送ってきた薫に真紀は直毅を拝みたおして店までついてきてもらったのだが、直毅は珍しく用があるから、と真紀とは店の前で別れた。 おそるおそる店へと入った真紀は薫からの伝言メモを受け取り窓から遠く離れた席でぼんやり、と待っていたのだがその時、唐突に声をかけてきたのが目の前の男だ。 「ぼくは飯野佐智(いいのさち)。薫の弟君だろ?・・・ぼくも薫と待ち合わせなんだよ。」 そう言うと真紀の前の席に座り笑みを浮かべるのを真紀は呆然と見る。 見た目は結構儚げなのに相手に何も言わせない感じのオーラーが滲みでてる気がして真紀は何も言えなかったのだ。 「薫とは仲良いの?」 「・・・普通、だと思います。あの・・・薫さんとは・・」 「大学の友人。ねぇ、あのさ薫って「本命」できたのかな?最近付き合い悪いんだよね・・・あいつ。」 「・・・よくわからないです・・・」 その後も色々と話しかけてくる佐智に真紀はぽつぽつと答えながらも知らない人と同席が耐えられなくて、早く薫がくる事を祈っていたのに祈りは虚しくなかなか来なくて、やっとこのまま帰ろうと思いたったのがそれから二時間後の今だった。 立ち上がろうとする真紀に佐智は顔を上げる。 「薫、遅いよね。でも・・・もう少し待てないかな?あいつの本命って君だろ?」 にやり、と浮かべた佐智の笑みに真紀はどきり、と鼓動が跳ねるのを感じる。 類ともなんだととれるその笑みを真紀は何度も見たことがあった。 それは良く薫が浮かべる笑みととても良く似ていたから。 呆然と肯定も否定もせず立ち上がりかけた格好で固まる真紀に佐智は「座れば?」と呟いた。 ******************** 「実は告白されたのは最近でさ。・・・あいつぱったり遊ぶの止めたからこの前呼び出して問い詰めたんだよね。前から義理の弟は可愛いと聞いてはいたんだけど、まさか手を出すとは思わなかったけど、ね。」 ウィンクまでつけてあっさり種明かしをする佐智の前、真紀はまだ呆然と彼を見る。 「・・・真紀君?」 名前を呼ばれて真紀は本当に佐智は知っている人なんだと理解した。 真紀はここに来て只の一度も佐智に名前を名乗ってはいなかったからだ。 「あの・・・薫さん、遅いですよね?」 長い沈黙の後、おずおずと心細そうに口を開く真紀に佐智は笑みを浮かべる。 「薫なら遅くなるよ。門倉の知り合い回ってるから。」 「・・・門倉?・・って、何で!」 さらり、と零す佐智に真紀は驚き問い返す。 その名前は薫からつい最近聞かされたばかりでそれは薫だけの問題では無かったはずだから。 「もう一人の友人と一緒だから平気だよ。それに真紀君が行って何になる?・・・門倉の恨みの元凶は薫の方だろ?」 「・・・何で・・・」 「最近、色々調べてるからね。無事戻るからもう少し待とうよ、ね?」 優しく言い聞かせるように話す佐智は笑みを浮かべる。 真紀はつられた様に笑みを返すしかなかった。 「学校は・・・平気?・・・門倉の子分みたいな取り巻きがいるんだろ?」 「・・・今日は、いなかったから・・・」 「そうなんだ。・・・なんで、薫が恨まれてるのかわかる?」 少し躊躇いながらも問いかける佐智に真紀はただ頭を振り否定する。 そんな真紀に笑みを浮かべ佐智はぽつり、と告げる。 「門倉の好きな人が薫に惚れてるから、つまり・・・逆恨みだよ。」 「・・・逆恨み?」 「そう。真紀君は完全なとばっちりなんだけど、門倉もバカだよね。薫の大事な子に手を出すなんて。」 笑いながら言う佐智に真紀は黙りこむことしかできなかった。 どんな反応をすればいいのか真紀には分からなかった。 ******************** 「・・・薫だ!」 何度か話しかけてくれたのに上手く応対できないまま黙り込む真紀の前、唐突に佐智はドアから入ってきた人を見て呟いた。 小さな呟きだったけれど真紀はその名前に反応して顔を上げる。 「ごめん!・・・真紀、待たせた、よね?」 テーブルへと近づき手を合わせる薫に真紀はほっとした様にただ笑みを返す。 そうして薫の後から来た青年に気づいた真紀の前の佐智が話し出す。 「凄い待ちましたよ〜!・・・お前ら遅いよ・・・」 「・・・悪いって、で、何で飯野もいるんだよ。」 「それは、真紀君が見たかったから。」 へへっ、と笑みを浮かべる佐智に薫ともう一人の青年は顔を見合わせ苦笑する。 「真紀、飯野は知ってるよね。それで、オレと一緒に来たのが狩野広海(かりのひろみ)。こっちもオレの友達だよ。」 紹介してくれるから真紀はぺこり、と頭を下げる。 「はじめまして、狩野です。」 寡黙なのか少し低い声でそれだけを言う広海に真紀はただ笑みを浮かべる。 同じ友達なのに佐智と広海はタイプが違うんだな〜と思う。 「・・・で、どうだった?真紀君にもさわりだけは話しといたよ。」 身を乗り出し問いかける佐智に薫は広海と顔を見合す。 「薫?・・・広海?」 「会えたけど門倉とは最近会ってないしきっぱり振ったとか言われたんだよね。」 「じゃあ、そいつの恨みを門倉が晴らしたんじゃないのかよ。・・・嫌だね〜素行の悪かったヤツは。」 呆れる佐智に薫はぶすり、とした顔で目線を逸らした。 広海はただ苦笑を漏らしていて真紀はただぼんやり、と佐智の話しを聞いていた。 「とりあえず他も探してみるよ。」 うんざり、と呟く薫に佐智は溜息で返した。 「真紀、佐智と二人で平気だった?・・・あいつ、みかけによらず口悪くなかった?」 帰りの車で話しかけられ真紀はただ、ふるふると軽く頭を振り否定する。 「良くしてもらったよ。・・・それに、薫さんの友達だな〜って思った。」 「・・・どこが?」 嫌そうに呟く薫に真紀はただ笑みを返した。 「・・・学校、今日は平気だった?」 「大丈夫だよ。・・・今日はいなかったし、直毅とずっといたから。」 「そっか。・・・直毅君と同じクラスになれて良かったよね。」 こくり、と頷く真紀に薫は手を伸ばすと頭をくしゃり、と撫でる。 「・・・薫さん、オレは平気だよ。だから・・・」 「大丈夫だから心配しないで。真紀も気をつけろよ。あれで終わってくれるヤツなら理由なんて探さない。・・・でも、嫌な予感がするんだよね。」 運転しながら呟く薫を真紀はぼんやり、と眺める。 薫の予感が的中するのはもう少し先の話。 その時はゆっくり、と迫ってはきていたけれど真紀は何も気づかなかった。 薫の予感を「気のせいだよ」と笑える程、まだ、何もわからなかった。 その時が来るまでは。 |