空いっぱいに祈る恋 8

変化の無い単調な生活に飽きていたあの何も知らなかった自分が懐かしく思えるほど真紀の最近の日常は日々急速に変化している。
きっと今の自分とあの頃の自分の心情だって、考え方だって変わっている事だろう。
そしてあんなに望んでいたはずの仲の良い「兄弟」でいたい筈の薫との関係さえもあの頃とは大きく違っていて望んだ覚えのない未知の世界への道を確実に真紀は歩き出していた。
真紀が拒んでも、例え変化を認められなくても、既に道は出来上がっていてただ道なりに歩くことしか出来なかった。
変化を望んではいないはずの今の真紀には変化の無い平坦で平凡だったあの頃確かに歩いていたはずの道は遥か彼方へとあった。


あっさり、と終わった春休みの間、ほとんど外に出なかった真紀は玄関の扉を開け久しぶりの日の光に少し目を瞬かせる。
外出もほとんど薫同伴の生活だった休みをぼんやり、と思い出す。
あんなに長く同じ時を過ごしたのは二人で暮らすようになってから・・・家族になってから、初めてだった気がする。
居心地は悪くなかった。
むしろ、良かった様な気がする。
二人の間に流れる空気がとても穏やかだった、そんな気がする。
今朝出てくる時の薫を真紀は思い出す。
珍しく玄関まで見送りに来た薫は身支度をする真紀を暫く眺めて振り向き声をかける真紀を気持ち自分の方へと手招きする。
「・・・薫さん?」
「迎えに行くから、居ない様だったら校門で待ってて。直毅君と一緒でも良いよ。食事に行こう。」
「・・・でも・・・」
「オレが真紀に会いたいだけだから。ダメ?」
戸惑う真紀に笑みを向け問いかける薫にただ頷く。
「良かった。じゃあ、行ってらっしゃい。」
「・・・行ってきます。」
見送る薫に小さな声で呟くと真紀は扉を開けた。

「真紀ーおはよう。」
少し自分の世界に入り込んでいた真紀は背後から走り寄りながら声をかけてくる直毅に少し遅れて振り向くと笑みを向ける。
「おはよう。相変わらず、元気だよね・・・朝から・・・」
「当たり前じゃん!朝からテンション低いと一日辛いじゃんか!」
平然と答える直毅に真紀の嫌味は通じなくて「そう。」と真紀は乾いた笑みを向ける。
「なぁ。今年は同じクラスだといいよな。」
「・・・そうだね。今年で最後の高校生活だし、是非平和に過ごしたいよね。」
ぼんやりと呟いた真紀に直毅は首を傾げたけれどあえて何も言わずに歩き出した。

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「あ!直毅・・・今日、暇?」
新しいクラスの確認をしようと昇降口で靴を履き替えていて真紀は直毅を思わず呼び止める。
「・・・何で?」
「うん。学校の後、薫さんと食事に行くんだけど、誘ってもいいって言うから。」
「・・・薫さんとの食事にはそそられるけど無理だわ。オレ、用事あるんだよ。・・・ちくしょう、断れば良かった。」
「・・・用事?」
「そう。うちも家族で食事。母ちゃんが迎えに来るのだよ。」
「へー。珍しいね、外食。」
「だろー?だから受けちゃったのよ。オレも真紀誘う予定だったんだけどな。」
二人顔を見合わせると笑い出しながら新しいクラスが掲示されてる場所へと歩きだした。 二人仲良くクラスを確認した結果。
直毅と同じクラスなのが分かり二人で喜びつつ新しい教室へと向かった。
気になっていた大島とは別のクラスだったけれど真紀は大島の仲間が居ないか内心びくびくしながら教室へと向かう。
式しかしない今日に来てるはずが無いと分かっているからこそ、開いてる机が無いのか直毅と話しながらも気になってしょうがなかったけれどそれはただの杞憂に終わり真紀は内心安堵の溜息を漏らした。

「直毅君と同じクラスになれたんだ。良かったね。」
薫の言葉に真紀はただ嬉しそうな笑みを向け頷いてくる。
退屈な式が終わり下校していく生徒達を校門の近くに止めた車の中からぼんやりと眺めている薫をみつけると真紀は直毅と別れ車へと走り寄る。
真紀に気づいた薫がロックを外してくれるから助手席に乗り込んだ真紀は開口一番に直毅と同じクラスになれたことを報告した。
念願の同じクラスに浮かれてる真紀に薫はただ苦笑した。
「で、直毅君は?・・・一緒じゃなかったの?」
「うん。直毅のとこも食事するんだって。残念がってたよ。」
「・・・そう。じゃあ、行こうか。」
薫は真紀がシートベルトを締めるのを見届けると車をゆっくりと走らせた。

着いたのは美味しいと評判だと薫が友達から聞いてきた入りやすい雰囲気の小さなレストランだった。
内装はリラックスできる様な木目調の空間できょろきょろと店内を見る真紀に薫は苦笑を漏らした。
穏やかな雰囲気の中食べる料理も美味しくて気取ったレストランと違い気後れもすることなく真紀はぱくぱくと食事が出来た。
「・・・気にいった?」
「うん。料理も美味しかったよ。」
「そりゃ、良かった。」
問いかけに笑顔で答える真紀に薫は笑みを向ける。

********************

満腹のお腹に満足しながら会計を済ませてる薫に断り先に車に戻ろうとした真紀は見覚えのある人影をみつけた。
気のせいかもしれない、と思いながらも背中に冷たい汗が流れ出てくるのを感じ真紀は呆然と立ち尽くしながら気づかれませんように、と願う。
「真紀?・・・何、してる?」
車に戻ってるはずの真紀が立ち尽くしたままでいるから薫は首を傾げ問いかける。
肩をびくり、と揺らし振り返る真紀の顔色が悪くて薫は真紀へと近寄る。
「真紀?」
「・・・帰ろう、早く!」
名を呼ぶ薫の声に真紀は近寄ってきた薫の腕を掴むと青ざめた顔で呟く。
わけも分からないまま真紀を引き寄せ車へと向かいながら薫はそっと辺りを見渡した。
来た時と変わらないはずの様子だと思いながら視線を巡らせた薫は異質な雰囲気の若者達をみつける。
基本的にはあまりお近づきになりたくないタイプだと内心思いつつ彼らが真紀を見ている事に気づき真紀へと視線を向ける。
顔色は悪いままで薫に縋りついてるあたりから薫は車へと真紀を先に乗せると運転席へと移動しながらひっそりと視線を向けなおす。
帰ったら問いただそうと思いながら乗り込もうとして、もう一度視線を向けた先で見覚えある人物を見つける。

「真紀。違ってたらごめん。あいつらがお前犯したやつら?」
運転席へと乗り込み真紀へと顔を近づけ問いかける薫に真紀はただ頷く。
「顔上げて。首謀者はあいつ?」
両手で顔を上げさせると問いかける薫に真紀はおそるおそる視線を向ける。
「・・・・!!」
少し遠めだけど真紀は心臓の鼓動が跳ねるのを感じる。
ますます顔色を失くし俯く真紀に薫は頭を撫でる。
「大丈夫だから。」
撫でながら話す薫に真紀は俯いたままこくり、と微かに頭を動かした。

家に帰りついても塞いだままの真紀は早々に部屋へと戻り制服だけは脱ぎ捨てるとベッドへと倒れこむように横になる。
薫とも何度も同じ事をしているのに今は怖いなんて思わない。
今、怖いのは変わっていく自分の事だったはず。
なのにたった一度の事・・・それだけなのに体中に悪寒が走った自分に真紀は愕然とする。
フラッシュバックの様にあの夜が蘇ってきてあの瞬間せっかくの美味しい料理も、嬉しい気分も一気に萎んだ気がして泣きたくなってくる。
自分自身を抱きしめると真紀はふがいない自分にただ唇を噛み締めた。

「・・・き、真紀!・・・起きれる?」
真上から見下ろす薫の顔を見た真紀は何度か瞬きを繰り返した。
「・・・オレ・・・」
起き上がると重い頭でぼんやりとする真紀は窓から見える外が真っ暗なのに気づいた。
「オレ、寝てた?」
擦れた声で問いかける真紀に薫は苦笑すると頷いた。
少しづつ晴れてくる頭の中で昼間の事も思い出した真紀は顔を上げ薫を見上げる。
「大丈夫。・・・心配ないから。」
薄闇の中ゆっくり、と微笑んだ薫を真紀はただ見つめた。

何もいえません。色々と模索中という事で。

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