空いっぱいに祈る恋 2

「本当に家に居るんだな。」
確認してくる薫にこくり、と頷く。
それきり黙ったままの薫は考えこみだしたから真紀は静かに部屋に帰る。

気のせいだろうか?
考えこみだした薫が怖かった。
一番落ち着く部屋にいるのに怖くて仕方無かった。
何がどう、とは言えなくて漠然とただ怖さが体中を覆ってる様で不安は消えなかったけれど振り切るように頭を振ると早々に寝てしまおうとベッドへと潜り込んだ。

夢も見ないほど熟睡してたはずなのにいきなり目を覚ます。
カーテンも閉めてない窓から差し込む月明かりに近くにあるはずの時計を探そうとしてびくり、と肩を揺らす。
「・・・何で、ここに・・・」
部屋の片隅に立ち尽くす人影に心臓がばくばく、と騒ぎだすのを感じながらも搾り出すような低い擦れた声で問いかける。
答えようとしない人影が誰かなのかは分かってる。
この家には真紀と薫しかいないはずだから。
なのにちょうど月の光の届かない場所に居て、暗闇で顔が分からなくて表情の判別がつかなくなっていたから誰かは分かっているのに何を考えてるのか分からずに不安だった。
「・・・薫さん、何して・・・」
「起こしたんだ、ごめんね。」といつもの様に言ってくれるのを期待して問いかけたのに薫は無言のまま真紀へと静かに近づいてくる。
「薫さん!」
なぜ、部屋にいるのかわけも分からず不安で悲痛な声で名を呼んだのに薫はベッドの傍へと近づき顔を近づけてくる。
「俺は悪人?・・・そんな泣きそうな顔で叫ばれる程の事を真紀にしたのかな?」
口調はいつもの薫で穏やかなのに顔は違った。
口元には柔らかな笑みまで浮かべてるのに目は笑ってなかった。
恐怖が体中を縛りつける程冷ややかなその目に凍りついたかの様に動けなかった。
そんな冷たい目で見られた事は家族になってから一度も無かったはずでどんな時も優しい態度を崩さなかったはずの薫が分からなかった。
固まる真紀に薫は何も言わずにベッドへと乗ってくる。
ギシリ、と軋むベッドの音が静かな部屋にやけに響いた。

「・・・薫さん?」
震える声で問いかける真紀へと顔を寄せると薫は笑みを浮かべる。
「怯えるなよ。真紀が抵抗しなければ、酷いことはしないよ。」
言いながら頬へとキスしてくる薫を真紀は肩を揺らし押し戻そうとする。
「真紀、壁は薄いよね、この家。」
両腕を掴み抵抗を押しとどめると薫は耳元へと囁く。
怯える顔に再度笑みを浮かべると今度は唇へとキスしてくる。
壁、薄い?-----何でわざわざ言うのか思い当たって呆然とする。
だからキスされても体中を薫が弄り始めてても呆然としたままだった。

********************

確かに安アパート程では無いけれど防音では無いので隣が少しは聞こえてくる。
だけど気づかれてるなんて知らなかった。
部屋に入れない-----つまり家にいれない理由はそこにあった。
別に誰を連れ込もうと構わなかった。
問題はそこでは無くてその先にあったから・・・。
両親が転勤してすぐの事だった。
いつもの様に部屋でネットをしてたら玄関の開く音がして「薫さんだ。」とすぐに思ったけれど昔と違い高校生になる少し前から薫との温度差みたいな物を感じていたので部屋から出ようともしなかった。
二階に上がってきた足音はどう聞いても一人分では無くて真紀は迷った。
でもその迷いが足を鈍らせ隣りの部屋が開く音がした。

暫くしてからだった。
ベッドの軋む音、布の擦れ合う音、そして微かに聞こえる声に真紀は思わず隣室の壁を見る。
何をしてるのか分からない程子供じゃ無かった。
経験は無いけれどすぐに気づいた。
顔を出せば良かったと後悔しても遅かった。
他人の情事を盗み聞きしてるみたいで真紀は怖かった、同時に薫が触れてる人が気にはなった。
義理だけどもう何年も一緒にくらしてる薫の相手がどんな人なのか知りたくて真紀は静かに立ち上がり壁へと耳を押し付ける。
いつかAVを見せられた時あんなに声は出さないよ、と思ってはいたけれどあそこ迄とはいかないけれど声は聞こえた。
でも、それは甲高い女性のそれでは無くて・・・。
相手が男性だと後に知った。
そして日替わりで来る相手が違うことも・・・知らなくて良い世界に薫がいる事も知らされ真紀は怖くなった。
気づいたら何度も情事を盗み聞きそして真紀は初めて他人の行為をネタに自慰をしていた。
声に煽られたのかもしれないけれど自分が何をしたのか気づいたら怖くなりこのままじゃ家に居られないと思っていた。
はっきりと思い出せるのは壁越しのイク声に合わせるかの様にイッタ自分そして手の中に吐き出された残滓。
他人の声にイク事もそうだけど何を想像したのか考えると怖かった。
それは真紀の中では認めたくない事だったから。

********************

ありえない場所に感じる濡れた感覚に深く考えにはまりこんでいた真紀は身を起こそうとする。
そしてわずかな時間のはずなのに自分がほとんど服を脱がされてるのに今更気づき薫を探す。
「・・・薫さん?!」
疑問とも驚きともつかないその声に薫は目線だけを上げる。
「・・・・・・っ離して!!!」
チュプと聞こえる水音に真紀は意味が分からないまま呆然と顔を上げた薫を見つめる。
口元がてらてらと光っているのが何でなのか分かり顔が赤くなるのを真紀は止められずに薫から思わず目を逸らしていた。
「・・・どうした?」
「何で・・・何考えて・・・」
問いかけられても頭が上手く回らなくて言葉になってない真紀に薫は笑みを浮かべる。
「真紀も望んだろ?こうなることを・・・」
口元を拭いながら言ってくる薫にただ首を振り真紀は離れようと後ずさる。
「逃げるなよ!・・・認めろよ、真紀も望んだって事を。」
腕を掴み引き寄せながら尚も言う薫に真紀は首を馬鹿みたいに振り必死に否定する。
「俺が誰連れ込もうが気にしなければ良かったのに、盗み聞きだけなら俺だってこんな事しないのに・・・」
お前が悪い、と言外に言われてる様で真紀は必死に薫から離れようとする。
「真紀!・・・何か言えよ!」
「・・・俺は、俺はこんな事望んでない!・・・薫さんの相手と同じにするなよ!」
必死でもがきながらも泣きそうな声で否定する真紀を薫は押さえつけるかの様に抱き寄せる。
「・・・本当に望んでない?なら、イク時のあれはつられただけ?お前、聞いてない時でも思い出せるんだ。」
「・・・・・・何の・・・・」
風呂で、と耳元に囁いてきた薫に真紀はびくり、と反応し抵抗を止める。
青ざめた顔をそろそろと上げる真紀に薫は笑みを向けてくる。
「・・・・何で・・・」
「知ってるかって?・・・聞いたからだよ。情熱的でくらくらしたよ。」
嫌味な程整った顔を近づけて答える薫に真紀は青ざめた顔のまま呆然とする。
「認めろよ。お前は俺に触れたいと思ってるだろう?・・・触れて欲しいだろ?」
唇を噛み締め答えない真紀に業を煮やしたのか薫は無理やり顔を上げ噛み付く様にキスをしてきた。
「・・・・んっ・・・」
動けないながらも必死に抗う真紀の抵抗を押さえつけると口の中まで蹂躙してくる。
ねっとり、と絡みつく舌に飲み込みきれなかった唾液が口の端から零れ落ちても薫はキスを続けて真紀は瞳に涙を溢れさせた。

続きます。次こそは・・・。

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