空いっぱいに祈る恋 1

玄関を開けて新名真紀(にいなまき)は今どきの高校生らしく形を整えた眉を顰める。
またか、と溜息を漏らすその視線の先には見慣れない靴があり真紀は靴を脱ぐと自室のある二階へと「ただいま」の挨拶も無く駆け上がった。
部屋に入るといつもより少々乱暴に鞄をベッドへと投げ、大げさな程バサバサと音を立て制服を脱ぎ私服へと着替えだした。
しばらく経ってから壁の薄い隣室から話し声とがたがた、と物音が聞こえてくる。

「真紀?・・・帰ってきたのか?」
ノックの後聞こえてくる声にドアへと近づいた。
「お早いお帰りで、薫(かおる)さん。」
ドアを開け淡々と言う真紀の前に『薫さん』が立っている。
「ただいまの挨拶は?・・・無かったんで驚いたよ。」
愛想笑いとしか取れない笑みを浮かべる『薫さん』の全体に視線を流し重い溜息をこれみよがしにつく。
「・・・真紀?」
「邪魔だろうから出かける。・・・夕飯迄には戻るから。」
『薫さん』の脇を通り抜け階下へと降り玄関で靴を履きだす。
「真紀!・・・あいつならすぐ帰るから。」
「ゆっくりすれば。・・・じゃあ。」
呼び止める『薫さん』の声に淡々と答え家を出た。

「親がいないからって・・・あいつ・・・」
イライラしながら歩き出し、真紀はぶつぶつ独り言を呟きだす。

真紀の家は再婚家庭だ。
別にいまどき珍しい話じゃない。
母が今の父と再婚したのは真紀が十歳の時でその日父と兄がいっきに出来て嬉しかったのを微かにだけど覚えている。
平和で普通の家族だったのが変わったのは去年の今頃。
昇進して移動の話が義父に出たのだ。
当初は来年大学受験の真紀の為単身赴任を予定していた義父だった、が生活能力の全く無い義父・・・それが再婚の決め手にもなったらしいが、の為、母もついていきたがり結局真紀と三歳違いの義兄、薫が残された。
二人だけの生活が始まり一年。
いまさらだけど真紀はついて行けば良かったと後悔しまくりだった。
と、言うのも件の義兄、薫に原因がある。
いままでは母が常時家にいたからなのか、夜遊び・午前様当たり前の生活をしていたくせに今は家に連れ込む事が多くなり、しかも、ほぼ日替わりで義兄の相手は違い真紀は一度間男と間違えられてからは極力義兄が他人を連れ込んでる間は家を避ける日々を送っていた。
あまり友達と遊ばず『家』が好きだった真紀にはかなり疲れる日常で疲労は日々たまっていく一方だった。

「・・・だからって、俺じゃなくて薫さんに直接言えよ。」
「言えるかよ!・・・あいつ絶対馬鹿にするし・・・」
ぶつぶつ愚痴る真紀に『一応』親友と呼べるだろう、久慈直毅(くじなおき)は投げやりに答える。
真紀が家を出て向かったのはいつものコース。
つまり、直毅の家でお決まりの愚痴を真紀は今日も零す。
耳にたこが出来るくらい同じことを聞かされてる直毅は最近じゃまともに取り合ってもくれなくてそれ以上口を開く事を止めると自分の部屋と同じくらい馴染んだ直毅の部屋で寛ぎだした。
「寝るなよ!」
釘をさす直毅にこくり、と頷きただ転がると本当に寝そうで辺りを見回すと近くにあった漫画へと手を伸ばした。

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「・・・今日は随分遅かったんだね。夕飯までには帰るんじゃなかったっけ?」
玄関を開けてすぐの所で仁王立ちしてる薫がいた。
確かに遅くなったけど怒られるとは予想外だったから呆然と立ち尽くす。 「真紀、夕飯は?」
「食べたからいらない。」
問いかけに立ち直るとそのまま素通りしようとしたのに腕を掴まれる。
渋々と答える言葉に薫は眉を顰める。
「真紀、久慈君にも悪いだろう。最近家で夕飯も食べないじゃないか。」
「・・・ごめんなさい。・・・離せよ!・・・もう、良いだろ。」
保護者の様に語る薫の手を淡々と謝りながらも振り払い階段を駆け上がった。
「真紀!」
呼び止める声を無視して自室に戻り真紀は手じかにあったクッションをいらいらと殴る。
そして勢い良くベッドへと横になり瞳を閉じた。

家にいたくない、と改めて思う。
否。
薫とふたりでは暮らしたくない。
本気で母に言おうか迷う。
こぶ無し新婚をきっと楽しんでるのに・・・でも薫と居たくない。
最近じゃけんかごしの会話しかできないし、きっと、自分が居ない方が良いと向こうも思ってる気がする。
理由なら挙げれば色々あるはずだから、今度の電話でそう母に言おうとつらつらと考えだす。
きっと離れたら楽になれるそんな気がするから。

「真紀・・・話あるんだけど・・・」
ノックの後、少し間を置いて薫の声がして薄っすらと目を開け自分が寝てたのに気づく。
「・・・真紀?」
鳴り止まないノックの音と何度かの薫の呼びかけに気だるそうに起き上がると億劫そうに立ち上がり扉へと向かう。
扉を少し開き、何?と目線だけ向け問いかけるのに薫は「下に来て」と言うと階下へと降りていく。
寝起きで頭が上手く働かないまま真紀は階下へと降りていく。

リビングに行くと薫がキッチンに立ち何か飲み物を用意してたので話しかける事もせず ソファーへと座る。
いつになくシリアスな薫は真紀にコーヒーを渡し対面になるソファーへと座る。
微かな時計の音がやけに響く。
呼んどいて薫は一言も発しない。
長い沈黙の末、息苦しいほどの静けさに耐えきれずつい真紀は口を開く。
「話って何?・・・用が無いなら戻って良いですか?」
問いかけに黙ったままの薫に内心溜息を漏らし立ち上がりかける。
「・・・最近、家に居ないよな?」
「・・・・・。」
ぽつり、と呟く薫に無言で座り直す。
「真紀が家に居ないのは俺のせい?」
答えないのをイエスと判断したのか薫は近寄る。
「・・・何!?」
突然、隣りに座る薫に思わず後ずさる。
構わず逃げようとするのを押さえ薫は顔を寄せてくる。
「誰が居ようと前は家にいたよな。・・・何が違うの、前と今で。」
「・・・別に。」
問いかけに動揺しつつも一言返した答えにもなってないそれに薫は口元を少しだけあげる笑みと呼べる様なものを浮かべる。
どこか意地の悪いそれに嫌な汗が背を流れ、離れようと必死にあがいてみるけれど当然の様にぴくり、ともせず体重をかけてくる。
体格で腕力が決まるならはっきり言って勝ち目はさらさら無いけれど嫌な予感が先ほどの嫌な笑みからしていて、離れようと必死だった。
「どう見ても違うだろうが!・・・最近は話すのも迷惑そうだし、今だって逃げてるし・・・俺、何かした?」
真剣な問いかけに抵抗も忘れ真紀は呆然と薫を見上げる。
ほぼ、馬乗りに近い格好で押さえ込む薫の重さと温もり、息がかかる位近いそこから逃れたくて真紀は重い、と呟く。
「真紀!」
引かない薫に名を呼ばれ咎められ、真紀は口を開く。
「・・・あんたが・・・日替わりで人を連れ込むからこの家に俺がいる場所が無いんだよ!気づいてんなら少しは自重しろよ!」
半分やけになりながら答える真紀に薫は間を置き問いかける。
「・・・連れ込まなければ、家に居るのかよ。」
「居るよ。・・・ここは俺の帰る家だから。」
即答の返答に薫は眉を顰める。

続きます。まだ恋愛にもなってない二人の結末を暫しお待ち下さい。

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