PURE LOVE 7

呼び鈴を鳴らすのに躊躇った指をそのままもう一度深く息を吸いこんで緊張で乱れた息を整えると柚希は唇を噛み締め、今度はちゃんと呼び鈴を鳴らした。
ピンポーン。
ありきたりなベルの音が柚希にも聞こえてくるから、胸を抑え何度も深呼吸を繰り返す。
出てきたら何と言えばいいのか考えながら反応を待つ柚希は胸を抑えたままの震える手をぎゅっと握り締めた。
暫く待っても何の反応も無いからもう一度呼び鈴を鳴らすか躊躇いながらも指を伸ばしかけた柚希の前でやっと目の前の扉が何の前触れもないまま押し開かれた。
少し錆びついたギギッと鳴る音と共に開いた扉の中から出てきた人を見た柚希はこくり、と喉を鳴らした。

「・・・・・ごめん、寝てたのかな?」
戸惑いながらも声を出す柚希に何も言おうとしないまま慎二は扉を抑えたまま立っている。
丁度光の当たらない場所にある慎二の表情は距離にして数十センチの近さにいるのに見えなくて何を思っているのかも分からないまま柚希は「慎二?」と名を呟いてみる。
「・・・・・柚希さんから来てくれるなんて、やっぱり帰ってきてくれたの?」
淡々と呟いた慎二に柚希はその声を聞き一歩だけ思わず後ずさる。
いつもより低く、そして冷たささえ感じる話し方と同時に冷ややかな空気が流れ込んできた様で、冷たい汗が背中を伝うのを柚希は感じる。
「・・・・・話がしたくて、来たんだ。・・・・・ここでいいから、話していいかな?」
じっとりといつのまにか掌に掻いていた汗ごと手を握り締めると柚希は少しだけ視線を逸らしたまま擦れた声で呟いた。
そんな柚希に慎二は扉を開くと「中で話そう」と先にすたすたと歩いて行く。
戸惑いながらも柚希はその背を見つめたまま唇を噛み締めると意を決した様に靴を脱ぐと慎二の後を追った。


*****


「帰って来た、じゃないみたいだね。」
皮肉な笑みを浮かべてちらりと視線を向ける慎二に柚希は彼へとおもむろに頭を下げる。
「慎二・・・・・別れよう!・・・・・ごめん、おれが中途半端だったから・・・・・」
「・・・・・。」
「ごめん!・・・・・おれ、もう無理なんだ・・・・・」
頭を下げたままただひたすら謝りの言葉を告げる柚希に慎二は言葉を失くしたままじっと見つめてくる。
痛いほど突き刺さる視線に顔を上げる事も出来ないままただひたすら頭を下げる。
床と握り締め白くなる指がただ柚希の目に映った。
時間にすれば短いかもしれない沈黙に息詰まる様な感覚を肌で感じつつそれでも顔を上げようとしない柚希に慎二はぎりっと唇を噛み締める。
「おれは認めない、どうして?!・・・・・おれは別れないから!!」
「・・・・・しん、じ・・・・・」
否定の言葉にそろそろとやっと顔を上げた柚希に慎二は這うようににじり寄って来る。
思わず後ずさる柚希は背にすぐ当たる壁の固い感触に眉を顰めたまま間合いを詰めてくる慎二を呆然と眺める。
「おれは、別れない!柚希さんはおれのモノだから。・・・・・おれだけのモノでしょ?」
笑みを向けてくる慎二に柚希はただ頭を振る。
冷たい汗が流れる、空気も不穏で、握り締めた掌にもじっとりと汗を掻いている。

「分かってくれとは言わないから、恨まれても仕方ない事をおれはしたよ。・・・・・だけど、慎二とおれの気持ちは違うから・・・・・!!」
「何が違うの?好きだと言ったおれに好きだって言ってくれただろ?・・・・・柚希さんとおれのどこが違うの?」
腕を捕まれ揺すぶられながらも柚希は必死に頭を振る。
「違う」それだけしか言わない柚希に慎二は腕を掴む手に力を込める。
「柚希さんは、おれの事好きじゃなかったの?・・・・・答えろよ!」
同じ言葉しか言わない柚希に尚も慎二は問いかけてくる。
ぎりぎりと喰いこむ指の力に眉を顰め柚希は言うべき言葉を必死に探し唇を噛み締める。
「柚希さん!」
「・・・・・ごめん、でも、違うんだよ。おれと慎二の好きの意味が・・・・・」
痛みに顔を顰めながらも必死に言葉を搾り出す柚希を慎二は睨みつけてくる。
「体を許してくれたのに、心は別だって事?・・・・・ふざけんなよ!」
掴んでいた腕を離したその手で慎二は柚希を壁へと押し付けた。
ぎりぎりと今度は肩を掴み真っ直ぐに睨んでくる慎二に柚希は思わず俯く。
「何か、言ってよ・・・・・嘘だろ?・・・・・体だけじゃなくて、柚希さんちゃんとおれの事好きだよね?」
「・・・・・ごめん」
問いかけにそれでも俯いたまま柚希は搾り出すように呟く。
からからに乾いた喉がひりひりと痛んで声も擦れる。
その微かな声に慎二は一瞬顔を歪めるけれど唇を噛み締めると頭を振り押さえつけたままの柚希へともう一度顔を向ける。
「おれは認めない、絶対に別れないから。」
小さな声で呟く慎二に柚希は顔を上げようとして壁から勢いよく離され押し倒された。


******


「・・・・・慎二・・・・・」
固い床に押し倒されたまま戸惑い呟くと柚希は真上から見下ろしてくる慎二の目をまともに見て思わず喉を鳴らす。
見下ろしている目は、ただ、ただ冷たくて身の内から湧き起こる震えを唇を噛み締め堪えた柚希は深く息を吸う。
「おれは、柚希さんを離す気ないから・・・・・。」
「・・・・・恨んでも憎んでも構わない、でももう無理なんだ。おれは慎二を好きにはなれない。」
頭を振りそれでも否定する柚希に慎二は肩を押さえつけていた両手を握り閉める。
痛みに眉を顰めながらも見上げてくる柚希に慎二はぎりっと唇を噛み締める。
無言で見下すその視線が突き刺さるのを肌で感じながらも柚希は深く息を吸い込んだ。
「本当に恨まれても憎まれても仕方無いと思う。・・・・・でも、おれはもう慎二の望みを叶える事はできない。・・・・・恐怖しか感じないって、違うだろう?」
薄っすらと笑みを浮かべると擦れた声で呟いた柚希に肩に食い込んでいた手の力が多少弱まるのを感じる。
呆然とした慎二の下から逃げ出した柚希は距離を取ったまま立ち上がる。
「柚希さん!!」
焦った様に叫ぶ慎二に柚希はもう一度笑みを浮かべた。
「慎二の事、好きになれたら良かったのに、おれには無理だった。なのに、はっきりしなくてずるずる続けてて、本当にごめん。」
そのまま頭を深く下げた柚希には、これが自分勝手なエゴだと理解もしているのに顔を上げるタイミングが量れないままじっと頭を下げた姿勢のまま床だけをみつめていた。
一方、そんな柚希を座りこんだまま見上げた慎二は床へとついた手をぎゅっと握り締める。
まだ顔も上げようとしない柚希をみながら慎二はそっと気づかれない様に溜息を零した。
心の底から欲しいと思った人で、一度は手に入ったと思っていたのに、それが本当はただの一人よがりの思い込みだと気づかされた今はただの幻でしかない二人の関係ががらがらと崩れていく音が聞こえる気がして慎二は自嘲の笑みを浮かべる。
恋人気取りでいた自分が惨めで今すぐにでも笑い出したかったと同時に凄く・・・・・。
本当はどこかで気づいていた事を認めたくなかっただけではっきり言葉にされるとやっぱり心が痛くて頭を振った慎二はもう一度頭を下げたまま動こうとしない柚希へと視線を向けた。
「・・・・・もう、いいよ・・・・・分かったから、もう、帰れよ。」
「・・・・・慎二?」
「もう、用はないから早く帰れよ!・・・・・いつまで、ここにいるんだよ!」
躊躇いながら顔を上げる柚希を素早く立ち上がった慎二は玄関へと押しやる。
「本当に、ごめん!」
もう一度玄関先で謝る柚希をさっさと外へと押し出した慎二は重い溜息を吐き出すとずるずるとその場へと座りこんだ。
遠ざかっていく靴音に耳をじっと傾けた慎二は惨めで可哀想な自分に少しだけ酔っていたくてそのまま膝を立てると顔を埋めた。
物音ひとつしない静かな部屋にただすすり泣く声だけが微かに響いていた。

追い出された部屋の扉を少しだけみつめた柚希は踵を返し歩き出した。
詰られても当然なのに、責められるのも覚悟していたのに、そう思うとずきずきと痛む胸を押さえたまま溜息を零した。
きっと今頃泣いているかもしれない年下の彼を思い、部屋を見上げた柚希は頭を振ると歩き出した。
自分の勝手で翻弄した人を確かに傷つけたのだと胸に刻み込むと柚希は顔を上げると前をみつめる。
願わくば今度は愛し愛される人をみつけて欲しい、それが自分勝手な気持ちだと分かっていても願わずにはいられなかった。

とりあえず決着!次でラストかと。
でもあまりご希望にはそえてないかもしれないですね;

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