目が覚めると物音一つしない部屋に少し身震いをした柚希はただだるいだけじゃない奇妙な違和感を感じた。 あれから話し合おうともしてくれない慎二、だけど居ないと分かるだけで更に静けさだけが増す昼間なのに、窓があるけど日が当たらないのか、どこか薄暗い部屋の中、柚希は目の端に写る窓をぼんやりと眺めていた。 少し身動きするだけでずきずきと痛む体に眉を顰めながらも身を起こそうとして、じゃらり、と鳴る金属音に足元へと目をやった彼は片足だけに違和感を感じた理由を知り顔を歪める。 「外に出れないように閉じ込める」 その言葉通り繋がれた自分の惨めな姿には、もう溜息しか漏れない。 こんなはずじゃなかったのに、いつだって自分は間違える。 どうすれば最善かも分からないまま鎖の繋がれた足をそっと床へと降ろし柚希はベッドからゆっくりと立ち上がり窓へと近づく。 まるで囚われた鳥の様に惨めなのは麻痺しかけてるけどまだ感情があるからだと自分を奮い立たせると、動ける距離を冷静に測りだした。 歩く度に痛む体に顔を歪めた柚希は床を鳴らす金属音に唇を噛み締めた。
「オイッ!・・・待てよ、待てったら・・・」
「・・・・くどい!うざい!・・・何なんだよ、この間から・・・」
呼びかけながらも追いかけてくる海に、やっと振り向くと、大和は溜息を零しながら、うんざりした顔で呟く。 そんな大和に近づいて来た海は彼の苛立ちにも構わずに息を整え口を開いた。
「・・・居場所、心当たり無いかな?・・・それだけで良いから・・・」
「まだ、・・・来てないのか?」
真剣な顔で問いかけてくる海に大和は呆然と問い返した。 厄介な事になりそうな気がして眉を顰めてから思い直すように頭を振る。
「何度も言ってるだろ。おれはそんなにあいつと親しくないって。・・・行き先にも心当たりあるはずないだろう。」
冷たく返す大和に海は肩を落とすと苦笑する。
「だよな。・・・ごめん、引き止めて・・他、当たってみるよ。」
そのまま向きを変えると歩き出した海の後姿を視界から追い出し歩き出した大和は唇を噛み締める。 「ただの友人」そう言ったあの日の柚希を思い出し頭を振り、記憶から追い出そうとして大和は呆然と立ち止まる。 終わりを告げた後の飲み会以来、学食で久しぶりに目にした柚希の側にいた「あいつ」の底冷えする程の鋭い睨みを思い出し大和は振り向くと海の姿を探し始めた。
*****
「・・・慎二、これは・・・何?」
「気になるの?・・・鎖だよ、柚希さんを閉じ込める為の。」
躊躇う様に鎖へと視線を向け問いかける柚希に慎二は笑みを浮かべ答える。 ただの笑顔に身震いするのもどうかと思うのに目が笑ってなくて柚希は震えだした体を必死に堪えると口を開く。
「おれ、は・・・どこにも、行かないから・・・」
油断すると震えそうなのを必死に堪えたからなのか少し嗄れた声で呟く柚希に慎二は体を寄せてくる。
「これはおれの保険だよ。・・・こうしてたら安心でしょう。柚希さん一人にしとくの不安なんだ。」
鎖を持ち上げながら答える慎二は空いてるもう片方の手を柚希へと伸ばしてくる。 頬に当たるひんやりとした冷たい手の感覚にびくり、と肩を揺らした柚希へと慎二は笑みを返し顔を近づけてくる。 聞きたいのも話したいのもこんな事じゃないのに柚希は逃れられないまま瞳を閉じる。 優しいとは程遠い貪る様な口づけを送られながら押し倒された柚希は体を堅くしたまま上へと乗ってくる慎二の重みを感じた。
「まだ、だよ・・・まだ、足りない・・・」
「・・・しん、じ・・っ・・・」
ぐちゅぐちゅと慎二が動く度に響く濡れた水音に柚希は擦れた声で呻く。 ごぽごぽと音がしそうな程奥に何度も吐き出された精液が溢れ出しシーツを濡らすのにも構わず慎二は乱暴に奥を穿つ。 こうして部屋に閉じ込めても、鎖で繋いで誰にも会わせなくても、何度体を繋げても消えない不安に内心怯えながらも慎二はこれしか思いつかなかった。 念願の人をこの腕に抱いているのに虚しくなる気持ちに蓋をした慎二は涙と汗で濡れた柚希の前髪を掻きあげて唇を舌で舐めるとキスをした。 舌を絡め貪るように唾液を啜る慎二の動きが早くなり柚希は体の奥に迸る何度目かの激情を受け入れる為に瞳を閉じる。
毎日同じ事の繰り返しの日々が鮮やかになる瞬間、それは今までの自分の世界観が変わる事でもある。 大好きだから閉じ込めて、大好きだから誰にも見せたくない。 自分がそんな感情を持つ人間だとその人に出会って初めて知った。 その人に関わる全ての事に自分が関わりたいと思うそんな気持ち。 それが「愛」だというのなら今までの恋愛はただの子供の恋愛ごっこだと思う。 束縛されたいともしたいとも思わなかったから、ただ一緒にいるときが楽しければそれで良い、ずっとそう思っていたのに。 疲れて眠る柚希を眺めながら、慎二はぼんやりと考え込む。 何度体を深く繋げても残る虚しさ、愛してると呟く柚希の声ですら信じられない狭量な自分の心、手に入った気がしないから何度も確かめるのにそれを分かってくれない。 そして怯える柚希の顔を思い慎二は溜息を漏らす。 愛してほしいだけなのに、眉を顰めたまま眠る柚希の顔へと手を伸ばし慎二はきつく目を閉じる。
*****
目が覚めた時慎二の気配を感じられなくて柚希はゆっくりと身を起こす。 気だるい体に眉を顰めてから足につけられていた鎖が無い事に気づきもう一度辺りを見回した。 外された鎖が何を意図してなのか考える気もなくて柚希はベッドから降りてゆっくりと立ち上がると浴室へと向かう。 熱いシャワーを頭の上から浴びて、なるべく頭を覚まそうとしながら柚希は今はいない慎二の意図を改めて探ろうとする。 でも、いくら考えても分からなくて軽く頭を振ると柚希は部屋へと戻る。 適当な服を身に着けると柚希はもう一度部屋を見回す。 そうして玄関の扉へと手を伸ばすと何日ぶりかの外へと柚希は足を踏み出した。 久々の太陽に手を翳し光へと目を向けると柚希は後を振り返る事なく歩き出した。 歩く度に軋む体を叱咤しながら柚希は真っ直ぐに自宅への道へと足を向ける。
「・・・うっ!!」
自宅へと帰り扉を開けた瞬間柚希は呻く。 長い事留守にしている間に腐った生ゴミの腐臭に思わず口元を塞ぎ柚希は室内へと足を踏み入れると真っ直ぐ台所へと向かい生ゴミをビニール袋へと入れ処理すると窓という窓を開け放つ。 一段落した柚希は飛び込んでくる清涼な風を受けながら何とか落ち着いた部屋の中座り込むとこれからどうしたらいいのかを考え込む。 きっと勝手に部屋へと戻った柚希を許さないだろう慎二の事を思うと胸が痛くなったけれどもう一緒に居る事も出来ないと分かっていた。 距離を置いて話し合う機会を作りたいと勝手な事を思うとただ柚希は苦笑を零した。 部屋に戻って来た途端に気を大きく持つ自分の前向きで勝手な考えに柚希には苦笑しか漏らせなかった。
「待てよ!・・・えっと、蔵重慎二、だっけ?・・・話があるんだけど・・・」
「・・・何なの、あんたら・・」
不審そうに顔を向ける慎二に声を掛けた海は戸惑う様に大和へと視線を向ける。 年下の癖になぜか態度のでかい慎二に目を向けたまま大和は海の視線を感じつつ口を開いた。
「あんた、本当は知ってるだろ?・・・柚希に何をした?」
「・・・何の事ですか?」
「とぼけるなよ!・・・最近柚希と【仲良く】してたのあんただろ?・・・俺は、睨まれたの忘れてないよ。」
口元を少しだけ持ち上げ慎二へと目を向けたまま問いかける大和に慎二は少し眉を顰め俯いたけれどすぐに顔を上げ大和へと鋭い眼光を向ける。
「だから、何?・・・柚希さんとおれの問題に他人が口挟むなよ!・・・凄い迷惑!・・・友人気取りで気分良くなりたいわけ?」
「・・・お前・・・」
呆然と呟く海をも睨みつけた慎二は逃げる様に走り去る。 追う事も出来ずに立ち尽くしたまま、海と顔を見合わせた大和は苦笑を漏らす。 追い詰めたようで追い詰められた気がした。 睨みつける前に一瞬泣きそうに顔を歪めた慎二の走り去った方へと目を向けた大和はただ重い溜息を漏らした。
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