最初は空耳だと思ったけれど少しづつ大きくなる音に柚希はドアへと顔を向ける。 ドンドンと大きくなるドアをノックというよりほとんど叩く音に柚希はドアへとゆっくりと近づいた。 誰なのか確かめもしないでドアを開けた柚希はその判断を誤った自分に気づいたけれど、ただ笑みを浮かべ来訪者を迎えた。
「・・・慎二・・・どうした?」
「・・あの人・・・何で、柚希さんの家から出てきたの?」
「・・・あの人、って・・・慎二、いつから?」
苦虫を噛み潰したように問いかける慎二に柚希は笑みを浮かべていた顔を驚きに変え答える。 顔色が変わった柚希を目ざとく確認した慎二は苦笑を浮かべる。
「・・・慎二?」
「柚希さんはおれの恋人じゃないの?・・・なんでおれの事は拒んどいて他のヤツ上げてるの?」
両腕を強く掴み問いかける慎二に柚希はただ瞳を逸らす。 何を言っても言い訳にしかならないと柚希にはわかっていたから慎二から目を背ける事しか出来なかった。 そんな柚希の態度が益々慎二の怒りを煽るだけだと分かってはいても、何をどうすればいいのか柚希には本当に分からなかった。
「・・・・何か、言ってよ!おれは柚希さんの何?・・・ねぇ、答えてよ!」
「ごめん、慎二・・・ごめん・・・」
「謝れば良いと思ってない?・・・おれの問いに答えてよ!」
乱暴に柚希の手を引くと慎二は家の中へと入り、ソファーへと柚希を投げ出した。
「・・・っ!・・・慎二?」
「柚希さんはおれの恋人だろ?・・・他の男と本当に何も無かったのか調べるのも恋人の役目だよね?」
口元を少しだけ歪め冷たい視線を向けると小さく呟く慎二に柚希は青ざめる。 どうにか冷静な話し合いがしたくて慎二の下から抜け出そうとする柚希の足は乱暴に慎二に捕まれ、ソファーの上へと強く体を押し付けられる。
月明かりだけがぼんやり照らす灯り一つついてない部屋の中には啜り泣きだけが響く。
「・・っ!・・しん、じ・・・話が・・・」
激しすぎる快感は最早苦痛しか生まないものだと最近教え込まれたその行為に苛まれた体を持て余しながらも苦しい息の下、何とか声を搾り出す柚希の言葉に答える気もないのか慎二はただ乱暴に腰を突き上げてくる。 ぐちゅぐちゅと肉の混じり合う接合音がやけに響き柚希はただ慎二にされるがまま受け入れるしかなかった。 やっと長い夜が明け陽光が部屋に差し込む頃、柚希の意識は闇の中へと飛んでいた。
*****
「なぁ・・・ちょっと待てよ!」
肩を捕まれ振り向いた男の冷たい視線に怯んだ海はこくりと唾を飲み込み目の前の男を見つめ口を開いた。
「最近、おれの友人を見かけないんだけど、小林柚希・・・見てないかな?」
「・・・知らないですけど・・何で、おれに?」
「君、最近・・・小林と仲良かっただろ?・・・違った?」
何も答えずに小首を傾げる男に内心溜息を漏らした海は笑みを浮かべ顔を上げる。
「ごめん、呼び止めて。・・・もし、みかけたら連絡くれると嬉しい、これ、連絡先!じゃあ・・・ごめんね。」
呼び止めた男にメモを渡すと海は逃げる様にその場を後にした。 人の良い、後輩だと柚希は言っていたのに印象はまるで違うと歩きながら海は思う。 講義にも来ない、連絡もつかない友人に何かあったのでは?と胸騒ぎだけが海の中で渦巻くが彼には友人の交友関係がいまいち分からずに打つ手立てが全く検討もつかなかった。 校内ではほとんど一緒にいたはずの自称友人の後姿を見送った慎二は渡されたメモを手で握り潰すと歩きだした。 海が渡したメモ紙はゴミの一つへと変わり、風に流されていった。
「ただいま、柚希さん。」
薄暗い部屋へと入り笑みを浮かべた慎二はベッドへと横たわる人へと視線を向ける。 かけられた薄い毛布から除く白い素肌には赤い跡が散らばっている。 眠っているのか微かな呼吸音がするけれど、出かけた様子は見られなくて慎二は笑みを深くする。 最良だと思える事、それは優しくするだけじゃダメだという事。 いつまでたっても、何度体を繋げても、自分を見てくれない柚希を完全に自分のものだけにするには、最初からこうして閉じ込めてしまえば良かったんだと思う。 ゆっくり、と近づいた慎二は身をかがめると柚希へと手を伸ばす。 その気配に腫れた瞼を押し上げる柚希に慎二は笑みを浮かべ顔を近づける。 そっと触れ合い、顔を離した慎二をまだ焦点の合わない瞳が追うが何も言葉を発しようとは思わない堅く閉ざされた唇にもう一度触れた慎二はそのまま台所へと向かう。 見送る柚希の瞳は慎二すら写そうとはしていなかった。
今がいつでここがどこなのか?そんな記憶も曖昧な柚希は瞬きを繰り返す。 そして、ぼんやりとあの日の事を思い出す。 明け方、意識を失った自分が目覚めた部屋は、慎二の部屋だった。 意識の無い柚希をここまで運んで来た苦労を思うと胸が痛くなるけれど、もう、彼に抱くのは恐怖でしかなかった。 意識が戻ったあの日から、部屋で繰り返し行われるのは体を繋げるただそれだけ。 そこには以前はあったはずの言葉すら無く、ただ体を繋げる事しかしようとしない慎二に柚希の意思は関係なかった。 そこまで彼を追い詰めたのは自分しかいないと分かってはいるからこそ、柚希はただ従う事しかできなかった。 大学に来ない自分を心配してくれている人が一人はいそうだとその顔を思い出した柚希は頭を振りその思考を散らす。 考えても仕方無い事を考えるよりも、どうすれば慎二が柚希の話を聞いてくれるのかソレだけを考えないとと思うのに、いい案は浮かばないまま無駄に時間だけが過ぎていく。 溜息を零しても何も変わらないと分かっているのに、柚希は何も考えられなかった。 何もかも放棄して逃げてしまいたい、ただそれしか今の柚希には思いつかなかった。
******
「ねぇ、柚希さん・・・最近は何も言わないね。」
「・・・・っあ・・・ああっ・・・」
素肌を手で撫でながら問いかける慎二に柚希は擦れた喘ぎ声を漏らす。 下半身はもうずっと繋がったままで濡れた音がさっきから漏れてくる。 何度、中に出されたのか数えるのも億劫でされるがまま、柚希はただ喘ぐ事しかできなかった。
「・・・おれが好き?」
顔を近づけ問いかける慎二に中に入ってる肉棒が更に角度を変え突き刺さり柚希はびくり、と肩を揺らし手を伸ばす。 微かに触れた腕を掴むと柚希は声を零す。
「・・・いかせて・・・・おねっ・・い・・・」
「ダメ。・・・答えてからだよ・・・」
ぎゅっ、と柚希のものを握り締め深く中を突き上げると慎二は耳元へと囁いてくる。 唇を噛み締め波を堪えた柚希は涙で前も良く見えない瞳を開く。
「・・・好き・・・好きっ・・だから・・・・ねがっ・・・」
突き上げる速度が速く、深くなり、握られた場所への力も抜かれ柚希は慎二の背へと手を伸ばした。 体中でとぐろを巻いていた熱い熱の奔流が柚希を襲い、頭の中が白く弾けたのが最後の記憶でそのまま、意識を失った。
「平気?」
「・・・慎二・・・」
「やりすぎた、ごめんなさい。・・・でも、おれ、柚希さんが好きなんだ。それだけで・・・」
「・・・わかってるから。」
目を開いた先にいる慎二は額に乗せたタオルをそのままに眉を歪め柚希へと呟く。 笑みを返し答える柚希に慎二は目を細めると何も言わず部屋を出て行こうとする。
「慎二!」
「・・・何?」
呼びかける柚希に肩越しに振り向いた慎二に柚希は半身を起こす。 妙に重く自由の利かない体に内心苦笑を漏らしたまま柚希は慎二へと顔を向ける。
「・・・話がしたいんだ。ちゃんと。」
「おれは柚希さんを放さないから、話す事は何も無い!・・・ご飯、持って来るから。」
「慎二!」
バタリと閉まったドアは全てを拒否された様で柚希は溜息を漏らした。 いつまでもこのままここに居るわけにはいかないと思いながらも何一つ言えない自分に柚希はただ唇を噛み締める。
*****
「絶対おかしいって!・・・メールも携帯も通じないし学校はもちろんだけど、バイトにも来てないんだぜ。」
「・・・だから、何だよ。・・・おれは今後二度と関わる気ないから・・・勝手に探せ、じゃあな。」
「小林おかしくなったのお前のせいじゃん!・・・シラきんなよ!・・・仲直りしたんじゃ無かったのかよ。」
「・・・・友達じゃないし、ただの知り合い。・・・おれ、行くわ。」
海の前、立ち上がると離れた場所から手を振ってくる可愛い系の彼女に手を振り返した大和は飲み物代を置き歩き出した。
「・・・小林、見捨てるの?・・・あんなに懐いてたのに。」
「懐く?・・・・あれはただのフリだよ。あいつ、おれの事実は物凄く嫌ってたのかもよ。」
ぼそりと呟いた海の言葉に背を向けたまま答えた大和はそのまま足早に海の前から去る。 彼女へと笑みを浮かべ近づいたその姿を遠目に何となく見ていた海は溜息を漏らした。
「・・・こばやし〜何処にいんだよ、お前!」
テーブルへと突っ伏した海は何も出来ないままの自分を歯痒く思いながらも長い事そのままでいた。
毎日同じ景色を眺め、同じ人としか会わないと、日常の感覚はどんどん麻痺してくる気がしたまま柚希はベッドの上、横たわったまま何度目かの溜息を零す。 昼間からごろごろしているのもいつもの柚希には考えられない。 もう、日付の感覚もあまりないままこの部屋に閉じ込められて何日経つのかも分からなかった。 どこで間違えたのか、何度考えても自分が悪いとしか思いつかないけれど、相変わらずまともに話そうとするとすぐ逃げていく慎二を思い出し柚希は今日も溜息しか漏らさない自分に苦笑を浮かべる。 早くしないとどうにかなりそうだった。 自分がまだある内に何とか慎二を説得できればと思うのに、なのに当人には何も言えないまま時だけが過ぎていく今を柚希は苦笑を零した自分にまた溜息を漏らした。 どこから間違えたのか、修正が利くのか最近はいつも一人になるとその事ばかり考える自分に柚希は精神的にも肉体的にも疲れているのだと分かってはいてもどうする事も出来ない自分にまた、重く深い溜息を漏らした。
暗い、そしてどう収拾つけるの、私?・・・ではまた次回。
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