PURE LOVE 2

「おはよう、柚希さん。」
ベッドの中、照れくさそうに頬を赤く染めながらの慎二の言葉に柚希はぼんやり、と慎二を眺める。
昨夜の記憶がゆっくり、と頭の中に思い出され柚希は笑みを浮かべた。
行為の最中思い浮かべていたのが大和だったのだと口が裂けても浮かれてる目の前の青年には言えなくて、言う気も無くてただ、笑みを浮かべるしかなかった。
内心、そんな自分に嫌悪さえ浮かべたけれど柚希は笑みに全てを隠した。

その日から、慎二の柚希への執着はますます強くなっていった。
「柚希さん、昨日はどこに行ってたの?・・・メールの返事、遅かったよ?」
「・・・ごめん、レポートに時間かかってただけで・・・」
「良かった。・・・朝も昼も夜も、柚希さんの時間を全ておれの物にできたら良いのに。」
そんな風に干渉してくるだけでは無く、柚希に朝から夜まで、週末はもちろん一人で出かける事さえ許さなかった。
息苦しいまでの執着に柚希が反論してみようと思うなら、「恋人なら当たり前だよ」と先手を打たれ、ずるずると慎二に流されていた。
思えば、柚希には「恋人」なんて呼べる人は21年の人生の中、一人もいたことがなく否定も肯定もできない自分に柚希はますます追い込まれていく一方だった。
学年が違うことが唯一の救いだと考える自分に柚希はただ苦笑した。
すでに慎二の一方的な執着に疲れきっている自分がいる事に気づいた所で柚希には、どうする事もできなかった。

「お前、最近なんかめちゃくちゃ疲れてないか?・・・見る度やつれてる気がするんだけど・・」
「・・・気のせいだよ。」
講義が一緒の時間、海に問いかけられ柚希は笑みを浮かべ否定した。
無理矢理作った笑みだとわかってはいても海は「そうか」と相槌を返しそれ以上問いかけてくる事は無かった。
ほっと胸を撫でおろして柚希は携帯のバイブに気づきそっと取り出した。
慎二からのメールで「昼は学食で」と簡単な一言が書かれていた。
了解の返事を出してからひっそりと溜息を漏らした柚希を海がじっと見ていたのにも、柚希は気づこうともしなかった。
「柚希さーん・・・ごめんね、遅くなって。」
笑みを浮かべて手を振りながら、近寄る慎二が歩みを止めたのに柚希は首を傾げる。
名を呼ぼうと口を開こうとした柚希は目の端の人影に気づいた。
「久しぶり・・・お前、痩せた?」
学食のトレー片手に問いかける男を見上げ柚希は眉を顰める。
「・・・何で、わざわざそこに座る?」
「何で、って。知り合いを見つけたからかな?」
笑みを浮かべ嫌な顔をする柚希に淡々と返した大和はそのまま何でも無いかのように前の席へと座る。
「おれの知り合いが座る席なんですけど・・・」
「席は早いもの勝ちだろ?・・・それに、話もあるし。」
「・・・誰に?他にも席はあいてるだろ。」
立ち尽くしたまま動こうとしない慎二を目で確認して立ち上がる柚希を大和はその腕を掴み引き止める。
「・・・お前の選んだ道はそれで正解?」
「放せよ!・・・何、言ってるのあんた、バカじゃねーの。」
腕を振り切り大和の問いかけをバカにした柚希はそのまま立ち去る。
近寄る柚希の体を引き寄せた慎二の睨む目に目線を逸らし受け流すと溜息を漏らした大和はたった今、柚希を引き止めた自分の手を見つめた。

*****

「あの人、誰?・・・柚希さんに何で近寄るの?」
「・・・痛い、慎二。・・・大和は同級生だよ。高校の時からの知り合い・・・」
「慣れなれしかったよ。・・・本当にただの同級生?」
「・・・そう、ただの・・・同級生、だよ・・・慎二・・?」
素肌へと顔や手を擦りつけながら問いかける慎二に柚希は切れ切れになりそうな声で必死に答える。
あの後、午後の講義に出る事も許されずに柚希の部屋で延々と同じ質問を繰り返しながら体を弄る慎二に柚希はどうにかなりそうだった。
いけそうでいけない責め苦に泣きながら哀願する柚希をやっと慎二が放したのはもう日付が変わる頃だった。
温めのシャワーにあたりながら柚希は唇を噛み締めた。
どこで間違ったのか柚希には分からなかったからただ泣き出したいのを堪えるしかなかった。
執着は日々重く柚希を息苦しくさせるのに、気力も体力さえ落ちていくのに柚希は慎二の願いを聞き入れる事しかできなかった。
「好きだ」「愛してる」がとても空々しく聞こえるのに、手放すことができなかった。
側にいて楽な存在だったはずが今はただ苦しいだけなのにそれでも手放せない自分が柚希には分からなかった。

「お前さーちゃんと食ってる?・・・寝てる?」
会えば最近同じ事しか言わない海に苦笑した柚希はただ頷いた。
「悪いヤツにでも、捕まってるって噂が流れ出すぞ!」
「・・・どこが?・・・大丈夫。おれは平気。」
度を越した慎二の執着は酷くなるけれどでもまだ大学には通えるから柚希は何も知らない友人の前ではただ笑いたかった。
虚しくなってきてる心の内を誰にも知られたくなかったから、こんな誰にでも笑いかけるとまた慎二に気づかれるとうるさいんだろうな、と最近は開きなおりつつもただ笑みを浮かべた。
相変わらず何も言おうとしない柚希に海はひっそり、と溜息を漏らすと笑みを返した。
一歩外にでると日増しに強くなる日差しが夏を感じられ、柚希は空を仰ぐ。
いつもと変わらない空を見上げ頭を振ると柚希は歩き出した。
学部が違うから滅多に会わないはずの人影を見つけ柚希はその場に思わず立ち止まる。
反対側から歩いてくるカップルを見て一瞬鼓動が跳ねる。
いまどきの服に身を包んだ華奢な彼女と歩いている彼をぼんやり、と眺める。
あれが「本命」なのだろうか、と考えた自分に頭を振り柚希は気づかれない様にその場を立ち去る為、早足で歩き始めた。
適当な場所へと駆け込み柚希はドクドクといつもより早く鼓動する心臓を押さえたままその場へと力なく座り込む。

見かけたらどうなるのかずっと考えてた時期があった。
でもそれだけで、最近は自分の事だけでっぱいいっぱいだったから、もう何ともないはずだと思っていたのに。
学食で会った時は大丈夫だったから今度も平気だと思っていた・・・なのに唇を噛み締め柚希は頭を抱え込んだ。
慎二が柚希の行動や態度を信じられないのも当たり前だと思う。
自分はまだこんなにも未練のある相手がいて、その人を消したくて目の前で手を差しのべた慎二に甘えていたことに今更気づかされた。
口元を押さえ嗚咽を抑えたまま柚希は泣き出した。
愛して欲しかったのはたった一人だけだったのに、悲劇に酔っていた酷い自分に柚希は泣くことしか出来なかった。

*****

鏡の前で腫れた目を勢いよく出した水で洗い流しもう一度柚希は顔を上げる。
携帯のバイブに気づき取り出すと慎二からのメールを確認して柚希は鏡の中の自分を見つめる。
腫れは少し引いたけれど泣いたと分かるほど赤い目をしている自分に苦笑してメールの返事を送ると柚希は歩き出した。

「・・・柚希さん、いるんでしょう?・・・開けてよ、柚希さん?」
どんどんと何度もドアを叩きながら声をかけてくる慎二に柚希は薄暗い部屋の中、ベッドの上、薄っすらと目を開いた。
でも起き上がろうとはせず、ただ慎二が諦めるのを待った。
今日はとても慎二と会える気分じゃなかったから。
身勝手だと思われても、今は一人でいたかった。
誰とも会いたいと思わずに柚希はまた瞳を閉じる。
聞こえてくる音が止んだのがいつかわからない程深い眠りへといつのまにかまた堕ちていた。

携帯の着信音で二度目の眠りが妨げられ柚希は無造作に携帯へと手を伸ばす。
相手を確認しようと中を開き、柚希は目を見開いた。
鳴り止まない音にどうしようか迷ってるうちに電話は切れ、間を置かずに再度鳴り出した。
それが何度も繰り返され、投げ出したい衝動に一瞬駆られた柚希は思い止まるとやっと通話ボタンを押す。
「・・・・・」
『柚希?・・・おれ、今近くにいるんだけど・・・』
「・・・だから、何ですか?・・・こんな夜中に迷惑なんですけど。」
『・・・・・会いたいんだけど。ドア、開けない?』
言葉と同時に外で物音がして柚希は玄関へと顔を向ける。
「おれには、何も無いから。帰って下さい。」
電話に話すと返答も聞かずに通話を切った柚希は枕へと顔を押し付ける。
鳴り響く着信音を聞きたくなくて耳を塞いでも意味はなく、聞こえてくる音に柚希はやっと起き上がる。
玄関へと向かいドアを開けた柚希の前には電話の相手である大和が立っていた。

「迷惑なんです。早く帰って下さい。」
「・・・話があるって言っただろう。・・・中には入れてくれないわけ?」
「誰が!・・・おれには話しなんて無いし、話す気もありません。迷惑だから今すぐ帰れ!」
淡々と言う大和の話を断ち切り柚希は扉を閉めようとする。
「待て、って言ってるだろうが!・・・人の話くらい聞けよ!!」
「・・・何、やって・・・」
ドアへと手を伸ばす大和に驚く柚希に取り合わず同じ事を言うから、柚希は玄関なら、と大和を中へと招き入れる。
「・・・話って何ですか?」
重い溜息を漏らし問いかける柚希に大和は苦笑を漏らし、睨む柚希に咳払いをしてごまかす。
「巡り巡っておれに回ったんだけど、柚希最近調子悪いらしいって。・・・前も思ったけどお前痩せたよな?・・・何かあった?」
「・・・何も。おれがどうしようと大和には関係ないんですけど。」
うんざりした顔で答える柚希に大和は溜息を漏らす。
「心配してる友人にそういう事言うか?・・・なぁ、柚希の恋愛に口出す気ないけど、お前、疲れてるのあいつのせいなのか?」
「何、言ってんの?・・・本当に関係ないから。話、それだけ?・・・じゃあ帰れよ!」
「柚希!・・・お前はおれの友人だし心配なんだよ。何か無理な事されてるのか?」
「いい加減にしろよ!・・・ただの友人が他人の恋愛にけちつけるなよ。関係ないから早く帰れよ。そして、二度と来るな!」
語気を荒げて叫ぶ柚希に大和は両手を握り締める。
「おれで出来るなら手助けしてやろうと思ったのに勝手にしろよ!お前なんかもう知るか!」
売り言葉に買い言葉の様に答え大和はドアへと手を伸ばした。
「あんたには二度と関わらないから、「本命」とお幸せに。」
背後から聞こえる声に大和は後ろを振り向く。
笑みを浮かべ手を振る柚希に大和は更にきつく両手を握り締めた。

*****

「・・・おれはお前の何だった?・・・4年も続いといて簡単に切れるお手軽な相手?」
切り出された言葉に柚希は顔を上げる。
「・・・大和?」
「聞きたかったのはそっちだよ。本命ができたから終わろう、と言う勝手なおれに何も言う事も無いくらい簡単に切れる相手?」
「そうだよ。・・・お互い様じゃんか。そっちだって、おれはお手軽な相手の一人だっただろうが。」
「・・・なんだよ、それ。おれは4年間、柚希としか寝てなかったし、少しはおれを気にかけてくれてるのかと思ってたのに。結構、拍子抜けだよ・・・」
「終わりにしたのはそっちだろ?・・・終わりたいって言ってるのにおれに何が言えるわけ?・・・わかったら、帰れよ! 」
「それで、お前は良いの?・・・散々利用されて「本命」ができたら用なし、それで良いのかよ?」
「・・・何が言いたい?・・・それで、良いからおれは次の相手を見つけたじゃん!もう、大和はいらないし、勝手に本命とお幸せになってくれていいから。早く、帰れよ!」
苛々と語気を荒げる柚希に大和は溜息を漏らす。
「・・・わかったよ。もう関わらないから、じゃあな。」
バタリ、と閉まる音に柚希は唇を噛み締める。
曖昧だった終わりが決定的になって良い事だと思うのに、思うそばから涙が溢れてくる。
その場に立ち尽くしたまま柚希は次から次へと溢れだす涙を必死に何度も拭っていた。

どんどん暗くなるのですが、明るい未来はどこへ?

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