PURE LOVE 1

ただ一言でいいから何かを告げていれば二人は変わっていたのかな?

過ぎた話だと分かっているのにまた同じ事を考え込む小林柚希(こばやしゆずき)には忘れられない事がある。
胸の奥、しこりの様に残ってる気持ちをどうしたらいいのか分からないまま前に進む事はもちろん流石に後戻りも出来ずに立ち止まったままだ。
あの日からずっと。


ベッドの上ついさっきまで熱く体を重ね合った後、淡々と身支度を整えながら告げられた一言が柚希の中で未だに渦巻いている。
それはもう三週間も前に遡る。
ゆっくり、と瞳を閉じた柚希の前にあの日の光景が浮かんでくる。

「終わりにしないか?・・・もう、柚希とはこうして会わないから」
行為の名残で気だるい体を必死で起こす柚希に構わず彼はドアへと向かう。
「・・・大和(やまと)!」
少し擦れた声で名を呼ぶ柚希に彼、大和は振り向きもせずに言葉を返した。
「好きなヤツ、できたから・・・もう、柚希とは寝ないよ。じゃあ、ばいばい。」
あっけなく出て行く大和をベッドの上、ただ呆然と柚希は見送る。
あっけない幕切れにドアの閉まる音で我に返った柚希は取り残されたベッドの上、くすくすと笑みを零した。
それで終わりになるはずだった。
4年は続いた友人、津川(つがわ)大和とのバカな関係は何の気持ちも柚希の中に残さないはずだった。
なのに。

瞳を開くと柚希は溜息を漏らした。
こんなはずじゃなかったのに、いつまでもあの日を思い出しては溜息を漏らす自分に柚希はただ唇を噛み締めた。


*****


「小林!合コン行かない?・・・人数足りなくてさ。」
たいくつな講義の最中、江藤海(えとうかい)のいきなりの問いかけに柚希はおもわず眉を顰める。
「また〜?先週やったばかりじゃんか。」
「先週はN短大。今回はM女子大だぜ。・・・なぁ、行こうよ。面白いぜ。お前、全然参加してないじゃんか。」
いいだろ?としつこく誘われ柚希は渋々頷く。
一人になるとまた余計な事を思い出すからいい気晴らしになるだろうとも思った柚希の真意は当然海には分かるはずないまま滅多に飲み会という名の合コンに参加しない柚希の参加にただ喜んだ。
そんな友人に曖昧な笑みを返し、柚希は溜息を漏らし、頭を振る。


「前評判は良かったんだけどな〜。」
呟く海に笑みを返し柚希は周りを見渡した。
流石にM女子大だと頷ける綺麗どころの多い目立つグループの今回の目玉だろう彼女達は、ただ一人の男に夢中になっている。
まさかこんな場所で会うとは思わなかった柚希はやっぱり来るんじゃなかったとひっそりと、重い溜息を漏らす。
「本命」が出来たと終わりを告げてきたあの日以来会うことの無かった、大和が今回の合コンの場の中心になっていたから。
なるべく大和のいる盛り上がった場を見ない様に酒をひたすら飲む柚希に海は諦めムードだと勘違いしてくれてるが構う事なく飲み続ける。
早く帰りたくてお開きになってくれる事を願いながら。
「小林・・・ちょっと、飲みすぎじゃねー?」
「・・・平気だよ。もちろん、食べてるし。で、面白い?」
「・・・・・嫌なヤツ。まさか。津川来るなんて聞いてないし、来るんじゃなかったよ。」
海のその言葉に柚希はただ苦笑する。
誰が見ても「格好良い」と賞賛されるのが当たり前なのが大和だ。
海だけじゃなくて他の男達もただ盛り上がる一画を指を銜えて見る位しかできない程目立つ男だと柚希は今更の様に気づく。
ただのセフレも一夜の相手も選び放題の男だと改めて再確認した柚希は一人ぐるぐると悩んでる自分がますます惨めに思えてならなかった。
だから柚希の酒を飲むペースが上がっても海はもう気にも留めず近くに座った盛り上がる一画に入り込めないそこそこレベルの女達へと声をかけ始めた。

「小林、帰るの?」
手早く帰り支度を始めだした柚希に海がこっそりと聞いてくる。
「帰るよ。いても、しょうがないし。・・・江藤は、残るの?」
「・・・んーと、次、カラオケだってよ?」
「パス!歌えないのに行っても仕方ないし。」
幹事を探しながら即答する柚希に海は溜息を漏らす。
聞かなかった事にして幹事へと近寄ると会計を済ませ柚希はひっそり、と場を抜ける。
早く、帰りたくて仕方なかった。
平気な顔であの場に長くいれる程柚希は図太い神経を持ち合わせては居なかった。
外に出ると室内との温度差なのか少し肌寒い感じがしたけれど柚希は頭を振り歩き出そうとした。
「帰るんだ・・・合コンにいるなんて、珍しいのに。」
背後からの声に振り向いて後悔する柚希に構わず近寄ってくる男、大和を見てただ立ち尽くす。
「柚希?」
「・・・そっちこそ、良いの?本命がいるのに・・・ここに来て。」
「気晴らしはたまには必要じゃん。・・・で、帰るの?」
「うん、おれは・・・ただの付き合いだし。・・・それじゃ、さよなら。」
苦笑して言う大和に柚希は笑みを返し答えると、踵を返す。
視線を背後から感じていたけれど振り切るように柚希は歩き出した。


*****


「二次会来れば良かったのに。・・・津川一次会で帰ったらしくてさ、結構良い感じに盛り上がったよ。」
嬉しそうに話す海に柚希はあの時は帰る時だったのだと何となく理解したまま笑みを返す。
見なければ、会わなければきっと時間が柚希の胸の奥に溜まるしこりを流してくれるはずだと信じて疑わなかった。

同じ大学にいるのに学部が違うだけでこんなに会わないでいられるのだと柚希は分かっていたようで本当は何も分からなかった。
連絡はいつもメールで一方的なその文に柚希はただ待つのみだった。
都合の良い相手、いつでもどこにいても一方的なそのメールに喜んで家に帰ったバカなあの頃を思い出すとこれで良かったと思うのにまだ踏ん切りがつかない女々しい自分が嫌になりまたいつもの様に唇を噛み締める。
本命が誰なのかも柚希は知らない。
大和の事を何一つ知ろうとはしなかった自分に気づいても、もう苦笑しか漏れない。
どうして、あんな関係になってしまったのか今は後悔だけが日々募る。
迷路にはまりこんだ迷子のように同じ場所をぐるぐる回り続ける自分に呆れながらも柚希はどうしたらいいのかも分からなかった。
いっそう、本命と仲良く歩いてる姿でも見れば納得できるのだろうとも思えるのだけれど、会いたいとも思わなかった。
会えば確実に惨めな気分になるだろう自分を柚希は良く分かっていた。

「小林柚希、だよね?」
ぶしつけな問いかけに少し見上げる場所にある顔を見上げても知らない男だった。
「・・・おれは蔵重慎二(くらしげしんじ)。おれさ、小林と友達になりたいんだけど、だめ?」
「何で、いきなり。おれは蔵重だっけ?あんたを知らないんだけど・・・」
不審な顔で見上げたまま警戒する柚希に友達の名乗りを上げる慎二は笑みを浮かべる。
「だから、友達としておれを知ってよ。ね?」
笑顔のまま言う慎二にどこか裏がありそうな気がしたまま柚希は渋々頷く。
そんな柚希に慎二は顔いっぱいの全開の笑顔を浮かべると手を差し出してくる。
「・・・何?」
「だから、握手!これからよろしくの意味!」
一歩下がる柚希に手を差し出したまま言う慎二に柚希はおそるおそるその手へと手を差し伸べる。
堅く握られ「よろしく!」と笑みを浮かべる慎二への第一印象は変なヤツだった。


*****


慎二は大学こそ同じだけれど学部も違うしなにより年下だった。
子供だと思う時がある事は多いけれど一緒にいて飽きる事が無く、どんどんといつのまにか慎二のペースに流されてる柚希がいた。
「柚希さーん!今度の日曜日にこの映画見に行こうよ!」
「・・・また?おれ、週末は家でごろごろしたいんだけど・・・」
「いいじゃん!また美味しい店教えるし。」
先週もその前の週も休む間も無く誘いをかけてくる慎二のお願い攻撃に辟易しながらも最後には頷く柚希に慎二は終始笑顔を見せる。
無邪気な子供の様な笑顔に柚希はぐるぐると悩んでいた事も忘れている自分に気づく。
でも、それで良いんだと思いなおす最近はそんな日々の繰り返しだった。

「やっぱり、ラストが気に入らない!」
「まだ、言ってる。良かったじゃんか。恋人を選んだんだから。」
「でもさーー。」
まだ映画のラストが納得いかないのかふてる慎二に柚希は笑みを漏らす。
「美味しい店、今日はどこ?」
「・・・え?あ・・・今日はパスタ!値段も手頃だけどランチタイムのパスタは日替わりで美味しいのですよ。こっち、柚希さん!」
手を引く慎二に柚希は笑みを返す。
機嫌がもう直ったのか慎二は嬉しそうに店へと案内を始めた。
「どう?」
「まじ、うまい!・・・こんな所に店あったんだ。」
「・・・最近できたんだよ。」
「お前、良く知ってるよね。デートに困らないじゃん。」
褒める柚希の前、困ったように笑みを浮かべた慎二は地元だから、と言葉を濁す。
そんな慎二に首を捻った柚希に彼はただ笑みを浮かべると目の前のパスタへと手を伸ばした。
「ねぇ、柚希さん!」
「・・・何?」
「来週もおれと出かけてくれるかな?」
「へ?・・・何、言って・・・」
お腹が膨れた二人は噴水が有名な公園でただベンチに座りぼんやりと噴水を眺めていた。
静けさを破る様に神妙な顔で問いかけて来た慎二に驚いた顔を柚希は向ける。
「・・・本当はおれ、柚希さんと友達以上になりたくて、でも・・・あの時言えなくて・・・」
「・・・何の事?」
「おれ、柚希さんが好きだから・・・だから・・・」
いきなりの告白に柚希は何も言えないまま慎二を見る。
夕日のせいなのか赤く染まる慎二の顔を柚希は黙って見ていた。
「・・・柚希さん?」
「おれの事好きって、友達の好きじゃなくて?」
戸惑いながら問いかける慎二に柚希は問いかける。
こくり、と頷き肯定する慎二に柚希は眉を顰める。
「慎二は、同性しかだめな人?」
「多分、そうかも。おれ、女の子は昔から苦手で・・・」
「何で、おれ?」
「わかんない、けど・・・初めて見たとき好きだな〜って。あの時は全然柚希さんの事知らなかったから、だから、友達になったら変わるかなって思って。」
「・・・何か、変わった?」
「柚希さんの事、知ったらもっと好きになってた。だから、おれ、言わないとって・・・」
「ねぇ、おれと寝てみたいって、思う?」
「・・・うん。」
こくり、と頷き返事をする慎二に柚希は立ち上がる。
驚いた顔で見上げる慎二へと顔を近づけると柚希は笑みを浮かべる。
「なら、今すぐ、やろうか。・・・どこが良い?」
「・・・えっと、部屋が良いです・・・柚希さんの部屋!」
行こうと腕を引く柚希に躊躇いながらも慎二は後をついてくる。

終始無言のまま部屋へと辿りつき促す柚希におずおずと部屋へと足を踏み入れた慎二は相変わらず何も話そうとはしないから柚希はお茶の用意の為に台所へと向かおうとした。
そんな柚希の腕を掴み引き寄せると慎二はキスをしてくる。
獣が獲物に喰らいつくような息をも奪うキスに柚希は瞳を閉じ答えると慎二の首へと腕を伸ばした。
濃厚な口づけにくらくらしながらも、久しぶりの人肌が懐かしくて柚希は慎二へとしがみつく。
欲望に身を任せながらも柚希の頭のなかに浮かぶのはやっぱり大和だった。

最近読みきりはどうしたんだ?ってくらいかけません。おかげさまで続きます。

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