ヒトメボレ 5

〜PURE LOVE 外伝〜

入り口を出た途端に吹き込んでくる冷たい風に身を奮わせた慎二は襟を合わせようとして近づいて来た足音に顔を上げる。
「・・・・・何で・・・・・」
現れた人を呆然と見つめ呟く慎二の前に立っていたのは、ここに来る前に別れたはずの浅葱だった。
「・・・・・この辺で待ってれば会えると思ってたけど、随分早くない?」
自分と一緒にいた時は朝まで離してはくれなかったから、浅葱はとりあえず寒さを凌ぎながら朝まではこの近辺をふらつく予定でいたのに、休憩時間もまだ残っている中途半端な時間に出てくるとは思わずつい呟く声に慎二は眉を顰める。
「別にいいだろ、何の用?・・・・・それとも譲に用?・・・あいつならまだ中だよ、部屋番教えようか?」
そのままどうでもいい突き放した言い方をしてくるから浅葱は唇を閉ざし慎二を睨み付ける。
その態度に肩を疎め、慎二は何も言わずに歩き出した。
「・・・・・っ! 待てよ、用があるのは慎二の方だって普通分かるだろ?・・・・・ちょっと・・・」
見向きもせずすたすたと歩く慎二の背後から戸惑う様な声を漏らしながらも浅葱は着いてくる。
「慎二、待てって!」
浅葱の声を完全に無視して歩幅を緩めようともしないまま歩く慎二に浅葱は小走りに追いつくと腕を掴む。
「・・・・・俺には話す事なんて無いし、浅葱の顔は当分見たくないって・・・俺、言わなかった?」
仕方なく立ち止まりはしたけれど、振り向こうともしないで呟く低い慎二の声に浅葱は腕を掴む手に少しだけ力を込めた。
そんな浅葱の態度に慎二はそれでも頑なに背を向ける。
「話があるって俺言わなかった?・・・・・慎二になくても俺にあるんだよ。」
大きな溜息を吐くのが掴んでいる腕から感じられ、浅葱は顔を上げると真っ直ぐにその背を見つめる。

「・・・・・で、何?」
無愛想な問いかけにカップを持つ手がみっともなく震える程びくり、と身震いする浅葱の目の前で慎二はぼそり、と問いかける。
あのまま、あの場所で話すのは寒いし、出入りする人の邪魔にもなるだろうし、と適当に見繕った24時間営業のファーストフード店に二人向かい合って座るけれど、居心地は最高に悪くて気まずい雰囲気がもう流れ始めていた。
やっと口を開いた慎二は相変わらず向かい合っているのに、浅葱を見ようともしないまままずそうにコーヒーを啜る。
「あの、俺を見て避けるのとか止めて欲しい。・・・・・俺は慎二と友達のままでいたいから、だから・・・・・避けられるとちょっと傷つくし・・・・・・」
おずおずと呟く声に慎二は顰めたままの眉間に更に深く皺が寄るのを感じる。
それから、家に帰ってさっさと寝てしまいたいのに、呼び止められて下らない言葉を聞かせられてると口元を歪ませる。
「別に避けてないから、用事を思い出しただけじゃん。・・・・・それだけなら、俺、帰るよ。本当にさっさと家に帰りたいんだよね。もう、良い?」
「・・・・・くだらなくないし、俺は真面目に言ってるんだよ。最近、店にも来なかったのに、久々に来たと思ったら、人の顔見て去ろうとするし、だから、俺は・・・・・」
「当分、会いたくないって、何度、言わせる? 暫く浅葱の顔見たくないって、俺、言わなかった?・・・・・友達に戻りたいんなら、俺の主張も聞けよ。話、それだけなら、帰るから、じゃあな。」
「・・・・・ちょっ、慎二!!」
「当分、姿見ても話しかけんなよ。・・・・・浅葱の事友達だと完全に思えるまで話したくない。」
立ち上がると去りかける慎二を慌てて立ち呼び止める浅葱の耳元に低く呟くと慎二はさっさと店を出て行く。
一人、取り残された浅葱はその場へと力なく座りこむと、深い溜息を吐いた。


*****


欲しい、と思う気持ちだけが面白いほどに毎日溢れてくる。
バイトに行く以外に夜出かける事なくただ自宅でじっとしだしてから、顔を見合すたびに嫌味を言っていた姉は何も言わなくなった。その場凌ぎにしかならないバイトだけれど働く意欲も見せなかった慎二が今度は逆にこれでもかと言うほど詰め込んで働くのに今までは関心の『か』の字も見せずにいた両親も流石に心配の目を向けるようになった。
「悪い、止めとく。ちょっと、都合悪くてさ、うん、また今度誘ってよ。」
ぶっ、と通話を切ると携帯を無造作に放り投げまたテレビを見始めた慎二に一緒にいた母親は何か言いたそうに視線を向けてくるが慎二はその視線に気づかない振りをしてまでテレビから視線を外さなかった。
「呼び出されたら、今までなら出かけていたのに、今日はバイトも休みでしょう?」
気になるのか痺れを切らし問いかけてくる母親に慎二は「良いんだよ」と返しただけで訴える視線にもだんまりを決め込んだ。
仕事をしないと、との脅迫観念が慎二の中に渦巻いている。
何をしていても、ふとした瞬間に思い出す「友達のままでいたい」と頑なに拒む浅葱の声と同時に抱かれた時の姿態を思い出し何度も頭を振る。
早く忘れないと、何度も言い聞かせているのに、中々忘れられなくて、きっと誰といても思い出すだろうから、尚更『夜』に出歩く事を拒んでいた。
普通にできないから避けるのだし、普通に出来ないと分かっている浅葱には会いたくなかった。
ぐるぐると渦巻く記憶は何度頭を振っても、別の事を考えようとしても蘇ってくる。
暇になる時間を少しでも失くす為にバイトを詰め込んだのにこれじゃ意味が無いと慎二は口元を歪ませるとまだ不審な目を向けてくる母親から逃れる為に自室へと帰るために立ち上がった。

鳴り止まない携帯の音に着信相手を見ると高校までつるんでいた悪友の一人からで慎二は少し躊躇いながらも通話ボタンを押した。
「もしもし、珍しいじゃん、どうした?」
確か進学組みだった彼は地方の大学へと進学したはずだ、と少しだけ頭の片隅で思い浮かべながら問いかける慎二に電話越しの彼は懐かしそうに挨拶から始めた。
丁度『冬休み』だから、実家に帰省していると告げる彼に慎二は曖昧な言葉を返す。
『・・・・・・ところで、さ、慎二は大学辞めて今は自宅にいるんだって?・・・・・最近、浅葱に会ったか?』
「なんで?・・・・・大学辞めて肩身狭いから、とりあえず仕事探してる所で忙しいし、会ってないよ。・・・・・何、浅葱がどうかした?」
何気ない彼の言葉に一瞬動揺するけれど、電話越しの彼に悟られぬ様に平静を装い言葉を続ける慎二に彼はぽつぽつ、と話した。
久しぶりに帰省した彼は久しぶりに会った仲間と自然とプチ同窓会を開こうと思い立ったらしく、当然地元に残っているはずの浅葱にも声をかけたのだが、素気無く断られたらしい。
それだけなら、彼は特に何とも思わなかっただろうけれど、その後町中で偶然再会した浅葱はあろうことか彼を見て逃げ出したらしい。
「・・・・・で、それが、何?」
『いや、こっちに戻った慎二だったら何か聞いているかなと、ね。浅葱、結構暗かったしさ〜。』
「別に何もないから、会ってないのに、何かあるわけないだろ。」
『まぁ、それもそうか。・・・・・そういや慎二もどうよ、参加する?プチ同窓会!』
「遠慮しとく、結構今忙しいし・・・・・ごめん。」
『そっか、残念、なら、また今度。じゃあな』
「ああ、じゃあな」
通話を終わらせ慎二は今聞いた話をぼんやりと思い出した。
友達でいたい、と必死で告げる浅葱の真摯な顔を思い出すと慎二は深い溜息を吐いた。


*****


久々に入った店の中、慎二はきょろきょろと周りを見渡す。
来るつもりはなかったけれど、悪友の言葉が慎二の中で大きくなりすぎて一度浅葱の姿を確かめたかった。
なのに、目的の人物の姿、形も見当たらなくて、何度も通ったおかげで顔見知りになった常連をみかけた慎二は彼に近づく。
「ごめん、話し中に、最近、浅葱の事見かけた?」
丁度好みの女を見かけたのか口説き落とそうとしている彼は無粋な慎二の割り込みに顔を上げああ、と慎二を認める。
「・・・・・そっちこそ、久々じゃん!・・・・・浅葱も最近ご無沙汰だよ、少なくとも俺は見てないな。」
笑みを向け快く答えてくれる彼にそう、と呟く慎二は笑みを浮かべるとありがとう、と礼を告げ手を顔の前に当たるとさっさと退く。
ここに居ても無駄だと潔く店の外へと向かう慎二は目の前に飛ぶように現れた人影に目を見開く。
「・・・・・・譲?」
「やっぱり、慎二さん!後姿でもしかして、と思ったんだ。・・・・・・ねぇ、遊んで?」
上目遣いに腕を掴み笑みを浮かべる譲に慎二はそっと溜息を零した。
「遊ばない、俺、急いでるから、じゃあな。」
おもいきり捕まれた腕を離し冷たい声を出す慎二に譲は一瞬怯む。
その隙を見逃さなかった慎二はそのまま譲から視線を外し出口へと足を向ける。

外の冷たい風に当てられながら慎二は携帯を取り出し時間を確認するとタクシーを探す為に歩き出した。
「待ってよ!・・・・・・この前は受け入れてくれたのに、どうして今回は駄目なの?」
追いかけてきたのか歩き出す慎二の背に縋りつくように抱きついてくる譲に慎二は深い溜息を吐く。
「だから、今日は用事があるって言ってるだろ。」
「なら、いつだったら良いの?・・・・・慎二さん連絡先も教えてくれないし、ねぇ、慎二さん?」
必死に服を掴み問いかける譲に慎二は内心舌打ちをしてから、自分の悪行の結果を今更見せつけられた気がした。
一夜限りの遊び相手に連絡先を教えた事は一度もない。
付き纏われるのは嫌だったし、ソレが一度きりだと理解している人しか相手にしていなかったのもあるけれど、目の前の譲を見て、慎二はしくじったと思う。
その気もないのに、二度も触れた自分のせいで譲の慎二への興味はその域を少しだけ越えそうになっていた。
だから、慎二は深く息を吸い込むと口を開いた。
「もう、譲とは遊ばないし、当分誰とも遊ぶ気にはなれないから、離してくれないか。」
「・・・・・・慎二さん?」
「ごめん、本当に急いでいるから、もう、声もかけないでくれ。」
呆然とでも少しだけ縋りつこうとする視線から顔を背けたままそれでも慎二は最後通牒の言葉を投げる。
それから、今度こそ背に縋りついた手を払うと呆然と立ち尽くす譲を見向きもせずに歩き出した。

酷い言葉を投げつけたと思う。
いつもならもっとスマートな切り方をするのに今はたった一人の姿しか思い浮かべられない。
早く会わないと、その姿を思い浮かべる慎二は足早に歩き出すと適当な場所で見つけたタクシーへと乗り込み行く先を簡単に告げ深くシートへと沈みこんだ。

だから、微妙すぎるだろう私;まだ続きます。

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