息を吐く間も無く貪る様に唇を囚われ、智志は両手を伸ばし恭司を何とか遠ざけようとする。息苦しくて、それだけで、体中の自由を奪われた気がするのはきっとその行為に慣れないから。そんな智志の抵抗を難なく抑え込む恭司はやっと唇を放す。 壁に押し付けられた智志は途端に激しく咳き込み、飲み込みきれずに溢れた唾液を唇の端から零し乱暴にそれを拭う。
「・・・・・何、するんですか?」
「逃げる気? オレとお前の関係を無かった事にする気?」
ごほごほ、と未だに咽ながらも吐き出す智志の問いかけに答える気は無いのか、恭司は肩を掴み未だに咳き込む智志の顔を持ち上げ覗きこむ様に顔を近づけ告げる。間近に迫る顔の良く分からない問いかけに答えられずに眉を顰める智志の態度に恭司は軽く舌打ちすると肩を掴んだまま、ドアへと目を向ける。
「早く開けろよ! 無視してないなら、部屋に上げてくれるんだろ?」
問いかけてはいるけれど、それが決定事項の様に告げる恭司に促されるまま智志は無言で鞄の中から取り出した鍵をドアの鍵穴に差し込んだ。 家主より先に開いた部屋の中へとずかずかと入った恭司は足を止め後ろを振り向く。 未だに呆然と玄関で立ち尽くす家主である智志に気づき恭司は微かに舌打ちすると智志の腕を掴むと強引に中へと引き寄せる。
「・・・・・あの、阿木くん?」
力任せに引きづられる様に投げられた場所から慌てて身を起こした智志の声が聞こえなかったのか、聞こえていて無視をしているのか無言の恭司は身を起こした智志をすぐに押し倒す。
「・・・・・っあ、やっ・・・・・やめ・・・・・・阿木くん!」
ぎしり、と軋む安物のシングルベッドの上、圧し掛かる恭司を押し退けようとする智志の腕は容易く恭司に掴み取られる。 そして、智志の抗議にも似ている問いかけはすぐに唇で塞がれた。
声も体の抵抗すらも抑え込まれた智志は身ぐるみ剥がされベッドに縫い付けられる様に両手両足を捕えられる。まるで標本の昆虫の様に羽と体を虫ピンで止められた姿を不意に頭の中に思い描きながらも、ぐいぐい、と内臓を突き上げる様に乱暴に推し進める恭司の行為は一向に止まる事なく、ただされるがままぼんやり、と肩越しに見える天井へと智志は視線を向ける。 ぎしぎし、と恭司が動くたびに軋むベッドの音も、生臭くどこか鉄臭い匂いが下半身から香ってくるけれども、自分の事なのにそれは他人事の様にどこか感覚は薄かった。痛みも痛みの限界値を超えると麻痺してくるそんな便利な機能が人にはついているのだと智志はこの行為で初めて知った。 痛かったのは最初だけ、叫びも呻きも唇で封じ込められ、押しのけようと伸ばした手も空を掻き、そんな智志に躊躇う事なく恭司は何度も腰を動かす。 元々何かを受け入れる場所では無い器官を何度も行き来されるその内に痛みは滑りが良くなり消えていった。濡らしてもいない場所が濡れる理由は一つだけ。きっと下半身は血だらけになっているだろう。想像しなくてもそれぐらいは智志にだって分かる。それなのに、恭司は止める事なく強引に腰を推し進め、奥を抉る。内臓を突き上げられる独特のその行為を何故今自分がされるのかも分からないまま、考える事すら放棄した智志の意識は次第に薄れていった。
*****
目を開いたら薄暗い部屋の中は物音ひとつしなかった。 時間の感覚が全く分からない智志は起き上がろうとしてずきずきと痛む下半身に、あの行為が夢でも偽りの出来事でもなく現実だったのだと少しずつ覚醒する意識の中思う。 今度はゆっくり、と起き上がり眺めた部屋はやっぱり真っ暗でそろり、と足をつけた床にそっと降りた智志は窓へと目を向ける。 閉じられる事の無かったカーテンは脇にぶら下がったままで、窓から見える外は真っ暗だ。 鞄に押し込んだままの携帯を取りにいきかけた智志は手近にあったテレビのリモコンへと手を伸ばす。 暗闇にぼんやり、と明るくなっていくテレビの画面が映りだし、端っこに申し訳ない程度についている時計は2時55分と表示されていた。 体の痛みや怠さから、夢ではなく現実だと理解はしているのに、自分に痛みを与えた人は早々にこの部屋から出ていったらしく、気配も感じられなかった。 何一つ理由をいう事なく、やるだけやって去った恭司に何かを問いただそう、そんな面倒な事はしたくなかった。 途中で意識を失った自分にはきっと何も言う資格も無いし、今後何もなければそれで良い、そう思う。 まだ違和感の消えない下半身が怠くてベッドに倒れこむ様に横になった智志は中途半端な時間に起きた自分がまともな時間に起きれるかどうか、その方が心配だった。
それから数日は何もなかった。 あれきり恭司から何の連絡もなく、こちらから取ろうなんて気も起きなかった智志は平常通りの日常を送っていた。 突然現れたら今度はどうしよう?たまにそんな思いが胸を掠めるけれど、あの時の恭司の様子は少しおかしかったし、それだけだと開き直った。 危ういものに自ら頭を突っ込む、そんな性格じゃない。降りかかる火の粉でさえ避けて通りたい、それが智志だったから。 油断大敵という言葉がある。 だから、最初は恭司に会う事の無いように注意はしていたけれど、今まで通りの日常を一週間続ければすぐに意識は薄れていった。 気の迷いだったのだと、そう都合良く考えていた二週間目、穏やかな日々が続き三週間目も終わりを迎える頃には、恭司の事を思い出す事も無かった。 そんな矢先に鳴り響いた携帯電話の音、自宅でレポートを纏めていたその時不意に鳴り出した携帯の表示画面には当に記憶から薄れかけていた恭司の名前が表示されていた。
鳴り響く携帯を目にした途端に手にじんわり、と汗が浮き出てくる。 冷たい汗が背筋を滑り落ち、それでも鳴り止まない携帯へとおそるおそる智志は手を伸ばす。
「・・・・・はい・・・・・」
『いるなら早く出ろよ! これから行くから部屋にいろよ!』
「あの・・・・・阿木くん?」
問いかけようとした途端に要件のみ告げた携帯から聞こえる無機質な切断音。智志は自分の意思を聞こうともしない恭司のその声に携帯を握りしめたまま盛大な溜息を零した。 静かな部屋の中、その溜息はやけに大きく響いた。
*****
ピンポーン、と鳴り響くそれは何度も繰り返される。それ以上鳴らされるとアパート暮らしの智志には耐えられない事で玄関へと思わず駆け込む。
「・・・・・何の用、ですか?」
「何、その態度。 どけよ、そこ・・・・・入れないだろ?」
開いたドアの前、案の定立っていた人を目にした智志の問いかけに眉をぴくり、と動かした恭司は智志を押しのけるとずかずか、と部屋の中へと入っていく。
「阿木くん! あの、俺、これから出かけるので・・・・・その・・・・・」
「だから? 邪魔だから帰れって?」
「・・・・・阿木くん・・・・・」
戸惑いながら告げる智志に恭司は微かに眉を顰め声のトーンも一段低くなる。何も言えなくて名前を呼んだだけで黙り込む智志は自分の部屋のはずなのにそこにいるのが途端に居た堪れなくなる。漂う空気も重苦しくて、立ち尽くしたままの智志はただ俯く。 頭の中では「何で?」「どうして?」問いかけたい疑問だけがぐるぐると渦巻くのに問いかけただけで前の様にいきなり怒り出すそんな事は避けたかった。
「ねぇ、何で俺の事避けるわけ?」
沈黙を破る様に問いかける恭司の声はやけに静まり返った部屋の中妙に反響する。
「・・・・・特に、避けていたわけでは・・・・・」
立ち尽くしたまま一向にその場を動こうとしない智志の小さな答えに恭司はソファーに座ったまま更に眉を顰める。
「出かけるって、今頃どこに? 今日はバイトじゃないだろ?」
人付き合いが苦手な智志が新しいバイトを見つけたはずは無い、と断言する様に更に質問を重ねてくる恭司に智志は俯いた顔を上げようともしないままただ黙り込む。 「ねぇ、答えろよ! 用事も無いのに出かける予定をわざわざ作るそれのどこが避けてないって?」
少しだけ口調をきつくする恭司にますます身を竦めた智志は貝の様に口を閉ざしている。相変わらず座ろうともしない智志に恭司は痺れを切らしたのか立ち上がる。ぎしり、と軋むソファーに肩をびくり、と揺らす智志を目にし、恭司はその場に立ち上がったまま目の前、立ち尽くしたまま一向に動こうとしない智志の様子を思わず窺う。 「・・・・・なんだよ、それ・・・・・俺、何かした?」
確実に恭司の一挙一動に脅えている智志に思わず呟くその声はほんの少しだけ擦れる。
「智志?」
「・・・・・あの! 何の用なんでしょうか?」
名を呼び掛けられやっと顔を上げた智志はそれでも恭司の顔から視線を逸らしたまま呟く様に問いかける。 何も始まらない、何も進まない、そんな事は智志にだって分かっていた。だから精一杯の勇気を振り絞ったはずなのに、その声はみっともなく語尾が擦れる。
「用が無いと、来るなって事?」
「・・・・・じゃなくて、阿木くんが用事も無いのに俺の所にくるのはおかしいから・・・・・」
正当な理由だと言っている間も思う智志の声にソファーから立ち上がったままの恭司は呆然と目の前を見つめる。相変わらず目を合わせようともしない、顔を上げたけれど、その視線は間違いなく自分から逸らされているのを感じながら恭司は拳を思わず握りしめた。
未だに試行錯誤しております; 多分CLAPなのにこれから痛い系にいきそうなんですが心して下さいませ; 20101009
top back next
|