嘘でもいいの

ソファーの前に立っていたはずなのに、逃げる間もなく素早く近づいてきた恭司は智志の腕を取り、空いている手で顔を強引に上げてくる。
「・・・・・阿木くん、何を・・・・・」
「何? それはこっちのセリフだよ! 用事も無いのに俺が来るのはおかしい、何だよ、それ! 俺に言いたい事、まるでなし?」
「・・・・・離して・・・・・」
いきなりの態度豹変に逃げようともがく智志を壁へと押し付けた恭司は顔を覗き込み問いかけてくる。
それでも目線を外しまるで見当違い、ではないけれど問いかけを軽く無視した呟きに恭司は握る手に更に力をこめた。
「人の一挙一動に脅えるより先に言う事があるだろ? 何も無し? ありえねーだろ、それ!!」
息苦しくてもがく智志に顔を近づけたまま尚も問いかけてくる恭司はそれでも堅く口を閉ざし弱弱しく頭を振る智志を掴む手を乱暴に放す。ずるずる、と壁伝いに座り込みごほごほ、と咳を繰り返す智志を見下ろしていた恭司は微かに目を細める。
「俺に言う事は?」
「・・・・・何も・・・僕は・・・・・」
ふるふる、と何度も頭を振り問いかけにも小さな声で智志はただ呟く。そんな智志を見下ろしたまま恭司は更に瞳を細める。
「何も無い? それなのに、俺を避けるのかよ」
「・・・・・避けてなんか・・・・・」
低く問いかける声が更に一段下がり肌に触れる空気が急に冷たくなったように感じながらも智志は頭を振り続ける。
今すぐにでもこの場から逃げ出したくて気ばかり焦る智志の目の前に恭司は腰を下ろす。
「智志、用事なら一つだけあるよ・・・・・SEXしようよ、その為に来たんだ」
笑みを浮かべ呟くその声に智志はびくり、と肩を揺らし少しでも離れようとして背に当たる壁に気づき、そろそろ、と恭司を窺う。
唇の端を持ち上げ笑みの形を作っているなのに、その眼は笑ってはいなかった。細めた瞳がじっと智志を捕えているのに気づきすぐに視線を逸らすけれど行動は少し遅かった。
「・・・・・っ、放して!!」
「まだ話してる最中にどこへ行こうってんだよ! 俺の用事が済んだらちゃんと解放してやるよ!!」
逃げようともがく智志を引きづり、恭司はその体を前と同じ様に狭いシングルベッドの上へと押し倒す。すぐに圧し掛かる体を智志は必至に押しのけベッドから逃げるように転がり落ち床を這う様に逃げ出す。
「何で逃げるの? 用事が済んだら解放するって言ってるのに」
くすくす、と笑みを含ませ呟く恭司の声から智志は何も言わずにただ床を這う。立ち上がって逃げるべきなのは分かっているのに、手も足も智志の意思とはまるで正反対で巧く動かせない。床を這うだけなのだから、恭司に簡単に捕まった智志はそれでも頭を振り、その体から逃げようともがく。
「いい加減にしろよ! どんなに抵抗したって無駄だって分からないのかよ!!」
ベッドに連れ込むのは諦めたのか、もがく体を床へと押し付けた恭司は手早く智志のズボンを毟り取る。
「・・・・・っ、止めて・・・・・止めっ・・・」
か細い擦れた声で拒絶の言葉をやっと呟く智志の声を無視した恭司は背後から何の準備も当然されていない堅く閉ざされた場所へと抜き出した自分の欲を押し付ける。
声にならない悲鳴、噛みしめた唇に血が滲む、床へと押し付けられた手が掴むものもない床の上、白くなるほど握りこまれる。
そんな智志を真上から見下ろした恭司はかなりの抵抗をものともせず押し付けたそれを更に奥へと押し付ける。
ぐちゅり、と蠢く度に聞こえる濡れた音、自分から濡れる箇所ではないそこに何度目かもう分からない熱を再び吐き出され、智志はびくびくと体を震わせ唇を更にきつく噛みしめる。
それでも尽きない欲望の塊を再び動かしだす恭司の下、智志は口の中にまで広がる血の味と錆びついた鉄の匂いにも似た生臭い匂いが纏わりつく部屋に微かに眉を顰める。
一刻も早くこの行為が終わって欲しい、それだけを願っているのに、智志の上にいる男の欲望は尽きる事が無いのか、ぐちゅぐちゅ、と動かすたびに聞こえる粘着質な音とぱんぱん、と肌と肌のぶつかる音が激しく聞こえる。
小さな部屋の床の上、犯されているはずなのに、体の中の異物に煽られ智志のものはだらだら、と卑猥な液を零し床を濡らす。惨めな自分を唇を噛みしめ堪える智志はそうして、何度目か分からない熱を体の一番奥で感じ取り、自身のモノが煽られ出したくもない欲望を吐き出すのを感じたのと同時にやっと意識が薄らいでいった。

寝苦しくて目が覚めた智志は起き上がろうとして、床の上に放り出されたままではなく、ベッドの上に寝かされている事に気づく。
ぎしぎしと軋む体を起こし辺りを見回すが、最初に訪れた時動揺に恭司の気配はどこにも無かった。
抵抗も拒絶の言葉すら聞いてくれない恭司がこの先、また部屋に来ることを考えるだけで智志は溜息が止められない。
きっかけが何だったのか考えることすらできない智志はそのままごろり、と再びベッドへと横になる。
考えることすら放棄して智志はただ瞳を閉じると、すぐに眠りへと落ちていった。

「・・・・・っん、んっ、んっ・・・・・」
零れだしそうになる喘ぎにも似た悲鳴を押し殺す為に唇を噛みしめる智志を床に押し付け恭司は無言で腰を振る。
粘着質な音が下半身、繋がっている部分から聞こえてくるから耳を塞ぎたいのに、智志の両手は床に押し付けられ、身動き一つ満足に出来ずにいた。
早く終われば良いのに、考えるのは一つだけ。部屋中に響く卑猥な音も微かに漏れる息さえも聞きたくないからいつだって別の事を必死に考える。なのにいつも上手くはいかない。
あの日から、恭司は頻繁に部屋へと訪れると強引に智志を組み敷き、抵抗さえも押さえつけ体を繋ぐ。非生産な独りよがりの行為、止めたいと言ったのは恭司だったはずなのに、再び手を出した恭司の事が智志には分からなかった。
気を失うまで、体を強引に繋がれ、目が覚めれば一人になる。その繰り返しがあの日から何度も続いている。
話し合う隙も与えないまま、何度も続く分からない事が増えていく。
体の奥で何度目なのか数えるのも当の昔に止めた迸る熱に魘され、また今日も、智志の意識は闇へと沈んでいった。


*****


「智志は普通だよね」
「きっと、そのまま成長しそうだね」
良く言われるのは特にこの二つの言葉。特筆すべき人より秀でている頭もなければ、自慢できるほど顔が良いとも思わない。背は平均身長に届くか届かないかのぎりぎりのラインで、痩せすぎても太ってもいない。視力が極端に悪くもなければ良くもない。これ、と一つでも自分をアピールするべき特技も取り柄も無い。そんな智志の親なのだから、両親も他人から見ればきっと普通の人だ。仲が悪くもなければ良くもない。毎日尽きない程会話がある夫婦では無いけれど、全く会話の無い仮面夫婦という訳でも無いらしい。専業主婦の母、会社と家の往復を毎日繰り返す父。そんな二人の間に生まれた智志が人の目を集める人気者であるのなら、それは出生を疑う程困った事になるだろうし、普通や平凡そんな言葉が似合うのが智志だった。
類は友を呼ぶ、その言葉がしっくり当て嵌まる程、智志の友達も皆、そんな感じだった。
だから恭司は智志の友達と呼ぶにはかなり異質の存在だった。
どうして、こうなったのか考え出してすぐに溜息を吐いた智志はゆるゆる、と頭を振る。
どの対応がまずかったのか見当がつかない。
黙って立っているだけで人目を惹く存在、まさに恭司はそんな人で彼の周りにはいつだって人が絶えなかった。
そんな恭司との距離の取り方が智志には分からなかった。
こんな時、あんな時、恭司の友達ならどう返すのか、どう答えれば良いのか、分からないままずるずる、と流されていたから、自分なりの付き合いしか知らない智志は恭司の都合で呼び出されるセフレというよりは暇つぶしの性欲処理の相手のはずだった。
その関係はとても対等と呼べるものではなく、終わりを告げられた時はこれで解放されたと肩に自ら背負い込んでいたおもりを取り払えた、そのはずなのに、今、また繰り返すこの日々があの頃とどう違うのか、智志には良く分からなかった。
一人きりの部屋の中、何度考えても何も浮かばない、どれもぴったりと嵌らない恭司との関係を考えた智志はふるり、と頭を振るとベッドへところり、と横になる。
今度はいつまで付き合えば良いのか、そう思うだけで溜息が零れそうで考えるのを止めた智志は枕に顔を押し付け瞳を閉じる。
愛でも恋でもない、友人でも恋人でもない、恭司の都合にただ振り回される、それだけの関係。そこに名前が付けられれば、智志は智志なりの対応ができたはずだったのに、当て嵌まる言葉が智志の頭の中の少ないと言っても過言ではない、言語の中のどこにも見当たらなかった。あえて付けるのならば、前と同じ、恭司の都合に合わせた性欲処理の相手。扱いは前より格段に酷くなっていたけれど。

本命が出来たはずの男との縁は完全に切れたはずだったのに、胸ポケットへと押し込んだ携帯が震えるのに気づいた智志は俯き携帯を取り出した。
授業中のはずなのに、どこでメールを打っているのか分からないけれど、書かれた言葉は短いのに読むだけで背筋に震えが走る。
突然部屋に訪れ事が終われば帰る、それが恭司の新しく始めた関係の進め方だと思っていたのに、時間と指定された教室の名前を目に入れた智志はそれが思い込みだった事に気づく。
前は学校では完全に他人だった。顔を合わせても挨拶のみ、当然親しく話した事など実は本命の彼女を紹介されたあの時が初めてで、校内で二人きりになった事もなかった。
呼び出しを無視すれば更に手酷くされるかもしれない、微かに重い溜息を零した智志は了承の返事を送ると携帯を閉じる。
了承の返事を送ったけれど、歩きながら携帯を取り出し時間の確認をしながら、普段なら授業中である時間帯な事に改めて時間を確認して気づく。断る理由に使えたのに、と思いつつ、休講だったと知れた時が怖くて少しだけ歩く速度を速める。
ノックもせず開けた部屋の中は薄暗く、中に入る前に智志はもう一度ルーム名を確認する。
「時間通りに来たみたいだな」
中に入り扉を閉めた瞬間聞こえた声に肩をびくり、と震わせた智志は聞こえた声の音の方へと顔を向ける。
ぴったり降ろされたブラインドで外の光は完全に遮断された窓際、呼び出した恭司がいた。
「・・・・・授業中に何の用、ですか?」
「休講、だろ? 調べたんだぜ」
同級生なのに、友人に話しかける言葉とは思えない他人行儀な智志の問いかけにふっ、と鼻を慣らし恭司は唇の端を微かに持ち上げ答える。
来て正解、だと内心安堵の溜息を零すけれど、纏う恭司の雰囲気がいつにもまして、どす黒く感じて智志は思わず後ずさる。
「ここに来いよ、用があるんだ」
笑みを浮かべ告げる恭司の顔の判別が良く分からない。だけど、近づかなくても、彼の纏う雰囲気で心から笑みを浮かべているわけでは無い事ぐらいは智志にも分かる様になった。いつも浮かべる、あの薄気味悪い笑み、口元だけに笑みを浮かべ目が笑っていない、そんな顔を思い浮かべながらも、逆らう気力がほとんど失せた智志はゆっくり、と恭司へと近づいていった。

舌を絡めあうキスを繰り返す恭司は今日はいつもよりもかなりしつこくキスだけを続ける。絡め取られた舌をそのまま開けたままの口の端からだらだら零れる唾液を飲むことも舐める事も拭き取る事すらできずに智志は息も絶え絶えになりそうになり、ズボンを握る手へと力をこめる。
やっと唇を離され、息を吐き出す智志を見下ろす恭司は彼の目の前でベルトを外しだした。
目の前へと突き出された恭司自身を智志は教え込まれた通りに口へと含み、両手を熱く存在を主張する肉の塊へと伸ばす。
同じものがついているはずなのに、人によって大きさや形、色が違うのは当然だと知ってはいるけれど、実際他人のものをまじまじ見る機会なんて普通に生きていれば絶対に有り得ない事だと智志は思っていた。女性と体を重ねた事すら無いのに、いきなり初めての相手が同性で組み敷かれた智志は今後、女性とそうする機会があるのかは分からないけれど、多分同性とは彼一人だろう、と断言だけは出来る。未だに模索中だと言うのはおかしいけれど、智志は自分の性癖は多分きっとごくノーマルだと信じていた。初体験は確かに目の前の男だけれど、他の男との行為は想像するだけで気持ち悪さが先に出る。なのに、恭司のものだけは躊躇いなく咥える事が出来る自分を智志は深く考えたくなかった。
考えれば深みに嵌る、そしてそれを智志は望んでいない。だから、考え事に没頭していたおかげでおざなりになった智志の頭を掴み恭司が無言で自身を動かすから、舌で捕えきれないそれへと必死に舌を絡め口の中いっぱいに頬張る智志は考える事を自ら止めた。
考えたら深みに嵌る、決して抜け出す事の出来ない深みに自ら嵌るなんて愚かな事は絶対に止めておきたかたった。行為と同じ、深く考えれば否定したい事柄に突き当たる。それは、智志にとって決して認めたくない考え、声に出すのも、思うのも恐ろしい言葉。


ここで寸止め? 拍手なのに、微妙に詰まっております;打開できるのかは謎です・・・20120705

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