::6

背に走る衝撃におそるおそる振り向いた翼の視界の先に見えたのは茶色の頭。綺麗に染められた茶色の髪には少しもむらがない。そして前を向けばしっかり回された両手が胸の上で交差する様に絡まり、翼の服をその手は握り締めている。
「成橋、離して・・・・・」
「・・・・・行かないで、お願いだから、ここに居て・・・・・」
背に直接響くその声に翼は力任せに穣の手を掴みそのまま向きを変える。俯く顔は良く見えなくて覗き込もうと屈みこんだ翼の隙をついて穣は離した両手を首に回すと顔をぐっと近づける。押し付けられた唇から温もりが伝わる。呆然と目を見開いたままの翼の首に回した手に力をこめた穣は触れた唇をもっと深く味わう為に強く押し付けた唇を少しだけ離し、舌で強引に触れた唇を突きその隙間からするり、と入り込む。舌への抵抗はまだなくて、穣は縮こまる翼の舌を探し出し絡めとる。
舌が絡まる濡れた音が何度も触れ合う唇の隙間から零れだし、飲み込みきれない互いの唾液が唇の端を伝っても回した手を離さないまま穣は深いキスを続ける。
「・・・・・っ、止めてくれ! 何、考えて・・・・・」
止まないキスから逃れる様に頭を振り、穣の肩を突き放し呟く翼の声にただ濡れた口元を拭うと穣は顔を上げる。
「・・・・・好き、好きなんだ! だから、お願い、ここにいて!」
翼の腕を縋りつく様に掴んだ穣は擦れた声を漏らす。その言葉に大きく目を見開く翼の腕に縋りついたまま穣は再び体を寄せてくると擦れた声で「好き」と何度も小さく呟く。

耳に触れる呼吸が、体に触れる温もりが少しづつ翼を現実へと帰らせる。それでも、衝撃を受けた心は巧く情報が処理できなくて依然固まったままだ。そんな翼に穣は何度も「好き」と告げながら触れるだけのキスを唇へと送る。
「・・・・・なんだよ、それ・・・・・何、言って・・・」
唇への何度目かのキスを顔を横に逸らし避けると擦れた声で呟く翼の声に穣は逸らされた顔をじっと見つめる。何度も髪をかきあげ現状に戸惑う翼の姿に穣はそっと息を吸い込む。
「・・・・・ごめん・・・・・」
躊躇いながらも口にする穣の呟きに翼はびくり、と肩を揺らし視線を向けてくる。
「何が? キスした事? 俺に好きだなんて告げた事?」
「・・・・・あの、全部に・・・・・」
続け様に問いかけてくる翼の声に刺々しい冷たさが戻っていくのを感じながら俯き穣は答える。語尾が微かに擦れる。
「全部? あんた、俺の事どこまでバカにすれば気が済むわけ?」
「・・・・・え、あの?」
「俺を振り回してそんなに面白いかよ!」
答えに戸惑う穣の腕を引き、叫んだ翼はそのまま床へと勢いをつけて押し倒す。仰向けの穣の上に馬乗りになった翼は見下ろした穣へと笑みを向けてくる。その笑みを見た瞬間、背筋にぞくぞくと悪寒が走るのを穣は感じた。


*****


「・・・・・っ、やっ・・・もぉ・・・・・」
着込んだ服を剥ぎ取ると、馬乗りになったままの翼が唇と手でその体を這い回すから穣は微かな喘ぎを零す。唇を噛み締めても堪えきれない声が後から溢れ出す。びくびくと体を揺らし、翼の体重であまり身動きできない穣は体を縦横無尽に行き来する熱を止める術すら持たないままされるがままだった。
「抵抗は終わり? 嫌々でもされるのは喜んでるじゃん」
耳元に嘲笑をこめ呟く翼の声に穣はぶるり、と体を揺らす。否定したいのに、口を開けば漏れるのは喘ぎ声で、噛み締めた唇に更に力を籠め力なく頭を振るくらいしかできない。
「・・・・・あっ、んっ、くっ・・・・・つば、さ・・・・・」
「否定しろよ、嫌がれよ! 好きじゃないんだろ、本当はどうでも良いんだろ?」
下肢へと伸ばされた手に中心を握られ、びくびくと体を揺らし喘ぐ穣を覗き込む翼は低い声で吐き捨てる。男に弄ばれる体をその本人が冷めた目で見下ろすのが視界に入り穣は重い腕を何とか動かす。
「・・・・・す、き・・・・・翼だけ・・・・・」
首筋へと腕を回し抱き寄せるように近づき告げる穣の声に翼は中心を握る手を微かに震わせる。
「・・・・・何を・・・・・」
「好き、こんな事、他の誰ともしない・・・・・」
緩んだ手に気づき更に言い募る穣を翼が見つめてくる。戸惑う視線に穣は躊躇う事なく顔を近づける。吐息さえ感じる程近い位置にある顔に更に近づき唇へと触れる。そっと触れるだけのキスを何度も繰り返す穣を翼は呆然と見つめてくるけれど、すぐに息さえ奪う深いキスを与えられ、骨が軋むほど強く抱きしめられる。
「・・・・・翼・・・・・っく、んっ・・・・・」
「ダメだよ、止めてあげない!」
もがいて抜け出そうとする穣の体をもう一度きつく抑えこむと更に深く唇を重ねてくる翼に、背へと回したままの手を穣はそっと握り締める。床へと押し倒されたまま、互いを抱きしめた二人はただ飽きる事なく唇を重ねていた。

気が済んだのか、やっと離してくれた唇と同時に抱きしめる腕をそのまま翼は穣の横へとずれ、床へと直に転がる。
「・・・・・言い訳とか理由とか何でも良いから言ってよ・・・・・」
横になったまま、上に圧し掛かられれ、だいぶ深いキスをされたせいで乱れた息を整えていた穣はびくり、と肩を揺らし隣りへと目を向ける。
「・・・・・言い訳って・・・・・」
「何でも良いよ。 俺だけが納得できれば、あるだろ、何か。」
視線に気づいたのか戸惑う顔のまま呟く穣へと翼は顔を寄せてくると淡々と告げてくる。そんな翼に穣は頭をがしがしと掻き毟ると重くだるい体を「よっ」と小さな掛け声をかけながら何とか起こす。
「・・・・・俺、恋人作れなかった。 頑張ったんだけど、ダメでした・・・・・」
足を抱え込み、体育座りの体勢を取ったまま躊躇う様に呟く穣の声に翼が驚いた様に目を開くから、そんな視線から逃れる様に更に足を抱え込み小さく蹲った穣はそっと息を吐く。
「作れなかった、って・・・・・何、それ・・・・・だって・・・」
「・・・・・噂だけだろ? ただ一緒にいるだけで、凄くない?・・・・・それを狙って頼んだんだけど・・・・・」
「何だよ、それ・・・」
「誰でも良かったんだよ、相手がいるそれが噂になるなら! そしたら、翼は俺から離れてくれる。 俺の事なんて過去の汚点で思い出しもしない、嫌味を言われる事も、わざわざ会いにも来ない、そうなる予定だったんだよ!」
戸惑う翼の声を遮る様に穣は叫ぶ。縁が切れる理由が欲しくて知り合いに頼んだ事、本当は恋人なんて存在しない事、言うたびに自分が惨めな醜態を晒してる気分になりながら、話す語尾はどんどん小さくなっていく。
「・・・・・で、そこまでして離れたい男に最後の最後で何で告白なんてするかな?」
呆れた声で呟く翼の声に穣は返す言葉もなく足を抱える腕に更に力をこめ蹲ったまま、足の間に顔を押し付ける。俯いた顔を上げる事もできずに黙り込む穣に身軽に身を起こした翼の近づく気配がする。
「・・・・・バカだろ、穣。 自分から別れを切り出しといて、いざ完全に離れるとなると怖くなるんだ。」
びくり、と肩を揺らしても顔を上げようとしない穣に翼は呟き聞こえるように溜息を零す。更に近づく気配に穴が入ったら今すぐ入り込んで翼の前から消えてしまいたいと思いながら穣は蹲る体を更に強く抱きしめる。
「他の誰ともしないって言った。 それって俺以外とはしないって事?」
すぐ傍で聞こえる声に穣は顔を上げる事なくただ頭を軽く上下に振り頷く、それだけで、頑なに顔を上げようとしない穣に翼は困った様な笑みを浮かべ手を伸ばす。

腕の中の体がまるで硬い石の様に緊張で固まるのが分かる。それでも顔をあげようとしない穣に翼はすぐ下に見える頭へと顔を押し付けた。互いが納得する上手い言葉なんて思いつかないまま、だけど目の前の存在を抱きしめないではいられなくて、翼はそのまま腕の中抱え込んだ体を更にきつく抱きしめる。
「ねぇ、顔上げない? 話さないと俺達まずいんじゃない?」
暫くそのままでいたけれど、固まる体は一向に柔らかく溶き解れる事がなくて、翼は困った様に呟く。びくり、と肩が揺れ、抱きしめる翼の腕の中から抜け出そうと微かに抵抗する穣は手を伸ばすだけで、顔は上げない。
「・・・・・あの、離して・・・・・」
擦れた声で呟く穣に翼は無言で離す気は無いと抱きしめる腕に力を籠めるから、穣はやっと俯いていた顔をそろそろと上げる。すぐ傍にすぐにでも触れそうな程近くにある顔にすぐ目を逸らそうとするから翼は手を伸ばす。
「逃げんなよ! 今更、だろ?・・・・・で、穣はどうしたいの?」
顔に触れた手をどかす気は無いのか、ますます近づき覗き込む翼に穣は瞬きを繰り返し、目を合わせないように伏せる。
「どうって、良く分からない。 俺にもどうしたいのか・・・・・」
何で手を伸ばしたのか、理由も思いつかずにただ本能の赴くまま伸ばしてしまった手の理由を今更問いかけられても穣は答えられない。無意識だったから、離れてしまうのが怖かったそれだけで、理由なんて見当たらない。
「・・・・・だから、バカなんだよ。 別れても繋がっていたかった理由ぐらい思いつくだろ? 俺が欲しいのはたった一言なんだけど、散々言っといて今更言えない?」
顔を覗きこみ、苦笑を浮かべ告げる翼に穣は意味が分からないまま伏せていた目を開く。瞬きする度に揺れる睫毛を眺め、音がしそうなほど長い睫毛だとどうでも良い事を思いながらも翼は促す様に目で先を促す。
「・・・・・好き、だから?」
「何でそこで疑問系? だから、俺に問いかけるより先に自分で考えてよ。 離したくない理由、あるだろ?」
「・・・・・好き、翼だけ、好きで・・・・・言ったのは俺なのに、もう彼女がいるのも分かってるけど、やっぱり・・・・・好き、で・・・」
別れを切り出したのは自分なのに、別れを切り出したあの時だって自分はずっと翼が好きなままだった。好きでおかしくなりそうな自分が怖くて別れればそれが消えると思ってた。なのに、冷たく詰られても、何度蔑まれても消えなかった。もう一番じゃないし、嫌われてる、分かっているのに消えてくれない。言っても楽にはならない、そんな答えを口に出すたびに穣はやっぱり今すぐ消えていなくなりたかった。
「・・・・・俺だけ好きなのに、別れるなんて、やっぱりバカじゃん。」
溜息を零しながら呟く呆れたその声に穣はびくり、と肩を揺らす。
離れないと、と手を伸ばしてみるけれど、その手はすぐに翼に掴まれる。
「・・・・・離して・・・・・もう、引き止めないから、帰って・・・・・一人にして欲しい・・・・・」
「嫌だよ! 一人にしたら、俺を避けまくるの分かるのに、何で?」
「・・・・・迷惑だって分かってるから、もう言わないから、だから・・・・・」
「迷惑って・・・・・だから、バカだって言ってるんだよ! いい加減気づいてよ、何で別れた男にいつまでも付き纏ってんのか、縋りついてんのか、そこまで鈍いと何か俺がバカみたいなんだけど!」
叫ぶと同時に奪うようにキスしてくる翼に穣は目を開く。床へとまた押し倒され、唇を塞いだまま体へと手を伸ばす翼に穣は思考がついていかない。すぐに素肌へと触れられ、唇から首筋、胸元へとキスをおろしてくる翼に穣はされるまま呆然とする。


*****


一度は直したはずの服をまた乱され、素肌を舐める様に何度もキスしてくる翼に穣は慌てた様にその髪を掴む。
「・・・・・っ! 何、する・・・・・」
「・・・・・っん、ちょっ・・・待って・・・・・」
「待てません! とりあえず、もう、無理!!」
髪を掴まれる痛みに呻きはしても翼は止まらない。唇は止まる事を知らないのかすぐに下肢へと降りていく。邪魔なズボンを剥ぎ取り、すぐに微かに頭を擡げ始めたものへと躊躇う事なく顔を埋める翼に穣は足を押し広げられたまま、与えられた熱にびくびくと肩を揺らす。中途半端に止まった先ほどの熱が再燃するかの様に穣自身が翼の口の中完全に勢いを取り戻しているのが見なくても分かる。
性急に事を進める翼は、いつのまに濡らしたのか未だに渇いた秘部へと指をするり、と差し込んでくる。最初はゆっくり、とでも奥まで一気に差し込み、中を掻き混ぜながらも指の数を増やしていく、それでも前への奉仕を止めない翼に穣は今にも溢れ出しそうな熱を堪えきれなかった。
頭の奥が白くなる、熱が弾け溢れたそれを啜る音が穣の耳に入る。粘着質な濡れた音が溢れてる室内に戸惑う穣に翼が身を起こし顔を近づけてくる。濡れて光る唇が何をしていたのかをはっきりと語るから、思わず顔を逸らしかける穣の顔を空いてる手で押さえ込むと唇へと触れてくる翼は、すぐに閉じた唇の隙間から舌を差し込んでくる。少し苦味を感じるキスは深く、長く続く。飲み込みきれず溢れる唾液が唇の端から零れ落ちてもキスは続き、濡れた音は上からも下からも聞こえる。
「・・・・・んっ、翼・・・・・」
「うん、待って・・・・・今・・・・・」
吐き出しても溢れてくる熱に堪えきれずに救いを求めるかの様にねだる穣に翼は微かに笑みを浮かべると赤く火照る顔にキスを何度も送りながら呟く。そうしてぐちゅり、と音が鳴ると同時に今まで入っていた指を引き抜くと翼は少しだけ体を起こし穣の背へと腕を回す。抱きしめられ再び唇へとキスを落とされる。
「・・・・・挿れるよ」
唇を離すと耳元にそっと呟きながらも、翼の指よりも太く熱い肉塊がゆっくり、と秘孔の先に押し付けられる。散々指で解されたそこは外も中も潤い、簡単に肉塊を飲み込んでいく。くちゅっ、と飲み込むごとに漏れる濡れた音が耳に届き穣は翼の首筋へと腕を回しぎゅっ、と抱きつく。そんな穣を抱きしめなおすと翼は躊躇う事なく、より深く奥へと進み、そこでやっと息を吐く。
「んぁっ」
吐かれた生温い息が首筋にかかり、肩を竦め唇から甘い声を零す穣を翼は更に深く胸元へと抱き込みながらも腰をゆっくり、と引く。緩慢に続けられる抜き差しは少しずつ速度を上げていく。零れる濡れた音もその度に更に大きく響き、中を行き来する熱に促され一度は吐き出し勢いを失った穣自身もまた互いの腹に挟まれたまま少しずつ頭を擡げてくる。
浅く深く、抜き差しを繰り返しながらキスをしてくる翼に穣は必死に縋りつき唇を受け止める。
繋がれる所全てで繋がり、キスの合間に零れる濡れた吐息、繋がる場所から聞こえる濡れた音だけが響く濃厚な空気に支配された部屋の中、何度も熱を受け止め吐き出し、お互いを抱きしめたまま二人は何度もお互いの熱が落ち着くまで同じ事を繰り返した。


あともう一息でラストです。
終わる予定だったのに;

top back next