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「・・・・・あっ、もう・・・・・無理・・・・・」
「分かってる、俺だってもう無理だよ・・・・・ねぇ、俺を好き?」
ぽとぽと、と水が零れるのを眺めていた穣は背後から抱きしめられ、思わず頭を振り腕の中から抜け出そうとする。無理なのは百も承知の穣のその行動に抱きしめた腕を離さないまま、笑みを零し翼は告げる。身動ぎする度にちゃぷちゃぷと音がするここはお風呂場だ。何度も抱き合い、熱を吐き出し受け止めたせいで、身動き一つとれない穣を抱え上げた翼は二人で入るには少し窮屈な浴槽の中、ぴったり、と抱き付き、入り込む。
二人同時に入ったせいでお湯がかなりなくなっただろう、とどうでも良い事を考えたくなる程、行為の事は思い出したくない。
まるで獣だった。
恋人同士だった頃でさえ、こんなに深く長く繋がった事はなかった。
ぴちゃり、とお湯がはね、穣はだるく重い頭を微かに上げる。
「何、考えてる? ぼーっとしてたら、俺酷い事するかもよ?」
「・・・・・好きだよ、翼 翼だけ!」
笑み交じりのその声に穣は顔だけ背後に向けると笑みを向ける。背後にいる体を抱きしめる事は無理だから、回された腕へと手を絡めながらの穣のその言葉に翼は何も言わずに顔を寄せてくる。触れるだけの優しいキスを唇へと何度も落とされる。向きを変え、狭い浴槽の中、向かい合う形になりながら、何度もキスを交わす二人はお互いをただ抱きしめ合った。
欲望に支配されどろどろに溶けあうよりも、もっと切実に互いの温もりを感じるだけのその抱擁の中、穣はゆっくり、と目の前の胸に顔を押し付けた。規則正しい鼓動が穣の耳へと聞こえてきた。

体の隅々まで余すところなく洗われ、来る時同様穣を抱え上げたまま浴槽を出た翼は真っ直ぐに寝室へと向かう。濡れた髪をタオルでごしごし、と擦っただけの翼は穣をベッドへと横にするとすぐに隣りへと寝転がる。
「話しないといけない事があるんだ、俺にも。」
「・・・・・話?」
「うん、本当に好きな人と一緒にいる為に必要だろ?」
翼の言葉に視線を向けた穣は思い出したくない事を思い出す。お互い好きだと言えばそれだけで丸く納まるなんて事が無かった事に今更気づき穣は重い体を動かし仰向けに寝ていた体を横へと向ける。
「・・・・・俺、俺は・・・・・」
「俺とあれは別に恋人同士では無いから、そこだけ理解してよ。」
「は? だって、彼女、だって・・・いつも二人でいるし・・・・・それに・・・・・」
「噂は結構いい加減だって、穣だって知ってるだろ? 一緒にいればどんな噂が流れるのか俺だって分かってたよ。それでも否定も肯定もしなかったのは・・・・・反応が知りたかったから、そう言ったら怒る?」
「え? あの・・・・・あれ、え?」
顔を覗きこみ告げる翼に穣は巧い言葉が見つからずに戸惑うだけで、言葉にもならない声を零す。そんな穣の様子に翼はただ笑みを向けるとすぐにその体へと腕を回し抱きしめる。
「良く言うだろ? 押しても駄目なら引いてみろって、そこに、以外なスパイスが入れば反応はもっと顕著だろ?」
「・・・・・何を・・・・・」
抱きしめる背をゆっくり、と撫でながら告げるその言葉に穣は言葉が見つからない。ただ、包まれる温もりがその場限りの事では無い、それだけを知って穣も翼の背へと腕を回した。ぎゅっ、と抱きつく穣を更に深く抱きこんだ翼は分け合う温もりに瞼が重くなるのを感じた。それは不快な眠りではなく心地良い眠りへとすぐに二人を引きこむ。
薄暗いベッドからは規則正しく重なる二人の寝息がすぐに聞こえ、静かな部屋を埋め尽くしていった。


*****


曖昧な答えだった、と気づいたのは朝。目覚めてすぐに穣は隣りにいない温もりを探しベッドから起き上がる。昨日が全て夢だと思えないのは、裸で寝ていたからなのと、ほんの少しだけ隣りに残っていた温もりのおかげ。適当に服を着込み寝室から出てきた穣は思わず笑みを浮かべる。台所で鼻歌交じりに手際良く動いているのは、二度と見る事が無いと思っていた翼の姿だった。
「おはよう! ちゃんと、起きてる?」
「・・・・・はよーっ、相変わらず朝から元気だよね・・・・・」
「一日の始まりは爽やかな朝からって言うだろ? ほら、顔洗ってきて、朝ご飯にするから。」
「んっ。 翼!」
軽快な会話の後、すぐに背を向ける翼の服の裾を掴み、穣は思わず引き止める。
「・・・・・何?」
「あの、昨日の・・・・・あれ・・・・・」
不思議そうに顔を向けてくる翼の服の裾を掴んだまま、穣は言葉に詰まる。現実感がまだ追いつかない穣の姿に翼は微かに笑みを浮かべると顔を近づけてくる。そっと触れるだけのキス、離れる時に少しだけ唇を吸われるからちゅっ、と微かな音がする。思わず見上げた穣へと翼は無言のまま笑みを返してくる。
「夢じゃないし、これからも続けて良いんだよね? 好きだよ、穣。ほら、顔洗ってきて!」
「・・・・・俺も、好き・・・・・」
「うん、知ってる。」
微かに呟く穣に頷き、翼は急かすように洗面所へと穣の背を押す。背を見送り、翼は一人髪を掻き上げながら台所へと向かう。キスをした後のうっとりとした、甘くねだられるその顔に今すぐ押し倒したくなった事は翼だけの秘密。あんなの甘く縋られる穣が見られるとは思わずに、翼は崩れそうな顔を必死に堪えながらより軽快な鼻歌を漏らしながら、料理の続きへと取りかかる。食後に自分の理性がこのままを保てるのか保障ができない翼だった。

「あんっ、んっ・・・・・もう、無理って・・・・・」
「・・・・・言ってたのは昨日だろ? ほら、ここはもう大丈夫だよ?」
言いながら、ソファーの上、大きく広げられた足の間へと手を潜りこませる翼の下で穣がびくびくと跳ねる。
「やっ・・・・・・あっ、翼・・・・・そこ・・・・・っん・・・・・」
「うん、もう、良い感じ!」
ちゅっ、と軽いキスを顔中に振らせながら、中心へと手よりも熱いものを押し付ける翼に穣は思わず唇を噛み締める。そんな穣に何度もキスをしながら翼は躊躇いも見せずに一気に腰を押し付けるとぐっと奥へと突き入れる。拒む間もなく体の奥底へと突き進まれ、足を広げたまま穣は体の中に入る熱に「んんっ」と微かに呻く穣に顔を近づけた翼は唇を押し付ける。悲鳴も呼吸も奪う深いキスをしながら、緩やかに腰を動かし出した翼の首へと腕を回した穣はしっかり、と抱きしめられたまま、体の中を行き来する熱に瞳を潤ます。繋がる箇所から漏れるのはぐちゅぐちゅ、と濡れた音、少しづつ漏れる音も大きく、翼の腰の動きも早くなる。釣られた様に、首にしがみついたままの穣もいつの間にか無意識に腰を揺らしている。
「あん、んっ・・・・・やっ、そこ・・・・・翼、つば、さっ・・・・・」
抜き差しを繰り返す翼の耳元に首へと回した腕を離さない様にと必死に縋りつく穣の甘く擦れた喘ぎが何度も聞こえる。その声にますます反応して肥大する欲望で何度も奥を突きあげながら翼は微かに笑みを浮かべる。腕の中、縋りつく体が愛しくて堪らない。自分の行為一つに甘く酔うその姿をもっと見たくて、翼は穣の頬へとキスを返しながらますます腰の動きを早くする。
「・・・・・あっん、もっ・・・・・ばっさ・・・・・」
「っん・・・・・好き、だよ、穣! ここでしっかり受け止めて、ね・・・・・」
ぐちゅぐちゅ、とひっきりなしに響く水音、激しく腰を打ちつけてくる翼と穣のお腹の間でだらだら、と先走りの液を零している穣のモノを緩く撫で扱きながらも、翼は更に奥へと打ちつけてくる。どくどく、と最奥へと打ち付けられた塊から溢れ出す熱を吐き出された穣は震えながら翼の手の中に欲望の液を吐き出していた。粘つく体液と汗でべたべたな体のまま、お互いを抱きしめキスをした二人は一度では終わらない新しい熱の火を灯しながら、段々と深くなるキスを繰り返した。


*****


ドクドク、と緊張で高鳴る胸を抑え、俯く穣の前、微かにふっ、と息を漏らす音が上がる。こつこつ、とテーブルの上を長い爪が叩くのをぼんやりと視界に入れた穣の前に座る彼女はやっと口を開く。
「それで? 私に何か用なわけ?」
「・・・・・お前、相変わらず誰に対しても遠慮ない女だな。 それに、話があるのは俺だっての!」
「それは失礼しました! で、何の用よ!」
「言わなくても気づくと思うけどさ、より戻しましたので、協力はいらなくなった。」
頭の上で飛び交うぽんぽん、と続く会話は誰が聞いても甘い恋人同士のそれには聞こえない。長年連れ添った友人同士の会話、まさにそれが当てはまり、穣はそっと首を傾げる。
「・・・・・何? 何か聞きたい事でも?」
穣の様子に目敏く気づいたのか問いかけてくる彩菜の顔を穣は顔を上げじっと見つめる。同じ顔のそっくりさんだったらどんなに良かったのか、間近で見た彩菜は流石にアイドルだと言われるだけあって可愛い。こんなに可愛い彼女より穣を好きだと言う翼の美意識が良く分からなくて穣は黙り込んだまま、ますます首を傾げる。
「穣、どうかした?」
翼の問いかけに穣は二人の視線が自分に向けられているのを感じ、ただ曖昧な笑みを浮かべると頭を振る。
「・・・・・あの、翼と本当に付き合ってない?」
「無い、無い、有り得ない! 良い友達だけど、私女の子の方が好きだから。」
にっこり、と向けられた笑みはやっぱり可愛い。でも言われた言葉が理解できなくて、思わず目を見開く穣の隣りで翼が肩を震わせ笑い出す。
「ちょっと、あんた、そこ、受けるところ?」
「受けるだろ? アイドルだって有名な女が女好きってどうよ?」
まだ凝りずに笑う翼に軽く突っ込む彩菜の声を聞きながら穣は過去に見た情景を突然思い出す。
「あの、でも・・・・・翼に告白してなかったですか?」
「え? 告白なんて・・・・・ああ、あれは付き合っての意味が違うわよ! 男女の付き合いじゃなくて、別の理由。ゼミのクラスが一緒で課題に付き合っての意味だったんだけど。」
問いかけに間髪いれずに否定してくれた彩菜の答えは単純で穣はただ瞬きを繰り返す。
「もしかして、俺と別れたのって、それが理由とか言わない?」
どろどろ、とした空気を纏う翼の問いかけに穣は無言で俯く。頭の上で聞こえる溜息とそれを消す程の高い笑い声にますます顔が上げれない穣の手がそっと取られる。テーブルの下、翼が手を握りこんできたのに気づき穣は微かに笑みを浮かべると俯いたまま、その手を握り締める。

「・・・・・まぁ、とりあえず迷惑かけたから、報告したから。 もう行って良いよ!」
「失礼な男ね。 呼び出しといて用事が無くなったら厄介払い?」
「用が無いんだから、邪魔扱いされるよりましだろ?」
「・・・・・ここは奢りよね、もちろん。」
「ああ、何?」
「去るのはあんたらでしょ? 私はこれから食べたい物を頼みたいのよ! 昼ごはんもまだなので。」
にっこり、と笑みを向ける彩菜に翼は引き攣った様な笑みを返し、無言で穣の手を引くと立ち上がる。財布を取り出しテーブルに一万円札を置くのも忘れずに用は無いと背を向ける。
「・・・・・気をつけてね。その男、かなり危険だから!」
手を振り投げかける彩菜の声に振り向こうとした穣は更に腕を引かれる。出口へと歩き出す翼は穣の手をしっかり、と握ったまま離す素振りも見せないから、穣は大人しく後に続く。
「・・・・・翼?」
「覚悟しといてよ! 今日も明日も明後日も、変な勘違いで俺を一度は捨てた罪を償ってもらうから!」
小さな声で呟く翼の声に穣は無言のまま顔を上げると、握り締めるその手を握り締め返す。ぎゅっと繋がった手から伝わる温もりに笑みを深くしたまま、穣はこくり、と頷く。
「穣?」
「償わせてよ、今日も明日も明後日も、俺は翼が好きだから。」
驚く翼に笑みを向けたまま穣はやっと口を開く。その答えに翼の顔がますます笑みで深くなるのを眺めながら、穣は今すぐ二人きりになりたくて堪らなかった。同じ気持ちなのか、無言で足早に歩き出す翼に手を引かれながら、穣は誰かに見られたら噂は凄いだろうな、と微かに思いながらも後に続く。

案の定噂は凄い勢いで広まるのだけれど、穣がそれに気づくのは長い連休と甘い蜜月が終わった後だった。

                                                  Happy end?


長い、長かった。
でもここまでお付き合いどうもです。
まだもう少しこの二人にお付き合い頂けると嬉しいです。
20091008

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