家に帰り、飛び込むようにベッドに駆け込んだ穣は布団の中で丸くなる。 自分で選んだ選択なのに胸が痛む。どうしようもない胸の痛みを抱えたまま穣は逃げる様に布団を被り、目を閉じた。 ピンポーン、ピンポーン。 いつの間に寝ていたのか、鳴り響く呼び鈴の音に起こされた穣は薄っすらと開けた目で近くに置いてあるはずの時計を手探りで探す。深夜に近い午前0時前。こんな時間に来る訪問者に検討もつかない穣はつっ、と頬を伝い流れ落ちる汗を拭いかけ手を止める。一向に鳴り止まない呼び鈴から耳を塞ぐように再び布団の中に潜りこんだ穣はぎゅっと締め付ける様に痛み出す胸を抑えるとがたがたと震える体を更に丸める。 検討も付かないはずだけど、心当たりは一人だけいる。近所迷惑になろうと一向に気にしないのは、嫌がらせの為だろう。穣は止まる気配の全くしない呼び鈴に渋々起き上がると玄関へと向かい、深く大きく息を吸い込むと玄関の扉へと手をかけた。 隙間に手をかけられ、扉は乱暴に外側から押し開かれる。そこには想像通りの人が立っていた。
「いるなら、早く出ろよ! 明日の朝、ご近所に文句を言われても俺は知らない・・・・・・」
「・・・・・何の用、ですか?」
唇の端を持ち上げ皮肉な笑みを浮かべた翼の言葉を遮る様に告げる穣に翼の眉がぴくり、と歪む。
「何の用? お前がそれを俺に言うのかよ・・・・・何度もメールしたのに見てくれなかった?」
「・・・・・携帯、充電が切れてて・・・・・」
翼の声に咄嗟に言い訳をする穣の前、ばたん、と玄関の扉は閉められる。小さな部屋の中、二人きりだという恐怖が襲ってきて後ずさりながら穣は震える手を握り締める。
「充電? そんなのが言い訳? 成橋さ、俺から逃げたいならもっと良い答えを用意しようよ。」
「・・・・・そんなんじゃ・・・・・」
躊躇いながら呟く穣は言いながらも更に後ろに下がろうとして壁に背が当たるのを感じる。間近に迫る翼から咄嗟に逃げようと身を捻るけれど腕を捕まれ逆に引き寄せられ、すぐ目の前に来ていた顔からそれでも懸命に逸らす顔を強引に正面へと向けられる。ぎらぎらと鋭く冷たく光る瞳が突き刺さり穣はかたかたと身を小さく震わすのを止める事が出来ずに唇をただ噛み締めた。
抵抗虚しく床に組み敷かれ、乱暴に剥ぎ取られた下半身を大きく広げられた穣は涙と鼻水、そして唾液に汚れた顔を床に押し付ける。油断すると零れそうな喘ぎを堪え、ただ噛み締める唇に力をこめる穣の上、容赦なく翼が腰を動かす。
「・・・・・っく、んっ・・・・・やっ、んぐっ・・・・・・」
「何、我慢してんの? ここは、こんなに俺を締め付けて放さないのに・・・・・っ!」
口をこじ開け指を押し込む翼が耳元へと告げながら、口の中に入れた指を掻き混ぜる。息も絶え絶えになりながらも、指を押し出そうと緩く頭を振る穣に翼は中へと入ったもので更に奥を突き上げてくる。
「・・・・・っふ、んぐ・・・・・あっ・・・・・っんぁ・・・・・・」
がんがん、と付き上げられる度に濡れた卑猥な音が響き出す。舌と唾液、後は良く分からない冷たいもので、抵抗虚しくたっぷり解されたそこが、熱く膨れ上がるものを飲み込み放さないように締め付けるのが穣にも分かる。心は拒否しているのに、貪欲に飲み込む体が受け入れを全く拒まない。ぐちぐち、と繋がった部分から漏れる水音から耳を塞ぎたくても、抑えつけられているせいでそれもままならなかった。
「・・・・・っ! 声、出せよ・・・・・何で、我慢してんの?」
「やっ・・・・・もっ、離して・・・・・」
眉を顰め耳元へと声を掛けてくる翼に穣は微かな喘ぎと拒む声を零すと同時に弱々しい手が翼を押し退けようと動く。翼はすぐに両手を掴み取ると腰を更に強く動かしてくる。ぐちり、と嵌った場所から更に濡れた音が零れ、穣は唇をただ噛み締めた。
*****
時間の感覚が麻痺している。 頭の中はぼんやり、として霞がかかってるかの様にはっきりしない。重い体を何とか起こした穣は薄暗い部屋の中、たった一人寝かされていたベッドの上、座りこんだまま辺りを見回す。 こちこち、と規則正しい時計の音の他には何も聞こえない部屋の中は当たり前だけど穣の寝室だった。見覚えあるこの部屋にいつ戻って寝たのか覚えてなくて、記憶を探ろうとして初めて自分は何も着ていない事に気づく。辺りを見回してもそれらしい服が見当たらなくて穣はベッドから立ち上がり、服を着ようと部屋の片隅のクローゼットへと向かう。 立ち上がった瞬間、ぐらり、と体勢を崩し慌てて整えた穣は歩くのが久しぶりな感じがして、一人微かな笑みを浮かべながら箪笥の中から下着と服を取り出しさっさと着ようとするけれど体は寝起きのせいばかりではないのか、かなりだるくてあまり言う事を聞いてくれない。眉を顰めながらも服を四苦八苦して着込んだ穣は背筋に悪寒が走り思わずベッドへと目を向ける。 自分の部屋、確かに見慣れている自分の部屋なのに何がとは言えない違和感がある。その正体が掴めなくてふらふらする頭をぽんぽんと軽く叩きドアのぶへと手をかけた。 朝はいつも通り学校へ、携帯に入った翼の連絡を見なかった事にした夜、翼が来たんだ、と記憶を掘り起こし出そうとして穣は居間を見て顔色を失くす。 生臭い匂いのする部屋の中、綺麗とは言い難いけれどそれなりに整えた部屋だったそこは服と家具が散乱していた。眩暈がしそうな自分を必死に支え穣はもう一度記憶を掘り出そうとしたその時がちゃり、と扉の開く音がする。 一人暮らしの部屋に誰かを泊めるなんて暫くしていない。誰かが泊まった記憶も穣にはなくて、息を呑む穣の前、シャワーを浴びてきたのかバスタオル一枚の翼が入ってくる。
「・・・・・なんで、斉藤・・・・・?」
呟く声に気づいたのか頭を擦っていたタオルを取り、顔を上げた翼の視線が真っ直ぐに穣へと向けられる。
「起きれた、んだ。 案外、タフだね・・・・・成橋」
口元を微かに上げ呟くその声に被さるように穣の頭の中で何かが弾ける様に忘れていた記憶が映し出される。
フローリングから始まった行為は延々と続いた。引きづる様に連れていかれたベッドの上、一糸纏わない姿のまま、それでも続く過ぎた快感の苦痛に泣いて叫んだ自分の姿が頭の中に浮かび上がる。青褪め後ずさる穣に翼は笑みを深くする。
「・・・・・どうかした?」
「なん、で・・・・・あんな・・・・・事、どうして・・・・・」
首を傾げ問いかける翼を睨みつけてはいるけれど、それでも震える体を、声を必死に抑えながら呟く穣は今にも崩れ落ちそうな体を壁で支える。微かに息を吐く音と共にばさり、とバスタオルが床に落ちるのを視線で思わず追った穣は気づいた時には翼の腕に挟まれていた。
「・・・・・なんで? あんな事って、最後はそっちも楽しんだだろ? 相手が誰でも楽しければ良いんだろ?」
耳元へと息を吹きかける様に呟く声は更に低く冷たく刺さる気がして穣は微かに身を震わせる。そんな穣の腕を強引に掴んだ翼はそのまま無言で引きづる様に歩き出す。目覚めたそのままになっているベッドへと意図も分からず投げ倒され、柔らかな感触が背を包んだベッドの上、穣はぎしり、と軋む音と間近に感じる息の音に更に背を震わせる。
「・・・・・やめ、っ・・・・・離せ・・・・・」
「恋人は社会人だっけ?」
「・・・・・何を・・・・・」
「会わなくても、メールや電話をしなくても平気な相手? それでも大事な人には間違いないんならそいつを思い出せよ!」
だるい体を四苦八苦して着込んだ服の下へと手を差し込みながら告げる声に穣は頭を振り逃げ出そうと身動ぎもがく。シーツを掴み、起きあがろうとする穣の腕を翼は掴み取るとそのまま上に乗り上げてくる。
「・・・・・止めろよ! 他に相手がいるって知ってるのに、いつまで俺に触れる気だよ!」
「他の方法があるなら教えろよ! どうすれば消える? 他のヤツが触れてるって想像するだけでむかつくんだよ!・・・・・なんで、俺はだめなんだよ!」
吐き出された言葉の意味が分からなくて穣は呆然と自分の上に乗っかる翼を見つめる。真っ直ぐに見つめる視線から逸れるように翼は穣へと顔を寄せてくる。ぎしり、とベッドが軋む。
「嫌いになりたいのに、なれればずっと楽なのに・・・・・なんで、俺が聞きたいよ。俺のどこがだめ? 今の恋人と俺にどう違いがあるんだよ! 心が無理なら体だけでも良いから、俺のものになってよ!」
腕を背へと回し抱えるように抱きしめ顔を擦りつけてくる翼の叫びに穣は声を出そうとして失敗する。何を言えば良いのか頭が回らない。強く、話すうちに更に力をこめてくる腕の力に穣は微かに唇を噛み締める。
*****
長い沈黙が続き、その間ずっと抱きしめられた腕の中、穣はそっと息を吸い込む。
「・・・・・何、言って・・・・・」
擦れた穣の呟きにびくり、と肩を揺らした翼は穣の顔の脇に埋めるように伏せていた顔を上げる。
「ごめん、どうかしてた。 忘れてよ、もう近づかないから・・・・・メールも電話も二度としないし、ここにも来ない。」
「・・・・・斉藤?」
「どうかしてるんだよ、俺。 あんたが誰といようと何してようと今更、俺には関係ないのに・・・・・俺のものになんてなるはずがないのに、本当にごめん! 謝って済む問題じゃないんだけど、犬に噛まれたとでも思えよ。 たいしたことないだろ?」
ベッドから飛び起き、立ち上がった翼は頭を掻き毟りながら告げる。それから俯いていた顔を上げるとまだベッドの上にいる穣へと顔を向けてくる。
「・・・・・さよなら、二度と近づかない、約束する・・・・・」
微かに口元に笑みを浮かべすぐに背を向ける翼に穣はこくり、と喉を鳴らす。これで良いと、これを望んでいたのだと思う、なのに胸が痛む。もう会えないのだと思う、それだけで胸が痛み、出て行く背をこのまま見送るのが正しいはずなのに、思いながらも穣はベッドから降りる。
「斉藤!」
「・・・・・信用ないかもしれないけど、邪魔はしないから・・・・・」
呼びかける声に肩を震わせ足を止めた翼は振り向く事なく告げるだけなのに、穣は頭を振り、口を開く。
「・・・・・っじゃなくて、俺は・・・・・」
言いかけて言葉を止める穣の先に映る背はまた歩き出す。口を開きかけては何度も息を吸い込む穣の視界に移る背はすぐにでも消えていきそうで、なのに、掛ける言葉が見つからない。 玄関へと降り立つと手早く靴を履きドアへと手を伸ばしたその瞬間、翼は大きく肩を揺らした。
良い終わり、を目指してはいるんですが、こんなに長くなる予定では・・・・・;
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