「恋」を喪うのは築いた世界を喪うのと同じ事だと大げさに言う友人がいた。 でも、まさか、その意味を自分が知る事になろうと思ってもいなかったのに、優斗は長年付き合っていた恋人にろくな理由も与えられずに突然振られた。 追いすがってみたものの取り合っても貰えず残酷に優斗の目の前で、彼を拒絶した扉は音を立て閉じてしまった。 その後は何度呼びかけても何の反応も貰えずに優斗はすごすごとその場を後にするしかなかった。 とても大事にしていたはずの「恋」に裏切られ、その時初めて世界を喪う気持ちだと言った友人を思い出した。
何事もソツなく要領良く生きてきた優斗の唯一つの誤算が「恋人」である豊だった。 出会ってその思いが恋に変わるまでたいした時間はかからなかった彼は決して世間に自慢はできない同性だった。 だから好きだと気づいてからも悩まなかった訳じゃない。 気持ちが通じ合ってからも別れの危機は何度もあったし、もうダメだと何度も思った事だってあった。 なのに、もう豊以外の人を優斗は考えもしていなかったし、一生側にいる人なのだと信じてもいた。 何が悪かったのか検討もつかないまま優斗は立ち尽くした場所から上を見上げると大きな溜息を零すと肩を落とし暗闇をとぼとぼと歩き出す。 見上げた先にある堅く閉ざされた豊の部屋のドアがもう今夜は開く事がないと分かっていたから。 まだ諦められないのは遠距離だからと些細な理由をつけられた事。 まるでこじつけの様につけられたその理由だけじゃもちろん優斗は納得出来なかった。 出発は明後日、ならまだ2日もあると優斗は気合いを入れなおす。 どうか分かって欲しいから、優斗には彼しか考えられないし、また彼にも自分がそうであって欲しい、だから別れる結果に納得いかない。 距離や時間で長年続いていた彼の心が今更離れるわけが無いと優斗は硬く信じて疑わなかった。
*****
「迷惑って言葉、分かる?」
うんざりと優斗を見上げる豊に少しだけ怯み、頭を振ると拳を握りしめると気合いを入れなおす。
「・・・・・なら、他にも理由があるんだろ?・・・・・教えてよ!納得できないんだよ。」
「だから、遠距離は無理だって、仕事忙しいのにわざわざ何通ってんの?・・・・・話は終わったはずだよ。」
「豊!・・・・・頼むから話を聞いてよ!」
眉を歪め溜息を漏らす豊に心が挫けそうになりながらも優斗はその場へ今にも崩れ落ちそうな両足を踏ん張ると立ち尽くす。
「留学準備があるんだ。・・・・・だから、早く帰れよ。」
「少しだけ、今だけで良いからもう一度だけでも話がしたいんだよ。」
言いよどむ豊に必死で言葉を繋ぐ優斗の前、諦めた様に溜息を漏らした後「5分なら。」と豊は優斗へと顔を向ける。 微かに笑みを浮かべた優斗から故意に顔を逸らすと豊は俯く。 それでも話を聞いてくれる気になってくれたのかその場に立ったままの豊に優斗は息を整えると口を開いた。
「今までおれたち上手くやってこれたと思うのに、いきなりの別れはおれには納得できないんだ。だから、ちゃんと納得できるまで話合いたい。・・・・・それもダメ?」
「納得って、優斗だけが納得できないんだろう?・・・・・僕の結論は別れる事だけだよ?」
「だから・・・・・それが納得できない。別れる以外の選択肢はないのかよ。」
少しだけ流れる沈黙の後頭を振る豊に優斗は唇を噛み締める。
「・・・・・ずっと、上手くやって来たと思うのはおれだけ?・・・・・おれには豊しかいないのに簡単に別れる結論しか浮かばない相手?」
怒りにも似たぐるぐると渦まく感情を堪えながら呟く優斗に豊は溜息を漏らす。 静かな空間にそれはとても響いて何度話しても彼の考えが変わらない事を見せ付けられた様で優斗は拳を更に強く握り締める。
「・・・・・豊?」
「僕しかいないって?・・・・・ふざけるなよ!・・・・・これから先いくらだって出会いはあるし、優斗は別に僕じゃなくても恋はできるよ。別れ話が男同士でこじれるのって凄くウザイ!!・・・・・もう、良いだろ・・・・・帰れよ、帰ってよ!」
優斗を睨み付けると一気に言葉をまくしたてる豊に一瞬怯みつつもその場から動けない優斗に豊は背を向ける。
「僕は忙しいんだよ、二度と来るな・・・・・早く帰れよ!」
「・・・・・豊!・・・・・待てよ、話はまだ・・・・・」
「僕はもう二度と会いたくない!」
優斗の言葉を遮ると豊はきっぱり、と言い放つと呆然と立ち尽くす優斗の体を外へと押しのけると豊は扉をバタリと閉めようとするから優斗は慌てて体を挟ませる。
「・・・・・何、やって・・・・・」
「納得できるまで話せよ。遠距離だからじゃ俺は納得できない!・・・・・俺に分かる言葉で言えよ。」
なりふり構ってる場合じゃなかった。 プライドなんて意味がない、これで最後に出来ないなら、後は縋りつくしか出来ない優斗は真っ直ぐに豊へと瞳を向ける。
「・・・・・納得できる理由って、何?・・・・・遠距離だから別れたいじゃダメなら他に何がある?」
射る様に見つめてくる優斗の視線から目を逸らしたままぽつり、と豊は呟く。 そのままずるずると座りこむと何も言わずに俯いたままの豊を優斗は視線を動かし見下ろしたまま言葉を探す為瞳を伏せると乾いた唇を舐める。
「・・・・・納得できないのは、’離れるから’が理由だから。」
長い沈黙の間一度も顔を上げようとしない豊の前へとゆっくりと座りこむと優斗は口を開いた。 少しだけ肩を揺らし反応はするけれどやっぱり顔を上げない豊へとそれでも視線を向けたまま優斗は話しだした。
「・・・嫌いになったとかもう飽きたとか疲れたとか、最もらしい理由なら俺も納得したよ。できなくても仕方無いって思う。」
少しだけ間を置いてもやっぱり豊は顔も上げないからそっと溜息を零した。
「だけど、遠距離だからとしか言わないじゃん、お前。・・・・・それじゃ、俺は納得できない。」
「・・・・・どうして?」
顔こそ上げないけどくぐもった声で呟く豊に優斗は少しだけ口元に笑みを浮かべる。
「まだ、気持ちが離れたとは聞いてないから、今、ここにいる豊は俺の事がまだ好きだろ?」
無言で顔を上げる豊に優斗は笑みを返す。 呆然とした顔で優斗へと顔を向けてくる豊は泣きそうに顔を歪める。
「未来がどうなるかなんて俺は知らない。・・・・・離れて心変わりしたらその時別れれば良いじゃん。俺の事嫌いだから離れられる理由ができたから別れたい?」
「・・・・・っ、だよ・・・・・」
眉を歪めたまま俯くと呟く豊に優斗は少しだけ体を近づける。
「・・・・・何?」
「好き、だよ!・・・・・だから、別れたいってダメなの?」
「・・・・・豊?」
伏せていた顔を上げた豊は真正面にある優斗の顔を真っ直ぐ見ると口を開いた。
「僕は優斗を縛りたいわけじゃない。・・・・・待っててなんて言えない。好きな人、他に探しても嫌だ。・・・・・そしたら、別れるしか・・・・・」
「・・・・・それで満足?」
言葉を遮り問いかける優斗に豊は視線を逸らすと唇を噛み締める。 ぎゅっと握り締める手に力を入れているのか少しだけ指先が赤くなっている豊の手を優斗はそっと上から握り締める。
*****
「・・・・・ゆう、と・・・・・?」
戸惑う様に呟く豊を優斗はそっと手を伸ばすと抱きしめる。
「俺には豊だけだよ。・・・・・俺の未来には豊しかいない。」
腕の中へと抱きこむと、耳元へと囁くように呟く優斗に強張った体の力を抜こうとした豊は顔を上げる。
「・・・・・本当に僕だけ?」
「豊?」
「なら、・・・・・彼女は?」
豊の真っ直ぐなその視線に優斗は瞬きを繰り返す。 言われた言葉が上手く理解出来ないままぼんやりと反芻させた優斗は疑問を顔中に広がらせたまま豊を見る。
「誰の、彼女?」
「・・・・・だから、優斗の。」
真面目な顔で答える豊に優斗は言葉を喪ったまま頭を項垂れる。
「優斗?」
「・・・・・いたら、俺は豊に付き纏わないし、頷いて終わらせてると思うんだけど、俺の気のせい?」
名を呼ばれ顔を上げた優斗はまるで脅しかかる様に豊の肩に手を載せると顔を近づけ憮然とした顔で呟いた。 こんなに一途なのに、何で「彼女」がいると思われているのかその意味も分からなくて肩へと載せる手にも自然と力が入っていても優斗は気にしなかった。
「・・・・・会えない時の電話も、会えても最近不機嫌だし・・・・・だから、大事な人が他に出来たのかと・・・・・」
肩への痛みに眉を顰めながらもぼそぼそと呟いた豊の言葉に優斗は重い溜息をこれでもかって程長く、深く吐き出した。
「何、それ。・・・・・俺の切羽詰った気持ちを一つも豊は理解してくれてないわけ?」
「は?」
「会えなくても声聞くと会いたくなるし、会えたら俺は即効抱きしめたまま離したくない衝動と必死に戦ってるのに、それを、酷くない?他に大事な人がいると思われてる俺って何?・・・・・そんなに信用できない?」
「・・・・・衝動って、何だよ、それ。意味分かんない。」
頭を振り離れようとする豊の腕を取り優斗は腕の中へとさっきよりも強く抱きしめ直す。
「不安なのは俺も同じだよ。俺の豊に言い寄る奴がいたら、とか本当考え込んで眠れない時だってあるのに、だから俺をもっと信用しろよ!」
「・・・・・言ってて恥ずかしくない?」
聞いてるだけで照れたのか赤くなる豊の呟きを聞かないふりして優斗は抱きしめる腕に何も言わずにただ力をこめる。
何で続くかな?・・・という訳で続きます。 でも続きはきっと早いですそしてこちらは悲恋じゃありません! 後編は甘いエロがあるかと;
「孤独のカケラ」を読みたい方はこちらからどうぞ!
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