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ぎしぎし、と軋むベッドの上、荒い息を耳元に感じながら楓は枕に顔を押し付け噛み締めても零れそうな声を押し殺す。
ぐちゅぐちゅ、と繋がった箇所から零れる卑猥な水音、軋むベッドの上、荒い息を吹きかけられぶるぶる、と震える体で楓は中へと埋め込まれた熱を引き止めたいのか拒みたいのかも分からず、枕をぎゅっ、と掴む。
吐き出された熱がずるり、と抜けた箇所から零れ落ちていくのを感じながら、楓はびくびく、と震え小さく細い肩を揺らす。
そんな楓に見向きもしないまま、圭司は来た時同様、無言で部屋を出て行く。
一人取り残された楓はベッドの上、ゆっくり、と起き上がると、下肢から再び零れ落ちる液体を眺め、微かに息を吐いた。
同じ家に住んでいるのに、会話なんてものはもうずっとしていない。寝ていても、起きていても構わないのか、圭司は部屋に来ると、無言のまま楓を組み敷き体を好き勝手にする。寝ている時に強引に体を繋げられ起きた事も何度もあった。なのに、圭司はその時も体を繋いだら用は無いのか、さっさと何も言わずに部屋を出て行く。
どうして、ここにいるんだろう? 疑問だけが相変わらず楓の中を渦巻く。逃げる手段を悉く奪われたとしても、本気で逃げる気なら、いつだって逃げる機会はあったはずなのに、日付の感覚すら遠くなる程、部屋に閉じ込められ、着るものも金も何もかも失い、楓は全ての気力を失っていた。
何がしたいのか、話さない圭司の心理が楓には分からない。一度話さないと、このまま立ち止まったままだと分かっているのに、楓は何もする気が起きなかった。
飽きれば、飽きたら、自分はどうなるのか、たまに考えるけれど、その答えは見つからなかった。
相変わらず、圭司に好き勝手に体を蹂躪される、その時間以外に楓がこの部屋に居る事の意味は見つけられなかった。

意識が薄れていたのか、真っ暗な部屋で身を起こした楓はぼんやり、とベッドに座り窓へと顔を向ける。
カーテンもついていない、剥きだしの窓の外は暗闇で、今楓の座る場所から見えるのは黒く塗りつぶされた景色だけだった。
耳を澄ませても、物音一つしない部屋の外を確認してそっと扉を押し開いた楓は眩しく光の照らされた場所へと歩き出す。
今日なのか、昨日なのか、いつ訪れたのかもはっきりしない圭司の姿も、ほぼ毎日の様に訪れる彼女も居間にはいない事を確認してそっと冷蔵庫の扉を開く。
買い置きしてあるのだろうお茶に手を伸ばし、コップにそれを注いだその時、楓は聞こえてくる声にびくり、と肩を揺らした。
擦れた泣き声の様なその声には覚えがあった。だから楓はそのままコップを手に部屋に戻ろうとしたけれど、再び聞こえる声に振り向く。注いだお茶をほぼ一気に飲み干し、楓はコップを流しにそっと置きゆっくり、と歩き出す。
それは声の聞こえる場所、圭司の部屋の前だった。
断続的な声はまだ扉の内側から響いてきて、こくり、と喉を鳴らした楓は扉へと手を伸ばす。
「・・・・・・あっ、んっ・・・・・はぁ、あんっ・・・・・・ふっん・・・・・」
開けた扉の内側から聞こえてきたのは、ぎしぎし、と二人分の体重で軋むベッドと漏れ聞こえた時よりも喘ぐ彼女の声だった。こくり、ともう一度喉を鳴らした楓は開けた扉の隙間からそっと部屋を覗きこむ。
「あんっ・・・・・イイの、ねぇ・・・・・そこ・・・・・・ああっ!」
「・・・・・ここ? もう、ぬるぬる・・・・・っく・・・・・なぁ、もうイク?」
「ふぁ・・・・・んっ、うん・・・・・もぉ・・・・・イキそう・・・・・」
横になってはいなかった。ベッドの上、座る圭司の上に跨る彼女を下から圭司が突き上げている。そんな彼の背に縋りつく細くて長い指、手入れを怠らないのか、カラフルに彩られた長い爪がその背に立てられる。激しく腰を動かしながら問いかける圭司の声に身悶える彼女の甲高い声が一層高くなる。
息を凝らし、そっとその光景を眺めている楓の目の前で二人は大きく身を震わせると荒い息を零しながら、縺れたままベッドの上、沈み込み、乱れる息を整える間も無くすぐに唇を交わし合い、零れだす水音を部屋中に溢れさせるほどの濃厚なキスを始め出す。
ゆっくり、と開けた時同様締めた扉の向こうで、またしても零れはじめる甘く高い声に背を向けた楓はとぼとぼと自分の部屋になっているのだろう場所へと歩き出した。


*****


改めて逃げた理由を目の前に突きつけられた楓は部屋に戻った途端にずるずると壁伝いに座りこむ。
あんなに愛し合っている恋人がいるはずなのに、楓をこの部屋に置いている圭司がますます分からなくなる。
泣きたいのか笑いたいのかも分からない曖昧な顔のまま、楓は床に座りこんだまま小さく蹲る。
暫くそのままでいた楓はドアの向こうで聞こえる音にそっと耳を扉へと押し付ける。ぼそぼそ、と話す声が聞こえるけれど会話は聞こえない。今すぐ扉を開けて二人の前に姿を見せれば、あんなに深く愛し合った彼女と圭司は修羅場だろう、と思いながらも扉を開ける勇気は無かった。
シャツ一枚の無様な格好を他人に見せたくなかったのもあるし、楓は二人の仲を壊したいとも思わなかった。
だから、息を潜め物音が聞こえるのをそっと耳で追い、消えたのを確かめて楓は這う様にベッドへと戻る。
嵐が過ぎるのを待つ事は、嵐が起きる前よりも緊張が消えない。
いつ、何が起こるか分からない一色即発の危機を回避するあらゆる方法を模索するのも確かに緊張するけれど、嵐の最中にその考えてきた事が悉く消えていったら、とまたあらゆる危機を回避する理由を一から考える方がきっと緊張はより強くなる。迫る危機に備え、考えるそれよりも、起こってしまった事から作り直す考えは上手くいかない事が多い。
ベッドに上がり、布団を頭から被り何事も無かった様に自分を抱え震え出しながらも祈る楓の思いは上手く伝わらなかったらしい。
証拠に、無造作にドアが開き人が入ってくる気配を感じたから。
どすどす、と乱暴な足音を立てベッドの傍に立つだろう圭司を見る勇気が無くて、楓は潜った布団の中、息を潜めじっとしている。
今すぐにでも布団を捲られれば、いつもの様に楓の意思に関係なく圭司は自分を組み敷くかもしれない。寝ていても、起きていても、どちらでも構わないのか、圭司の行動はいつも突然で脈絡も無い。
「・・・・・覗きが趣味の楓君、寝た振りしないで起きろよ!」
通常よりも低く呟く圭司の声に楓は自分を抱きしめたまま、肩をびくり、と揺らす。
「起きてるんだろ? ねぇ、覗いて興奮した? 楓君はどっちに興奮するのかな? 男のオレ、それとも女のあの子?」
布団の中、微かに反応したのに気づいたのか、圭司は尚も言い募る。
紡がれる言葉の端々に棘があるようで、楓は布団の中、更に強く自分を抱きしめる。
「・・・・・・なぁ、起きてるんだろ?」
低く身を寄せているのか、更に問いかける声は響く。それでも、布団の中、ぎゅっと自分を抱きしめ蹲る楓に我慢が出来なかったのか、圭司は乱暴に布団を剥ぎ取る様に捲る。
剥ぎ取られたベッドの上、びくり、と肩を揺らし怯えた瞳で見上げた楓の目の前で圭司は唇を歪め笑みを浮かべた。

「・・・・・近寄らないで・・・・・」
震える声で呟きベッドをずるずると後退する楓の目の前、圭司はどんどん迫ってくる。
「今更、どこに逃げるんだ? 逃げる場所なんて無いだろ?」
微かに肩を竦め笑みを深め告げる圭司に楓は無言でベッドの端へと辿り着く。
「楓? 逃げれないだろ、どこに逃げるっていう・・・・・そんな姿で誰かに助けでも求めてみる?」
ベッドの横ゆっくり、と立ち上がった圭司の問いかけに楓は薄手のシャツ一枚の自分の姿を改めて見下ろす。それでも、ほんの少しでも圭司から離れたくて、楓はベッドから降りると部屋を抜け出した。
お金も着る服も履く靴すら手にしていない楓はこの部屋から逃れる事は出来ない。それでも、圭司から離れたかった。
「どこに行くっていうんだ? どこにも行けないだろうが!」
「・・・・・もう、止めようよ・・・・・こんなのおかしい・・・・・」
居間の窓に張りつく楓を呼び止める圭司の声に、やっと楓はここに来て初めて、抵抗の言葉を零す。
口にしたら、それはすんなりと胸に沁みこんできた。今まで、どうして、何で、疑問ばかりが口に出たけれど、この関係がおかしい、と口にして初めて、歪んでしまった今の状態を楓は初めて認識した。
「おかしい? どこが、何が? 逃げるから追う、理に適ってるだろ?」
「・・・・・こんなのは違う! こんな、監禁される覚えはオレには無い! だって、オレ達はとっくに終わってるだろ?」
圭司の言葉に必死に頭を振り、楓は震える手を握り締め言葉を紡ぐ。この部屋を出る前からとっくに関係は冷めていた。「恋人」だと思ってたのは楓一人だけで、圭司はいつも楓を邪魔な者と認識していた。だから、出て行ったのだ。
「ここにいる理由はオレにはない。 オレ達は何の関係も無いだろ?」
一度出た言葉は以外にすらすらと先を紡ぐ。口を挟む隙も与えずに話す楓に圭司の眉はどんどん顰められていく。それでもこの関係を終わりにする為に楓は解放される為に必死で言葉を繋ぐ。
「・・・・・終わる? 誰が誰と・・・・・オレがいつ、お前と終わりにするって言った?」
地を這う様に低く呻くその声に楓はびくり、と肩を震わす。そんな楓を睨みつけたまま圭司はどんどん近づいてくるのに、震える足は竦み、窓に背を押し付けたまま、その姿をただ視界に映した。


*****


縋るものの無い床の上、仰向けになった楓の上には圭司がいる。
楓の手を強引に掴んだ圭司は抵抗する体を難なく床へと押し倒した。
そうして必死の抵抗虚しく、足を大きく広げられ、何も解されていない秘孔に押し付けられた硬い欲望は皮膚を破り押し入ってくる。
生臭い、独特の鉄の錆びた匂いを感じる。
唇を噛み締め、痛みにぼろぼろ、と止まらない涙を零し頭を緩く振る楓の上に圧し掛かり圭司はぐいぐい、と腰を押し付ける。
「痛い? 楓が痛いのは体で、オレが痛かったのは心なんだけど・・・・・否定も肯定もしないまま、逃げる相手には心の痛みなんて分からないだろうけど・・・・・」
「やっ・・・・・やめ・・・・・っく・・・・・」
微かに呟く楓の否定の言葉に圭司は苦笑したまま顔を覗きこむ。
「お前に分かる? どれだけ言葉を尽くしても報われない虚しさが、分からないだろ? 人の痛みなんて分かろうとしないんだから!」
何を言っているのか、楓には分からなかった。
先に楓を裏切ったのも、終わりを願っていたのも圭司の方なのに。まるで楓が最初から圭司を拒否していたかの様な言葉に楓は口を開きかけ、腰を激しく動かし出す圭司に唇を再び噛み締める。
一方的な蹂躪は楓の中に吐き出された欲望で終わりを告げる。血が混じる精液が圭司の抜けた場所をだらだらと伝うのをぼんやり目にした楓は足早に部屋へと戻ったはずの圭司が戻ってくるのを目にする。
圭司が手にしていた鞄は楓には見覚えのあるものだった。
どうしてそれがここにあるのか分からずに目を見開き呆然とする楓の目の前に鞄は投げつけるように置かれ、その上から圭司はここに戻らされた時に楓が着ていた服と財布を投げつける。
「去れよ! 今すぐここから消えてくれ・・・・・二度とお前には会いたくない!!」
呆然と自分の物を目にする楓を見下ろしたまま吐き出す圭司の言葉に思わず顔を上げる。
「早く消えろよ! 何もたもたしてんの?」
尚も告げるその声に楓は慌てて服を掻き集めると身につけだす。黙って見下ろす視線が痛い。服を身につけ鞄を手にする楓から圭司は顔を背けるとソファーへと向かう。
「・・・・・あの・・・・・」
「早く出て行けよ! もう、お前いらないし、どこへでも行けば?」
背を向けたまま楓の言葉を遮る圭司に楓はそっと溜息を零し、足を玄関へと向け慌てて思い出す。
「・・・・・オレの靴は、あるんですか?」
「知らない。 探せばあるんじゃない? 早く出て行けよ、靴が無ければ適当にその辺のを履けば?」
かったるそうに吐き出す圭司に楓は苦笑を浮かべると、頭を一度軽く下げると鞄を持ち直し玄関へと歩き出す。


予定通りに次回で終われそうかも?
何か暗いままですが、明るい未来はあるのか? 20100311

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