5

見送るはずの無い圭司の視線を何故だか背中に感じながら、楓は自分の靴を探す。
ここを出る時に全て処分してしまったと思っていたけれど、幸いな事に下駄箱の奥の方、棚の端、落ちるように引っかかっている自分の靴を見つける。履かなくなって忘れ去られた靴は埃っぽいけれど、履けないわけではないから、埃を払い足を通す。
立ち上がって違和感を感じるかどうかを、何度か床をこつこつ、と叩き確かめた楓は靴を履く為に床へと置いたままの鞄へと手を伸ばした。
「・・・・・ここを出たら、二度と戻って来る事はないよね?」
見ていないと思っていたのに、すぐ近くでする声に顔を上げる事の無い楓は無言のまま頷くと、思い出した様にポケットを探る。
「これ、返します。 ここの鍵です・・・・・お世話になりました・・・・・」
掌に乗る鍵を声が近いはずだと思ったらすぐ間近に着ていた圭司へと差し出しながら楓はどうしてもぎこちなくなる笑みを向ける。
もう、自分の荷物は何一つ残っていない部屋に足を踏み入れる気なんて楓には無かった。一刻も早く、この場所から出たくて中々手を出さない圭司にそっと溜息を零すとそのまま下駄箱の上へと鍵を乗せる。
「さようなら、日野。 どうぞ、お元気で。」
お決まりの別れの挨拶を告げドアのぶへと手を伸ばす楓は襟元を捕まれぐい、と勢い良く引かれる。
「・・・・・っく!」
「最後まで嫌なヤツ! それが別れの挨拶? ふざけんなよっ!!」
苦しげに呻く楓の耳元で吐き出す圭司の声が聞こえると同時に視界はいきなり90度回転すると同時に背筋に急激な痛みが走る。床に力任せに叩き付けられたのだと楓が理解するより先に圭司が上に圧し掛かってくる。
「・・・・・はなっ・・・・・・んっ、く・・・・・」
がんがん、と痛む背骨、それに圧し掛かる体重で息苦しく痛みも増す。抗う力すら出て来ない楓が伸ばす弱々しい手を乱暴に払いのけた圭司は呻く楓を冷たく見下ろしたまま唇を微かに笑みの形へと歪める。
「言っただろ? 逃がさないって・・・・・」
そのまま呟く圭司の声に楓は背筋に悪寒が走るのを感じる。「出て行け」と言ったその口が吐き出した意味が巧く理解できないまま戸惑う楓に構わず伸ばされた圭司の手は楓の着る服へと伸ばされた。

びりびり、と音がするほど乱暴に引き裂かれる服。両腕をその服の残骸で纏めて括られた楓はまだ自由な足を動かしどうにか逃げようとするけれどすぐに押さえ込まれる。
「・・・・・やっ、やめ・・・・・ふっ、ん・・・・・」
否定の言葉を吐き出しながら頭を振る楓を押さえつけ圭司は無言でその唇を奪う。拒む楓に構わず強引に入り込んでくる舌は逃げる舌をすぐに捕らえ口の中を蹂躪してくる。同時にばたつく足を押さえ込んだままズボンを剥ぎ取る圭司はすぐに指を秘孔へと押し込んでくる。行為の後、後始末もしないまま服を着た楓のそこには、先ほど吐きだされた圭司の残骸がまだ残っている。だから、押し込まれた指はすんなり、と奥に入り、すぐに粘着質なくちゅくちゅ、と卑猥な水音が零れだす。
「んっ、やっ・・・・・やめ、て・・・・・・やっ、だ・・・・・・」
貪りついてくる唇を頭を振り、必死に離し否定の言葉をそれでも零す楓に構わず、圭司は指を引き抜くと一気に腰を押し進める。
固く張り詰めた熱の塊が押し込まれた瞬間、楓は既に涙で潤んだ瞳を押し上げ、上に圧し掛かる圭司へと目を向ける。どんなに潤っても決して受け入れる場所では無いそこは異物を押し退けようとするのに、それでも構わず最奥へと一気に押し込んだ圭司は自分を見る楓の視線に気づき、唇を歪め笑みを形造る。
「・・・・・・なんで・・・・・」
「何度も言っただろ? 逃がさないって・・・・・」
顔色は真っ青に青褪め、濡れて今にも零れ落ちそうな程の涙で潤む目を向ける楓を見下ろし笑みを浮かべた圭司は同じ言葉を繰り返す。渦巻く楓の疑問に何一つ答える気が無いのか、固いフローリングの上、圭司は入り込んだまま動かなかった動きを再開させた。がんがん、と腰を打ちつける速度が増すのと同じ様に、ぐちゅぐちゅ、と動かす度に響く卑猥な水音が更に大きくなる。


*****


ずるり、と異物が抜けていくのに身を震わせる楓を見下ろした圭司は起き上がると自身の服の乱れを直す事なく楓を抱え上げる。ほとんど全裸に近い楓はゆらゆら、と揺られた後、すぐに柔らかい場所に投げられる感触に泣きすぎて重く腫れた瞼をこじ開ける。本棚と机、雑然とモノが置かれる部屋をぼんやり、と見回した楓はそこが圭司の部屋である事に気づき、まだ重い体を起こそうとするが、それよりも早く再び体重を掛けられベッドへと舞い戻る。
うつ伏せのまま、ベッドへと押し付けられた楓が振り向くより先に、ぐちゅり、と後孔へと異物が再び入ってくる。
「・・・・・やっ、もう・・・・・やめっ・・・・・」
「誰が終わりにするって言った? まだ、これからだろ!」
擦れた楓の拒否の言葉を遮る様に腰を大きく動かしながら圭司が告げる。
吐きだされた欲望でどろどろに濡れているその中に身を埋めた圭司のその声に楓はただ唇を噛み締める。
括られていた両手は知らぬ間に自由になっていたけれど、背後から圧し掛かられているから逃げるにも逃げれない楓に出来るのは、ただ零れそうになる声を噛み殺す事だけだった。
嫌だ、と心はこんなにも否定しているのに、体は慣れた行為を容易に受け入れ、貪欲に与えられる欲望を飲み込む。油断すれば零れそうになる声が喘ぎになるのも分かっていたから、必死に唇を噛み締める楓の努力も虚しく、突き上げは更に激しく、ぎしぎし、と軋むベッドと乱れる呼吸、心と裏腹に頭を擡げ、だらだら、と先走りの液を零す自分自身に気づいた今はただ惨めだった。
こんな行為に意味は無い、そう思う。早く終わってしまえば良いと、ただそれだけを願う楓の心と裏腹に体はどんどん高められていく。
だけど、欲望を吐きだせる唯一の楓自身は圭司の手に押さえ込まれていて、奥を突かれる度に体の中をぐるぐると熱が空回りして、耐え切れない先走りがシーツに水溜りを作り出す。
「・・・・・あっ、やっ・・・・・もぉ、だめ・・・・・ああっ・・・・・・」
堪えるはずだった声を塞ぐ事も忘れ、楓はぼろぼろ、と涙を零しながら喘ぎ出す。ただ、抑えこまれた熱を吐き出したくて、それだけで頭がいっぱいになり、その事しか考えられなくなる。
「あっ、あんっ・・・・・・っせて・・・・・いか、せて・・・・・」
限界が近いのか、シーツを強く掴み喘ぐ楓の欲望をしっかり、と手で堰きとめたまま背後から腰を激しく動かしていた圭司は口元に薄っすらと歪んだ笑みを浮かべ、頭を振り、尚も泣き叫ぶ楓に顔を近づけると耳元へと唇を寄せる。
「いきたいなら、名前呼んで・・・・・呼べるだろ?」
低く、嘲る様な笑みを交えながら囁くその声に楓は思わず唇を噛み締める。だけど、熱を孕み膨らむそこは今にも吐き出したくて圭司の手の中、はちきれそうだった。その間にも、絶えることなく奥を突かれる。
「・・・・・いじ、圭司・・・・・お願い・・・・・」
とうとう諦めたのか、泣きそうな声でねだるように呟く小さなその声に圭司は笑みを深くすると更に奥を抉る様に動き出す。
ずちゅ、ずちゅ、と激しくなる音に呼応し激しく軋むベッドの上、最奥へと叩きつけられた迸る熱に連なる様に圭司の手は堰きとめるそれから扱く動きへと変わっていく。楓は叫びそうになる声は噛み殺したけれど、自身から零れる粘ついた白濁の液は途切れる事なくシーツと圭司の手を濡らし、そうして、過ぎる快感に意識が薄れていくのを感じながら、重い瞼を閉じた。

ひらひら、と揺れるカーテン。
目を開けてすぐ視界に入ったそれに体の向きを変えようとして、体中がぎしぎし、と軋み指一本ですら動かすのに億劫なのに、眠る前に起きた事が一気に頭の中に描かれる。寝かされていたのは乾いたシーツの上、精液や汗で汚れた体も服こそ着ていないけれど綺麗になっている。まだ、頭も体も重いままだけど、楓はベッドの上、軋む体を必死に起こす。
半身起こした、ただそれだけなのに、軋む体ではまともに立つ事すら出来ない自分に気づき楓は微かに眉を顰め、近づいてくる足音にびくり、と肩を揺らすと締められたままのドアへと視線を向ける。
ぺた、ぺたと近づいてくる間抜けな足音はドアの前で止まり、がちゃり、とドアが開き、シャワーを浴びていたのか、ズボンを一応履いてはいるけれど上半身裸、濡れた髪をバスタオルで擦りながら圭司が入ってくる。
一度は顔を上げたけれど、楓はすぐに顔を逸らすとぎしぎし、と痛む体に眉を顰めながらも身に着けるものが無いか周りを見渡す。
「着るものなら無いよ・・・・・全部洗ったから・・・・・」
無情な声で告げながら近づいてくる圭司に楓は今の自分を隠している掛布をぎゅっ、と握り締める。
「・・・・・反論とかしなくて良いの? 何でこんな事、とか、言いたい事があるんだろ?」
面白そうな声音で告げる圭司はそのままベッドの端へと腰を降ろし一向に顔を上げようとしないまま、俯く楓の顔を覗きこみ、薄っすらと笑みを浮かべる。掛布を握り締める手に更に力が篭り、それでも声を発しようとはしないまま楓は唇をぎゅっと噛み締める。
頭の中で「落ち着け」と何度も繰り返してみるのに、心が騒ぐ。
言う事、する事ほとんど支離滅裂な行動を起こす圭司への疑問だけが楓の中で、どんどん溢れてだしてくる。
「・・・・・オレにどうしろっていうんですか?」
やっとの思いで吐き出した小さく擦れた楓の声が部屋の中、やけに大きく響いた。
「どう、って・・・・・ははっ、考えてないや。 出て行きたいなら止めるし、行かないなら、変わらない。 だろ?」
「・・・・・っ、だから・・・・・何で!」
楓の疑問に答える様に笑みを深くして答えるけれど、圭司のそれはやっぱり答えにはならなかった。掛布を握り締め擦れた声を思わず荒げる楓に視線を向けた圭司は笑みを深めたまま、未だに俯き加減の顔を覗きこんでくる。
二人分の体重でぎしり、と軋む音を立てるベッドの上、楓は動く事すらままならない体で、圭司の伸ばされた手を視界に入れびくり、と肩を震わせる。


*****


もう背には枕しか無い、と分かっているのに気持ち後ろに下がりかける楓より早く圭司の手は顔へと触れてきた。怯えた瞳を上に上げる楓の視界の先には変わらない笑みを向ける圭司がいて、震えそうになる体を掛布を握り締め堪えながら唇を噛み締める。
「・・・・・変わりたいなら、お前が変わらないとオレも変わらない。違う?」
「何を、言って・・・・・」
「問いかけばかりで何も考えようとしない。 それって結構残酷じゃない?」
頬へと手を当てたまま息が触れる程顔を寄せたまま告げる圭司に楓は眉を顰める。謎かけみたいな言葉の羅列に更に眉を顰め、逃れようと顔を背けようとするけれど、それはすぐに圭司に止められる。
「・・・・・オレには全く、何の事だか・・・・・離して・・・・・」
手を伸ばし、近づく顔を押し退けようとする楓の手はすぐに圭司に捕らえられるから、頭を振り頬へと触れる手を離そうとする。そのどれもがすぐに圭司に抑えられ、気づけばベッドに再び押し倒されていた。
「オレを縛りつけて楽しい? あんたには他に恋人がいるのに、こんな事・・・・・」
「オレに恋人がいるって? ああ、やらせてくれる女ならいるけど、だから何? そんなの興味ないし関係ない事なんだろ?」
「・・・・・やらせて、って・・・・・そんな人がいるならオレはいらないだろ?」
直接的な圭司の言葉に少しだけ詰まりそれでも切り返しながらもがっちり、と握られた手を離そうと抵抗する事を止めない楓の耳元にふっ、と溜息にも似た息が吹きかけられる。生温いその息にぶるり、と一瞬身を震わせた楓は抵抗を再び始める。
両手を括られ片手で布団に押し付けられ、体の上には圧し掛かる体の重みでまともな抵抗一つできないけれど、それでも、嫌だ、と態度で示す楓をベッドに縫いとめた圭司は顔を覗きこみ笑みを向ける。
「だから、何度も言うけど、何も言わずに逃げたら気になるだろ? 何かあればオレだって追ったりしないよ・・・・・」
溜息を吐きながら呆れた様に告げる圭司に楓はこくり、と喉を鳴らす。
「一緒に住むって決めた時、お互い言いたい事は必ず口に出すって約束したよね? なのに、言わなくなった。何をしようと構わない、そんな態度を取ったまま逃げたよね、お前。」
「・・・・・それは、だって・・・・・」
吐息がかかるほど間近にある顔、そのまま動かない圭司の言葉に楓は視線だけを彷徨わせる。何も言えなくなるほど険悪な雰囲気を作り出したのは圭司の方が先だと言いたいのに言葉は続かない。問いただす事もしないまま逃げるのを選んだのは確かに楓の方だった。じっと見つめられる視線を感じながら、楓は返す言葉も見つからないまま瞳を閉じる。

「諦めてそれで終わり? 立ち向かう事もしないまま、流されるの?」
耳元へと低く囁くその声にびくり、と体を震わせた楓は閉じた瞳を開こうとはしないまま、唇を噛み締める。
「言わないと終わらないし始まらない。 どんな事だってそうだろ? 何をどうしたいのか、逃げるより先にする事があるだろ?」
言い聞かせる様に問いかけるその声に楓は頑なに閉じていた瞳をそっと押し開く。じっと顔を逸らす事のないまま自分を見つめる圭司と真っ直ぐに絡み合う視線を今度は逸らす事なく楓は息を飲み込んだ。


ここで切るのはどうか、と思ったのですがごめんなさい、終わりませんでした;
書けば書くほど長くなる・・・・・。 20100501

novel top back next(製作中)