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歩き出せなかったのは、不意打ちの様に抱きすくめられたから、手にしていた鞄がごとり、と重い音を立て床に落ちるのに、広海は抱きしめる腕に声に出せないままただ戸惑 う。
「そんなに俺から逃げたい?・・・・・・体、硬くなってる・・・・・緊張、してる?」
耳元で呟く声、だけど一向に緩めようとしない絡む腕に広海はいつのまにか張り詰めていた息を吐く。
「離せよ、俺・・・・・帰らないと・・・・・」
「恋人が、待ってるから?」
「・・・・・そう、だよ・・・・・・だから、離せよ・・・・・」
「そして、街で会っても俺の事無視するんだ。」
「・・・・・っ、何、言って?」
低く耳元へと呟く声に驚いて逃げ出そうともがく広海を更にきつく抱き寄せた暁は首筋へと唇を寄せてくる。首下にかかる微かな息にびくり、と体を揺らす広海を暁は回した腕に力をこめ更に強く抱きしめる。
「俺が知らないとでも思ってた?・・・・・すぐに気づいたよ、広海だって。なのに、声を掛けようとした俺から目を逸らすと逃げる様に 去ったよね?・・・・・・何度俺を見かけても、広海は知らないフリしたから、何度もそこを通るのを確認してから、俺はお前に声をかけたよ。誰なのか俺はすぐに分かったのに、お前に分からないわけが無いだろ?」
「・・・・・何の事だか、分からないよ。帰りたいんだ。今すぐ、俺を離して!」
首を振り、暁の言葉を拒み、広海はもう帰る事しか考えてなかった。自分を拘束している背後の男が今の広海には何故か怖くて仕方なかった。
「何がそんなに怖いの?・・・・・俺はまだ何もしていないのに、そう・・・・・何も・・・・・」
「・・・・・別に怖くない。でも、もう遅いから、心配かけたくないから、帰りたいだけ・・・・・」
「帰ったら、もう二度と俺と会わないだろ。・・・・・広海はまた俺から逃げるんだ。」
「・・・・・言いたい事があるなら早く言えよ!黙って聞いてるから、早く俺を帰せ!」
恋人が心配する、と背後を睨み付ける広海に暁は口元に薄い笑みを浮かべると、そのまま抱え上げ、入り口から離れたソファーへと投げ出す。
どさり、とソファーの上に投げ出され、呻く広海の前へと暁は座りこむ。
「痛かった?・・・・・だけど、俺は心が痛かったよ。」
「・・・・・暁?」
「広海は俺を無かった人間にしようとしているじゃんか。無視して見ないフリ、居ないモノとしてる。」
「・・・・・そんな事は・・・・・」
「俺はそんな酷い事を広海にしたか?・・・・・俺との縁を切りたがるそこまでの事を広海にしてきたのかよ?」
抑えてはいるけれど、酔っていたはずの暁はいつのまにか素面で、しかもピリピリと痛い視線が肌に突き刺さり、口調も少しだけ荒 。広海は何も言えずにただその痛い視線から目を逸らすと無言で唇を噛み締める。
「何か、言い分は無いのかよ。・・・・・最もらしい言い訳を俺に聞かせろよ!」
ソファーで居心地悪そうに体を少しだけ動かした広海の両脇に両手を置くと暁は尚も言い募る。
追い詰められている、そんな格好で広海は俯いた顔を上げる事すら出来ずにひたすら黙り込んだ。


*****


匂いは思い出に直結で密着して気づくソレは覚えのある箱に閉じ込めたはずの過去を揺り起こす。
沈黙が重く、部屋の空気は確 に数度は下がっている、そんな気がする。
「・・・・そんな、つもりは・・・・・無かったんだ。だけど、暁は俺とは違う、から・・・・・」
やっと沈黙を破り搾り出した声は擦れてみっともなかった。だけど、他の言葉を思いつかなかった。
「・・・・何が違うんだよ・・・・・」
「・・・・家とか生活水準とか、とにかく世界、が違うんだよ。・・・・・学生の時は気にならなかった事も社会に出れば感じる事だってある 。だから、遠い友人で良かったんだよ。だから・・・・・」
「学生の間だけの友達?・・・・・なんだよ、それ・・・・・お前、俺の事そんな風に思ってたわけ?」
暁の低く呟く声に広海はびくり、と体を揺らす。
大それた事を願っていたわけじゃない、一番の親友それであの頃の自分は満足していたはずなのに、ほんの少しの隙間からもっと、もっとと溢れ出した希望を植えつけたのは間違いなく目の前にいる男だった。
「・・・・・思って、いたよ・・・・・社会人になれば生活だって違う、分かったら放せよ!!」
両腕を伸ばし、近づこうとする暁を拒み、広海は怯えを分からせないように叫ぶ。目の前の男に怯えている自分をまだ守りたかった。
「お前、最低・・・・・」
呟く声にびくり、と震えた広海は立ち上がろうとするけれどそれより早く暁は深くソファーへと押し倒した。
「・・・・・暁?」
見下ろしてくる暁の真剣な目から思わず顔を逸らしながらも問いかける様に名を呼ぶ広海に何も答えないまま暁は首筋へと顔を寄せてくる。
触れられたその瞬間、ぞわっと背筋が震えた。強く唇を押し付けられ痛みを感じるほど吸われる。
ぢゅ、と焼け付く痛みから逃れようと頭を振ってはみるけれど広海の抵抗は無駄に終わった。
身動き一つ取れ無い程押さえつけられ、ぎりぎりと手首を手で締め付けながらも、暁は首筋へと舌を這わせる。
生温い温度が肌を伝い、広海はただ唇を噛み締める。

肌を弄られ、乱暴に着ている衣服を剥ぎ取られるその間も、暁は体重をかけ広海を抑えこみ、両手を抵抗出来ない様に自分のネクタイで頭上に締め付ける。
「止めろ、暁・・・・・・止めろ・・・・・」
震える声で同じ言葉を呟く広海の小さな声にも何も返さないまま、暁はがちゃがちゃとベルトを外すとズボンを押し開き躊躇う事なく顔を埋める。
下着越しに濡れた生温いものに唆され、広海自身が気持ちとは裏はらに頭を擡げてくる。
恐怖を感じているのだから、反応なんてしなくても良いのに、欲望はどこまでも快楽に従順だった。
「・・・・・ここは、触れられて、喜んでるぜ。」
下着の中から取り出し、だらだらと先走りの液まで零しだしたソレに顔を摺り寄せ、呟く暁の低い声に広海は顔を赤く染め唇を噛み締める。それでも、離れようと身動いではみるけれど、両足を抑えつけた暁は一番弱い場所へと唇を寄せる。
片手で柔らかく包みこみ先を舌で突き、口の中へと入れる。何度も同じ事を繰り返す暁に広海は噛み締めた唇の隙間から漏れだす声をもう抑える事ができなかった。
「・・・・・っん、あっ・・・・・・んんっ・・・・・・」
温もりに包まれ、這いずり回る舌に広海の声はもう止まらない。だらだらと零れだす液を啜り、じゅるじゅると音を立てはじめる暁に広海は縛られた両手を微かに握り締める。
「・・・・・俺のもして?」
だから、熱を暁の口の中に吐き出した後、目の前に押し付けられたそそりたつソレに広海は迷う事なく口を開いた。
暁が自分にした様に手で押さえる事は叶わない、だから、喉奥深く銜え込んでは、溢れだす液を少しでも多く吸い出し、開いた隙間を舌で埋める。
汗で張り付いた前髪をさらりと手で掻き分け自分を見下ろしてくる暁の視線が刺さる。口の端から、飲み込みきれない液がだらだら零れだし、べとべとになった口元からソレが外されたのを名残惜しく見つめる広海に暁は苦笑と共に顔を近づける。
「まだ、欲しい?」
問いかけられ、ぼーっとした頭のまま頷く広海の前、暁は舌でべろり、と濡れた口元を舐めるとそのまま深く唇を押し付ける。


*****


ぐちゅり、と粘着質な音を出し入り込んでくる熱い塊はずぶずぶとそのまま最奥へと行き着く。
呼吸を整えようとする広海に構わずそのまま暁は緩やかに腰を動かしだす。
「あっ、ん。待っ、て・・・・・もっと、ゆっくり・・・・・」
「・・・・・無理だよ、もう、止まらない・・・・・」
自由にならない手を動かし喘ぎながら呟く広海に何度も深いキスを送りながら、暁は腰を動かすのを止めずに堪えきれないのか、眉を顰め呟く。言いながらも少しづつ速度は上がり、くちゅくちゅと鳴る濡れた卑猥な音も激しくなる。
部屋に響くのは、ベッドの軋む音、互いの漏らす声、そして濡れた音。
「・・・・・あっ、んんっ・・・・・きら、あっ、き・・・・・もう・・・・・ああっ!!」
更に激しさを増す暁に広海はやっと枷を外され自由になったその両手で縋りついたその背に爪を立てると、堪えきれない喘ぎ声を漏らす。最奥へと暁の熱い飛沫が迸るのと同時に互いの体の間にある自分自身からも、べったり、と体の隙間を覆うかのように溢れだす液体も留まる事を知らずに広海はいつのまにかきつく抱きしめられた腕の中、びくびくと余韻で震えだす。
「・・・・・広海、もっと・・・・・」
はぁはぁと互いに荒い息を零したまま、まだ抱き合い繋がる体をそのまま、顔を上げた暁が耳元へと囁いてくる。その低い囁きにびくびくと体を揺らした広海はまた中で存在を主張しはじめた、暁自身を知らずにきつく締め上げてしまう。
「んっ、だっめ・・・・・もう・・・・・」
体を繋げてはしまったけれど、部屋で一人待つ恋人を頭の片隅に思い出し首を力無く振る広海はそれでも、それが最後のあがきだとどこかで分かってはいた。体の奥、熱く息づく暁自身はもう、言葉よりも早く次へと進もうとしている。
「・・・・・ごめん、ね」
微かな声で呟きながらも、再びゆっくり、と腰を動かす暁に広海は何も言えないまま、ただ縋りつく。さっきよりも明らかに卑猥な交接音が部屋に響き渡り、暁へと縋りついた広海は段々とぼんやりしてくる頭でただ、背へと回した手でまた爪を立てた。

熱いシャワーで体中を洗い流しても、行為の名残の腰への鈍痛は消えない。目が覚めたら朝だった、ならどんなに良かったか、元々アルコールを一滴も口にしていない広海の頭は正常で昨夜何をしていたのか、細部まで思い出せる程、事細かに覚えていた。
アルコールに飲まれたとはいえ、元々ザルだと言われている暁の方も記憶ははっきりしているらしく、ベッドの上、お互いの顔を見て珍しくどんどんと顔の赤くなる二人は同時に視線を逸らし、広海は逃げる様にバスルームへと駆け込んだ。
初めて体を繋いだ事後の二人という訳では決して無いのに、それでも、ありえないほど情熱的な夜を再び思い出した広海は一人更に赤面すると思わず冷水を頭に被る。冷たい水を被ったのに、それでも消えない熱を持て余し、広海は湯に浸かると大きな溜息を吐いた。無かった事にするのは簡単なのに、それが出来ないのはもう分かっていた。だから、勢い良くバスタブの中、立ち上がった広海はこれからを考えると尽きない溜息を再び吐き出すと、頭を切り替える為に体を洗うための道具を探し出した。
「何、してるの?」
「上がったのか? じゃあ、俺も頭冷やしてくるわ・・・・・」
バスルームから出てきた広海はずっと同じ姿のままぼんやりしている暁に眉を顰め問いかける。ほかほかと体から湯気まで上っている様なさっぱり、した広海の姿を認め、暁はあたふたと立ち上がり近づいて来る。
「話がしたいから、できれば早くして。」
通り過ぎる寸前の広海の言葉に暁はびくり、と肩を揺らすとただこくり、と頷きバスルームへとその姿は消えていく。
意気消沈している暁に何か言うべきか迷ったけれど、広海は重なり乱れ散らかった服の中から自分の服を探し出し身につけながら、油断すると思い出す乱れた情事を頭を振り追い出した。深呼吸を繰り返し、服の中に入れっぱなしの携帯を取り出した広海は着信アリの表示に蓋を開く。思っていた通り、恋人からのずらり、と並ぶ着信履歴に微かに苦笑を浮かべるとそのままポケットへと携帯を戻した。まだ微かに湿った髪を探し出した渇いたタオルで拭きながら、ソファーへと座りこむ。


できれば後味の良い終わりを目指しておりますが、これ終わるのかな?

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