愛をこめて花束を!

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願いは一つだけ。
この気持ちを知られる事がありませんように。
最後の日が来るその日まで皆川広海(みながわひろみ)はそれだけをずっと祈っていた。

「おはよう!!朝だよ、お寝坊さん!」
甘く良く透る声にそう耳元で囁かれ、すぐに勢いよくカーテンが開かれる。
眩しい日の光に布団をまた被ろうとする広海を慌てて押し止めた恋人は薄っすらと開いた目の前でにっこり、と笑みを浮かべるたまま顔を近づけてくる。体重をかけてくる恋人の重みで安物ベッドのスプリングが少しだけミシリと軋む音がする中、広海の唇に優しい温もりが軽く落とされた。

寝ぼけ眼の広海の目の前で忙しなく動き回る恋人をぼんやりと見つめながら広海は起こされるまで見ていた夢を思い出した。
唇を噛み呆然と立ち尽くす広海の目の前で笑い合う恋人同士。
何処から見ても仲の良い二人の間には誰も割り込むことが出来なくて、親友と呼ばれた広海でさえももちろん。
だから、立ち尽くし眺めることしか出来なかったあの辛い日々、何度その間に割って入りたかったのか、苦い思いを飲み込んだあの日を夢に見るなんて一度も無かったのに眉を顰めた広海はふと視線に気づき顔を上げた。
「考え事?食事中はこれに集中してよね、結構頑張ったんだから。」
困った様に笑みを浮かべながらも力作だと断言する料理を指差す恋人に広海は慌ててこくこくと頷いた。
「それで?何の夢?」
「ああ、昔のちょっと、な。」
「酷い!!言えない事?・・・・・こんなに尽くしているのに。」
泣きまねをする恋人に苦笑した広海は昔の事だよ、と繰り返し呟いた。
そう、昔の事だとあの日はとっくに終わった事なのだとまるで自分に言い聞かせるように呟かずにはいられなかった。


*****


見かけたのは偶然、でもそれがまるで自分を試されているかの様に感じたのはきっと広海の中であの頃からしこりの様に残っていたからに他ならないだろうと思う。そう思うほど気になってはいた自分に改めて気づかされたのだけれど、あの頃、彼は自分の 最も近くにいて、広海も彼の最も近くにいたのだと思っていた。「恋」だと気づいても、その事を告げる勇気さえなかった過去の幼い自分の横にいた彼は「恋」を叶えて幸せそうな顔で毎日のろけを広海に聞かせてくれた。その度に傷つき血を流す心の内を必死に押し隠し笑みを浮かべていた滑稽な自分さえも思い出しつい眉を顰め立ち止まる広海に気づくはずもなく遠ざかる彼の背中を眺めたまま暫くその場に立ち尽くした広海は渇いた笑みを浮かべ頭を軽く振るとやっと歩き出した。

「結婚するんだと。」
「へーっ、誰が?」
「だから、江波暁(えなみあきら)だって、さっき言っただろ?」
「それは目出度いじゃん、でも随分早いよな。もしかして玉の腰?」
いつもの昼、高校から職場まで腐れ縁の友人と一緒に食べ始めた食堂で友人の告げた言葉に広海は笑みを浮かべる。
溜息を吐いた友人に何気ない顔を向け先を促すと彼は口を開いた。
「出き婚だって、噂。あいつ、彼女いたじゃん?その子じゃないかって話だぜ。・・・・・お前、知らなかったの?」
言外に学生の時の広海と噂の彼との仲の良さを持ち出す友人に広海は首を振る。
「高校進学と同時に音信不通だよ。俺も向こうも忙しかったみたいでさ、出き婚ね。それはそれで目出度いんじゃないの?」
「そりゃそうだけど、この年で身を固めたくないね、俺は。」
「負け惜しみに聞こえるから止めとけ。」
つい先日「彼女に振られた」と沈んでいたのを思い出し告げる広海に友人は黙り込むと目の前の食事へと手をつけ始めた。

偶然も二度も続けばそれは必然だと何かの本で読んだ気がした広海は目の前に映った光景に眉を顰める。
眉間にどうしても寄る皺へと手を伸ばし少しだけ眉間をもんだ広海は目の前に立つ男へと深々と頭を下げる。
「この度は当店を選んで頂きありがとうございます。私、お世話させて頂きます皆川と申します。」
名刺を差し出し営業スマイルを浮かべる広海から目の前の男は目を逸らし、隣りに座る女は釣られた様に頭を下げ名刺を受け取る。
結婚式は女性にとっては一大イベントの一つだそうで、これにかける彼女達に意気込みはいつだってとても熱意がある。
例外はなく誰もが同じ、例えば式場での衣装や装飾。こちらが掲示した以上のアイデアを出され、でもそれを予算内でやれと無理難題を押し付けてくるのがほとんどで、決まった予算の中、どれだけ希望に添えるのかどうかが腕の見せ所だとこの仕事についてから、何度も先輩に指導された事をこうして希望を聞いていると思い出す。
「質素でもないけど、豪華!とか言われるのは嫌なの。」
「シンプルだけど豪華ではない、ですか?」
「そうよ!私達らしさが欲しいのよ、例えば飾る花とかテーブルのクロスとかを少しこったものにするとか、ね。」
取り止めなく出される希望を頷き、メモに取りながら広海は一度も言葉を発しない男へとちらり、と視線を投げる。
あまり乗り気ではないのか、彼女に全てを任せるのか一度も発言しない男はさっきから出されたお茶をぐびぐびと飲んでいる。
「ご主人様の方に希望はありますでしょうか?」
「いいのよ。好きにして良いって言われているから、それでね、飾る花なんだけど・・・・・・」
男へと顔を向け問いかける広海に彼女は断言するとまた話はじめた。ほんの少しだけ顔を上げた男は溜息を吐くとがたりと音をたて椅子から立ち上がる。
「暁さん、失礼よ!」
「・・・・・俺はそこら辺歩いてくるよ、じゃあ、ごゆっくり。」
そのまま背を向け歩き出すのを見送る広海に彼女は溜息を吐くと「すいません、それで、これは・・・・・」と何事も無かったように話を再開した。
「じゃあ、また後日、お見積もりをお知らせします。」
「はい、よろしくお願いします。」
長い話をやっと終え、営業スマイルを浮かべる広海に彼女は頭を下げるとバッグから携帯を取り出し電話をかけ始めたから、広海は頭を下げると手にした資料を一端揃え受付に後を任せ、その場を立ち去る。


*****


「結婚、おめでとう!ついに年貢の納め時?」
「・・・・・ふざけるなよ、何で、わざわざお前が担当なんだよ。」
「偶然だし、あそこにいたのが俺だったから、で・・・・・・暁?」
「誰がするか!・・・・・俺の好きな人は別にいるのに。」
ぎゅっと抱きしめてくる男の頭を撫でながら広海は笑みを浮かべる。
自分を抱きしめている腕が更にきつくなるのに眉を顰めながらも広海は暁を享受しながら昼間、自分の式についての希望をはきはきと話していた彼女を思い出す。
「結婚しないのに、式の相談に来てたわけ?・・・・・じゃあ、あれは?」
「俺は、断るよ・・・・・絶対に結婚なんてしないから、な!」
きっぱり、と断言する暁に広海は曖昧な笑みを返す。
暁本人の意思よりも周りがそれを許さないだろう、と思いはしたけれど、口に出す事はできなくて、結局曖昧な笑みしか零れなかった。
「・・・・・もしかして、無理だって思ってる?」
顔を覗きこみ話しかけてくる暁に広海は何も返さないまま一歩彼から離れた。
「・・・・・・広海?」
「仕事、行かないと。じゃあ、また。」
踵を返し、問いかけをはぐらかしたまま広海はすぐにでも職場へと歩き出そうとするけれど、それは叶わなかった。
「暁、あの・・・・・手、離して・・・・・」
「信用してないだろ?・・・・・俺がこのまま結婚すると思ってる?」
「・・・・・それは、分からないよ、暁の事だし。ほら、俺、もう、行かないと・・・・・」
首を振りやっぱり曖昧な笑みを浮かべたまま捕まれた腕を振り払おうとする広海に暁は唇を硬く結び、掴む手に力をこめる。
「相変わらず、信用されてないよな、俺。・・・・・そういや、恋人とは上手くいってる?」
「・・・・・普通、だよ。何も変わらない、それがどうかした?」
「何も。・・・・・一応確認をね。今日は会ってよ、いつものとこで待ってる、じゃあな。」
耳元へと素早く囁きそのまま素っ気無く腕を離し広海には見向きもしないまま歩き出す。遠ざかる背中をただぼんやりと見送ると頭を振り気持ちを切り替え広海もまた行くべき場所へと足を向けた。

待ち合わせの場所はいつも隠れ家みたいに建てられた小さなそれでも迎え入れる人を温かく迎えるホテルの一室。
連絡をするのはいつも向こうからで、向かえば肯定、行かなければ否定。一度として自分から連絡をした事もなければ、連絡を取ろうと思った事もない。
お互いに別の生活があって、こうして会う理由なんてどこにも無いのに、止められない自分は何なのだろう、と悩んだ時期は当に過ぎ去っていた。
理屈じゃなく、向こうが会いたいと思わなければすぐにでも終われるそれがこの意味のない逢瀬の全てだった。
「何か、飲む?」
「じゃあ、水を貰えるかな?」
「水?」
「・・・・・車だから、酒はいらないし、かといって、この部屋には酒以外無いだろ?」
「ルームサービスでも取るか?」
「いらないよ。今日はすぐにでも帰りたいし。」
「・・・・・何か用事でも?」
「言ってなかった?俺、今恋人と同棲中だし、早く帰りたいんだ。」
笑みを向け告げる広海の前で暁は一瞬目を見開きすぐに顔を逸らした。かちゃかちゃと目の前のコップを弄りながら黙り込む彼の前、広海は溜息を吐くと上着を脱ぎ近くにあった椅子の上へと置く。
「同棲までいったとは、知らなかったよ。・・・・・おめでとう。」
動揺した自分を見せたくないのか笑みを向けてくる暁に広海は笑みを返すだけで何も言わなかった。
「・・・・・じゃあ、もう呼び出したりしない方がいいよな?広海の前途を祝してやりたいのに酒が飲めないなんて寂しいな。」
言いながら広海の言葉通りの水の入ったコップを渡すと暁は薄い色のついた液体の入ったコップを向けてくる。
「何?」
「前途を祝して乾杯しないか?」
「・・・・・ありがとう。」
こちん、と触れ合うガラスの音の後、こくり、と一口飲み込んだ広海の前で暁は一気にコップの中身を煽る。


*****


「暁、平気?・・・・・俺、帰るけどお前はここに泊まるのか?」
ぐったり、とテーブルに突っ伏す暁の肩を揺するけれど、唸り声だけで大した反応もなく広海は溜息を吐くと椅子の上へと置いた上着へと手を伸ばした。
「・・・・・帰る、のか?」
「うん、俺はこれで。」
上着を着込み、身支度を整える広海が背後からの声に振り向くと、突っ伏していたはずの暁が見ていた。酔いが完全に覚めていないのか語尾が擦れる暁に広海は頷くと肯定の返事を返す。
「もう、呼び出さないから、安心しろよ。二度と二人にはならないから・・・・・」
低く擦れた声で呟いた暁にただ頷いた広海はがたり、と椅子を引き立ち上がる。
酔いが大分回っているのか、とろんとした目を向けてくる暁に広海は微かに笑みを浮かべるとそのままドアの方へと歩き始める。
「ねぇ、式には参加してくれるのか?」
「・・・・・暁?」
背に問いかけられ思わず振り向いた広海の目の前、まだ酔いが残っているのか微かに潤んだ瞳を向けてくる暁と視線が絡み合う。
「式を作る側として、できる限りの事はするよ?」
笑みを向ける広海に暁は視線をそのままに無言で立ち上がる。
「俺には早く結婚して欲しいとか思ってる?」
「・・・・・何、いきなり。どうするのか決めるのは自分だろ?・・・・・俺、もう帰るよ・・・・・」
問いかけに不思議そうに首を傾げると広海は暁へと片手を上げ出口へと足を向ける。


どうも読み切り書けなくなっております;そんなわけで続きます。

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