Midnight Angel・7

「尚人・・・愛してるよ・・・」
そう言いながら航は尚人を引き寄せキスをする。
長いキスの後尚人は航の腕の中ぽつり、と囁いた。
「諸悪の根源がわかったんだ。」
「根源?」
航の腕の中、尚人は言葉を探しながら口を開く。
「”吸血鬼”って昔呼ばれた生き物がいた。不老不死だとかいわれてる。でね、ここに住み着いてる噂があったのはほとんど物語的で今よりかなり昔の話。」
「・・・それが、何?」
「うん。血を吸う生き物だから”吸血鬼”なんだけどね、彼らが本当に食すのはは人の血に含まれる『生気』らしいんだ。」
「・・・それで、大昔ここにいた”吸血鬼”がなんで悪者なんだ?元から悪いやつで封じられてたとか?」
「うんと、彼がそこまで邪悪になったのは吸った生気の為だよ。その人達の生気が邪悪だったから。《思い》にやられたんじゃないかと。」
「・・・つまり、どういうことだ?」
「自殺志願者や自殺した人が『希望』と『絶望』を紙一重で思うように生きている人の《思い》には当然”善”と”悪”があるよね。彼の好んだのはその”悪”の《思い》なんだよ。本来彼が望まなかったものだろうけど・・・」
「そいつをたくさん持ってたのが若い女だってことか?・・・自殺者との関連は?」
「彼が女だけを狙う理由が6年前。どっかの若い女が恨みに身をまかせて呪いをここでやった。その悪質な《思い》が彼を起こした。それで味を占めた彼は少しでも持つものをおびき寄せ恨みの果てに生気を吸い取った・・・・・・・そうだろ?”吸血鬼”!!」
叫ぶと尚人は立ち上がり背後に聳え立つ建物、神堂の方へと視線を向け念を送る。
異質な叫び声が霊感の多少ある者達の頭の中に響いた。


【ウォノレーーーッ・・・・ハンター・・・ノ・・・・コゾウ・・・・ガ!!】
片言の言葉が頭に響いてきて、尚人は構える。
「・・・来いよ、元凶!・・お前のおかげでここは自殺名所だよ。」
薄笑いを洩らし尚人は語りかける。
建物がぐらぐら崩れ落ちていく中、化け物と呼べるだろう生き物が現れた。
どろどろと彼が歩く後には液体の様な滑りができる。
RPGに出てくるスライムをかろうじて人型にしたような化け物は金色に光る瞳だけが鈍く光り、手も足もどろどろと溶けてるような感じがした。
しかも異臭が凄く尚人の横にいた航は思わず鼻と口を押さえた。
【・・・ハンター・・・ワレ・・ノ・・・テキ・・・オ・・マエ・・ユルサナイ・・】
「良い子にしてれば・・・殺されずに済んだのに・・・お前、本当に、バカだよ・・」
彼は何も言わなかった。
痛ましそうに彼を見る尚人の元へと重い体を引き摺る様に近づいてくる。
【・・タクサン・・イタ、ナカマ・・コロサレタ・・・ワレラハ・・タダ・・イキテイタダケ・・ナノニ・・・ナカマ・・コロサレタ・・ダーク・・ウラミ・・ハラス・・】
「・・・・・。」
呆然と立ち尽くした尚人に彼は手を翳してくる。
手の中に光が集まるのを尚人は躊躇う様に見るだけで構えようともしなかった。
【・・・カイ・・ウラギッタ・・オマエ・・・ハンター・・・オナジ・・・カイ・・・ハンターダッタ・・・】
「尚人!」
放たれた光を避けようとしない尚人を航は引き寄せる。
「お前、何やって・・・」
航の腕の中尚人はただ片言の化け物、ダークを見ていた。
纏う妖気は禍々しいのになぜか攻撃からも殺気が全く感じられなかった。
きっと、裏切られた元仲間を多分彼は・・・・。
尚人には彼がただ、悲しんでる・・・そんな気がして仕方なかった。

********************

遠い、昔。
まだ、実家に尚人がいた時、彼は家族の中でただ一人異質な存在で父親は尚人を「化け物」だと畏れた。
母親は必死に尚人を庇ってはくれたけれど居心地の悪い生活だった。
ある日、日頃から尚人を畏れそして蔑んでいた父親の言葉に彼を殺したいほど憎んだあの日、尚人を止めたのは母親の言葉だったはずなのに、思い出せない・・・。
息子を息子だとも思わない父。
言い合いの末彼の発した言葉は最も聞きたくない言葉だったはず。

『・・・化物め!お前なんかがわたしの息子のはずがない。』
確か、そう言われて尚人はぶち切れた。
つもり積もった鬱憤が爆発しかけたあの時。
『やめてーーーっ!』
普段は声を荒げる事もしない母親の叫び声と温もりを感じた。
父を散々責めた後母は尚人を抱きしめ何度も繰り返した言葉は・・・。
『愛してるわ、私の尚人。落ち着いて、あなたは、お父さんの事も好きでしょう?』
・・・確かにそう言われた。
言われた時妙に納得するほど言葉はすんなり尚人の中に浸透した。
父が好きだったと。
嫌ってる方は何も気づかないし、わかろうともしない。
だけど、母は知っていた。
父に本当は好かれたかったこと・・・家族だと認めてほしかったことを、本当は他の家族の様に普通に愛されたかったんだと。
尚人自身でさえ認めたくなかったことを・・・母だけが認めてた。

********************

尚人はダークと自分が似ている気がしていた。
本当は好きな人に好かれたかったのだと・・・・・。


長い膠着状態が続き突然異変が起こった。
ちょうど、夜明けと共に昇ってきた朝日に照らされ、ダークは異質な化物の姿から少年の姿へとゆっくりと変わったのだ。
いつのまにか増えてる野次馬たちから奇妙な声が洩れだした。
ダークの透ける様な金髪と金の瞳はかなり目立って異質であることは変わりなかった。
金の瞳は真っ直ぐ尚人だけを見ていた。
航は尚人を抱えたまま警戒を解いた。
目の前の少年からは禍々しい妖気すらも消えていたからだ。
野次馬の先頭に聖と弘の姿も見える。
「ハンターよ。わたしを殺して下さい。わたしは・・・とんでもないことを・・・」
まともな言葉に航がつい問いかける。
「何で?・・・元に?」
少年はゆっくりと瞳を閉じると口を開く。
「『怒り』こそが今までの姿の源。わたしを憎むにはどうしても必要でした。強大な力が・・・あの時どうしても死ぬことができなかった、わたしへの・・・けじめとして・・・」
「・・・どうして、憎むの?」
尚人の言葉に少年は悲しそうに微笑む。
「どうせなら憎しみだけで死にたかったから・・・」
「なんで!?」
「・・・わたしは人に疎まれ続けてきました。悲しみに沈んだままなのは一族の誇りが傷ついてしまう。・・・それならば、とことん人に嫌われ己を憎しみ死ぬことの方がまだ・・・良い、死に方かと・・・」
「誇りって違うだろそれ。同じ人どうしでも自分と違う人を嫌うのに、何で、そこまで演出してやるんだよ!身勝手だって責めろよ!!」
思わず責めだす航に少年は天使の様な金色の髪を揺らし、微かに笑みを見せる。
「簡単です。わたしは『人』が好きだから、わたしに好かれても困るだろうけど・・・限りある命を必死で生きるあなた方に憧れてるから。・・・わたしも、疎まれるのではなく愛されたままでいたかった・・・」
「外見は人と変わらないし・・・やり直す事だって・・・」
尚人の言葉に首を振る少年にそこにいた人達は驚く。
少年の金色の瞳からは確かに透明な液体・・・つまり涙が流れていたから。
尚人は黙って両手に念を溜め始めた。

--------------ありがとう、そして、さようなら・・・カイ。


切ない少年の思いが尚人に流れ込んでくる。
背筋を伸ばし瞳を閉じる少年に尚人は球状にした念を向け放った。

真っ白な光に辺りは覆われ、一瞬後、悪夢の夜の源の悲しい魔物は消えていた。

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