Midnight Angel・6

「・・・聖は良い友人だった。でも、それ以上の感情はどうしても持てなくて・・・。」
躊躇いながらもぽつぽつと弘は語りだす。
友人だと何でも分かり合えると信じていた、前面的に信頼していた聖に突然押し倒されてから関係が変わってしまった事。
それでも弘には悩みを打ち明けられる程親しい人は聖以外にはいなくて関係を受け入れるしか道が無かった事。
「だから、今のままでぼくは満足してるんだ。悪いけど・・・帰りたいとも思わない。ぼくはもう、死んだ人間だから・・・」
弘が尚人には理解できなかった。
好きでもない相手とそういう事ができた弘の事は・・・。
「はっきり、やっと、言ったな。・・・ありがとう。でも、できるなら6年前に聞きたかったよ。」
「聖さん!」
静かな部屋にバリトンが響く。
穏やかなその声に航と尚人は名を呼び弘は声の主をみつめる。
聖はバーテン姿の仕事着のままだった。
月の光が彼の茶髪を金色に見せ、駆けて来たのか端正な顔を赤く上気させている。
そこにいたのは陸奥聖だった。
「・・・聖さん、仕事は?」
「D地区はパニックで仕事所じゃない。霊たちが地区中に溢れ出してる。尚人君、仕事、済ませないと。」
そう言うと聖は扉をがらり、と開く。
尚人は聖に礼をし、航と顔を見合わせると外へと出て行く。
気づかない内に部屋中の霊気は外へとでていたようだ。

「明子さんの手前・・・葬式だけはあげさせてやりたいから、あの世で幸せになってくれない?」
聖は腰から短刀を取り出し鞘から抜くと弘へと差し出した。
「・・・どういう・・・ぼくに死ねと?」
差し出された短刀と聖を見比べながら弘は青ざめた顔で問いかける。
「もう死んでるも同然なんだろ?・・・なら、体を明子さんに返してよ。」
聖は青ざめたままの弘へと笑みを向け答える。
その笑みは月の光に照らされ妙に艶のある笑みだった。

「・・・あんた、いつもそうだ!・・・都合が悪くなると簡単に切り離す・・・」
「お前だって死ぬつもりだったんだろ?・・・口実なら腐るほどあるじゃんか。その方が都合がいいだろう?お前もオレも・・・そして、周りも。」
「・・・大嫌いだ!!」
「・・・嫌なら必死に抵抗しろよ。彼女でも作れば良かったんだよ。逃げ道なんて探せばどこにでもあっただろ?切り離す?・・・ふざけんな!・・・・離したのはお前だろ。それに・・・もともと繋がってなかったさ・・・」
言い合いの後、聖は真っ直ぐに弘を見つめる。
「さよなら、ヒロ。・・・これで、オレは長年の想いに終止符を打てるよ・・・・。」
バリトンは確かにそう言う。
足早に振り向きもせずに聖は歩き出す。
航は何も言えずただ、呆然と事の次第を見ていることしか出来なかった。
だから、座り込んでいた弘が短刀を持って立ち上がったのに航は気づくのに遅れる。
「・・・ぼくは、一生、あんたを恨んでやる!」
必死に嗚咽を噛み殺した低い声に聖は声の主を肩越しにちらり、と見る。
その瞳からは何の感情も読み取れなかった。
「・・・恨む?何を・・・。あんたには屈辱的な行為でもオレは最高だったよ。・・・長年、オレはあんたに縛り付けられた・・・それで、十分だろ?」
びゅん、と刀を投げつける音。
「聖さん!!」
航の叫び声は遅くビシャッと血飛沫が舞う。
刀を投げつけた弘は瞳に涙を溜めてはいたがしっかり、とそれでも立っていた。
刺されたのはその場に座り込んだ聖。
白いワイシャツがみるみる赤く染まってくるのに航は彼へと駆け寄る。
刺された場所は肩、でも、大事にいたる怪我じゃ無い事を確認して航は止血する。
短刀には血だとわかるものが付いていた。


「・・・少しは恨みを晴らせた?・・・・・もう、二度と会わないから安心しろよ。多分だけどお前の事、本当に愛してたよ・・・バイバイ、ヒロ。」
聖は淡々と弘へと言い航に礼を言うと、立ち上がり弘を見向きもせずに去っていく。


『気にする事ないわ、あの人が悪いのだから・・・』
江都子の言葉も弘には届かなかった。
彼の頭の中では何度も冷たい聖の最後の言葉と態度だった。
--------------バイバイ、ヒロ。
「・・・聖・・・」
「弘さん?」
航の問いかけが虚しく響く。
弘は外へと飛び出し走りだしていた。

誰かの駆ける音。
聖は一瞬立ち止まりかけるが、思い直すとすぐに歩き出した。
「・・・って、待って!・・・聖!!」
少し高い透る声。
そのまま走り寄った彼は聖の腕を掴んでいた。
「離せよ。」
勢いにまかせ腕を振り払う聖を弘は真っ直ぐにみつめる。
「・・・お前の自殺報道聞いたときオレは自分を笑いたかったよ。一人芝居だって分かってたしオレはお前を無理やり組み伏せた。・・・好かれてるなんて思ってなかったから、でも・・・謝ることもできなかった。・・・今更だけど・・・ごめん。」
「謝って済むことなの?」
「・・・二度と会わないし、訴えても構わない。それだけの事をオレはしたんだから・・・」
淡々と答える聖に弘は彼を見上げたまま黙っている。
ふっきれた、その言葉が当てはまり弘は頭がくらくら、してくる。
久々に泣いたせいか腫れた目が痛い。
「怖かった。戻れない道に流された後、捨てられたら、どうすれば良いのか分からなくて。今日は大丈夫でも明日は・・・考えたら、恋愛にはできなかった。あんたはぼくの一番欲しい言葉をくれなくて、一番救って欲しい時、求めた時はぼくを突き放す。そんな人に何が言える?母さんの事だって、真実味がありすぎて、ぼくは何も聞きたくなくて・・・」
弘の言葉は最後まで続かなかった。
聖が6年ぶりに弘へとキスをしたからだ。
「・・・後悔した。あの時、オレがしっかり引き止めてればまだここに居てくれただろうかって・・・」
----------夢の中。オレはお前を引き止める。オレはお前を・・・・。
弘をしっかり抱きしめ、何度もキスを繰り返す聖に弘はおずおずと指を伸ばす。
「ヒロ、愛してるよ!・・・オレにはお前しかいないから、だから・・・」
必死に語る聖の弘は何も言わずにただ頷いた。
そうして、久々の温もりを確かめていた。
月の光が照らすなか二人はそのまま長いこと抱きしめあった。


ちょうど同じ頃、部屋には航と江都子しかいなかった。
去った弘が戻る事は無いと思い航は江都子へと顔を向ける。
「江都子さん、なぜ、あなたはここにいる?」
「未練があるから。・・・本当は呼ばれた気がしたけど、彼が呼んでたのは・・・。」
江都子からは傲慢な態度が消え生前と変わらない姿のそして寂しい女性がいた。
「あなたに愛されたかった。・・・別の恋を探せなくて。」
ぽつり、と告げる江都子に航は何も言えずに戻ってきた尚人に気づく。
江都子と航の二人しかいない事に戸惑いながらも真っ直ぐ航へと近寄る。
「私、愛して欲しくて、自然に隣りにいたかった。でも航は私を見なくて・・・本当は私を覚えて欲しかっただけなのかも・・・」
「オレの中途半端な行動であなたを傷つけたことオレは一生忘れない。・・・ごめん、でもオレはあなたの事も好きでした・・・。」
「ありがとう。・・・思い出を・・・」

消えた江都子のいた場所を航は長いこと眺めていた。 尚人はそっと航の手を握り完全に消えた気配を確かめると江都子さんの新しい未来を祈る。

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