■13

この学校に来て初めての姫祭の前に仲良くなった相手、それが佐伯陽だ。彼の友人も同じく姫候補として選ばれていたけれど、「因縁」なんて言われるほど何かがあった相手では無いはずだと部屋に戻った幸喜は自分のベッドに寝転がりながら思う。
「幸喜、何考えてる?」
「可月もさっきから黙ってたからいるの分かんなかったよ・・・・・多分、同じこと?」
「佐伯陽で合ってる?」
答えずにただ問いかけてくる可月に幸喜は頷くとベッドから起き上がる。同じ様に可月も目線を合わせる為に椅子へと座りこむ。
「外部生じゃない生徒が青龍にいるのって有りなのかな?」
「さぁ、でも裏はありそうかもな たとえば、佐伯のバックに大物がいるとか」
「大物って誰だよ・・・・・それに因縁って何?」
分からない同志が問いかけを繰り返した所で解決するはずが無いと分かっていても幸喜の中には疑問しか浮かばない。可月も同じなのかこちらも同じく無言で部屋に沈黙が落ちたその時だった。
「直接の因縁じゃないかもしれないけど、佐伯が青龍に行ったのは「必然」だったのかもよ?」
「どういう意味だ、知彦?」
部屋に入ってきたのはいつの間に朱雀の幹部だったのかも全く気付けなかった友人、知彦だった。
「幹部の知彦、会議は終わったのか?」
「僻むな! 俺は次期寮長らしいから、前もって伝えられてただけで、正確に言うと俺は幹部じゃありません!」
「次期寮長? 凄いじゃん、やっぱり知彦だったんだ!」
一時期寮長候補の中に友人の名があるという噂を耳に挟んだ事があるんだよ、と嬉しそうに告げる幸喜に笑みを返した知彦は胡乱な眼差しで自分を見る可月にも笑みを向ける。

「それで? 佐伯について何を聞いてるって?」
「まぁ、落ち着け! 寮長が表の代表なら幹部ってのは裏の代表だよな? そうすると疑問が出てこないか?」
「・・・・・どこの寮にも幹部ってのは存在するのか?」
「もちろん! 寮の運営方針はほとんど幹部が決めてるって話だ。つまり、学校とは別の世界がこの寮にはあるって事!」
可月の隣りに空いてる椅子を持ち込み座った知彦は謎かけの様に話し出す。一つづつ答えていく可月の眉がどんどん顰められていくのを見て幸喜は笑みを浮かべたままの知彦へと顔を向ける。
「知彦?」
「ん? 幸喜も考えてみろよ、どの寮にも幹部がいてその寮の方針を決めている。それっておかしくないか?」
「幹部が決めるのは当たり前・・・・・って、青龍にも幹部がいるのって変じゃない? 中等部の時ならともかく、高等部の寮は外部生の寮だって・・・・・」
叫んでから幸喜は眉を顰めたままの可月と知彦の顔を思わず見比べる。
「それで必然? 青龍の幹部が外部生じゃないなら佐伯を青龍に引き入れたのもそいつらって事になるのか?」
「たぶん、青龍の改革の旗頭になるのは外部生じゃ話にならない! だってそうだろ? この学園を知らないヤツが頭についても意味はない、だろ?」
「佐伯は表の旗頭って事か?」
「そうじゃないか、ってのがうちの幹部の一致した意見。 つまり、姫祭に乗じて青龍の幹部の図式ががらり、と変わったんじゃないかって事」
「その根拠は?」
知彦の断言するかの様な言葉に可月は眉を顰めたまま問いかける。二人がやけに真剣な顔で互いを見ているから、幸喜はただ黙り込んだまま二人をじっと見つめる。しばらく部屋の中を沈黙が支配して、幸喜はぴん、と張りつめたその空気にやけに胸が騒ぐからそっと胸元へと手を伸ばす。
「新寮長に決まったのが外部生でも親衛隊でも無いってのが根拠になるのかな? 俺は聞いたときなるほど、と思ったけどどう?」
「・・・・・確かに根拠の一つではあるかもな。 佐伯に聞ければ早いのにな・・・・・」
沈黙を破り口を開いた知彦の答えに可月は呟く。結局、部外者である人間が何を考えたって最後には本人に聞ければ、当たり前だけど、そこに辿りつく。再び悩みこみ黙り込む二人をじっと眺めたままだった幸喜は居心地の悪い部屋の中うろうろと視線を彷徨わせ、ふとベッドの端に置いてある携帯へと目を向けた。

「中等部の時とアドレス同じならだけど、俺、佐伯のメアド知ってるよ」
言いながら幸喜は自分の携帯へと手を伸ばしボタンを押しながらアドレス帳を開く。二人の目の前へと開いた画面を見せつける幸喜と携帯に写った画面を交互に眺めた可月は隣りに座る知彦へと目を向ける。
幸喜の手にした携帯のアドレス画面、そこには「佐伯陽」の文字と携帯のアドレスがしっかり書かれていた。
「・・・・・・ダメ元でメール送ってよ、幸喜! 寮長おめでとうございます、青龍での寮生活はいかがですか?とかそんな感じの!」
「待てよ、知彦! いきなりメールって驚かれないか?」
「だから、ダメ元だって! 高等部に入ってもうすぐ一年半ぐらい経つ。その間にアドレスだって変わってる可能性の方が結構高いかもだろ?」
番号もアドレスだって今は服を着替える様に手軽に変えられる、そんな時代だ。仲の良いとは言えない相手のアドレスをずっと残しているその可能性の方が断然低い。携帯の会社が変わればアドレスだって新しくなるのだから、過去のお友達は消えていく、そんなものだ。
「俺が古い人みたいに言うの止めろよ知彦!」
唇を尖らせ文句を言いながらも幸喜はメールを作成する。まんま、青龍に佐伯が居た事を今日知った事、それから新寮長決定したおめでとうの言葉。単純明快なその文章を打ち込み送信を押した幸喜は「相手にメールが届きました」の文字を見て目を大きく開く。
「届いたけど、ちゃんと返ってくるのかな?」
呟く幸喜を見た知彦は可月を顔を見合わせると声もなくただ笑いあう。


*****


ピピピ、と胸元で鳴る音に向けられる冷たい視線の群れに曖昧な笑みを浮かべると彼は足早に部屋を出てすぐに胸元から携帯を取り出した。
メールの相手は意外な相手。簡単な挨拶から始まったメールを読み進めた彼は内側から開いたドアへと目を向けた。
「誰?」
「・・・・・友達、意外な相手だけど・・・・・読む?」
ひっそり、と問いかける声に彼は曖昧な笑みを浮かべながらも手にしていた携帯をそのまま出てきた人へと渡す。
「・・・・・知り合い、だったのか?」
「中等部入学して初めての姫祭が縁で。 学校でも挨拶ぐらいはするよ!」
「へーっ、朱雀に話が行ってるなら、他の寮にも当然行ってるかな?」
「多分。 そういえば、あの人達はあれで満足してくれそう?」
「してくれないと困るだろ? それに満足してくれているから、出てこない・・・・・違う?」
問いかけにも曖昧に答えてくる人に携帯を返された彼、佐伯陽は自分が出てきた扉へと目を向ける。
「大切の意味が違う事に気づけば、違う道があったのに・・・・・」
「無理だろ? それが条件だと書いてある全てを読むよりも、あの子は今の自分が大切だった・・・・・姫候補の一人としてはこの寮始まって以来の逸材だったらしいから」
答える目の前の人、青龍姫親衛隊に属し、副隊長の座まで上り詰めた男の言葉に陽はただ浮かべた曖昧な笑みを崩さないまま瞳を伏せると扉の前から歩き出す。

「あ!・・・・・メール来てる!!」
食事から帰ってきた幸喜は机の上に置きっぱなしにしていた携帯のライトが点滅しているのに気づき、慌てて開ける。
新着メール一件、の文字があり思わず声を出した幸喜に同じく部屋へと来ていた可月と知彦は幸喜の傍へと近寄ってくる。
「佐伯からのメール?」
「・・・・・だとしたら、彼結構まめな人?」
声を掛けてくる二人に答える事なく幸喜は開いたメールを見て僅かに口元に笑みを浮かべる。
あたりさわりの無い自分のメールに律儀に返答を送ってきた文章はまるで本人と話しているかの様に真っ直ぐな感じがする。
「ありがとう、だって」
「それだけ?」
拍子抜けするほどがっかりする知彦の声に構わず幸喜は続く空白の先を追う。お礼の文の後、本文がまだ下にあるのか空白の画面のまま動いているのだ。
「・・・・・可月・・・・・これ」
「え? あーっ、知彦! 見ろよ、これ!!」
眉を顰め携帯の画面を見せる幸喜の横から覗き込んだ可月は知彦を呼び寄せる。
『追伸:遠野へ/笹原の事は心配ないと思うけど暫くは東雲から目を離すなよ!』
「これ、向こうで何とかしたって意味だよな? 一体・・・・・」
「・・・・・携帯貸して幸喜!」
呟く知彦とただ眉を顰め無言でた幸喜に挟まれたままの可月は携帯を取り上げるとぴぴぴ、とキーを打ち始める。
「可月?」
「事情を知る権利は俺にもあると思う。少しでも俺は棗と関わったんだから・・・・・」
「でも、可月 教えてくれるもんなのか、そういうのって?」
「青龍の勢力図が変わったのも、これからどうなっていくのかも俺には関係ない だけど、棗の事だけは別だろ? 少しでも関わった相手の行く末は知りたい、違う?」
告白を一度は受け入れ、恋人である位置を少しでも提供した相手が今後どうなるのかは知りたい。別に助けたいとも救いたいともこの先手を差し伸べるかもなんて事は言わない。だけど、知る事だけはできるはずだと可月はそのまま口に出す。
「棗が今後どうなるかを知っても何もしない?」
「する権利は無いだろ? 俺は選ばなかった、だから今後を知りたいとは思うけど何かをする気にはなれないよ」
窺う様に見つめてくる幸喜の手を握りしめ笑みを浮かべた可月は知彦の問いかけに淡々と答えた。この手に掴めるのはたった一つ。望んでいたものを手に入れた今は他の誰にもこの手を使う事はしない。そう断言するかの様に握りしめた幸喜の手をぎゅっと可月は握り直した。


*****


返答はすぐに来た。朱雀と青龍の寮の中間地点にある森みたいな広場。そこが待ち合わせの場所だった。
一人で行くと言う可月に無理に着いてきた知彦と幸喜は少しだけ可月から離れた場所で座り込む。
ひらひら、と落ちる緑の葉の隙間から見える日の光は緑に囲われたこの場所からはきらきら、と降り注いでいても凄く柔らかな光に変わる。森みたい、といっても中に入ると管理されているおかげなのか雑草に覆われているなんて事は無かった。
「待たせた、かな? 久しぶりだね、遠野に東雲!」
かさかさ、と葉を踏む音と同時に現れた佐伯陽は可月へと笑みを浮かべそのまま少しだけ離れた場所にいる幸喜へと視線を移す。
「佐伯! まずは寮長おめでとう?」
「・・・・・ふっ、ありがとう! で、笹原棗の事だっけ?」
「ああ、何がどうなってるのか詳しい事情は別にいらない。 でも笹原については知っておきたいから言える範囲で良いから教えてくれないか?」
その後がどうしても気になると告げる可月に陽は肩を竦めると後ろへと視線を流す。連れがいたのか、近づいてきた男の顔を見て可月は微かに眉を顰める。
「初めまして、後ろにいるのが朱雀の姫ですね。 和装姿じゃなくても麗しい!」
「・・・・・あんた、誰?」
「これは失礼! 名乗るのが遅れました、笹原棗の親衛隊副隊長を務めさせて貰っています深見瑞己と申します」
ぺこり、と頭を下げ笑みを浮かべる男に可月は遠野です、と頭を下げると陽へと視線を向ける。
「佐伯、これって?」
「笹原棗に関しては瑞己に一任してるんだよ。 その前に寮長としてまずは謝らせて欲しい」
「は?」
「遠野じゃなくて東雲に! うちの前寮長が君にしようとした事聞いたよ、すまなかった!」
幸喜と知彦のいる方に向かって大きな声で叫ぶと同時に陽は深く頭を下げる。隣りに立つ瑞己も同じく頭を下げるから幸喜は困った顔のまま可月へと顔を向ける。
「大事には至らなかったから、本人は良いみたいだよ・・・・・だからもう良いよ」
可月の代弁する声に陽と瑞己は顔を上げると、軽くもう一度頭を下げてから可月へと向き直る。

「・・・・・笹原の件だよな? 瑞己、どうなってる?」
少しだけ眉を顰めた陽は隣りに立つ瑞己へと問いかける。
「旧体制の幹部の方達の部屋から出てこないから何とも言えないけど、たぶん・・・・・姫候補には二度と出ないと思うよ」
「それって、どういう事だ?」
淡々と何の感情も籠らない単調すぎる言葉に可月はますます眉を顰めたまま呟く。
「青龍の姫、笹原棗の後援者が幹部だって事だよ。 彼のスポンサーと言っても良いのかな?」
「幹部がスポンサーって、どういう事だ?」
「笹原が望んで幹部をスポンサーにしたって聞いているけど、一般家庭出身の学生が衣装をすぐ用意できると思う? 寮の団結力はたぶん、うちが一番最低だよ? 外部出身の学生が大半を占める青龍には姫祭はほとんど意味の無い行事なんだよ」
「姫祭で姫に選ばれてからの恩恵も、寮に対する優遇も?」
「意味が無いんだろうね。 親衛隊以外の生徒が笹原を優遇するなんて事も無かったし、ただ、親衛隊の勢力も幹部の後押しがあったからこそ強かったんだけどね」
言い方がまるで他人事の様で、抑揚一つ付けずにただ淡々と話す瑞己に可月は隣りに立ったまま無言で話を聞いている陽へと視線を向ける。
「・・・・・青龍では有名な話だよ。 外には漏れなかったけど、笹原は幹部のお手つきだって・・・・・だから、彼の恋人が君だって事、僕らには意外だった」
肩を竦め告げる陽に可月も同じ様に肩を竦め苦笑を浮かべる。
「なるほど、俺も利用されてる一人だって事か。 今頃幹部とお楽しみ中って事か?」
「元幹部だ、何してるのかは不明だけどな・・・今の幹部は基本アンチ笹原でね。 一度は姫に選ばれたからなのか、バックに大物がついていたからなのか、態度がでかいのが難点だったから、姫に選ばれなかったのはこちらとしてはかなり都合の良い展開だったんだよね」
「・・・・・そんな事言って良いのか?」
「構わない。 笹原の時代は終了したし、あいつが何か仕掛けてきたら言ってくれ、僕らで対処する」
「仕掛ける可能性がある?」
「未だに笹原の親衛隊は存在するし、彼に心酔している奴らがいないわけじゃない。 それに、元だけど幹部の力はまだ存在するし、上を抑え込んでも下まで手が回らないのが実状だ。 だからこそ、気をつけろよ!」
念を押すように告げる陽に可月は頷くと、未だ離れた場所からこちらを窺う知彦と幸喜へと目を向けた。


リアルに戻って参りました! こつこつ進めていきますのでお付き合いお願いします。 20101104

top back next