■14

「守りたいと思った時にはすでに遅かったなんて事、遠野に限っては無いだろうけどね」
「油断大敵だ」と謎の言葉を残し陽達が去った後、言葉も無いまま三人は並んで寮への道を歩きだす。
「青龍の内部争いが他の寮にも飛び火しないといいけどな・・・・・」
そんな中、ぽつり、と呟く知彦の声に振り向いた可月は無言のまま頷くと、隣りへと近づいてくる幸喜へと目を向ける。
「可月?」
「・・・・・大丈夫だから、幸喜は心配すんな! オレか、知彦の傍を離れるなよ?」
こくり、と頷く幸喜の頭を可月が、同じく近づいてきた知彦が宥める様にその背をゆっくり、と撫でる。
「・・・・・言っても?」
「ああ、寮が絡んでくるなら、オレ等だけじゃ無理だからな」
問いかける知彦に可月はすぐに頷き答える。勢力争いに一応の決着が着いたのだとしても問題はきっと尽きないだろう事は予想できる。話を聞いたら更に遠くなった存在になりつつある棗を思い出した可月はじっと見上げてくる幸喜の視線に気づき曖昧な笑みを返した。
一度はその手を取ったけれど、ただそれだけ。やっぱりその手は自分が取りたい手じゃないのだと何度も思い知らされた。
そっと伸ばしてくる幸喜の手を握りしめた可月は欲しかったのも、手に入れたかったのもやっぱりこの手で正解だと、握る手にそっと力をこめる。

「注意しろ」と言われ心構えもしていた可月や警戒を寮の幹部へと促した知彦の予想を裏切り夏休みはあっさりと終わり新学期を迎えた。笹原棗は今までの存在感がどこにいったのか分からないほど、数人の取り巻きに囲まれた姿を遠目に眺めやっと気づくそんな程度の存在になっていた。
「拍子抜けだな、笹原には」
ぽつり、と呟く知彦の声に可月は周りを見渡し、現在自分の寮の部屋である事に今更気づき微かに息を吐く。
「笹原の態度がって事? 何も無いならそれで良いじゃん!」
他人事、そんな風に突き放す幸喜の返しに知彦は苦笑を浮かべると可月へと顔を向ける。
「・・・何も無ければそれで良い、に越した事は無いけど、逆にこの静けさが怖いって知彦は言いたいんだろ?」
知彦の言葉を代弁する可月に幸喜は微かに眉を顰め、知彦はこくこくと頭を大きく縦に振る。
姫である事が彼の誇りで、それが崩された今存在感を失くし息を顰めて機械を窺っている、そんな捻くれた物の見方をしてしまう程、侮れない男だと疑いたくなる気持ちは可月にもある。スポンサーだと陽の告げた言葉も気になる。裏で寮を牛耳る幹部の存在に外部入学の笹原がなぜ気づいたのか、疑問だけが残る。
「元幹部と笹原がなぜ知り合ったのか、外部入学の生徒が幹部を知る機会なんて全く無いだろ? 青龍の幹部が寮生だとしても、あそこはほぼ外部入学が占める。まぁ、幹部を潰すべくあの寮に配属になった寮生もいたけれど、それは極一部に過ぎない、違うか?」
疑問をそのまま口にだした可月に知彦が頷く。幹部になるのはスカウトだけど、外部入学の人間を入学して間もない生徒を引き入れるなんて朱雀では有り得ない。経験も歴史も無い真っ新な学生には学校生活を送るそれだけで精一杯のはずなのだから。
「有力な姫候補がいなかったのもあるけれど、笹原が入学してすぐ姫になったのもそう思うと結構不自然だよね。細かい所は向こうの新しい幹部がどうにかするんだろうけど、うちのもだけど、結構他の所もいきなりの政権交代劇をした青龍に戸惑いが隠せないみたいだし」
深刻に話し合う二人から幸喜は窓へと目を向ける。緑の葉っぱは所々茶色く色づいていいるのが見える、夏も過ぎ去り季節は秋だというのに、小さな箱庭の中にはたくさんの陰謀が渦巻いていますなんて笑えない冗談だと微かに眉を顰める。
「入学したのはこの為だった、なんて事あるのかな?」
ぽつり、と呟いた声が思わず響いて、幸喜はそっと窓から二人へと視線を向ける。
「幸喜?」
「それって、笹原の事?」
同時に掛けられる問いかけに幸喜は苦笑を浮かべると微かに目を伏せる。
「何もかも全部知った上で入学したんなら話は繋がらない? 陽は笹原君が元幹部のお手付きだって言ってた。それって、そういう事じゃないの?」
入学前から知り合いで、姫にと請われ、寮の制度を知った上で入学。思わぬ盲点に驚く可月と知彦は互いに顔を見合わせ頷くと知彦は慌てて部屋を出て行く。
「・・・・・可月?」
「報告だろ、うちのお偉いさんに。でも、それ幸喜の思いつき?」
手を伸ばしながら問いかけてくる可月に幸喜はその手に惹かれるまま腕の中へと潜りこみこくり、と頭を振る。
「元幹部のお手付きって陽が言った時から、何か引っ掛かった。彼を引きこんだのが元幹部の方ならそれも有りなんじゃないかって」
頭をゆっくり撫でてくれる手の温もりに微かに目を細め告げる幸喜に可月はそう、と呟き黙り込む。
「心配?」
「・・・・・何が?」
「恋人、だっただろ?」
腕の中見上げて問いかけてくる幸喜の困った顔を見て可月は笑みを浮かべる。
「一応、だろ? 付き合ってと言われたから頷いただけだけど、恋人らしい事は一つもしてないぞ?」
「らしい事って?」
首を傾げる幸喜を抱きしめ直した可月は顔をぐっ、と近づける。触れ合う唇、二回、三回、と閉じた唇をノックして思わず吐き出した息と共に開いた隙間からするり、と舌を差し入れる可月に思わず幸喜は縋り付く。
くちゅり、と耳に響く水音を立て離れた唇を再び押し付けた可月は幸喜をころり、と目の前にあるベッドに転がせると覆い被さってきた。
ぎしり、と軋む音、布の擦れあう音はすぐに消え濡れた音が響きだす。
「幸喜になら、いつだってしたい、と思う事があいつにはしたくなかった・・・これって、答えになる?」
耳元に囁いてくるその声に幸喜は目の前の体に無言で抱きついた。


*****


「脅える事ないだろ? 朱雀のお姫様にも警戒心があったんだ」
床に座り込んだ幸喜をまるで次元が違う相手を見下すかの様に冷たい目で見下ろす棗の妙に赤い唇が歪み笑みを浮かべるのを視界の端に捕えながら、冷たい汗が背中を流れ落ちていくのを感じた。
遡る事ほんの数十分前の話、陽達との会話の後から過保護度を増す二人の恋人と友人、可月と知彦に「一人にはなるな!」と何度も言われていたから幸喜なりに気をつけていた。
いたはずなのに、どうしてこんな事になっているんだろう、と一瞬遠い目をしかけた幸喜は自分を落ち着ける為に床の上に置いた手をぎゅっ、と、握りしめたまま冷静になる為にとゆっくり、と時間を遡っていく。
「オレ、定例会議に出なくちゃいけないんだけど、可月は?」
「ああ、担任に呼ばれたらしくて、すぐ戻るとは言ってたよ・・・遅れるとうるさいんだろ? すぐ来るだろうしオレは平気だよ?」
「・・・・・幸喜の平気がまともに平気になった記憶がオレには無いんだけど、オレの気のせい?」
「失礼なヤツ! 人のいない場所には行かないから平気だって! 図書館とか平気かな?」
「可月が戻ってからにしてくれ・・・教室にいれば平気だと思うけど、一人になりそうだったら、即人ごみに行けよ!!」
念押しする知彦に幸喜はこくこくと、力いっぱい頷く。本当に時間が迫っているのか疑いの目は消えなかったけれど、知彦は「絶対だからな!」と更に念押しすると慌てて教室を出て行く。クラスメートは数人残っているし、知彦がいなくなったからなのか、幸喜に近づいてくるクラスメート達に笑みを向けながら、心配しすぎ、と軽く考えていた。
すぐ戻る、と言った可月がなかなか帰ってこないのに気づいたのは知彦が去ってかなりの時間が経過してから。寮に帰るけど、どうする?と心配そうに声を掛けてくれるクラスメート達に「可月を待たないと」と断って教室から出た幸喜は足早に図書館へと向かいながら携帯を取り出す。
すっかり薄暗くなった廊下の端で話している人達がいるから一人じゃない、と言い聞かせながら歩いていた幸喜は図書館のドアを開けた瞬間がつん、と頭に衝撃を受け、気づいたらここにいる自分を思い出す。
一人で歩いていたけれど、寮生の顔見知りと手を振りあったりしていたし、決して一人きりでは無かったはずなのに、どこで間違えたのか幸喜には分からない。
辺りをそっと見回しても薄暗い部屋の間取りはあまり分からず、幸喜は手にしていた携帯をどこかで落とした事にも今更気づく。
「状況見分は終わりましたか?」
冷たすぎる程硬質な低い声にびくり、と肩を揺らした幸喜はすぐ間近で問いかけた男の顔を見る。幸喜の目線に合わせる為か屈みこんだ男の顔は薄暗い部屋でははっきり見えない、低く冷たいまるで感情の伴わないその声に聞き覚えは無いし、微かにぼんやりと見える男の姿を幸喜は知らなかった。
「えっと・・・ここ、どこですか?」
かなり間抜けな質問だと分かっていても他に聞きようがなく問いかける幸喜に目の前の男が後ろへと顔を向ける。
薄暗い部屋で見てもやっぱり顔の良い子はお得なのかな?とどうでも良い事を考えずにはいられない幸喜へと近づいてくる棗の姿を真正面から見て初めて彼が制服を着ていない事に気づく。
「笹原君?」
「脅えてると思ってたのに、余裕だね、朱雀のお姫様」
名前を呼ぶ幸喜を頑なに朱雀の寮の姫としか呼ばない棗は唇の端を持ち上げ先ほども見せた冷たい笑みを向ける。
「オレをどうしようと?」
「・・・君を傷つけたら、可月はどうするかな? ねぇ、どうしようか?」
幸喜の問いかけに棗は微かに目元を細めるとすぐに答えてくる。その曖昧な答えに眉を顰める幸喜の目の前、棗はくるり、と後ろを振り返る。
「傷つけて欲しいってお願いしたよね? 今度こそ、へまはしないで欲しいな」
「分かってます、棗様」
一歩踏み出し、棗の前腰を深く折り頭を下げるその男を見つめる幸喜は驚きに目を見開く。学園から去ったと聞いていた、二度と会う事は無いはずの人そのはずだったのに、目の前にいるのは私服姿の椚光その人だった。
「・・・・・何で?」
「お久しぶりです、朱雀の姫様。あなたのおかげで学園からは去りましたが、棗様のお傍を離れるのは本意ではありませんので、少し猶予を頂きました」
驚愕を隠さない顔で見つめる幸喜の目の前、光は微かに笑みを浮かべると淡々と告げる。
笹原棗を中心にまるで彼を神の様に崇める光の眼差しに習うかの様に同じ視線が棗へと周りから注がれるのを感じながら、幸喜はこくり、と喉を鳴らす。異様な雰囲気を醸し出すこの部屋から一刻も早く逃げ出す、その事しか考えられない、目の前の光が語る言葉も幸喜にはもう届かない。薄暗く、出口すら分からない部屋の中、再び思うのはただ一つだけ。
一体、どこで間違えたのだろう?
近づく足音に自分の全てが壊される、そんな最悪な予感を回避したくて逃げ道を考える幸喜の思考はすぐに振り出しへと戻る。


*****


「いなくなったって、何で?」
「オレが知るか! 図書室に向かうのを見た奴がいる・・・・・あれほど、一人で行動するなって言ったのに」
定例会から戻った知彦は可月のメールを見て急いで教室から図書室の前へと向かう。開口一番の知彦の言葉に眉を顰めたまま吐き出す様に呟く可月の手の中には落としたのだろう幸喜の携帯がある。GPS機能がついている携帯だけは肌身離さず持て、と散々言ったのに、落としたもしくは落とさざるえなかった事態が起こった事に知彦も自身の眉を微かに顰める。
「居場所に検討は?」
「あるわけないだろ? あったらここにいない!」
少しでも冷静でいよう、と思ってはいるのだろう可月の声は微かに低い。今すぐにでも怒鳴り散らして物事が解決するなら知彦だってそうしてしまいたい。幸喜の姿を見た生徒は何人もいるのに、図書館の前でぱったり、と途切れた足跡。放課後とはいえ薄暗い夕方ならともかくまだ日が高く夕方と言っても明るい日中と対して変わらない放課後学校で攫われるなんてまさに予想外だった。
「とりあえず、校内を探してみる?」
「知彦が来る前にやったよ・・・寮の方も探してみた」
最後に幸喜が会話をしたクラスメートは可月の連絡で慌てて寮から学校への道を戻ってくれた。その間も幸喜の姿を見かける事はなく、離れるんじゃなかった、と後悔している彼らを宥め可月は他の寮生に頼んで朱雀以外の寮内も調べてもらった。どこに消えたのかまったく見当のつかないまま、知彦が来るまでに出来る事全てに手は打った。
「・・・・・可月」
「オレは平気だよ、平気じゃないのは幸喜の方だ。行先に全く見当つかない・・・」
頭を掻き毟り俯く可月の前、知彦はもっと周りに呼びかけて幸喜の監視をするべきだったと今更の後悔をする。
「遠野!」
走り寄りながら名を呼ぶ声に顔を上げた可月は近寄る陽を見る。
「・・・・・何? 幸喜の事、何か分かったとか?」
寮内を探してもらう為、陽にも一応メールをしていたのを思い出し問いかける可月の目の前に来た陽は駆けてきたせいで荒れた息を整える。
「東雲の事は分かんないけど、椚の姿を見た奴がいる」
「椚?」
「元寮長、椚光・・・笹原の信奉者だよ、忘れた?」
首を傾げ問いかける陽の声にああ、と知彦が思い出したのか微かに声を漏らす。
「退学になって自宅に帰ったんじゃないのか?」
「・・・椚の自宅はそんなに離れてない、この辺で見かけてもおかしくは無い・・・けど、タイミング良すぎだろ?」
「それで? どこに行った?」
陽の言葉に可月はこくり、と息を飲み込み問いかける。そんな彼らの前、陽は携帯を取り出した。
「椚を見かけた奴に後を追わせた。 これがメールの返事」
書かれたメールに目を瞠る知彦の横で可月は唇を噛みしめる。遠方からの入学者が多いこの学園では地の利に長けている地元の友人はほとんどいない。学園と寮の間が学生の行動範囲だからだ。
「これは、どこかの店の名前か?」
「ああ、潰れた店の名前らしいよ、看板そのまま廃屋になっているらしい・・・場所は調べたし、乗り込む?」
「ありがと、後は俺たちでするから」
「調べたのは俺だよ、それに俺にとっても東雲は大事な友人だよ、一度私服に着替えてから、寮の中央に集合で良い?」
陽の言葉に頷いた可月と知彦はそのまま陽と別れると私服へと着替える為に寮へと戻る。二人が私服に着替え待ち合わせの場所で待っていると陽がこちらも私服に着替え歩いてきた。その彼の後ろに棗の親衛隊だと紹介された瑞己と見慣れない男を見て可月が慌てて立ち上がる。
「佐伯? 彼らは?」
「瑞己は知ってるよね? こっちは、玄武の益子剛、俺の友人」
「玄武?」
「朱雀の王子に会えるなんて光栄だよ、よろしく遠野、それに久しぶり、丹羽!」
知彦を見て意味深な笑みを浮かべる剛の顔を見て眉を顰める知彦は微かに溜息を零す。
「つまり、繋がってるってわけか」
独り言の様に呟く知彦に問いかけようとして可月は頭を振る。今は多くを語る時間は無い。可月の目的はたった一つ。頭を切り替えて陽へと目を向けると視線に気づいたのか陽はただ頷く。
日は沈みかけ、橙色の空はそろそろ闇へと変わりそうだった。


次回「奪還」編でございます、って前回更新からかなりのお久しぶりですが、また間が空きそうな予感を残しつつ頑張ります。 20120705

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