カウントダウンが始まる姫祭。直接関わりが無くても同じ学校に通っていればその波は自然と全クラスへと広まっていく。
「食事の時間は大切だろ?」
「幸喜! 衣装合わせも大詰めなんだよ? いつまでもそんなちんけな格好でふらふらしている時間はお前には無いの!」
「何で、本人より周りが熱くなってんだよ・・・・・」
隣りに仁王の様に立つ友人の言葉に唇を尖らせながらも、未だにご飯を食べ続ける幸喜はついに彼の手で強引に立たされ手を振る間も声を掛ける間もなく一緒に来た他の人間達に抱え上げられ連れていかれる。 後には食べかけの幸喜の食事と向かい合わせで座り黙々とご飯を食べていた僕や唖然とやり取りを見ていた周りの生徒の呆然とした顔だけが食堂に広がる。
「・・・・・まるで、嵐だな。 久しぶり、佐伯」
幸喜の座っていた席へと座りながら話しかける声に僕は目の前に人が来た事に今更気づく。
「遠野? あの、遠野は良いの? 行かなくて・・・・・」
「ああ、オレだと一緒にさぼるからと暫く別行動を宣言されたんだよ、あれに」
「あれって?」
「クラスメートの幼馴染。 幸喜を姫に担ぎあげたのがさっきのヤツ」
「ああ、さっきの・・・・・という事は同じ寮生?」
「うん? ああ、朱雀寮だね。何か寮をあげて応援してるから」
たかが行事でも熱くなるヤツだから、と苦笑して告げる可月に僕は仲が良いんだ、と思いながら久しぶりに可月を見るな、と思う。 「そういえば、境の協力者とかは誰かいるのか?」
「さぁ、いるんじゃないかな? 境もほら、一応寮生だし」
「ああ、青龍だっけ? でも、あそこは・・・・・佐伯は、協力者じゃなかったのか?」
「僕は同じクラスなだけだよ。 それに忙しいのか最近は別行動だし」
「そうなのか? まぁ、こっちも寮でしか幸喜には会わないけどな」
微かに眉を顰め呟く可月に僕はただ笑みを浮かべる。最近は全く友人とは行動を共にしていないから姫祭に出るのに協力者がいるのも僕は始めて知る。今更だけど、衣装とかどこで用意しているのか疑問にも思わなかった僕は蚊帳の外だったんだ、と改めて思う。 姫祭に関わらない部外者な自分を少し寂しく感じながらも僕はただ笑みを浮かべていた。 そうして、いきなり思い出す。 「好き」と告げた友人の声、目の前にいるのがその相手だという事に。 可月は自分の持って来た食事を終えると、どこから貰ってきたのか手にしたラップを食べかけの幸喜の食事へとかけている。
「あの、それ・・・・・東雲の・・・・・」
「知ってる。 食べかけの食事を持ってこいってメールが来たから丁度お昼だし暇なオレがここに来たんだよ。」
「持ち出し良いの?」
「ラップ借りた時に許可貰ったから。後で洗って返せだとさ」
「へーっ、交流ないとか良いながらちゃんとツーカーじゃん!」
「ああ、メールはここから幸喜を連れて行ったヤツ!・・・・・そういえば、お前、見た?」
「・・・・・・っな、何を?」
いきなりの直球な問いかけに思わずどもる僕を見て可月はすぐに苦笑する。そんな可月の傍に居るのが居た堪れなくて今すぐ椅子から立ち上がるべきだと思っているのに、意思とは逆に僕はただ俯きその場に座りこんだまま黙り込む。
「境と最近付き合い無いのそれが原因?」
「・・・・・いや、あの・・・・・時間が・・・・・」
「断ったよ」
「はい?」
思わず顔を上げ疑問符を述べる僕の目の前、可月は淡々と同じ言葉を続ける。
「・・・・・それは当たり前の事じゃないの?」
「別に告白に嫌悪は無かったよ。 男だろうと女だろうと、好かれて悪い気はしない。 ただ同じ気持ちにはなれないから、オレ、好きなヤツいるし。」
「・・・・・僕に言わなくても・・・・・」
「佐伯、境の事気になってるんじゃないの? だから、避けてる・・・・・違う?」
思わず言葉を失う僕を見て可月は微かに眉を顰める。すぐに否定すればその話はそこで終わるはずだったのに、声を失う僕の目の前で可月は思わぬ僕の沈黙に頭を掻き毟る。
「何、違うの? じゃあ、オレに告白したのを見て、見方が変わったとか?」
それこそ、偏見だとでも言うように告げる可月に僕はただ曖昧な笑みを浮かべる。
「分からないよ。 ただ、どんな顔をすれば良いのか分からなくなった、それだけ。」
巧い言葉が見つからずにぼそぼそ、と告げる僕に可月は肩を竦め微かに苦笑する。その意味が分からず問いかけようとした僕は突然聞こえた声に思わず開いた口を閉じる。
*****
「同じクラスなのに、久しぶりだね陽・・・・・遠野もご無沙汰!」
近づいてきた友人は開口一番に笑みを向けたまま告げてくるその声に可月が「おお」と相槌を打つと席を立つ。
「オレ、これ持って行かないといけないから、また! じゃあな、佐伯」
ラップで来るんだ食事を手に空いてる手を振り可月は早々に歩き去る。一人食事を終えた僕はタイミングを失い可月が座っていた席の隣りへと座る友人をただ目で追う。
「・・・・・見ない間に衣装、変わった?」
「ああ、ちょっとだけ、ね。 遠野とは良く会うの?」
「いや、久しぶりだよ。」
「東雲とは良く会ってるみたいなのに?」
少しだけ声が低くなった友人に僕は否定とも肯定とも取れる曖昧な笑みを浮かべる。
「東雲に良く聞かれる、陽と喧嘩したのって。」
「・・・・・境、僕は・・・・・」
「同性に告白するヤツは友達じゃない?」
「境」
「・・・・・遠野には躊躇う事なく振られたよ! 予想はしてたけど、陽に避けられるのは予想外だった」
何も言えずに黙り込む僕を見つめたまま友人は微かに口元を歪め苦い笑みを浮かべたまま淡々と告げてくる。唇を噛み締めついに俯く僕の目の前、友人はがたり、と音を立て椅子から立ち上がるから僕は思わず顔を上げる。
「僕が寮生なのは知ってたよね?」
「・・・・・ああ、青龍・・・・・だよな?」
「青龍は高等部からは外部生がほとんどで、内部進学する生徒はほとんど寮変えされるんだけど、僕は居残りを希望してるんだよね。残る事ができれば高等部で結構優遇されるみたいだし」
「だから?」
「・・・・・同じクラスなんだから、陽は僕を応援してくれるんだよね?」
「何を言って・・・・・」
立ち上がったまま笑みを深くした友人の告げる言葉に僕は眉を顰める。何だか笑みがどんどん深くなるにつれ友人であるはずなのに、全く別人になっているみたいで背筋に悪寒が走る僕に構わず友人は言葉を切るとテーブルに身を乗り出し僕へと顔を近づけてくる。 「姫祭で僕が選ばれれば居残りになる確率も増える。 もちろん協力してくれるよね?」
「・・・・・・境?」
「東雲に票を入れたら、もし彼が選ばれたら・・・・・僕は君を許さないよ!」
低く抑揚の無い声で囁くと友人はすぐに背を向け歩き去る。椅子に座りこんだまま呆然と彼を見送った僕はごくり、といつの間にか口の中に溜まっていた唾液を飲み込み、彼の言葉を頭の中何度も反芻する。 姫祭の票は個人の一票だけでは当然無理な事は彼だって知っているはずなのに、元々興味は無いとあれほど言っていた友人の豹変にも僕は順応できなかった。何が彼を変えたのか僕には分からず追い掛ける事すら出来ずに長い事その場に座り続けていた。
具体的に何をどうするべきだなんて一言も言われず、しかもあれから同じクラスのはずなのに、友人と会う事は全く無かった。 姫候補者は姫祭が始まるまでは優遇されるなんて言うけれど、その権力を最大限使っているからなのか、食堂で会ったその日以来友人とは全く会わなかった。 クラスの代表扱いされている友人に票を入れるのかそれとなく周囲のクラスメートに聞いてみたけれど、入れると答えたのは半数にも満たなかった。有志で作られている学校新聞での予想でも友人より圧倒的に東雲人気が高かった。 頻繁に姿を見せる事、そして誰に対してもフレンドリーな態度を崩さない東雲人気は鰻上りだったのだ。 「許さない」と言われても僕の一存ではどうする事も出来ないままただおろおろしているだけで日々が過ぎていきとうとう姫祭当日がやってきた。 昨日、下校時には何でもなかった校門にはアーチが取り付けられていて、校舎の至る所に姫候補の写真と名前が貼られているのを眺めながら教室へと向かった僕はまるで選挙活動みたいだと思った。 入学してから初めての姫祭、クラスに入るまでに通る二年、三年の教室がある階に比べると一年の階がより騒がしくそして戸惑いも大きい、そんな雰囲気が感じられた。
「おはよう、佐伯! 見たか?」
「廊下の貼り紙、それとも校門のアーチ?」
「・・・・・お前、クールじゃね?」
「そんな事ない、驚きすぎてるだけ。 姫候補のパレードとかもありそうな勢いじゃない?」
選挙活動みたいだし、と小さく呟く僕の目の前、声をかけてきたクラスメートは笑い出す。
「パレード、あるみたいだよ。 まぁ、候補じゃなくて姫に決まってからだけど」
「・・・・・凄いね」
「境も大変だよな、マジで。 最近あいつクラスに顔も出さないけど元気なのかな?」
「僕も会わないからね。 元気なんじゃないのかな?」
思い出した様に呟くクラスメートに答えてから僕は食堂での友人を思い出す。姫候補に選ばれた人の苦悩も苦労も蚊帳の外の僕には分からない。別人の様に変わった友人を思い出した僕は目の前を友人と同じ寮生だったクラスメートが挨拶をしながら通り過ぎるのを思わず呼び止める。
「おはよ、何?」
「あの、境・・・・・元気かな、と思って。確か、同じ寮だろ?」
「そうだけど、境とはオレも会ってないよ」
僕の問いかけにさらり、と答えるクラスメートに思わず首を傾げる僕の隣りに立つさっきまで話していたクラスメートが先に口を開く。 「同じ寮なのに?」
「姫候補になってから、境には三年が付きっきりで一年のオレ等と行動してないんだよ。 寮の部屋同室のヤツも境には会ってないって言うんだぜ。どうなってんの?」
眉を顰め、小さな声で呟く様に告げるその答えに僕等は三人揃って首を傾げる事しか出来なかった。 何かが起こっているそんな気がするのに、その何かが分からなくて思わず黙り込む僕等はそのまま、朝のSHRを告げるチャイムの音に有耶無耶なまま席へと戻っていった。
*****
姫祭当日、朝のSHRだけは通常通り行われるけれど授業は全てなくなり、姫候補達から今年の姫を選ぶために全校生徒が一斉に体育館へと移動する。 生徒だけで行われる高等部の姫祭と違うのは、中等部は保護者や親戚、友人の入場が可能な所だろう。彼等は生徒より先に体育館の特別席へと誘導されていて、生徒が入る頃には席が足らずに立っている人も見られた。
「佐伯の所は誰か来るの?」
「来ないよ。あまりお祭り好きでもないし」
「そうだよなー。 うちは姉ちゃんが見に来るとか言ってたけど、物好きだよな」
「・・・・・目当ては姫候補じゃなくて男漁りとか?」
「バーカ、中等部のガキには興味ないって言いきったぞ、あの女!」
クラスメート達と話しこみながらも僕は友人の事が気になっていた。僕の周りにいる友人は境も含め姫祭に元々興味の無かった人達ばかりのはずだった。どこで歯車が狂ったのか分からずつい溜息を零す僕に隣りにいた友人、益子剛(ましこつよし)が顔を向けてくる。 「どうした? 境の事心配?」
「うん、境、この間偶然会った時に・・・・・」
問いかけられ、つい小声で僕は食堂での出来事を益子へと話していた。黙って聞いている益子の眉がどんどん顰められていく。
「・・・・・なんだよ、それ。 佐伯一人でも、うちのクラス全員境に入れたとしても姫になれる確率なんてかなり低いぞ。恨むのはお門違いだろうが、マジ、あいつ何考えてんの?」
頭を掻き毟り呟く益子の声に僕は曖昧に笑う事しか出来なくて、何も言えない僕を見た益子は背を緩く叩きながら「気にするな」と告げてくる。そんな益子に僕はやっぱり笑みを浮かべるしか出来なかった。
僕の不安をよそに姫祭は学校新聞の予想通り、圧倒的な票を勝ち取った中等部姫祭歴史始まって以来の快挙を成し遂げる伝説を作り出す「東雲幸喜」が選ばれた。ステージの上で見た目だけは女の子だけど男前なコメントを披露する幸喜を見ながら僕は何度も零れる溜息をもう抑える事は出来なかった。
終わらない、のはどうしてでしょうか?(何故、疑問系;) ちょっと長めにしてみたのに、そんなに長くなるはずも無かったのに、次できっと終わらせます。多分! 20100901
top back next
|