■8

ステージに近づくと、動き回る人の顔に焦りが浮かんでいくのが分かる。緊張感が増す様でそっと息を吐く幸喜に気づいたのか隣りを歩く唯心がそっと背を軽く叩く。
「・・・・・先輩・・・・・」
「これで最後だ。 堂々としてればそれで良い」
にかっ、と歯を見せ笑みを浮かべる唯心に釣られる様に口元を微かに歪め笑みを浮かべた幸喜はもう一度大きく息を吸い込んだ。

「よぉ、とうとう最後だな!」
「・・・・・最後のお披露目はしなかったんだね」
話しかけながら近づいてくる白虎と玄武の姫は幸喜の隣りに立ったままの唯心に気づくと、同時に手を上げる。
「今回の衣装係が、唯心?」
「・・・・・和装なら、お前だよね・・・・・やっぱり」
「どっちでも、オレ流にできるよ。まぁ、和装は、幸喜が着慣れてるせいもあるけどな」
幸喜より、ほんの少し高い位置で交わされる会話に今更だけど、どちらの姫も唯心の同級生なんだと思う。寮は違えど学年が同じならそれなりに、クラスが同じなら会話は交わす、そして寮が同じなら会話はより弾む。
「先輩、クラス同じとかですか?」
唯心の袖を引き、問いかける幸喜に白虎の姫が口を開く。
「同じクラスだよ。 オレもこいつも・・・・・だけど、ほら、こういう所にはそれなりに顔馴染みもできるしね。」
「そうそう。裏方なんてあまり変わらないし、唯心は服に関して結構詳しいのは有名だし」
続く玄武の姫の言葉に幸喜は思わず唯心をじっと見る。
「・・・・・詳しいのは当たり前だろうが。 これを本職にするつもりの人だぜ、オレは。」
見られる視線に照れたのか少し顔を赤くしたまま早口で告げる唯心に三人は同時に笑みを浮かべる。
緊張でがちがちになっていた体が少し軽くなった気がして幸喜はそっと溜息を零した。
相変わらず、ぴりぴり、とした空気は変わらないのに、心が緩やかになれたのは、目の前にいる人達のおかげだとほっ、としたその時、背筋にぴりぴり、とした視線を感じ幸喜はびくり、と体を揺らす。

「・・・・・幸喜?」
「・・・えっと、平気です・・・・・はい、すいません・・・・・」
身震いした幸喜に気づいたのか問いかける唯心に辛うじて笑みを向けるけれど、背筋はぴりぴり、とする。針をちくちくと何度も陰湿に刺されている様にねっとり、とした視線を感じ、幸喜は後ろを振り向くのが怖かった。
「・・・・・青龍の姫のお越しか・・・・・」
眉を顰め呟く玄武の姫の横、白虎の姫も何も言わないけれど、微かに眉を顰める。
「あれが、ね。 そんなに良いか? 着付けは結構やばいぞ、オレ的には許せないな・・・・・」
「お前の視点はそこ?・・・・・他に感想無いのかよ! 青龍一押しの姫だぜ」
唯心の的を外した呟きに玄武の姫が呆れた様に呟く中、幸喜は突き刺さる視線が誰なのか気づき、微かに眉を顰める。だけど、背を向けたまま振り向く事はしなかった。何となく、顔を合わせづらいのもある。
青龍の姫棗は今はまだ可月の恋人であるのだから、幸喜の中には後ろめたさが募る。
「幸喜?」
「・・・・・あ、はい!」
「緊張してる?」
「・・・・・大丈夫、です・・・・・」
覗き込んで問いかけてくる唯心に慌てた幸喜はただこくこく、と頷く。そんな幸喜の頭を軽くぽんぽん、と叩いた唯心はそのまま笑みを向けてくる。
「・・・・・先輩?」
「自身持て! 負けてねーよ、お前。 朱雀の一押しの姫なんだって、自身持って行ってきな!」
いきなりの笑顔に驚き問いかける幸喜の耳元で唯心は囁きながら背を宥める様に撫でてくる。勇気付けられているそれが分かり思わず笑みを浮かべる幸喜に唯心は無言で親指を目の前に掲げる。
「お待たせしました、各寮の姫はステージに進んで下さい!」
同時に実行委員の生徒の掛ける声に促され、幸喜は白虎、玄武の姫と共にステージへとゆっくり、と進み出した。


*****


歓声なのか罵声なのか、声の嵐に一瞬怯みながらも幸喜は歩く。ステージに立つのは今日だけで二度目。ステージからは相変わらず下にいる人達の顔の判別もつかないけれど、見られているという、視線だけは感じる。
「泣いても、笑ってもこれが最後! 投票結果を発表致します!!」
マイクを通しているのに、声の嵐が大きくて、司会の生徒も声を張り上げる。何を言っているのか聞き取れないから声の嵐としか良い様が無いけれど、幸喜は前を見るだけで人の顔も見えないのに妙に緊張して汗ばむ手をぎゅっと握り締める。
「今年の投票人数は4名の姫と実行委員会の私達15名を抜き、全寮生631名全ての投票を元に集計致しました。結果、4位から順に発表したいと思います。」
司会のその言葉を合図にしていたのか、ステージを縦横無尽にスポットライトが回り出す。これで小太鼓の音もあれば完璧な順位選抜だと思いながら幸喜は手を握り締めたままこくり、と喉を鳴らす。
「第4位、三年連続出場なれど、今ひとつ足りなかったのか、玄武の姫、投票数125票!」
呼ばれる、と同時に一歩進み出た玄武の姫にスポットライトがあたり、彼は緩く一礼をする。寮生だろう、歓声と拍手が響き渡る。
「続けて第3位! こちらも三年連続出場、白虎の姫、投票数148票!」
白虎の姫にライトがあたり、彼も一歩進み出ると歓声と拍手に向かって頭を下げる。隣りに立つ二名が先に呼ばれ、幸喜はじっとり、と背中を汗が伝うのを感じる。残り358票がどんな風に配分されているのかも気になるけれど、初登場で連続出場の二人より上なのも気になり微かに息を吐く。
「えーっ、2位と1位はとりあえず票数から発表致します。 2位が152票、1位が206票となりました。」
ざわざわ、と騒ぎ出す中、スポットライトがぐるぐる、と再び回り出す。
「2位は連続優勝ならず、青龍の姫! 続けて大差で優勝、中等部三年連続覇者は強かった!1位は朱雀の姫!」
一気に吐き出した司会の声が終わる前に歓声と拍手が会場の中、割れんばかりに響き出す。
「それでは、朱雀の姫、こちらへ!」
司会の声に幸喜は彼の元へと歩き出す。お披露目らしいお披露目もしていないのに、あっけなく決まった1位が申し訳ない気がしながら、ステージと他の寮の姫、そして司会の彼に幸喜はゆっくり、と頭を下げる。
「まずは感想をどうぞ!」
マイクを渡され幸喜は歓声と拍手が未だに鳴り止まない前へと体ごと向けると息を吸い込み顔を上げる。
「あまりお披露目もしていないのに、票を入れて下さった皆様、ありがとうございます! そして、朱雀寮の皆様、おめでとうございます!! ご協力、ご声援、ありがとうございました!」
緊張で汗ばむ両手でマイクを握りしめた幸喜の言葉に歓声と拍手が更に大きくなる。感謝の意味もこめ、再度深く頭を下げる幸喜に鳴り止まない拍手はいつまでも続く。
「今回の姫祭優勝者は朱雀寮二年、東雲幸喜姫! 皆さん、盛大な拍手をどうぞ!」
鳴り止まない拍手に苦笑しながらも司会はマニュアル通りの言葉を述べる。歓声が再び響きだし、幸喜は観客に再び頭を下げると顔を上げ、ゆっくり、と笑みを浮かべる。
本当なら優勝旗を貰ったり、特典の目録を貰ったりするはずが、あまりの歓声と拍手に早々に姫祭の結果発表は終了し、特典目録と優勝旗は姫ではなく、寮長へと後日渡される事になった。
幸喜含め、姫達は早々にステージを退き、各自例年よりも早々と各寮へと戻っていった。


*****


「優勝おめでとう! さすが、オレの見込んだ姫!」
「・・・・・良かった! 幸喜、さすが! 圧倒的だったじゃん!」
もう気にする事もないのか、寮で頭も服ももみくちゃにされる幸喜は引き攣った笑いを浮かべる。寮長並びに寮生全てに抱きつかれ、やっと抱擁から解放された幸喜はぐったり、と談話室のソファーへと座る。
「お疲れ、幸喜!」
「ありがとう。 何か、優勝して良いのかなって思うんだけど・・・・・」
知彦がコップ片手に告げる声に笑みを返し幸喜はお茶だろうコップを受け取りながら呟く。
「・・・・・不満なのか?」
隣りへと座る可月の声に幸喜はふるふる、と頭を振り、受け取ったコップに口をつける。冷たいお茶が喉を潤し、ほっと息を吐いた幸喜はコップを両手で持ちながら不思議そうに覗き込んでくる可月と知彦へと微かに笑みを浮かべる。
「俺で本当に良いのかな、ってまだ思ってる。 お披露目もろくにしていないのに、何で?」
「それが良かったのかもよ。 初参加ってのが大きかっただろうし、高等部からのヤツなんて、幸喜の姫姿は本当に初めてだろ?」
「そうそう、とりあえず・・・・・朱雀寮はうちの姫に全員入れてるけどな」
うちのが一番可愛い!をスローガンに実行委員に選出された寮生以外が皆幸喜に入れたんだ、と告げる可月に幸喜は無言で俯く。耳まで真っ赤にしてる幸喜の頭を知彦が苦笑したまま撫でるのを感じながら幸喜は俯いたまま両手を握り締める。
「まぁ、自身持て! お披露目していないのはどこも同じなんだし、うちの寮生以外の票は実力で貰ったと思っとけ!」
未だにドンちゃん騒ぎの他の寮生達を見ながら呟く知彦の言葉に可月も頷きながら、未だに顔を上げない幸喜の背を撫でる。
「そういえば、うちの姫が一番取ったから、青龍の姫は怒ってそうだね」
思い出した様に告げる知彦の声に幸喜は思わず顔を上げ、隣りに座る可月へと視線を向ける。同じ様に見る知彦の視線も感じたのか可月は瞳を微かに細める。
「俺を見るなよ! お取り巻きに慰められてんじゃねーの?」
「・・・・・可月!」
「言えると思うか? うちが優勝したのに、怖くてあっちに行ける気しないんだけど、俺」
「ほーっ、じゃあ、幸喜、今日は朝まで俺と飲もう! 何か、無礼講みたいだし・・・・・」
騒いでいる寮生の中に一人だけ年上が混じっている。寮監がここで騒いでいるなら、消灯時間が守られるとは思えないと知彦が告げるその声に可月が慌てて立ち上がる。
「今すぐ言って来ますので、頼むから邪魔すんな!」
「えーっ、言える雰囲気じゃないんだろ?」
「とりあえず、寮の外に呼び出します! メールとか送れば来てくれると思うんだけど・・・・・」
曖昧な呟きになる可月に知彦は肩を竦め、困った顔に笑みを浮かべ無言で傍観している幸喜へと顔を向ける。
「幸喜、それで良いの?」
「・・・・・別に、今日じゃなくても俺は良いよ。 それに、今日は多分無理そうな気がする。」
問いかけられ、幸喜は去り際にしっかり睨まれたのを思い出す。気が立ってそうな気がする、と呟く幸喜に可月は取り出した携帯を再びしまい、知彦は微かに溜息を零す。
「まぁ、ここから抜け出すのも苦労しそうだし、今日は無理だな」
「・・・・・だな・・・・・」
無礼講のドンちゃん騒ぎの中を抜け出すのも苦労しそうだと顔を見合わせ諦める可月と知彦に幸喜は笑みを返す。

予感していた通り、それから誰一人欠ける事なくドンちゃん騒ぎは続いた。
トイレに行くのも一苦労の騒ぎの中、抜け出す事は勿論無理だった。
気づけば、日が昇り明るくなった談話室には至る所に酒ビンが転がり、屍の様に連なり眠る寮生達がいた。


あっけなく、本当にあっけなく姫祭終了。そして、次から恋愛ですが、中編? 20100521

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