■7

手を伸ばしかけそれでも躊躇う幸喜の目の前、可月は微かに溜息を吐くと、ふっと笑みを浮かべる。
「ごめん、忘れて。 悩ませるつもりは無かった・・・・・オレ、ちょっと、出てくるわ、頭、冷やしてくる。 悪い、な。」
そのまま部屋を出る為に背を向けた可月に幸喜はまだ躊躇う手を慌てて伸ばす。
くい、と緩く引かれるのに後ろを振り向いた可月は戸惑いながらも必死に服の端を掴む幸喜を見る。
「そんなに遠くには行かないけど、ちょっと頭冷やしたいんだけど・・・・・」
言い訳じみていると分かってても言わずにいられない可月に幸喜はこくり、と頷きはしても服の端を掴む手を離さない。ぐるぐる、とまだ頭を悩ませている疑問、だけど、手を伸ばさずにはいられなかった。二度とその背を見送りたくない、それが幸喜の本音だったから。困った様に呟く可月の声が聞こえるけれど、掴む手を離す気にはなれない。
「・・・・・幸喜、離してくれないと・・・・・」
「オレには・・・・・オレには、きっと可月の事は半分も分からない! だけど、戻れるなら友達に戻りたかったはずなのに、もう、二度と見送るのだけは嫌なんだ!」
可月の声を遮り、幸喜は俯いたまま告げる。服の端を掴む腕にも力を入れているのかほんの少しづつ指が白くなっていくのを見ながら可月は微かに笑みを浮かべる。それは下を向いたままの幸喜には気づかれはしなかったけれど、浮かべた笑みをそのまま可月は俯いたままの幸喜へと体の向きをゆっくりと変えそっと覗きこむ。
目の前に突然迫る顔に幸喜は思わず飛び退きそうになり、いつのまにか、腰を抑えられているのに気づき慌てて、上へと顔を上げる。
「・・・・・可月?」
「見送るのが嫌な理由も深く考えろよ、引き止めないといられない、その理由も・・・・・幸喜だけが知ってる、だろ?」
服の端を掴んでいたはずの手を空いている手の中に包まれ、ぎゅっと握りこまれる。そうして、腰を抑えていただけの手に逃げようとする体を引き寄せられながら告げる可月の声に幸喜は微かに瞳を伏せる。
吐息が頬に触れるほど近づく顔が見られなくて俯く幸喜の瞼が緩く震えるのを見ながら更に引き寄せた可月が震える唇へと触れたその時、がらがら、と心の中に渦巻く疑問が崩れていく音を幸喜は確かに感じていた。

そっと試すように触れられた唇は一度離れてからすぐに重なる。すぐに口中まで蹂躪するほど深いキスへと変わり、躊躇いながらも空いた腕を背へと回した幸喜をきつく抱き寄せた可月は長く深いキスを続ける。
丁度背に当たるソファーにゆっくり、と押し倒され直も続けられるキスに息苦しくなりながらも幸喜は背へと回した手をぎゅっと握り締める。ぎしり、と二人分の重みで軋むソファーの上、ただ抱きしめあいキスを交わしていただけのはずが、いつの間にか、可月の腰に回っていたはずの手がそっと太ももを撫で、キスは首筋へと流れていく。背へと回した幸喜の手は柔らかな可月の髪を撫でて良いのか掴んで良いのか迷いつつその上で彷徨いながらも、ソファーの上、されるがまま沈んでいく。
着物の合わせ目に手を差し込まれ、びくり、と震える幸喜の顔を覗きこみキスを落としながらも、可月の手は止まらない。下からも上からも、探られ、露になっていく素肌を撫でながらも再びキスを繰り返す可月に幸喜は熱く荒い息を零しながらも縋る様に手を伸ばした。
声ひとつ、言葉を掛け合う事なく、ただ互いの体を探りあいだした二人の熱く零れる吐息と軋むソファーの音、かさかさと、布と肌の擦れ合う音だけが部屋の中に溢れ出す。一度触れ合えば、止まる事の出来ない激流に身を投じるかの様に流されていくのがまるで分かっていたかの用に性急に事を進める可月にされるがままの幸喜はただ甘く、擦れた吐息を緩く吐き出した。


*****


「・・・・・あっ、んっ・・・・・・・・・・・っく、っあ・・・・・」
キスの合間に零れ落ちる微かな喘ぎに更にキスを重ねながらも、可月は割り開いた幸喜の体に熱く猛る自身を押し付ける。
普段と違う服を着ているから、当然だけど全部を脱がすのは無理で、首筋や下に履いていたズボンだけは脱がし現れた熱で赤く色づいた素肌を愛撫していた可月は妙に扇情的なその姿にただでさえ篭る熱を限界まで引き上げられ、たまらず外側と少しだけ中を濡らした、それだけで早々に欲望を押し付けた。異物感に躊躇いながらも、押し込む可月に組敷かれた幸喜は低く呻き、唇を噛み締める。
普段なら、熱に互いが馴染むその時まで、じっと我慢も出来たのだろうけれど、普段とは違っていた。
数年振りに開かれた隘路は、それでも、飲み込んだ熱に絡み縋りつく様に吸いついてくるから、可月はすぐに腰を動かし出す。最初は苦痛だけで、歪んでいた幸喜の顔もすぐに赤みを増し、狭くきつい入り口から内部へと、更に入り込む熱をゆっくりとでも確実に飲み込み始める。
「・・・・・・んっ、可月・・・・・あぁっ・・・・・やっ、そっ・・・・・・」
「平気? 何か、おかしく・・・・・なりそう・・・・・」
汗で額に張りつく髪を払いのける為に手を伸ばしながらも、腰の動きを止めない可月の囁く声に幸喜はただゆるゆる、と首を振る。
くちゅくちゅ、と接合部から漏れる水音が聞こえるたびに幸喜は零れそうになる声を抑えるのだけれど、すぐに慰める様に落ちるキスに体中が甘く震える。飲み込む熱の塊が体の中で硬度を増し、比例する様に自分のものも熱く昂ぶり、今にも吐き出しそうな熱で溢れそうなのが分かる。堪えきれない自分の先走りが足の間を濡らすのを感じながら、今の自分の姿を傍から見れば凄い格好なんだ、とどこか冷静になれる自分がどこかにいたはずなのに、今の幸喜には何も考えられなかった。
頭の中に靄がかかり、今にも吐き出しそうな熱に、体中に溢れ出すだろうぐらいはちきれそうなモノが体の中を行き来する、それだけにしか意識が向かない。すぐ目の前で額に汗を浮かばせ、揺れる可月に揺らされたまま、幸喜はその背へと手を伸ばす。
熱が溢れ出すその時はきつく抱きしめて欲しかった。だから伸ばした手で背を握り締めた幸喜は胸の中、きつく抱きしめられ微かに息を漏らす。低く呻く可月の声、同時に最奥へと、何度も叩き付けられた熱い奔流に呼応するかの様にびくびく、と幸喜は噛み締めた唇から微かな喘ぎを漏らしながら自身の先からも溢れる熱に可月の胸元へと顔を押し付けながら、長い息を吐いた。

おざなりに、身を繕い、それでも寄り添いあった二人は何度もキスを交わす。会話をしないと、そう思いながらも、最初の切欠が掴めないまま、何度も交わすキス、見つめる瞳に互いの思いを確認しあい唇が真っ赤に色づき、ぴりぴり、と痛みを感じる程にキスを交わし、ただ互いの手を引き寄せぎゅっ、と握り締める。
「ちゃんと、話すから・・・・・もう、無理だって・・・・・」
長い沈黙を破り、やっと口に出す可月に目を向けた幸喜は頷くとその肩に頭をことり、と乗せる。そんな幸喜を引き寄せ可月は今、初めて誰もこの部屋に来ない違和感に気づいたけれど、微かに笑みを零すと隣りに座る幸喜の体をただ引き寄せた。
一度は自分から手放した温もりをこの手に引き寄せた時から幸喜だって分かっていた。
戻れないなら進むしかないのだと。この手を二度と離さない、そう思いながら繋いだ手に力を籠める。気づいたのか、同じくらいの強さで握り返してくれる手に、温もりに包まれたせいなのか猛烈な眠気に誘われ、誘惑に堪えきれず瞳を閉じた。

遠慮がちなノックの音に苦笑と共に答える可月の声にゆっくり、とドアが開く。そっと覗きこんでくる友人の顔に可月はただ笑みを返し、指を口元に当てた。
「・・・・・良い夢、見てそうで・・・・・」
「ありがと、助かった。」
足音を立てない様に部屋の中へと入ってきた知彦は可月の膝に頭を乗せすーすー、と寝息を立てる幸喜を覗き込み小さな声で呟く。そんな知彦に可月は笑みを返し、眠る幸喜の頭をそっと撫でる。
甘い空気を醸し出す雰囲気に知彦は何も言わずにただ笑みを深くする。
「で、具体的にどうするの?」
「・・・・・はっきり言う。それに、もう無理だから・・・・・オレはこれしかいらない。」
そういえば、と神妙な顔に戻り、問いかける知彦に可月は少し言葉を探しかけた後、眠る幸喜へと目を向けながら呟く。答えは当の昔から決まっていた。だけど、追いつくまでは、そう思っていた時のあの告白は可月の心を揺るがせた。だけど、最初から違うと思っていたから、指一本伸ばさなかったのは、我ながら凄いと思う。
「オレが一途だと分かった方が嬉しい事実だったかな?」
「・・・・・何、それ?」
本当に不思議そうに問いかける知彦の声に可月は緩く頭を振ると笑みを浮かべ言葉を濁す。
もうすぐ終わる、姫祭の熱。その熱が冷めた時、可月の熱はいっそう熱く、燃え上がるだろう。眠る幸喜を見下ろし、早く終われば良いのに、可月はそっと呟いた。その呟きは知彦に聞こえる事は無かったけれど、彼はそっと肩を竦めて微かに苦笑を零した。


*****


声に出さなくても不機嫌なのは分かるから、幸喜はただ「ごめんなさい」と一言口に出す。そんな幸喜に大きな溜息を零した唯心は言葉も無く乱れた着物を整え、崩れた髪を結い直す。
「これが最後だから、ドジるなよ?」
一分の隙もなく完璧に直された目の前の鏡に映る自分の姿をぼんやり、と見ていた幸喜は唯心にこくり、と頷く。
大きく息を吸い込み吐き出した幸喜は唯心よりも更に後ろで黙って見ていた可月と知彦へと目を向ける。
「じゃあ、行ってきます! 選ばれなくても恨むなよ!!」
「恨むかよ! うちの姫が一番だったと何度でも言ってやるよ!」
知彦の言葉に眉を顰めるけれど、それでも幸喜は笑みを浮かべると唯心に促され歩き出す。
「幸喜!」
「後で話せよ、今はだめ! また乱れたら困るだろ?」
「・・・・・そんな時間どこにありますか? 5分で良いんで、時間下さい!」
名を呼びながら近寄る可月を唯心がバリケードの様に幸喜の前で壁を作る。その先で少しだけ眉を顰めながらも頭を下げる可月に唯心は腕時計を眺め時間を確かめると、すぐに終われ、と言い残し部屋を出て行く。
「オレも出てる?」
近寄りながら告げる知彦に可月が無言で頷くから微かに苦笑した知彦も部屋を出て行く。ぱたり、と締まるドアがやけに大きく聞こえるのを感じながら、幸喜は可月を見上げる。
「・・・・・可月? 終わった後、ちゃんと聞くよ?」
「そんなんじゃない・・・・・・嫌、そっちもちゃんとするけど・・・・・・確かめさせて・・・・・」
戸惑う幸喜の声に頭を振りかけ可月は屈みこみ顔を覗きこみながら、その身を引き寄せる。抱え込む様にゆっくり、と抱き寄せられた腕の中、幸喜はどくどく、と激しく高鳴る胸音を聞かれない様に微かに身を引く。
「・・・・・・早く終われば良いのに。 こんな姿、とっとと、脱がせてやりたい・・・・・」
「可月?」
「終わったら逃がさないよ。 朝まで閉じ込めるから・・・・・中に・・・・・」
呟くその声にびくり、と身を震わせた幸喜は微かに頬を赤く染める。そんな幸喜に更に顔を近づけた可月に気づきゆっくり、と瞳が閉じられる。そっと触れ合う温もりをすぐに離したくなくて、可月の腕を掴んでくる幸喜を更にきつく抱き寄せた可月はドアをノックする音がするその時までずっと唇を離さなかった。
息さえ飲みこむほどの情熱的なそのキスに、肩で荒く息をした幸喜が赤く火照った顔を冷ますかの様に頬に手を当てるのを見た唯心が不審そうに可月を見るけれど、ただ肩を竦め笑みを返し、時間が迫っているのか、促す唯心について行く幸喜の背を隣りで呆れた様に溜息を吐く知彦を感じながらただ、じっと見送る。
「・・・・・解禁されたら、見境ないね、お前・・・・・あれを大衆の眼前に晒せと?」
「誰かのモノである事は伝えるべきだろ?」
嫌味に堪えていない友人に知彦は、もう一人の友人のこれから先の不幸を思うとただ溜息を吐くしか出来なかった。


何も解決していないのに、ちょっぴりラブラブな急展開でした。次回はきっとまたしても棗、登場してきますよ。 20100301

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