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「そういえば、一芸披露とかって、ただ笑うだけ?」
寮にある、急遽作った控え室に腰を落ち着けてから、ぼそり、と思い出した様に呟く知彦の問いかけに幸喜は宙に顔を向けてからすぐに「中止になった」と答える。
「中止って、何で?」
「時間の問題。 一芸披露する持ち時間なんて取れなかったから、文字通りただお披露目だけにって決めたらしいよ。」
「・・・・・そう。そういえば、幸喜は何する気だったの?」
「俺? お茶の点前かな? それくらいしかできないだろ、この格好じゃ。」
一芸と言われる程秀でたものなんて思いつかなかった幸喜の出した提案は「姫らしいじゃん」と周りには受けていたけれど、他人の前で見せるほど凄いものでも無いから、中止になってくれて一番ほっとしたのは実は幸喜だった。
「俺、見たかったな。 今度見せてよ、で、俺にお茶作って。」
「何で、わざわざ。 茶道部行けよ、あいつらなら、本格的にしてくれるじゃん!」
そっけない幸喜の言葉に知彦はただ苦笑を返すと、部屋に入ってからずっと無言のまま立ち尽くしている可月へと目を向ける。
「お前も飲みたいと思わない? オレより、可月の方がお茶分かるよね?」
「え? ああ、オレ有るよ。 幸喜、中等部じゃ茶道部だったから。」
「そうなの?」
近寄りながら答える可月に驚いた顔で知彦が問いかけるから曖昧に頷きながらも幸喜は近づいてくる足音に胸がざわつく。
「・・・・・だけど、他人に披露したのって、片手の手で数えるぐらいなのに、良く覚えてるな。」
「ああ、珍しいから印象に残った。結構な腕前で。」
「・・・・・ありがと・・・・・」
軽く頭を下げ笑みを向けてくる可月に幸喜は笑みを返す。
「和装だとお茶か・・・・・じゃあ、棗姫もお茶だったのかな?」
ぼそっ、と呟く知彦の声に可月は曖昧な笑みを浮かべてるのを見ながら幸喜は演目を口にした日を思い出す。
一芸披露の演目に「お茶を点てる」と告げた幸喜の言葉はすんなり通った。棗と被るなら、他のにの一言か、被るの一言があっても良いはずだけど、それがなかったのだから違うものだと思っていた。
自分でもどうかと思いながら幸喜はまだ話している知彦と可月へと目を向ける。
「あのさ、青龍の姫が勝ったら誰が得するの?」
「へ? そりゃ、寮生達だろ。青龍が勝てばそこに、俺達朱雀が勝てばここに特典がある。 いきなりどうした?」
「幸喜?」
「ううん、ちょっと考えすぎたかも・・・・・何か、オレ疲れたからちょっと寝るわ。」
心配そうに見てくる二人へと笑みを向け幸喜はすぐにソファーへと横になる。
「具合が悪いとかだったら、誰か呼ぶか?」
「飲み物とかいらない?」
「・・・・・平気! 眠いだけ、だから・・・・・」
覗き込み慌てて問いかける可月の横から知彦も覗き込んでくるのに手を振り幸喜はソファーに置いてあるクッションへと顔を埋める。慣れない行事のせいで体が驚いている、ただそれだけだと言い訳を告げ早々に目を閉じる幸喜に可月と知彦は「そうか」と呟く。
「誰か来たら起こすから、とりあえずゆっくり寝ろ。 お疲れ」
肩を軽く叩き告げる低い声に頷き幸喜は閉じた目へとぎゅっと力をこめると両手を握り締める。
肩へと置かれたぬくもりに伸ばしたくなる手を抑えこみ、幸喜は元々の疲労も溜まっていたのか目を閉じるとすぐに眠りへと落ちていった。すぐに寝息をたて始める幸喜に可月と知彦は顔を見合すと笑みを交わした。


*****


冬の冷たい風が頬を撫で、あまりの冷たさに首を竦めたまま寒さで引き攣った笑みを向ける幸喜に笑みを返しはしたけれど、その前に泣きそうな位に歪めていた表情を思い出す。
とうとう散らついてきた雪に塗れ遠ざかる背中に手を伸ばしたくて仕方なかった。
伸ばした先の事、全てを幸喜は否定したのに、それでも幸喜から離れていく後姿を引き止めたかった。
それから、ずっと共通の友人がいたにも関わらず、全く話をしなくなった。
自分から離したのに、取り戻す方法が知りたかった。
取り戻せるだろう、たった一つの理由すらも、隣りに立つ人が現れては意味がなかった。
夢の中、手を伸ばし、声を張り上げ引き止める泣き顔の自分が追い求める者の隣りには笑顔を向ける新しい、彼の大切な人。

がばり、と起き上がり、幸喜はまだ焦点の合わない目で周りを見渡す。
見慣れた控え室な事に気づき、大きく息を吐き出す幸喜は汗で濡れてる額に張り付いた髪を手で掻きあげる。
「起きたんだ 何か、飲む?」
ソファーの上、ぼんやりとしていた幸喜は掛けられた声に顔を上げる。
首を傾げこちらを窺う可月は手にしていた紙の束を机に置くと幸喜へと近づいてくる。
「・・・・・あの、知彦は? それから、あの・・・・・」
「知彦なら用事を頼まれて出て行ったよ。俺はあいつが戻るまでの留守番・・・・・理解した?」
「オレ、一人で平気なのに・・・・・ごめん、迷惑かけて・・・・・」
笑みを返しただけの可月がすぐ目の前まで近づいてきて、幸喜は視線を逸らし顔を俯かせる。今の今まで見ていた夢のせいなのか、妙に生々しく感じる可月の雰囲気にただ眉を顰める。
「幸喜? 顔色悪いけど、夢見が悪かったとか?」
問いかけながらも身を屈める可月に幸喜はびくり、と肩を震わせ、いつの間にか掛けられていた毛布を掴む手に力をいれる。
「平気、だから、あの・・・・・オレ、何か飲みたいかも、あの、だから・・・・・」
手を伸ばす可月から身を除けながら立ち上がる幸喜は笑みを浮かべながら告げる。
伸ばした手を握り締め、無言で笑みを返す可月はすぐに机の上へと目を向ける。
「色々あるけど、何が良い? さっき、知彦が出る前に飲み物一通り揃えてたから、何でもあるよ。」
机の上に置かれた小さな簡易式保冷庫の中には遠目から見ても分かるほどに飲み物がぎっしり、と入っている。近づけばすぐに言われた通り、色とりどりのパッケージに包まれた缶やペットボトルが押し込められていた。
「・・・・・じゃあ、オレ・・・・・お茶を。」
ペットボトルを取り出しキャップを外し、ごくごくと直に飲み出す幸喜に可月はソファーの前から動かないまま笑みを向ける。

冷たい液体が喉を通り抜け、一息吐いた幸喜は未だにソファーの前、立ち尽くす可月へと目を向ける。
「あの、オレ一人で平気だから・・・・・」
「・・・・・留守番を頼まれているし、勝手に離れると怒られるんだよ。 オレと二人でいるのが辛いなら、また寝る?」
「なっ、何言って・・・・・オレは、別に・・・・・」
ペットボトルを無意識に手の中転がしながら、幸喜は可月の言葉に瞳を伏せる。
「そう? じゃあ、良い機会だから、オレと話でもしないか?」
可月の言葉に幸喜は思わず彼を見上げる。
笑みを浮かべたままの可月を幸喜は暫くじっと眺めてはいたけれど、やがて小さくこくり、と頷いた。


*****


話をしよう、と言われ頷きはしたけれど、会話らしい会話もなくただ黙って立っている二人は互いの顔を眺めるだけで、言葉はどちらの口からも零れなかった。沈黙に息詰まる感覚を覚えながらも、幸喜は手持ち無沙汰にペットボトルを転がしながら、こくり、と息を飲み込む。可月はさっきから崩しもしない笑みを浮かべたまま、じっと幸喜をただ見ている。
長い沈黙が続き、喉が妙に乾き、幸喜はもう一度ペットボトルへと口をつける。
手の中で転がしていたせいなのか、微妙に温い液体が喉へと流れ込む。
「・・・・・あのさ、話すって、何を?」
沈黙に耐えきれず、ごくり、と喉を鳴らし、液体を飲み込み口を開いた幸喜に可月は笑みを浮かべたままの顔を崩さないまま更に笑みを深めてくるが、口を開こうとはしない。
「・・・・・遠野?」
焦れた様に名前を呼ぶ幸喜に笑みは変わらず微かに眉を顰めた可月はじっと幸喜を見つめ、微かに息を吐く。
「話をするって言っただろ? 姫祭が終われば話があるって、オレは言ったよ。」
『終わったら、話がある。 逃げずに聞いてくれると嬉しい。』
不意に思い出した可月に言われた言葉が頭の中に響き、幸喜は視線を一度も逸らさず自分を見つめる可月へとそろそろ、と目を向ける。ごくり、と唾を飲み込み鳴る喉の音を、緊張で更に強張る体を知られないと良いと思いながら幸喜は可月を見る。
「話、聞けば良いんだろ? 何の事、そんなに重大?」
辛うじて向ける引き攣った笑みに気づいているだろうに、顔色ひとつ変えない可月から視線を逸らさないまま幸喜は先を促す。
「・・・・・友人に戻りたいって言われたんだ。 他人行儀になる事が友人に戻る事なのかな?」
「何を、言って・・・・・」
「今でも、言われた言葉もあの時の表情だって、口調だって再現できる。 幸喜はオレに友達に戻りたいってそう、言ったよな?」
何を言われているのか分からず眉を顰める幸喜に可月が尚も言い募るから、いきなり気づいた幸喜は思わず顔を逸らす。
「今更、何の話を・・・・・友人に戻っただろ? 友人以外の何だって・・・・・」
「・・・・・戻る? どこがだよ。 オレを散々避けた挙句に、他人行儀な態度。 それのどこが友人? 今だって、二人でいるのは居心地悪いんです、って態度だろ?」
「そんな事は・・・・・今更だろ、本当に今更、昔の話掘り起こして何がしたいんだよ・・・・・」
言い募りながらも近づいてくる可月から後ずさりながら幸喜は微かに笑みを浮かべ呆れた様に頭を振る。否定も肯定も声に出してはいないのに、その態度で示していると気づこうとしない幸喜に可月は微かに息を吐く。
「他人になりたい、とは言われなかった。 友人に戻るって、他人になりたいって事? オレを避ける事がお前の言う友人?」
「・・・・・知らないよ、そんなの。 遠野だってオレを避けただろ? オレだけが悪いみたいに言うの止めてくれないか? 何で、今更、そんな昔の事言い出す訳? 話ってその事?」
一歩足を可月が進める度に一歩後退する幸喜は俯いたまま、叫ぶ。今にも座りこみそうな程縮こまるその姿に可月はただ苦笑をその顔に浮かべる。見えない、いや見ていないのだと分かっていても、今すぐに笑い出してしまいたかった。
「・・・・・避ける以外、オレに何ができた?」
一定の距離で不意に足を止め呟く低い可月の声に幸喜は俯く顔を少しだけ上げる。
鮮やかに蘇る、何度も夢に見るあの日の事。
冷たい風に吹かれながら、友達に戻りたいと言った幸喜に随分間を取りただ、頷いた可月の姿。
雪に塗れ遠ざかる背中を見送ったあの日。

伸ばしかけた手を必死に堪えたのは、分からなかったからだ。
手を伸ばし、その先どうなるのか、想像もできなかった。
人を好きになる事の意味すら知らない、幼すぎた自分に想いは重すぎて、怖かったから。
では、今は?
幸喜は目の前で立ち竦む可月をじっと眺める。
頭の中で渦巻く疑問の答えが出ないまま、一歩、足を踏み出した。


どうしようか、悩んでます。
middleなのに長くなりそうな予感が; 20100111

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