会場が揺れんばかりに騒ぎ立てる声が響き出し、耳へといきなり入ってきた歓声に幸喜はびくり、と肩を震わす。完全に自分の世界に入り込んでいたのか、周りの声も音も遮断していた自分に気づき、幸喜は微かに息を吐く。
「・・・・・相変わらず、凄い人気・・・・・」
嫌そうに呟く白虎の姫の声に玄武の姫がただ頷くのが視界に入り、幸喜はそっとステージへと視線を向ける。 優雅に手を振り、愛想を振り撒いている青龍の姫が目に入る。
「庶民だよね、あれ?」
「だろ? 外部入学だし、家は普通だって聞いてるぜ。」
「それなのに、あの貫禄は凄いね。・・・・・ああ、朱雀のもそう思わない?」
じっ、と身動ぎもしないまま、ステージへと目を向けたままの幸喜の顔を覗きこんでくる白虎の姫に驚き数歩下がりながらも、微かに笑みを浮かべた幸喜は何も言わない。だから白虎の姫は玄武の姫へと顔を向け微かに肩を竦める。
「・・・・・だけど、着物の質は朱雀の方がけた違いだと俺は思うよ。 それに、着物、着慣れていないんじゃないかな?」
頷きステージに居る棗を見ながらぼそぼそ、と呟く玄武の声に幸喜と白虎の姫は再度ステージへと目を向ける。 言われて見れば、気崩しているのかと思い良く見てはいなかったけれど、着付けも既に崩れている。ほんの少しの動きで乱れるならしっかり着付けはされていないのだろう。棗の立ち姿ひとつとっても、着物を着ている人の姿勢というよりは、普通の歩き方、あれでは裾が捲れて見栄えも悪い。 幸喜の様に裾が完全に短く作ってあるなら特に問題もないのだけれど、棗の着ているのは身丈の長い普通の着物だ。良く見れば所々着慣れていない箇所が遠くからだとなお目立つ。
「・・・・・言われて見ると、確かに、な。」
「そう、ですね。 あれだと着崩れも早いですね。」
しかも着ているのは袂の長い振袖。手を振る動作一つ取っても、着崩れしないやり方がある。着物を滅多に着ない人達しか周りにいない事が何となく分かり、顔を見合わせ溜息を零す三人の視線に気づかないまま、棗はにこやかな笑みを観客へと向けている。
「和装にしたのは失敗だね。 マナーの分からない人間が着るものじゃないだろ?」
「・・・・・朱雀みたいな、オリジナルならまだ良かっただろうけどな。」
白虎の姫の言葉に頷き玄武の姫が幸喜を見てくる。唯心オリジナル着物を着ている幸喜は身丈は膝上ぐらいまでしかない。袖幅と袂が眺めだけれど、下に履いているズボンが見えるので裾が捲れても支障は無い。帯も結構複雑になってはいるけれど、着付けした唯心が巧いのか、着ている幸喜が着慣れているのか、着崩れはどこにも見られない。
「崩れる様な作りの着物では無いですけど・・・・・」
あくまで純正とは違う、と笑う幸喜に白虎と玄武の姫は顔を見合わせただけで何も言わなかった。
『お次は玄武! 今回のテーマーは妖艶。姫もおなじみこの方です!!』
司会の声が耳に入り、玄武の姫は片手を白虎の姫と幸喜へと軽く上げるとステージへと歩いて行く。 背筋を伸ばしドレスの裾を持ち上げゆっくり、と進んで行く玄武の後姿に幸喜は微かに息を吐く。
「・・・・・プロですね。歩き方が様になってます・・・・・」
「それは、俺もあいつも三年目だからね。 慣れるだろ?」
棗ほどでは無いけれどそこそこの声援が会場から沸き上がる。その声に答えるようにステージで優雅に腰を折る玄武の姫はどう見ても「お姫様」だった。
『お次は白虎! テーマーは可憐。こちらもおなじみの姫です!』
「あれま、じゃあ、お先に。」
「はい、次はステージで。」
暫くして呼ばれる声に白虎の姫はにっこり、と笑みを向けるとステージを見つめる。こちらも裾を持ち上げ進んで行く姿は流石に慣れている。一人、また一人と壇上に進んで行く姿を見送るだけで手に汗が滲んでくるのをどうする事もできずに幸喜はステージの袖に佇んだままこくり、と喉を鳴らした。
『ラストになりました! 今回までは常連でしたが、高等部では初の姫! 朱雀のテーマは無垢。朱雀の姫はこの方です!!』
ラストだからか、妙にテンションの高い司会の声に幸喜は一度大きく息を吸い込み吐き出すとゆっくりとステージへと足を踏み出した。 ちりりん、と歩く度に揺れる鈴の音が今更だけど妙に耳に響く。 ステージの上は別世界、良く舞台に上がった後のの役者が高揚した顔で告げるのを聞くけれど、確かに別世界だと幸喜は思う。下にいれば他人事だと思う視線が肌に突き刺さるのを感じる。ここに自分が来た途端に静まったのを疑問に思いながらも、何とか前を向き、人で埋め尽くされた会場をなるべく視界に入れないように軽く頭を下げる。途端に割れんばかりの歓声に思わず後ずさりかけながらも幸喜は微かに口元に笑みを浮かべる。
*****
「これまた、凄い歓声だね。」
「・・・・・出し惜しみしてた姫だから、だろ?」
「出し惜しみって、当の本人が拒んでくれたから・・・・・何か、気のせいかな? 悔しそうな顔してる気がする。」
ステージを見ながらにやり、と笑みを浮かべる知彦に可月は眉を顰めながらも青龍の姫である棗へと目を向ける。笑みを浮かべてはいるけれど、目が笑っていない。遠くからでも良く分かるその顔からすぐに視線を幸喜へと向ける。 緊張しているけれど、必死に笑みを浮かべるその姿に自然とこちらも笑みを返したくなる。
「可月、どこ見てる?」
「え? ああ、かなり緊張してるみたいだよな。 あいつ、大丈夫か?」
「・・・・・幸喜は平気だよ。お披露目は済んだし、後は何もしなくて良いんだから・・・・・って、違うだろ?」
「分かってる。 迎えにとか行けるんだっけ?」
「唯心さんが行ってる。 あの人に任せとけば幸喜は平気! 可月が行くわけにはいかないだろ?」
困った様に肩を竦め告げる知彦に可月は微かに笑みを向ける。自暴自棄だったは言い訳にはならない。頷いたのは自分なのだから。どうかしていた、と今なら言えるのに、あの頃は手を伸ばされたら誰でも良かったのかもしれない。
「けり、つけんの?」
「・・・・・ああ、何とかする。」
「どっちと?」
「どっちも、だよ。 今日中に何とかする。」
「・・・・・まぁ、頑張ってね。」
友人の投げやりの声に可月はただ笑みを浮かべる。まだステージの上、立っている人を見る。緊張の笑みが司会の言葉にふわり、と崩れ、自然のままの柔らかな笑みが零れ落ちる姿を目にする。ざわり、と蠢く下にいる人間を気にもせず解れるその姿に同じ壇上にいる玄武と白虎の姫が顔を崩す。手にいれたいのは一人だけ。ステージを見つめたまま可月は拳を握り締めると深く大きく息を吸い込む。そんな可月に知彦は肩を竦めるとステージへと目を向ける。すっかり緊張を解した友人の姿に内心微かな溜息を零す。自分を正しく認識しなおしてあげないと、と心に決めたのは知彦だけの秘密だ。
「何とか、成功・・・・・かな?」
ステージでのお披露目が終わり袖へと戻りながら問いかけてくる白虎の姫に幸喜は無言のまま笑みを向ける。 とりあえずの姫の大々的なお披露目はこれだけなので、肩の荷が降りた感じはする。後は、自分の寮以外の場所をまた巡り歩いたりするのだけれど、多分このまま終了になるだろう気がする。 あんな事があった後なのだから、唯心や知彦が阻止してくれるだろう事が容易に想像ついて、幸喜はそっと笑みを浮かべた。
「ご苦労〜幸喜!」
「・・・・・先輩、どうしたの?」
袖に戻ると笑顔で出迎えてくれる唯心の姿に幸喜は立ち止まり手を振る彼へと首を傾げる。
「お迎えに決まってるだろうが。 とりあえず、単独行動はやばいだろ?」
少し眉を顰め告げる唯心に幸喜は笑みを向け口を開く。
「わざわざ、すいません!」
「良いよ、気にするな。 何事も無くて良かったよ。 大役ご苦労さん!」
「ありがとうございます。」
肩を叩き労う唯心の声に幸喜はただステージで周りの姫同様、見よう見真似で挨拶しただけだと声を大にして言えないまま笑みを浮かべる。中等部の時は姫同志競い合うぎすぎすした関係は無かったから和気藹々としていた記憶しか無いけれど、和気藹々の「わ」の字も無さそうな棗の姿を微かに視界に捉えた幸喜は微かに溜息を零した。
「そういえば、回りますか?」
「・・・・・やりたくないなら良いぞ。 ほとんどこの顔見せで決まるし、これに出れば問題ねーよ。」
「それ、聞いて安心しました。 何か、玄武と白虎は良いんですが、ちょっと青龍は行きたくないかと。 何か和装で被ってますし?」
「・・・・・そうだな。 まぁ、あちらさんも来ないだろ。 じゃあ、帰るか。」
「はい!」
ちらり、と既に親衛隊で囲まれている棗の姿をそっと窺いながら呟く幸喜に唯心も頷いてくれる。いつのまにか、玄武と白虎の姫も付き添いと一緒に居たから、軽く頭を下げた幸喜は唯心が促すまま歩き出した。
*****
ちりん、ちりん、と歩く度に揺れる鈴の音が遠ざかる音に気づき顔を上げた彼は遠ざかる背中を眺める。背筋をぴん、と伸ばしたその姿を眺めるだけで両手に汗が滲む。 ただ、じっとその姿を眺めていた彼の様子を眺めていた二つの瞳に彼は終ぞ気づかずに視界に入るその後姿から目を背けた。
「お帰り〜! そこそこの人気じゃなかったか?」
「声援も凄かったし、良かったじゃん!」
ドアを開けてすぐにぎゅうぎゅうと抱きしめられ頭の上から二人の声がするのに幸喜はただ苦しくてもがく。
「おいおい、離してやらないと窒息するぞ?」
呆れた唯心の声に二人分の重みが消え幸喜はごほごほ、と咳をする。その背を躊躇いながらも撫でる手にそっと顔を上げると可月が窺う様に幸喜の背を撫で、目の前では知彦が「ごめん」と手を合わせている。そんな二人に笑みを向け「ただいま」と幸喜はやっと口を開いた。
「姫祭、どうだった?」
「・・・・・とりあえずお披露目は終わったし、後は姫の出番は最後だけ、だな。」
「最後って・・・・・あれで終わりじゃないの?」
ソファーへと腰を落ち着けお茶を啜りながらの三人の会話の内容に思わず幸喜はお茶をテーブルへと置く。
「あのな〜お披露目だけで終わってたら『姫祭』の意味が無いだろ?」
「えと、でも先輩、お披露目だけだって・・・・・」
「一番の山場だって事だよ。姫祭なんだから、姫の一番も決めるだろうが。」
「人気投票とか、そんな感じだっけ?」
「まぁな。票は寮ごとに纏められて明日の夜開封。それまで幸喜はその格好、OK?」
不満そうに眉を顰める幸喜の顔を見ながら説明する唯心。その二人を困った様に見ながら知彦と可月は顔を見合わせる。お披露目の時にしか顔を見せない幸喜への票はあまり期待していないけれど、妨害は気になる。
「青龍が何してくるか分かんないから、とりあえず寮で大人しくしてろよ、お前は。」
「・・・・・先輩、どこか行くの?」
言い置き立ち上がる唯心に顔を上げた幸喜が問いかける。何も言わないけれど同じ事を問いかけたいのだろう知彦と可月の視線を感じながらも唯心はただにかっ、と持ち前の笑みを向ける。
「ちょっと知り合いに会ってくるから幸喜は先に戻ってな。 お前らはうちのお姫さん頼むぞ?」
「・・・・・唯心さん?」
「大丈夫だから。 とりあえずうちのお姫さんには寮に篭ってもらう。歩かせる気は無いって、お偉い人にも言っとけよ。」
じゃあな、と手を上げ身軽に出て行く唯心の姿を見送り、沈黙が暫く続くけれど知彦が真っ先に立ち上がる。
「ここには、もう用は無いし、唯心さんの言う通り、さっさと戻ろうか。」
告げる言葉に何も言わず頷いた幸喜と可月は立ち上がると先に歩き出した知彦に続き部屋を出る。幸喜を守るように歩いてくれる二人に申し訳ない気持ちが沸き出てきながらも、寮に戻るまでは誰の目があるか分からず、幸喜は背筋を伸ばしゆっくり、と歩く。票を獲得する為ではなく、寮の皆の期待にほんの少しでも答えてみたい、ただソレだけが幸喜の心を占めていた。
姫祭のメインはさらっ、と終了。 何か色んな方の思惑飛び交うこの話ですが、とりあえず次回からは恋愛に移行していくかと思われます。
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