がんがん、と痛む頭。まずそれが一番先の記憶。起きあがろうとして自分が横たわっているのに幸喜はやっと気づき呼び出され急に背後から頭を殴られ意識を失った自分を思い出し目の前に映る光景に微かに眉を顰める。視界に入って来た両手はこれまたお約束なのかがっちり、と紐で括られている。忠告を流した罰が当たったと微かに笑みを浮かべる幸喜は友人の怒る顔を思い描く。
「・・・・・なんだかな、たかが、姫祭・・・・・だろ?」
独り言に当然耳を貸す人は生憎どこにもいてくれなくて、薄暗い部屋に幸喜の擦れた声がだけが虚しく響く。 助けを呼ばないと、と思うのに、身動き一つ取れないほど雁字搦めの紐は手だけじゃなく足にもついてるらしくばたばた、と動く度にちりちり、と鳴る鈴の音が妙に幸喜の心を落ち着かなくさせる。
「起きたんですね、お姫様」
「・・・・・もう少し寝てくれてると俺らも便利だったんですけど、ね?」
がたがたと物音がして近づいてくる足音と笑みを含むその声に幸喜は顔を上げる。薄暗い、日も差さないというか窓が見当たらない部屋の中では近づいて来た人がどんな顔をしているのか辛うじて判断できるだけで、顔を上げた先に映るふたつの顔は幸喜には全然心当たりの無い顔だった。
「・・・・・あんたら、誰? 俺を呼び出したヤツは?」
「お姫様、態度がなってない、ですよね?」
「そうそう。礼儀がなってない。 それが質問する態度、かよ?」
抵抗できない様に紐で括られてる幸喜に近づくと肩を大げさに上げた男達はいきなりお腹を蹴ってくる。げしげし、と踏みつけられごほごほと咳をする幸喜をいたぶりながらも男達は笑みを浮かべるから、痛みに呻きながらも幸喜は体が冷たくなるのを感じる。
「それぐらいで止めとけ! あまり傷をつけるとこちらの分が悪いだろ?」
飛び込んできた声に二人の男は足を止めると、幸喜の体に足をかけたまま振り向く。かつかつ、と靴音を出し近づく男の顔を痛みに呻きながら見上げた幸喜は目を見開く。
「・・・・・あんた・・・・・何で・・・・・」
呆然と呟く幸喜の前まで近づくと男は汚いものを見る目つきで足で幸喜の顔を更に上げる。
「やぁ、朱雀のお姫様。 あんたに勝たれるのも、あの場にいられるのも目障りなんだよ。 一応、あんたの人気は地味に多いから、ね。 うちの姫様が優位に立つのが姫祭だろ?」
にっこり、と人畜無害な笑みを向ける男、幸喜はその男の顔を嫌というほど知っていた。青龍寮長にして、あの棗に惚れこみ親衛隊を作った親衛隊長、椚光(くぬぎひかる)その人を。
「・・・・・これは、あんたの姫様のご命令?」
「まさか、うちの姫様は邪魔者を排除しろとは言わない。これは親衛隊の総意だよ。」
光の後ろで笑みを浮かべている男達もこれで親衛隊だと分かった幸喜は微かな溜息を零す。
「・・・・・姫様のお傍を離れて良いのか? あんた、びったりくっついてたじゃん、っか・・・・・」
幸喜の態度が気に喰わないのか後ろに控えていた男達は前に出てくると足を出しまたお腹や背を蹴りつけながら光へと顔を向ける。 「囚われてるってのに、こいつ態度でかいですよ、椚さん!」
「そうっす、痛い目にもっと合わせた方が良いんじゃないですか?」
痛みに顔を歪め体を何とか丸めようとする幸喜を見ながら光は微かに口元に笑みを浮かべる。
「そう、だね。 二度と人前に出れない体にしてやれば、良いのかな?」
首を傾げ呟く光の言葉に男達の目が一瞬光る。 痛みに呻く幸喜にもその言葉は届き、顔色を変えた幸喜の背筋に冷たい汗が流れ落ちる。
*****
「やっ、離せ! 俺に触るな!!」
紐で括られている不自由な体ながらも必死に抵抗する幸喜の体に圧し掛かる男達のせいで息が詰まりすぐに苦しくなる。それでも暴れる幸喜の体には何度も拳が埋め込まれる。
「諦め悪いね、お姫様!」
「そうそう、いい加減諦めろよ!!」
そんな言葉が何度も掛けられる。それでも頭を振り、何度殴られてももがく幸喜の抵抗虚しく胸元が荒々しく剥かれ、履いているズボンも剥ぎ取られる。紐で括られているその先に更にズボンを下ろされますます身動きしづらい体に男達は更に体重をかけてくる。 胸元から忍び込む手が素肌を撫でる。下半身へと伸ばされた手が太ももを撫でてくる。幸喜は体中を走る悪寒と素肌を撫でる手の気持ち悪さにぶるり、と身を震わす。
「おい、この肌、何かすべすべじゃねー?」
「ああ、すげーっ、男だっていうのに、エステでも行ってんじゃねーか?」
興奮して鼻息さえも届くほど荒い男達の声が聞こえてくる。今すぐにでもこの場で吐いてしまえば離れてくれるだろうか、と息苦しさと気持ち悪さに喘ぎながら幸喜は思う。虚しい抵抗は幸喜からただ体力を奪い取っただけで、何のたしにもなっていない。それどころか、ますます不味い状況だと分かっているのに身動きひとつ取れない自分が歯痒くて、体を這い回る手を今すぐにでもどけたいのにその術が見つからないまま幸喜はただ唇を噛み締める。 唯心が腕によりをかけた着付けも乱れ、端が所々破れているのが目に入る。ちりちり、と鳴る鈴の音も虚しい。紐で括られズボンで更に括りつけられた両足を強引に押し開いた男は暫く顔を腿に擦りつけ自分の舌を何度も下着の上から足へと這わせる濡れた生々しい感触の後、とうとう下着の中に手を入れてくるのと同じく、目の前の男が半身を起こしがちゃがちゃと自分のズボンのベルトを外しチャックを下ろす音も聞こえる。想像するだけで悪寒が走る行為をいざ自分がされるのだと思うと情けなくて涙が零れてくる。しっかり、と噛み締めた唇へと突きつけられるソレが何なのか想像するだけでも吐き気が襲ってくる。下半身へと伸ばされた手が下着の中、蠢くのも硬い指が唯一の穴へと伸ばされるのも震えが走るほど気持ちが悪い。なけなしの気力を振り絞り最後の抵抗を試みる幸喜はついに顔もぶたれ、強引に口へと生臭い匂いが鼻の奥にまで届く、生々しい肉を押しこまれるようとする。
「っく、早く開けよ! もたもたすんじゃねーよ!」
言うと同時に顔を叩かれ尚も強引に口を開かせようとするのを必死に拒む幸喜はびくり、と肩を揺らす。
「・・・・・先にこっちに咥えさせてやるよ!」
渇いた場所に押し付けられる肉の感触に幸喜は閉じる目に更に力をこめる。自分が今、どんな姿なのか想像すらしたくなかった。皮膚が押し開かれ裂ける音がするその瞬間を感じたくなくて掌をただ握り締める幸喜の耳に届いたいきなりの物音、そして圧し掛かられた重圧が消えたのはその時だった。
すぐに軽くなった体を温もりが覆い、幸喜は閉じていた瞳をやっと開く。
「幸喜? 良かった、未遂だよな?」
一応は問いかけながらもぎゅうぎゅうと抱きしめてくる腕の中、幸喜は自分を抱きしめる人を呆然と見る。
「・・・・・遠野?」
「立てる? 立てるならさっさとここを出よう?」
呼びかけに少しだけ体を離した可月の問いかけに幸喜は頷くと立ち上がろうとして自分の姿を見る。紐で括られる両手、乱れた服、足に纏わり付く脱がされたズボン。思わず顔を赤くして俯く幸喜の頭を撫でた可月は丁寧にズボンを履かせると縛られた紐を何とか取ってくれる。
「・・・・・ありがとう、俺、一人で歩けるから・・・・・」
羞恥で顔を赤くしたまま立ち上がるのに手を貸してくれた可月から離れた幸喜は歩き出そうと足を踏み出す。
「・・・・・っ! あぶねーっ。支えるから、捕まってろ!」
「あの、いや・・・・・最初だから・・・・・」
「良いから! 文句言うと担ぐけど?」
拒む幸喜の腰に手を回し、幸喜を支えながら告げる可月の言葉に黙り込んだまま幸喜は支えられたまま歩き出す。回した腕に力をこめた可月は一度ちらり、と仲間に囚われた男達へと目を向けるけれどすぐにゆっくりと歩き出した。
殴られ切れた唇を冷やす幸喜は泣きそうに顔を歪める唯心に微かに笑みを向ける。
「えっと、ごめん・・・・・これ・・・・・」
「・・・・・良いよ。こんな事もあろうかと、用意しといたから、急いで着替えるぞ!」
にかっ、と歯を見せる唯心に強引に立たされた幸喜は痛みに呻きながらも用意された別の服へと着替えさせられる。着替える最中に見えた腹や腰の痣に唯心は目を細めるけれど何かを言うでもなく手早く着替えも髪も整えられる。殴られできた赤くなった顔は少しだけ念入りな化粧が施される。
「よし、完璧!」
「・・・・・あの、これ・・・・・高そうな着物だよ、ね?」
「大丈夫! これは贈り物だから。 送り主はお前の母親らしいぞ?」
告げる唯心の声に幸喜の眉は顰められる。そうしてすぐにソファーで寛ぎ一緒にいる白虎と玄武の姫と和気藹々と話す集団へと近づいて行く。
「おーっ、また一段と豪華になったよな、幸喜」
「・・・・・これはまた、高そうな着物で・・・・・」
にっこり、と笑みを浮かべる知彦から隣りで呑気にお茶を飲んでいる可月へと目を向ける。
「どっちがばらした?」
いきなり問いかける幸喜の声に顔を見合わせた知彦と可月は互いに笑みを交わすと幸喜へと顔を向ける。
「何の事だ? 俺は知らないよ、なぁ可月。」
「ああ、俺も何の事だか、とりあえず無事ご帰還良かったじゃないか。これで間に合うぞ!」
「・・・・・あーっ、もーっ!! 母さんにばれるのだけは嫌だったのに、何でばれてんだよ!!」
頭を掻き毟ろうとして鬘なのに気づいた幸喜はその場で地団駄を踏み叫ぶ。そんな幸喜の前、知彦と可月はただ笑みを浮かべ、白虎と玄武の姫は呆然と唯心は肩を疎め苦笑を浮かべる。
「どうでも良いだろ、そんな事。それより早く行かないと、そっちの二人もまずいんじゃないのか?」
呆れた様に告げる唯心の声に幸喜達、三人の姫は顔を見合わせすぐに部屋を出て行く。残された三人は顔を見合わせ笑みを交わし、そうして扉へと目を向ける。
「唯心さん、あいつらは?」
「・・・・・ああ、とりあえず委員会に引き渡した。 とりあえず相応の罰は与えるよ、どちらにも、な。」
笑みを消し問いかける可月に唯心も腕を組んだまま頷き答える。彼らは親衛隊の独断なんて結論は端から出してもいなかった。首謀者である顔を思い浮かべたのか三人三様の溜息を零した。
*****
「すいません、ご迷惑をおかけしました。」
「大丈夫でしたか? 俺も唯心から事情は聞いてますから、こちらは問題ないですよ。 無事で何よりですよ。」
ステージの片隅。深く頭を下げる幸喜の目の前で手を振った腕章をつけた生徒は笑みを浮かべるとそっと耳元へと告げる。
「それより、呼び出した生徒、いますか?」
逆に問いかける生徒に幸喜はそっと辺りを見回すと静かに首を振る。それにほっと息を吐く生徒は後ろに立つ姫達にも目を向ける。 「予定通り、一人ずつ出てもらいますけど、白虎、玄武、朱雀の順で良いですか?」
「「「問題ないです」」」
みごとにはもる三人に笑みを向けると生徒は司会進行役の元へと歩き出す。
「出るまではとりあえず一緒にいようか?」
「ありがとうございます!」
「良いよ。 言わなかったけど、トップバッターは青龍の姫らしいし、とりあえず、ここにいれば安心だと思うよ。」
やれやれ、と肩を竦め呟く姫達に幸喜はただ頭を下げる。
時間稼ぎの前座を急遽先に入れていたらしく、ステージの袖に青龍の姫はまだいた。お付きに囲まれ楽しそうな笑みを浮かべるその姿は嫌でも視界に入る。幸喜は微かに視界に入ったそちらから強引に目を逸らすとそのままずっとステージだけを見れる位置へとそっと移動する。じっとしていたら、恐怖の後の温もりを急に思い出す。抱きしめられ、腰を抱えられたなんて、友人だけどずっと離れていた。今は棗の恋人であるはずのその人に棗を裏切る真似をさせてしまった自分を思い出し幸喜は思わず袖のカーテンを握り締める。 これが終わったら話がある、そう言った可月の顔を思い出す。 集中しないといけないのに、幸喜は二人の姫が背後で仲良く話すのを聞きながらこんな時に可月の顔を思い出す自分を戒めるために胸をぎゅっと握り締めた。 微かにちりり、と幸喜の耳の鈴が鳴る。
まだここ?というわけで恋愛には微妙な感じでなっていませんか? まだまだ続きそうです;
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