集合控え室とは別に個別控え室も用意されているから、と出てきたばかりの控え室に戻った幸喜の前、さっさと知彦と可月は備え付けのソファーへと座りこみ、幸喜は目の前にある椅子へとちょこん、と腰掛ける。
「・・・・・それで、激励なんてどうしたの?」
「つい、何となく・・・・・っていうのは口実で様子見に来た。」
不思議そうにただ首を傾げる幸喜に知彦は丸めていた背を伸ばすと身を乗り出してくる。
「姫祭では一応姫にお付きがいるだろ? 護衛の意味も兼ねてるらしいよ、嫌がらせとか毎年あるらしいし・・・・・」
言いにくいのか、言葉を濁す知彦に、幸喜は微かに息を吐くと黙ったままの可月へと視線を向ける。
「知彦は分かるけど、遠野は? 俺より、向こうの方に行けば良かったのに。」
「ああ、あれは護衛付きだし、それに俺も朱雀だよ。 朱雀の姫を守って当たり前だろ?」
視線を感じたのか顔を向けてくる可月に苦笑を向け呟く幸喜にすぐ答えが返ってくる。言われて初めて、棗の周りには常に親衛隊が護衛に付いていたのを思い出す。
「でも、俺は平気だよ。 いざとなれば何とかできるよ?」
「・・・・・そういうとこが平気じゃないんだよ。 お前、顔見せもあまりしてないだろ? 悪意ある人間、結構多そうだぞ。 一番危ないのはお前を敵視してる青龍の姫じゃないのか?」
「まさか、ありえないよ。」
くすくす、と笑い出す幸喜の前、知彦と可月は顔を見合わせ微かに肩を疎める。幸喜本人は「姫らしくない」と豪語するけれど、内輪のみで盛り上がる中等部のだけど姫祭の元覇者、着飾れば青龍の姫にも負けていない。知らぬは本人ばかり、とはまさに目の前の幸喜にこそある言葉だと二人はこっそり溜息を漏らす。 知彦と可月は「大丈夫」と何度も告げる幸喜の傍を呼び出しを受けるその時まで離れる事なく傍にいた。
着いて行こうか、と何度も連呼する知彦と可月の声を頑なに拒んだ幸喜に知彦は諦めた様に溜息を吐くと口を開く。
「じゃあ、程々に頑張れ。」
ステージへと続く道に立ち告げるその声に幸喜は笑みを向けると一人また歩き始めようとして黙ったままの可月へと顔を向ける。 「じゃあ、ね。」
「・・・・・ああ。」
笑みを浮かべ呟く幸喜に頷いた可月は低い声で返事を返してくるから、すぐに背を向け歩き出すと、突然腕を捕まれる。その勢いでがくり、と体勢を崩す幸喜を背後から腕で支えた可月は耳元へと唇を寄せる。
「終わったら、話がある。 逃げずに聞いてくれると嬉しい。」
「・・・・・遠野?」
「頑張れ、幸喜。 お前は朱雀の誇りだよ!」
問いかけはすぐに向けて来る笑みに止まる。背を押され、幸喜はゆっくり、とまた歩きだす。背後から感じる視線は温かく、そしてどこか懐かしい思いを胸に湧かせた。
*****
ステージの裏側は良く戦場だと言われるけれど、ここも例外じゃなかった。最後のお直しだと専属衣装係だろう人に服を直されている姫に目を向けた幸喜は白虎とはまた別のドレス姿の姫が玄武の姫だと分かる。西洋式は玄武と白虎。青龍の棗と幸喜は東洋式だったはずだと一応は聞いた情報を頭に思い浮かべる。 手持ち無沙汰の幸喜は邪魔にならない様に端へと移動すると篭る熱気に眉を顰めると壁へと衣装が崩れない程度に寄りかかる。 ざわつく室内が一瞬静まりかえり、幸喜は俯いていた顔を上げる。ゆっくり、と見るからに重そうな完璧な着物を身につけているのに、顔色一つ変えないまま姿を現したのは今年も「姫」確実だと言われている大本命、青龍の姫候補、棗だった。 場がピンと締まる様な感覚。そこだけ別世界、そんな空気を作り出しての登場に周りにいる主催者の生徒達の顔も自然と引き締まる。幸喜は壁に凭れたまま、歩く姿を見る。世界に入り込む役者の様に棗の姿も普段とは違う。普段ならどことなく香る甘い空気は洗練され、お付きのこちらもしっかり和服を着こなしている人達に囲まれ、まさしく「姫」に相応しい高貴な人に見える。幸喜は棗から視線を先に来ていた玄武の姫へと向けた。こちらも呆然とした顔で現れた青龍の姫を見ている。これは今年も決まりだろ、と微かな溜息を吐いた幸喜は自分へと近づいて来る棗に気づく。
「こんにちは。 本当に姫だったんですね。」
扇子片手に告げる言葉がやけに刺々しく感じて幸喜はやっと凭れていた壁から背中を離し真っ直ぐに棗を見る。
「・・・・・青龍の姫には勝てない気もするけど、とりあえずよろしく・・・・・」
「こちらこそ。 今年も僕に決まるはずですけど、ね。」
手を差し出し笑みを浮かべる幸喜からすぐに顔を逸らした棗は軽く頭を下げると舞台袖へと歩きながら告げるから、伸ばした手をそのまま握り締め幸喜はあまりな態度に渇いた笑みしか浮かばない。今すぐにでも腕を引き止め怒鳴り返したいのを堪えながら、何となく見られている視線に気づき振り向くと、白虎の姫が肩を竦め苦笑を向けてくる、それに攣られる様な笑みを返し幸喜はそっと溜息を吐いた。姫祭で他寮の姫を敵視するのは分からないでもない、だけどこの間から棗には身妙に絡まれる気がしていたが、今更だけど、個人的にも完璧に嫌われている自分に幸喜は微かな苦笑を浮かべるしかなかった。
「・・・・・気にする事ないよ、青龍の姫はいつもああだよ。」
いつの間に近づいて来たのか玄武の姫の呟きに幸喜は彼へと視線を向ける。
「見られてましたか? 何か、凄い、ですね。」
「そうだね。 たかが去年の姫が随分偉そうだよね。 現実に戻れば唯の人なのに・・・・・」
「・・・・・まぁ周りが持ち上げるから、というのもあるんでしょうけどね。」
「やっぱり、僕等は朱雀の姫が好きだな。」
溜息を零し告げる玄武の姫の言葉に被さるように聞こえる白虎の姫の言葉に幸喜は近づいて来た彼にただ笑みを返す。
「変化を期待してるんだけど、朱雀の姫に。」
「・・・・・変化、ですか?」
「うん。 鼻っ柱を折って欲しいとか、ね。」
呟く幸喜の声に白虎の姫が返し、隣りで玄武の姫が頷く。幸喜は困った様に何も言えないまま笑みを浮かべる事しかできなかった。
姫祭は着飾った寮の名を冠に頂いた姫候補達のお披露目から始まる。「〜寮代表の〜姫!」という感じで一人ずつステージの上、寮生達の視線に晒される。特別何をしろ、とは言われていないけれど、得意にしているものを一つだけ披露する。それはこの日までにひっそり、と努力してきた事だったり、元々得意な事だったり、とか様々だけれど、その披露した事で審査員に選ばれた人達がまず得点を出す。ステージの下にいる観客も大事な審査員だ。審査員と観客の審査によって姫は選ばれる。ぎゅっと握り締めた掌に薄っすらとかいている汗を感じ、幸喜はゆっくり、と深呼吸をする。泣いても笑ってもこの日の為に、重い衣装を着けて、この日の為の姫になった。大勢の視線に晒される恐怖も飲み込む様にこくり、と喉を鳴らした幸喜はそっと袖からステージを覗きこんだ。
「皆さん! お待たせしました〜今年もまたこの時期がやって参りました!!」
司会者の声に袖からも分かる熱狂と興奮の声が響き幸喜は背筋を奮わせる。 緊張で高鳴る胸をそっと抑えた幸喜はこんな緊張も久しぶり、だと微かに笑みを浮かべる。笑えるならまだ大丈夫だと自分に言い聞かせる幸喜は肩を叩かれる。
「・・・・・・何?」
擦れた声を漏らし振り向く幸喜の前にはスタッフの印をつけた人が立っていた。
「すいません、驚かせて・・・・・あの、呼び出しされてます、けど・・・・・」
「・・・・・そう、ありがとう。 どこ?」
「こちらに・・・・・」
突然の言葉に首を傾げながらも問いかける幸喜にスタッフは廊下へと続く道に幸喜を招く。気をつけろ、と言われていたのに幸喜の中から危機感は緊張の方が強くてすっかり消えていた。手招きされるまま後に続く幸喜は袖を出た瞬間頭に鋭い痛みが走るのを感じた。最後の記憶は目の前に星が散るそんな感覚、視界は暗く閉ざされた。
*****
ざわざわと騒がしく立ち回る人の数の多さに知彦と可月は顔を見合わせる。幸喜を見送った後、できるなら功労を一番に祝うつもりで、控え室にそのままいた二人は外がざわつきだしたのにすぐ気づいた。
「・・・・・何か、あったのか?」
「ちょっと、聞いてくるよ。」
知彦の問いかけに可月は立ち上がると外へと出て行く。取り残された知彦は嫌な胸騒ぎを感じてソファーに黙って座っているのが落ち着かなくてうろうろと室内を歩き出す。
「知彦! 幸喜がいなくなったって!!」
部屋に飛び込むと同時に叫ぶ可月の声に知彦は眉を顰める。そして、可月の後ろに立っている白虎と玄武の姫に気づく。
「・・・・・ステージ、始まってるんじゃ・・・・・」
「平気だよ! 少し伸ばしてもらったし。」
「・・・・・ごめん! 俺達がずっと離れなければ・・・・・」
眉を歪め告げる二人に知彦はふるふると首を振ると笑みを向ける。
「あれで幸喜トラブルには強いから平気ですよ! こちらこそ、時間稼ぎありがとうございます。」
「・・・・・知彦、心当たり聞いてみようか?」
憮然とした顔で呟く可月に知彦はすぐに首を振る。
「吐かないよ。 僕は知りません、って泣き出されたらそっちの方がうざい!」
「確かに。 じゃあ、どうする? 検討もつかないけど?」
「・・・・・うーん、どうしよう・・・・・」
早く見つけないと下手すれば朱雀の姫は棄権扱いだ。それに幸喜の安否も気にかかるし、顔を見合わせ良い案を探せないか思案していた知彦と可月は近づいてくる足音に気づく。
「見つけるのは簡単だよ! 俺様をなめんな!」
言いながら近づいてきたのは、幸喜のスタイリスト唯心だった。
「簡単って、先輩?」
「これで探せる。 こんなこともあろうかと、鈴に細工しといた。」
携帯を四人に見せるとにかっ、と笑みを向ける唯心に意味が分からず首を傾げるのに構わず唯心は携帯を操作する。画面に地図が現れて印が点滅してる場所を詳細に表示させていく。
「・・・・・鈴に細工って、GPS入りですか?」
「おうよ! あの鈴作るのに結構苦労したんだぜ。」
にっこり、と笑みを浮かべ、携帯を見ながら歩き出す唯心の後に続きながら可月ははぁ、と微かな溜息を零す。
「なんで、GPSですか? っていうか、あの鈴、どこにでもある鈴じゃないのかよ、幸喜良く落としてましたけど?」
「・・・・・そうだよ、先輩、精密機械なんて、揺れたりぶつかったら壊れるんじゃ・・・・・」
「頭の飾りはただの鈴だよ。 GPS入りはそんなに簡単に落ちたりしない場所についてる。厳密に言えば鈴のついてる先にある、帯びに嵌めてある鈴の下にあるんだよ。」
控え室から舞台へと続く道を歩き、今は使われていないのかレッドコーンの置いてある更に奥にある細い道へと唯心は進む。薄暗い道の先には黒い扉があった。
「ここ、だな。・・・・・で、お姫様の救出は誰がする?」
後ろを振り返り笑みを向け告げる唯心の言葉に四人は扉を見つめる。
王道トラブルをちょっと詰め込んだら以外と長くなった; 恋愛はまだ遠い、のかな?
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