問題の無い人生なんてつまらない、良く言うけれど、トラブル体質の悠里としては、是非、常に平穏で静かな生活が送りたい。波風の無い人生をつまらないなんてきっと思わない。 面白味が無くても、その日一日、何事も起こらない様にと願わなくてすむ生活が出来るなら、大歓迎だ。 トラブルを引き寄せる体質だと周りに言われなくても自覚しているから、日々気をつけているはずなのに、どうして自分の周りだけでこうも問題が起きるのか誰かに教えて欲しかった。 文化祭が終わり、濃厚な冬の訪れを感じるのはまず外の空気だ。明らかに肌寒くなってきたな、と感じたらすぐに吐く息が白くなり、周りの景色が寂しくなり、地面に霜が降りる。 マフラーをぐるぐる、と巻き完全防備で町を歩く人が多くなる中、素足に膝上スカート姿の女子を見たら体感温度がぐっと下がるのはきっと悠里だけじゃないはずだと思いたい。 朝の通勤、通学ラッシュでそれを目のした時から、悠里の気分はぐん、と落ち込む。冬は悠里に嫌な思い出しか残していない。それもあるけれど、物寂しいその雰囲気に体中の体温が奪われていく、そんな気がしてならないから。 また、今年も冬が来るんだ、と思う・・・・・それだけで、気分はどんどん下降していく。
「冬はイベントラッシュなのに、基本暗いヤツだね、滝沢は。」
名前は夏なのに、夏が非常に苦手な友人の言葉に悠里は微かに笑みを浮かべるだけで、窓の外を眺める。 風に舞う枯葉を見ているとまた寒さが蘇り、悠里はぶるり、と身震いする。
「まぁ、誰だって寒いのは嫌だけど・・・・・何、冬にトラウマあるとか?」
「・・・・・特に無い、と思うけど・・・・・失恋した事はあるかな?」
言われて思い出したのは受験間近の冬の日、泣きながら帰宅した自分を思い出す。あれは確かに冬だった気がするけれど、失恋した相手は現在恋人に舞い戻っているからトラウマになんてなるはずもない。
「それがトラウマになって冬が嫌いとか?」
「無い。 その前から寒いのは苦手だし、冬は嫌い。 学校も散々迷ったし・・・・・」
「近くにするかとか? オレも迷ったよ・・・・・一番自宅から近い高校、こことそこで・・・・・だけど、こっちの方が学力高いし、進学率も良かったんだよな。」
当事を思い出したのか目を細める夏に悠里も進学する時を思い出す。電車や交通機関の便が良い事、それが一番の理由で学力とか進学率は後で聞いた気がする。
「・・・・・オレ、一番近い所がここだったんだよね。 だから、それ以外は考えてなかったかも。」
「そうなの? じゃあ、ここしか受けてないとか?」
夏の問いかけに悠里はただこくり、と頷く。受からなければどうしたんだろう?と今考えるとちょっとぞっとするけれど、ここしか頭には無かったから、それ以外は勧められても受ける気はしなかった。
「・・・・・受かって良かった。 高校浪人とか笑えないや。」
「今更・・・・・他に冬が嫌いな理由とか無いのかよ。」
「・・・・・・わかんないや・・・・・今度、母さんに聞いて見る。 何か知ってるかも・・・・・」
月の大半は単身赴任中の父の所にいる母を思い出した悠里は今度いつ帰ってくるんだろう、と呑気に考える。そんな悠里に夏は苦笑を浮かべると微かに肩を竦めた。
*****
部屋に入った瞬間、悠里はあれ?と首を傾げる。微妙に違和感を感じるのだけれど、その原因が分からない。 特に模様替えした感じでも無い。辺りを見回し、変化の無い部屋に感じる違和感の正体を探すけれど、それはすぐに中断された。
「悠里? お帰り、早かったな。」
「・・・・・泰隆さんこそ、お帰り。 今日はかなり早い?」
「ああ。 で、どうした、部屋のど真ん中で・・・・・」
「何か違う気がしたから・・・・・何か、変えた?」
違和感の正体が探せなくて、帰宅して来た部屋の主へと視線を向け問いかける悠里の目の前、泰隆は微かに笑みを浮かべる。
「多分、これ・・・・・違う?」
未だ、立ち尽くしたままの悠里の隣りへと立つ泰隆の指差すものを見て悠里はああ、と微かに頷く。言われて見れば、そこに鎮座するものはつい最近までは無かったものだ。 そこにあったのは小さな椅子の上に置かれた加湿器だった。
「これ、どうしたの?」
「実家から送ってきた・・・・・乾燥すると風邪引きやすくなるから、だって・・・・・」
眉を顰め嫌そうに呟く泰隆に悠里は微かに苦笑するけれど、それで疑問が解決できて胸をほっと撫で下ろしそのままいつもの定位置であるソファーへと向かう。
「あれ? 反応それだけ?」
「・・・・・加湿器とか見ると冬だなーって気がして・・・・・嫌だな、冬・・・・・」
「ああ、そういえば、かなりの寒がりだったね、お前。」
昔を思い出したのか未だに立ったまま頷く泰隆の視線の先で悠里はソファーに座ると今からそんな防寒装備で冬は大丈夫なのか?と思えるコートを脱ぎマフラーや手袋を外す。
「若いのに・・・・・難儀だね・・・・・」
「ほっといて! 車通勤にはこの辛さは分かんないよ・・・・」
しみじみと呟きながら、やっとジャケットを脱ぐ泰隆に視線を向けた悠里はソファーの上蹲るところん、と横になりながら呟いた。そんな悠里に苦笑を浮かべながら、泰隆は着替える為に脱いだジャケットを手に寝室へと歩き出した。
普通に食事をして、二人並んでテレビを見ながら、悠里はそっと溜息を零す。そんな悠里に気づいた泰隆は顔を覗きこむ。
「どうした? 何かあった、とか?」
「え?・・・・・あ、何も。 オレ、変だった?」
自分が知らずに溜息を零していた事にも気づいていない悠里はただ首を傾げるから、泰隆はその体を引き寄せると頭を撫でる。
「何かあったわけでは無い?」
「別に何も無いよ、何で?」
「・・・・・冬が近づくと、悠里は気分が滅入るからな。 追い打ちもかけたよな、オレが・・・・・」
頭を撫でながら呟く泰隆に悠里は笑みを向けると腕を伸ばし、隣りへと座る泰隆へと抱きつく。確かに伝わる鼓動に瞳を伏せる悠里を泰隆は頭から背へと手を伸ばしゆっくり、と撫でる。
「今は一緒だから、それは平気・・・・・だけど、伊藤に冬にトラウマあるのか、って聞かれた・・・・・」
「え?」
「オレが知らないだけで、何かあるのかな?」
「・・・・・知らないけど、トラウマね・・・・・」
問いかけながら腕の中見上げる悠里に答えながら泰隆は眉を顰める。初めて会った時から異常に寒がりだった目の前の恋人は冬が極端に嫌いだった。誰だって寒いのは嫌いだけど、外に出るのも億劫になるほどじゃないと思う。何度言っても志望校を近いからの理由で変えなかった悠里を泰隆はもちろん、両親も教師ですらせめてもう一つ位保険で受けるべきだと説得して結局無理だった過去を思い出す。 「特に、嫌な思い出とか記憶は?」
「・・・・・無いよ・・・・・オレの中には何も・・・・・」
首を傾げ答える悠里を泰隆はそう、と呟きながら更にきつく抱きしめる。伝わる温もりに悠里はただ身を任せた。
*****
冬の寒さもまだ序の口のはずなのに、完全防備の悠里に真冬が来たらどうなるんだ?とほんの少し疑問に持ちながらも泰隆は緩むマフラーを少しきつめに巻いてくれる。
「校門のすぐ傍まで送ろうか?」
「・・・・・良いっ! 校門のすぐ傍は目立つからいつもの所で良いよ」
思わず問いかける泰隆に悠里は慌てて大きく首を振り否定するから、困った様な笑みを浮かべた泰隆はただその背をぽんぽん、と叩く。 約束通り、生徒の通学路から少しだけ外れた場所に車を止める泰隆に悠里は礼を言うと車を出て行く。ぐるぐる巻きのマフラー、背筋を丸めたその後姿に苦笑を浮かべた泰隆は止めていた車を改めて動かし、すぐに職員駐車場へと向かい出した。 走り出す車にちらり、と視線を向けた悠里はすぐに校門へと歩き出す。校内に入ってしまえば、寒さは凌げる、だから少しだけ早足で歩き出すけれど、肌を撫でる冷たい風に思わずマフラーを押し上げる。 嫌な季節がやってきた、と内心一人悪態を吐きながら歩いていた悠里は校門前をうろつくスーツ姿の女性を視界に入れる。寒い季節に、ミニスカート姿の女子高生を見ただけでも、体内気温が数度は下がる気がするのに、朝から、女性のスーツ姿も目には優しくない。 流石に素足では無いだろうけれど、高いヒールと足が見えるスカート姿、というだけで体内気温はきっかり下がる。 瞳を伏せなるべく視界に入らない様にして更に速度を早める悠里は他の生徒の影になる様に校門を潜り、さっさと校舎の中へと入ると、そっと息を吐く。
「おはよう、滝沢!」
背中を叩かれ、振り向いた悠里はもう冬だというのに、制服だけの夏に目を向けるとぶるり、と身を震わせる。
「・・・・・伊藤、コートとか着ないの?」
「は? あのね、まだ平気だろ? 制服の下にセーターとか着ればまだいらないだろ」
上着を捲り、セーターを見せながら告げる夏に悠里は無言で眉を顰める。
「・・・・・滝沢が異常に寒がりなんだって、自覚してる?」
「うるさい!」
唇を尖らせ、さっさと下駄箱に歩き出す悠里に夏は肩を竦めると後を追う。
「そういえば、校門にいた女見た?」
「・・・・・見てない。 この時期、スカート姿は鬼門だから!」
「そうなんだ。 あのさ、あそこにいた女、どっかで見た事あんだけど、オレ・・・・・」
少し考え込む夏の声に悠里は靴を履きかえながら顔を上げる。
「スーツ姿の人なんて、駅に溢れてない?」
「そうじゃなくて、つい最近、見た気がすんだよね。」
記憶を思い浮かべているのか、上をじっと見上げる夏に悠里はただ首を傾げる。ちらり、としか見ていないし、なるべく視界に入らない様にしていたせいか顔も見ていない悠里には答えようがない。だから、今は遠い校門へとただ視線を向ける。
「見間違いじゃない?」
「いいや! 絶対会ったよ、これだけは確実!」
「それより、早く行かないと遅刻するよ。」
「・・・・・おお、やばい」
慌てて靴を履きかえる夏を待ってから、教室へと歩き出す。その間も考えているのか無言の夏の隣りで悠里はぐるぐる、と巻いていたマフラーへと手を掛けた。
少し長めですが、あまり進展なくてすいません; もう春なのに、冬の話ってどうよ、的に始まります。どうぞ、緩やかにお付き合い下さい。 20100406
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