52

「思い出した!」
教室に入ったと同時に朝の挨拶じゃない言葉を吐き出す夏へとクラスメートの視線が一斉に向けられる。そんな視線に愛想笑いを振り撒いた夏の前を歩いていた悠里は丁度近くにいた馨へと「おはよう」と声を掛ける。
「おはよう、滝沢・・・・・夏、いきなり何?」
「ごめん、馨・・・・・おはよう。 で、滝沢、思い出したんだよ、あの女!」
不思議そうに見上げる馨に後で、と言いながら夏は入ってきた教室を再び廊下へと悠里を引きづり戻る。
「・・・・・伊藤?」
「あれ、文化祭の時に永瀬先生に会いに来た女じゃね?」
「え?」
顔もうろ覚えの女性と校門前の女性が一致しない悠里の目の前、今朝もこの間の文化祭の時にもしっかり顔を見た、と断言する夏は喉につっかえた小骨がやっと取れたかの様にすっきりした顔で告げる。
「間違いなく?」
「ああ、絶対だね! 今日も永瀬先生に会いに来たんじゃねーの? 何、あの女ストーカーとか?」
じゃなくて、お見合い相手だと言いかけ悠里は口を閉ざす。お見合い写真の相手だけど、お見合いはしていない泰隆は顔さえ忘れていたはずだとあの文化祭の日を思い出した悠里は「ちょっと、行ってくる」と告げると同時に走り出した。

予鈴が鳴るのを聞きながら、今なら準備室に居てくれないかと望みを託し、真っ直ぐに教科準備室へと足を向ける。もうすぐ朝礼が始まる時間に流石に職員室にいたら無理だなと思いながら、覗き込んだ教室には見覚えある後姿が見える。
ノックと同時に扉を引き顔を覗かせた悠里に中にいた泰隆は不思議そうに頭を捻る。
「どうした? もうすぐ朝のSHRが始まらないか?」
「・・・・・泰隆さん、校門見た?」
「校門? どうかした?」
本当に知らないのか眉を顰める泰隆に悠里は息を吐くと大きく息を吸い込む。
「悠里?」
「文化祭の時のお見合い写真の人、校門前で見かけたから・・・・・本当に知らない?」
「見合い相手・・・・・って、あの女?」
怪訝な顔になった泰隆は不安そうに見上げる悠里にすぐ笑みを向けると頭を撫でる。
「校門は通ってないし、俺は知らないよ。 なんで、わざわざ会いに来るのか全く分かんないんだけど。 サボってまで気になった?」
言葉と同時に本鈴が鳴り、悠里は眉を顰め俯く。急いで会いに来たけれど、今更すぐじゃなくても良かった、と思う自分が妙に照れくさくて俯いた顔が上げれない。
そんな悠里に泰隆は笑みを浮かべたままただ頭を撫でる。
「・・・・・見合い、したんだっけ?」
何を話して良いのか分からず思わずぼそり、と問いかける悠里に泰隆は笑みを零したまま目の前の体を抱き寄せる。
「してないし、必要ないだろ? 俺が忘れてるのに、何で覚えてるかな?」
「・・・・・だって・・・・・」
「サボりついでに暫くここにいる?」
「・・・・・泰隆さん?」
抱きしめたまま耳元で囁く低い声に顔を上げた悠里はすぐ目の前に迫る顔にそっと瞳を閉じる。
降ってきた温もりに酔いながら悠里は泰隆の背へと手を回した。


*****


椅子の軋む音、微かに乱れる呼吸音だけが広がる部屋の片隅、ひっそりとした声でも大きく響く。
「声は出すなよ・・・・・率先してサボるのに協力してるのばれたらオレもやばい・・・・・」
耳元に呟きながら首筋から鎖骨へとゆっくり舌を這わす泰隆に悠里は唇を噛み締めたままただ頷く。
膝の上へと乗せた体を撫でながら泰隆は焦らすようにゆっくりと事を進めてくる。
合間に何度も噛み締めたままの悠里の唇へと触れるだけのキスをしてくる。その度にびくびくと震える悠里の背を撫でながらも、泰隆は少しづつ、でも確実に先へと進んでいく。
丁度泰隆を跨ぐような格好で座らされた悠里は漏れそうな声を唇を噛み締め堪えるとその背へと両手を回し、振り落とされない様にしがみつく。すでにズボンは脱がされ下着も履いてはいない。辛うじて肌を隠しているのかいないのかの状態で身につけているのは着ていたシャツ一枚のみ。そんな悠里に比べ泰隆はほとんど乱れていない。シャツの胸元のボタンを二、三個外し、ズボンの前を寛げているだけの姿。それすら気に出来ないぐらい悠里はすでに声を押し殺しているだけで息遣いは荒い。
くったり、と身を寄せる悠里のつむじにも軽くキスをした泰隆は解していた手を後ろから外す。狭い部屋に濡れた音が少しだけ響き、ぎしり、と二人の乗っている椅子が軋む音が更に大きく響く。
きしきし、と断続的な音を出す椅子の上、深く重なりあう二人は何度もキスを交わす。自ら跨り腰を振っている様な格好の悠里だけど、実際は泰隆が僅かに悠里の腰を抱え上げその隙間を利用して小刻みに腰を動かす。深く入りこんだまま、何度もその奥を擦りながらするり、と撫でる事を繰り返す泰隆に、少しづつ悠里はもっと奥へと誘導しようと自分の中が先導する様に蠢くのを感じる。
横になってる時よりも小刻みにだけど確実に奥を突いてくるそれに悠里は必至に零れそうになる声を押し殺す。
ぎゅっ、と縋り付く腕に力をこめる悠里の背を腰を抱える手とは逆の手で撫でる泰隆は噛みしめる唇へと器用にも腰を動かしながら唇を寄せてくる。
「んっ・・・・・・あっ、んんっ・・・・・・」
唇が重なる寸前開かれた悠里の唇から微かに漏れる喘ぎ声はすぐに泰隆に塞がれる。椅子の上では不安になったのか体ごと悠里を机の上に持ち上げた泰隆は、がんがん、と椅子の上ではさすがにできなかった突き上げを激しくし、深く息をも飲み込まれるキスを送ってくる。
舌を絡めあう濡れた音、微かに漏れる息遣いそれから泰隆が腰を動かすたびに聞こえる卑猥な音、それがゆっくり、と確実に部屋の中へと広がっていた。
「・・・・・ふっ、んっ・・・・・」
「ほら、声・・・抑えて・・・・・」
「あっ、だって・・・・・」
唇を離した途端に微かな声で喘ぐ悠里の顔を覗き込み泰隆は囁く。困った様に見上げる悠里の唇を再び塞いでも唇の隙間から濡れた息が零れる。
その息が耳元にかかり、泰隆は思わず絡めた舌を解く。
「・・・・・あっ、だめ・・・・・」
「悠里、もう少し・・・・我慢して・・・・・」
堪えきれないのか眉を顰め、泣きそうに潤んだ瞳を微かに上げ小さな声で喘ぐ様に呟く悠里に泰隆は抱えていた足をもう一度持ち直し腰を動かす。
一度抜くぎりぎり、まで戻し一気に突き入れるとぐちゅり、と響く濡れた音にゆるゆる、と悠里が頭を振り本能的になのか逃げようと身じろぐ。そんな悠里の頭を抱えた泰隆はそのまま腰を動かしだす。
耳元で聞こえる押し殺した呻き声、微かに開いた口元から漏れる息、そんな悠里に泰隆は何度もキスを送った。

「やっ、もう・・・・・・っん!」
「・・・・・んっ、俺も!」
最奥を何度も突かれ、中から響く濡れた音が更に激しくなるのに必死に堪えていた声を思わず漏らす悠里の耳元で泰隆が呟くその低く熱のこもった声にびくん、と体を震わせた悠里は同時に中にある泰隆自身をも締め付ける。
迸り溢れ出す熱が最奥へと叩きつけられる様に吐き出されるのを感じながら悠里は泰隆の腕の中ぶるり、と体を震わせ同じく熱を吐き出した。
「・・・・・ふぁっ、んっ・・・・・」
まだ体を繋いだままキスを仕掛けてきた泰隆は舌まで絡めてくるから悠里は思わず喘ぐ。また熱がぶり返しそうなぎりぎり、の所で離れた唇、だけど体を引き寄せられそのままぎゅっ、と抱きしめられた。
「泰隆さん?」
「・・・・・もう少しだけ、このままで・・・・・」
暖かい腕の中、少しだけ早い鼓動を聞きながら悠里は瞳を閉じる。薄れていく意識の隅っこに鐘の音が引っ掛かった。


*****


結局泰隆の元から悠里が戻ってきたのはSHRどころか授業も丸々一限終わった後で、呆れた顔で迎えた夏に曖昧な笑みを浮かべた悠里はサボった授業のノートを借り次の授業が始まる前にと、せっせと書き写していた。
「サボりを推奨する先生ってどうよ?」
「・・・・・すいません、火が点いたら止まりませんでした;」
「最悪だな・・・・・それより、どうだった?」
「・・・・・何が?」
「聞いてきたんだろ? あの女、そうだって?」
「見てないから知らないけど、見合いは断ってるし会いにくるのが分からないって言ってた」
「へーっ、向こうは写真を見てその気になったのかもよ? ほら、あの人見た目は良いだろ?」
顔を近づけそっと呟く夏に悠里はノートを写す手を休め顔を上げる。にやにや、と面白そうな笑みを浮かべている夏に肩を竦めた悠里はすぐにペンを動かしだす。
反論すれば倍になって友人の口から嫌味が出てくるのをすっかり学習した悠里に夏は笑みを深くすると時計へと目を移す。
「早く写さないと次が始まるぜ」
「・・・・・分かってる!」
話を変え急かす夏に悠里は答えるとペンを動かす速度をほんの少しだけ上げた。写し終わる悠里を待っていたかの様にチャイムが鳴ったのはその数秒後、ぎりぎり、で終了したノートを夏に返したその時、次の授業の教師が鳴り終わるチャイムの音と同時に教室へと入ってきた。

廊下を歩く靴音が授業中だからなのかやけに響く。少しだけ足早に向かう先にあるのは校長室。
若手教師は滅多に近づかないその場所に足を踏み入れるのは教師となった今も微かに緊張を伴う。
「失礼します、永瀬です」
「ああ、待ってたよ永瀬君。 わざわざ呼び出してすまないね」
悠里曰くケンタッキーのカーネルおじさん、と呼ばれている校長は確かに言われてみれば良く似ている。向こうは外人でこちらは生粋の日本人のはずだけど、日本人にしては体格があれな感じでしかも白髪頭に立派な白い髭はまさにあれそのものだ。
にこにこと常に笑みを絶やさないその姿からもまさに、微かに悠里の言葉を思い出しかけた泰隆はぐっ、と堪えて頭を下げる。
「君に勧めた見合いの件で話があるんだけど、少し良いかな?」
「はい? あの件はお断りしたはずですが?」
「・・・・・いや、どうも先方の方が君をとても気に入ってしまったらしくてね、僕は君の意思を伝えてはみたんだけどね・・・・・」
弱り顔で呟く声は語尾が怪しい。思わず眉を顰める泰隆に困った笑みを浮かべた彼は口を開いた。
「あの、是非一度、君とお会いしたいと仰ってね、どうしたら良いかな?」
「・・・・・それは、直接わたしの方からお断りして宜しいのでしょうか?」
「いや、あの・・・・・まぁ、どうかな? 一度、会ってもらえるかな?」
「お会いするだけなら構わないです。 わたしが直接お断りする前提になりますが」
こちらには全くその気は無い、と考えを覆さない泰隆に校長は困った顔で曖昧な笑みを浮かべる。紹介されたその時にきっぱり断っているはずなのに、なぜこうも歯切れが悪いのかと内心溜息しか出ない泰隆だけどきっと進めたその時から先方はかなり乗り気だったに違いない。押しに弱い校長は滲み出る雰囲気からもとても頑固に断るなんて芸当も出来そうには見えない。
「話がそれだけなら授業が入ってますので、失礼しても宜しいですか?」
「・・・・・あっ、ああ。 すまないね、わざわざ呼び出して」
頭を下げ校長室を後にした泰隆は部屋を一歩出てから重い溜息を零した。一度会えばずるずる流される雰囲気へと持っていかれそうな事は分かっていたけれど、断れないならこちらにはその気が無いと直接言うしか方法は無かった。面倒な事になった、と再度溜息を零しながら泰隆は頭をぶるり、と振ると歩き出した。


お久しぶりの「不機嫌〜」であります。半年振りですが、季節も丁度良い感じかと; 20101104

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