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がらり、と勢い良く開かれた扉の中に押し込まれ、一息吐く間もなく、悠里は泰隆の腕の中、キスで唇を塞がれる。長いキスは舌を絡める深いキスへとすぐに変わり、くちゅり、と音がする程舌を何度も絡めながら、互いに相手の体へと手を伸ばす。
置かれたままの机に体を当てながらも、立ったまま抱き合い、泰隆の方がかなり手際良く、悠里の服を脱がし肌を一足早く晒すと、すぐに唇を首筋や胸元へと押し当てる。
机の上、いつのまにか押し倒された悠里は浴びるように肌の至る所に降ってくるキスに泰隆の服を巧く脱がす事すらできずに擦れた甘い声を零す。もう少しで下半身にまで届くはずだった泰隆の動きをいきなり止めたのは突然入った放送だった。
『連絡します! 永瀬先生、永瀬先生、至急職員室までお願いします!!』
早口で話すその構内放送に眉を顰める泰隆を見た悠里はほとんど裸に近い姿のまま思わず笑みを零す。
「・・・・・なんだよ、それ・・・・・」
呟き、泰隆は乱した悠里の姿を名残惜しそうに眺めてすぐに体を起こす。
「・・・・・残念、先生」
「全くだよ、これからだってのに・・・・・何、あの無粋な放送・・・・・」
釣られて机の上、身を起こした悠里は床に落ちたシャツを広い無造作に着込み始めながら苦笑と共に呟くから泰隆はただ肩を落とし、溜息と共に呟く。

「早く行かないと、また放送入るよ?」
服を着ながら呟く悠里の淡々とした声に泰隆は溜息を吐くと立ち上がろうとしてまだ座りこんだまま身支度を整えだす悠里へと目を向けるといきなり背後から抱きついてくる。
「・・・・・先生!?」
「悠里、クールだね。 オレなんか、結構万全の体勢だったのに・・・・・」
言いながら、腰を押し付けてくる泰隆に悠里はびくり、と肩を震わせる。押し付けられた場所は確かに本人の言葉通り、熱を持ち、自我を主張している。困った様に笑みを浮かべる悠里に抱きついたまま泰隆は首筋へと舌を這わせる。
ぞくり、と背筋が震え、悠里は抱きしめられた腕の中、身を捩る。
「・・・・・ダメ、だって・・・・・行かないと・・・・・」
「・・・・・・悠里」
身を捩じり、熱の篭った泰隆の息からも逃れようとしながら呟く悠里の顔へと泰隆は手を伸ばすと背後から身を乗り出すように唇を奪う。
『連絡します! 永瀬先生、至急職員室までお願いします!』
本日二度目の放送が耳に流れ込んでくるのを聞きながら、悠里は一向に唇を離そうとしない泰隆の腕に背後から抱きしめられたまま深く長いキスを受ける。
「あーーっ、何だよ、一体・・・・・」
唇を離し低い声で呟く泰隆の腕の中、悠里は足りていない空気を懸命に肺に溜め込む。
「・・・・・先生・・・・・」
「行きたくないけど、行くまで呼ばれそうだよな。 行ってくる、悪いな・・・・・中途で・・・・・」
もう一度きつく抱きしめ、腕を離した泰隆は立ち上がると、座りこんだままの悠里の頭を軽く撫でるとすぐに背を向ける。
扉が締まってすぐに廊下を駆ける音が遠ざかり、悠里は一人残された教室で盛大な溜息を零した。


*****


暫くぼんやり、と一人教室の隅へと座っていた悠里はおなかの鳴る音で思わず手をおなかに当てたまま壁の時計へと目を向ける。
お昼にもうすぐなるだろう、時間なのを確認して、一人立ち上がった悠里は食べ物屋にでも行くかと教室を出て一人とぼとぼと歩き出す。
「滝沢〜! 滝沢って、無視すんな!!」
「・・・・・あれ? 何してんの?」
食べ物屋の屋台が並ぶ一角で突然掛けられた声に振り向いた悠里は思わず目の前を呆然と見る。
早々にクラスから抜け出し戻って来なかった哲也がそこにはいた。
鉄板の上、手際良く引っ繰り返しているのは、誰が見ても分かるお好み焼きだ。
「いつから、お好み焼き屋に?」
「・・・・・ああ、ここ? 部活の出し物屋だよ。 一個食べてかないか?」
「ありがと」
にっこり、と笑みを浮かべ告げる哲也の言葉に頷く悠里の目の前でパックに丁寧に詰めてくれたお好み焼きにこれまた慣れた手つきでソースを塗り、マヨネーズを格子にかけ、ぱらぱらと鰹節をかけ渡す哲也に悠里は手を伸ばす。
「今日はずっとここ?」
「・・・・・ずっと、じゃないけど・・・・・まぁ次のが来るまでかな?」
「これ、ありがと。 頑張って!」
手を振る悠里に手を振り返しながらも哲也は次の客にすぐに声をかけられるから、悠里はお好み焼きを手にしたまますぐにその場を離れる。哲也が部活をしていたのは知っていたけれど、出し物をしているのは知らなかったと思いながら看板を見上げた悠里は何の部活をしているのかすぐに分かる看板に微かに笑みを浮かべる。
お好み焼き屋と書かれた看板の横にはつけたしの様にサッカーボールのイラストと<主催:サッカー部一同>という文字が描かれていた。

お好み焼きを手にしたまま、昼食を買いに来たお客で混んできた屋台外を抜けた悠里は中庭に造られた休憩所へと向かう。
同じ事を考えているだろう人達で賑わっているそこに空いている場所を見つけた悠里はそこに腰掛けると手にしたお好み焼きを小さなテーブルの上へと置く。
いつもなら、ほとんど人のいない中庭は休憩所にしているからなのか、色んな人がいる。
「滝沢? 先生は?」
お好み焼きを食べようとしたその時に声を掛けられ悠里は声のした上へと顔を向ける。
立っていたのは教室で別れた夏で周りを見ても一人なのか微かに眉を顰める悠里に気づいたのか夏は隣りの空いている椅子へと座るとんーっ、と大きく伸びをする。
「・・・・・もう、帰ったの?」
「仕事の電話掛かってきたから、今送ってきた所で滝沢を見かけたからさ。」
「折角来てくれたのに、残念だね。」
「家でも会えるし、別に平気・・・・・・で、先生は? 一緒じゃなかったのか?」
「呼び出しがあったから。 伊藤も食べる? 匂坂の所のお好み焼き。」
「テツの? ああ、部活のか。 じゃあ、後で間宮の所にも行く? あいつ茶道部だよ。」
「・・・・・茶道部? それは凄い・・・・・」
馨の姿を浮かべ和服を当てはめるとかなり嵌まるその姿を思い描き呟く悠里の横、夏がお好み焼きを口に含む。


*****


「すげーっ! 似合ってるじゃん、間宮!!」
「・・・・・失礼な男だな。 人の顔見ていきなり吹き出すか?」
畳みをばんばん、と叩き笑いながら告げる夏の目の前、きっちり背を伸ばし正座した馨が眉を顰める。夏の隣りで悠里は想像以上に嵌まっている馨の和装に言葉もなく呆然としている。
茶道部の部室。お好み焼きを仲良く食べ終えた二人は茶道部にいる馨の下へと仲良くお邪魔した。
畳みの敷かれた教室の一角に作られた和室に驚く悠里の横、馨の姿を見た夏は声を掛けるよりも先に盛大に笑い出した。
静謐な空気に纏われた世界にいきなり響く笑い声にそこにいた人達は遠巻きにちらちら、とこちらを未だに窺っている。
そんな視線に気づいていないのか、いても気にもしないのか、たぶん後者だろうと、堂々と話す夏と馨へと視線を向けた悠里はそっと気づかれない様に溜息を零した。
「そういえば、何しに来たんだ?」
「・・・・・もちろん、お茶飲みに。 間宮、茶菓子も出るのかな?」
「ちょっと、待ってろ。」
にっこり、笑みを向け告げる夏に馨は溜息を零すと立ち上がりすぐに戻ってくる。手にしているのはお茶の道具だ。
本格的なお茶が飲めるかも、と微かな期待に胸を膨らませる悠里の期待に満ちた視線を受けた馨は笑みを向けると目の前でお茶を点て始める。かしゃかしゃ、と手際良く、耳に心地良い音が室内に響き出す。そんな中、和服姿の青年が悠里と夏の目の前にお盆に数種類の茶菓子が乗った物を置いていく。マナーもお茶の基本も知らない悠里は背筋を伸ばし、お茶を点てる馨の姿をぼんやり、と眺める。実は使っている道具が何というものなのかもピンと来ないし言われてもきっと分からない。
分からないなりに背筋を伸ばした悠里はただ馨の動作をじっと眺めていた。
茶道室にはピン、と張り詰めた緊張感が漂い、ただかしゃかしゃ、とお茶を点てる音だけが響いていた。


茶道のさの字も知らない私なのでここはさらり、と流しますので深く追求はしないで下さい。
とりあえず、今回はここまで! 20090112

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