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ドアの開く音に立ち上がり迎えに出た先には不機嫌な顔を隠しもしない泰隆が立っていた。お帰り、の声を掛けようと口を開きかけた悠里は突然の怒声に目を見開く。
「忘れろ! 見た事も聞いた事も記憶の中から消し去れ!!」
問答無用で捲し立てる泰隆に悠里はぽかん、と口を空けたまま不機嫌な顔を見つめる。どうすれば良いのか困った顔で笑みを浮かべる悠里の様子に気づいた泰隆はすぐに居心地悪そうに咳払いをすると前触れなくふわり、とその体を抱きしめる。
「・・・・・泰隆さん?」
「ごめん、俺が完全に悪い」
完全なヤツ当たりだと自覚して告げる泰隆に悠里は抱きしめられた腕の中から手を伸ばすと少しだけ高い位置にある頭を優しく撫でる。大人気無い行動だったと反省したのか、それ以上口を開こうとしない泰隆は撫でられる頭をそのまま、更にきつく抱きしめた悠里の耳下へと普段の声で「ただいま」と呟いた。
「若気の至りを知られてたらしくて、問答無用で引きこまれたんだよ。」
今の音楽業界はPOPS時代。ほんの数年前はROCKと呼ばれる音楽が主流でバンドが異常に世の中に溢れている時代だった。高校生だった泰隆も当然流行の波に乗り、バンドを友人同士で作り、ライブ活動に勤しんでいたらしい。その時バイトの金をつぎ込んでいたのが、例のギター。機材を取り揃え、ライブに嵌った高校時代。ブームが去ると同時にバンドはいつの間にか解散して、大学へと入学してから泰隆はギターに触れる事も無かったらしい。
「・・・・・誰が知ってたの?」
「よっしーと佐伯さん。 世間は狭いって俺は初めて知ったよ。」
うんざり、と呟き溜息を吐く泰隆が言うには吉川先生と佐伯先生は泰隆がライブ活動をしているのをリアルタイムで見ていた学生だったらしい。年も同年代だし、同性。嵌るものは似たりよったりの良い見本だと悠里はぐったり、と疲れている泰隆の横で笑い出す。
「他の先生は? 宮路先生と長野先生もバンド活動してたりとかしたの?」
「あれは・・・・・違うらしいよ。宮路先生は経験者だけど、長野先生は素人です。ドラムがいなくて、引き込みました。」
明かされた真実はあまりに意外で悠里は泰隆の顔をじっと眺める。
「何?」
「・・・・・素人にしては巧くない?」
「ドラムの初心者だけど、お囃子の経験者だから、完全な素人じゃないらしいよ。」
「・・・・・お囃子って、系統違うじゃん!」
「まぁ、良いんじゃないの? 今回限りだし。」
完全和風のお囃子と外国から流れてきた音楽とのギャップに思わず突っ込む悠里に泰隆は曖昧な笑みを浮かべる。この話はここで終わりだと夕飯を食べ始める泰隆はそれ以上話に乗ってくれなくて、悠里も仕方なく目の前のごはんへと手を伸ばした。余談になるけれど、半被に捩じりはちまき姿の長野を思い浮かべ妙に嵌ると夏と二人で爆笑するのは次の日の話だ。

「悠里! 風呂入ってきな。」
「・・・・・うん、もうちょっと・・・・・」
返事はするけれど、テレビを見たまま動こうとしない悠里に泰隆はまだ濡れている自分の髪を拭きながらそっと息を吐く。頭をがしがし擦りながら悠里の座るソファーの背後からかかるテレビを眺め、泰隆は真剣に見ている悠里へと目を向ける。
「入ってこないと、襲うぞ?」
耳元に息を吹きかけながら告げる泰隆の低い声にびくり、と首を竦め振り向く悠里は困った顔を向けてくる。目の前のテレビで放送されているのは、悠里が漫画から嵌っているアニメだ。
「・・・・・もうちょっとで終わるから、待って・・・・・」
一度は泰隆へと顔を向けたけれどすぐにテレビへと目を向けながら答える悠里の肩へと泰隆はわざと圧し掛かる。
おぶさる様に背後から手を回してきた泰隆に形ばかりの抵抗はするけれど目はテレビから離さない。漫画原作なんだから、アニメの先も知っているはずなのに、アニメというか漫画全般にほとんど興味の無い泰隆には分からない感覚だ。
「ビデオに録ってるんじゃないのか?」
「・・・・・んっ、やっ・・・・・録ってるけど、リアルでも見たいじゃん!」
アニメや漫画、ゲームが好きな悠里のこだわりは泰隆には良く分からない。嫌がらせをする為に体へと手を伸ばしてはみたけれど、鼻にかかる甘い喘ぎに本能に忠実な欲望が反応してくる。悪戯のつもりだったのに、素肌へと手を伸ばした泰隆はテレビにそれでもまだ拘る悠里の顔を引き寄せると強引に唇を奪う。
ねっとり、と舌まで絡める強引なそのキスに抵抗しかけた悠里は泰隆の腕に押さえ込まれ不自由な体勢のまま口の中に溜まる唾液をこくり、と飲みこむ。濡れた音が続く中、飲み込みきれない唾液が悠里の口の端から零れ落ち、蛍光灯の灯りにきらきらと照らされた。


*****


背後から圧し掛かり、最初はからかい半分だったはずの泰隆のキスは止む事なくソファーへと強引に押し倒され、気づけば一枚の服も纏わない姿で元々お風呂上りの為、ほとんど何もつけていない泰隆の腕の中、甘い声を零す悠里がいた。
「あっ、んぁっ・・・やすっ・・・・・・さん・・・・・」
大きく足を広げ迎え入れる男の背へと腕を回し、ほとんど縋りつく様にしがみつきながら、悠里は喘ぐ。深く浅く完全に抜かないまま微妙な抜き差しが続けられるその度に漏れる濡れた卑猥な音が更に悠里を煽る。汗で滑る背に爪を立て、振り落とされない様にしがみつきながら、与えられるキスに酔う。狭い場所でのSEXに慣れるという言い方は変だけど、より深く繋がっている気がするから、悠里はベッド以外の場所でのSEXが嫌いでは無かった。ベッドでだって、ぴったりくっつく事もあるけれど、本来なら座るだけの機能しか持ち得ないソファーの上や椅子の上など、有り得ない場所でのSEXはなぜか悠里の熱を更に煽る。
落ちないように縋りつくのも、抱え上げられる様にしっかり抱きしめられるのもベッドではあまり無い。しがみつくのはベッドでだって変わらない。だけど抱きしめられる腕の強さはベッドよりも強く、その分、より深く繋がっている気にさせる。
大好きなアニメを見るのを妨害する為に始まった行為だけど、始まれば悠里の視界には泰隆しか映らなかった。
ゆっくり、と緩やかに突き上げてくる泰隆にしがみついた悠里は与えられる緩慢な熱に焦れた様に微かに腰を動かし出す。
ひっきりなしに漏れる濡れた音、溢れ出る先走りの液が悠里の股を濡らし、くちゅくちゅ、と交じり合うたびに漏れる音と混ざりよりいっそうの濡れた音を部屋に響き出す。
「あっ、んっ・・・・・やっ、そこ・・・・・んんっ・・・・・」
「ここ? 悠里はここが好き?」
突きあげる角度を変えた途端に腰を浮かし喘ぐ悠里の耳下へと泰隆は唇を寄せる。低く囁くその声にしがみつく腕に力をこめ悠里は微かに首を振るけれど、唇を噛み締め堪える様に眉を顰める顔は答えたも同じで微かに笑みを浮かべた泰隆は更にそこを突きあげる。
「ああっ! やっ、だめ・・・・・んっ、んぁっ・・・・・あ、っ・・・・・」
「良い?」
「・・・・・んっ、いっい・・・・・そこ、ばかり・・・・・あんっ、んぅ・・・・・」
ぐちゅぐちゅ、と繋がる濡れた音が更に大きくなり、肌が擦れ、重なる場所から空気の漏れる音がする。腕をしっかり背へと回ししがみついた悠里の腰を支える泰隆は喘ぐ悠里へと顔を寄せると舌を伸ばし頬を撫でる。ぴちゃり、とすぐ耳元でする濡れた音と頬を撫でる濡れた感触にびくり、と震え上がる悠里の耳元で「うっ」と呻く声がする。
溢れ流れ出した熱を体の奥で受け止めながら、悠里は自身の先からも溢れ零れる熱を感じゆっくり、と瞳を閉じた。

教室内どころか、廊下も至る所が昨日よりも更に派手に飾りつけされ、後片付けが大変そうだ、と思うほど、ペイントまでされている。いつもは制服姿しか見ない校内で、奇抜な格好をしている人もいれば、うちの生徒だと見分けが全くつかない私服姿の人ともすれ違う。
「おはよう、滝沢!」
「ああ、おはよう。何か、昨日より凄いね。」
「・・・・・他校の人間来るし、当然だろ?」
背後から声を掛けながら隣りへと並ぶ夏に挨拶しながら辺りを見回し告げる悠里に夏は笑みを返す。誰だって自分の高校に対する愛校心は無くても見栄やプライドはある。良いものを見せたい、それなりの学校だと自慢したい。結果が他校生が最も集まる文化祭は格好の舞台。悠里は夏のその笑みに曖昧な笑みを返しそっと溜息を零した。
「安いよ〜!・・・・・焼きそばいかがですか〜?」
「是非! うちのカフェをお願いします!」
「そこのお姉さん方!! うちの店来ませんか?」
ざわざわと人の群れで賑わう廊下のあちこちから呼びかけの声が掛けられているのを聞きながら悠里は真っ直ぐに目的地を目指す。
「滝沢、早いって・・・・・そんなに急がんでもまだ始まらねぇーよ!」
行き交う人に押しつぶされそうになりながら隣りへと息も絶え絶えに近づいて来た夏の声に悠里は微かに歩幅を緩める。
「・・・・・でも、昨日より出るの遅いし、一般公開してるから席も取れ無さそうだろ?」
「まぁ、な・・・・・・でも、午前中なんて、皆食べるのに一生懸命だよ、多分。」
ライブに誘ったけど食べ物屋に行くと断ってきた哲也と馨を思い浮かべながら告げる夏に同じく思い出したのか悠里も微かに笑みを返す。
「でも、俺、泰隆さんのライブだけは最前列で見たいから!」
本人が嫌がっていたのも知っているけれど、あんなに格好良い姿を目の前で見れないのはやっぱり悔しい。本当は誰にも見られない様に自分のモノだと印をつけてしまいたいぐらいなのだと焦る悠里に夏は肩を竦めると無言で隣りを歩き出す。


*****


急いだ回あって最前列の席を確保できた悠里は途中、どうしてもと夏にせがまれ購入したたこ焼きへと串を刺す。
「何か、昨日の今日だからか、うちの生徒結構多いな?」
「・・・・・うん。 何か一般の人もいるけど、あれは噂とか流れた?」
「かもな。女子の連絡網は凄いらしいから。」
たこ焼きを食べながら夏と悠里は周りをそっと見渡し、こっそりと会話する。体育館は一応全校生徒が収納できるスペースなのだからかなり広いはずなのに、狭く感じる。
後ろに立っている人達、横に並ぶ人はもちろん、並べられた椅子も人で埋まっている。ざわざわとざわつく室内に昨日より音量を上げたのか少し耳に煩い音が流れているけれど、彼らのお目当てが目の前のステージに立つ人だと言うのは本当に極僅かに見えるのは悠里が目当てが別にいるからなのか答えは出て来ない。
「・・・・・伊藤。泰隆さん目当てってどのくらいいるんだろう?」
「おいおい、永瀬先生目当てじゃないかも、じゃん! とりあえず俺の隣りに座る奴は先生目当てだけど、な。」
意地悪な笑みを浮かべからかうように顔を覗きこんでくる夏に悠里は瞳を伏せると目の前のたこ焼きを口にぱくり、と含む。恋人の欲目だけでは無い、ステージに立つ泰隆にファンが出来たら、と少し不安にもなる。
声を大にして本当に自分のモノだと公言してしまいたくなる。
悠里はそっと溜息を吐くと不安でドキドキとする胸へと手を伸ばした。
「きゃーーーーっ!!」
耳を塞ぎたくなる悲鳴が至る所から溢れ出すのと同時にステージに出てきたのは普段はかっちり、と教師の姿をしているはずの若手の先生達。昨日よりも更に派手な姿を目指したのか髪の毛をムースで立てて登場してきたのはいつもは着古したジャージ姿の長野先生。手にしたスティックを器用にくるくると回しながらドラムセットへと近づく。
ボーカルの吉川は大学生でも十分通るパーカーにジーンズ。泰隆はギター片手にたるそうにステージへと進んできて悠里と夏の顔を見つけると微かに笑みを向けてくれる。宮路も当然、担当クラスの生徒である夏と悠里へと手を振ってくれるから二人は交互に「永瀬せんせーい、みやちゃーん、頑張って!」と声を掛ける。
お堅いで評判の佐伯は「佐伯せんせーい」と呼ばれる声に顔を向けただけで、服は変わっても性格は変わらないらしい。
吉川や長野にも声援はあったけれど軽く頭を下げただけで終わる。
空気が変わる。
ぴん、と張り詰めたその空気を感じたのはスティックを叩く長野の合図だった。いきなり会場が静まり、曲が始まった途端に静まりかえった会場から歓声が溢れ出す。
悠里は真っ直ぐに見上げたいつになく真剣な顔をしてギターを弾く泰隆の姿から目が離せなかった


文化祭始まりましたよ!
ゆっくりペースですがどうぞよろしくお願いします。

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