一般公開を明日に控えてまずは前哨戦。そこから文化祭の幕は切って落とされる。秋晴れの空を見上げ、悠里は見渡す限りの快晴に思わず笑みを浮かべる。そしてちゃり、ちゃり、と聞こえてくる金属音に後ろを振り向く。車の鍵片手に泰隆が同じ様に空を見上げていた。
「秋晴れだね〜文化祭日和?」
「うん! でも、本番は明日だけど、ね。」
呟く泰隆の声に一般公開の事を思い頷きながらも呟く悠里の頭を軽く撫でると止めてある車へと泰隆は近寄る。
「ほら、悠里乗れ! 学校の近くで降ろすから、そこから歩けよ」
「・・・・・はーい!」
助手席のドアを開けながら声を掛けてくる泰隆に悠里は近寄りながら頷き答えると開けられた車の中へと一足早く乗り込む。既に馴染んだカー香水の香りにそっと息を吸い込み悠里は助手席の背もたれにゆっくり、と背を押し付ける。乗り込んできた泰隆は何も言わずに車のエンジンをかけるとゆっくり車を動かし出した。 窓の外、流れる景色を見ていた悠里は隣りへと視線を向ける。前だけを見つめ、真剣な顔でハンドルを握っている泰隆は視線に気づいたのかちらり、と視線を向けてくる。
「・・・・・どうした?」
「文化祭が終わったら、きっと早いんだよね?」
「え? ああ、そうだな、期末終了後、冬休み、三学期、春休み、三年に進級、受験戦争最前線だな。」
「最後の息抜き?」
「・・・・・どうだろ? まぁ二年までだよな、文化祭が盛り上がるのは。 三年なんてほとんど展示物ばっかだぜ。」
各学年の出し物を思い出しているのか、少し考えた末に答えた泰隆は微かに笑みを浮かべる。
「・・・・受験、か。」
「暗くなるなって。 何とかなるもんだよ。」
俯き呟く悠里の頭に手を伸ばしぐりぐり、と撫でながら告げる泰隆の声に顔を上げた悠里は無言で笑みを返した。
前哨戦、のはずなのに、昨日までの校内と違い、至る所に飾りつけがされている教室が目立つ。悠里のクラスも例外なく飾りつけがされていて、階段により近いドアの前にはイラストや飾りのついた看板がつけられていた。
「おはよう! あれ、いつ、つけたの?」
「おお。 装飾係が、朝一でつけてたらしいよ。 俺が来た時はもうついてた。」
夏の姿を見ると近寄り挨拶がてらに問いかける悠里に笑いながら夏の前に座っていた馨が答えてくれる。その言葉に夏も頷く。
「・・・・・いよいよ、ですか」
ざわつく教室を見渡しながらのんびり、呟く悠里の声に夏がにやり、と笑みを向けてくる。たかが文化祭、されど文化祭だと言える空気が学校全体から漂っている。
「今日はとりあえず前哨戦だろ? 本番をより良く迎えるためのお披露目準備。」
夏が告げ終わるタイミングを計る様にチャイムの音が鳴り響いた。
*****
いつもなら1時間目の授業が始まる時間にあちこちから話し合う声や笑い合う声が聞こえてくる廊下を歩きながら悠里は綺麗に飾りつけされた教室を見て回る。教室で披露しないと最初から決まってるクラスは当然空っぽで鍵まで丁寧に閉められている。
「あれ? ここって何してたっけ?」
空き教室を覗き込み呟く夏の声に悠里はあらかじめ貰っていたパンフレットを取り出した。
「下じゃない? 屋台みたいだよ。」
「へーっ、後で食いに行く?」
「うん。 伊藤、俺ここに行きたい!」
開いたパンフレットをじっくり改めて見直した悠里は夏の隣りに並ぶとパンフレットの一つを指さす。体育館で開かれる有志や各部活の出し物のメニュー表で開始時間も大まかに書かれている。
「体育館のか。 ああ、これが見たいんだ。 そろそろ?」
「・・・・・一応上の方だし・・・・・」
メニューを眺めた夏は意味深な笑みを浮かべてくるから悠里は思わず俯く。体育館で開かれる出し物はほとんど生徒主催によるものだけれどたまに例外もある。悠里が指でさしたものは若手教師有志の出し物だった。 泰隆本人からは文化祭で何かするなんて聞いていない事で、貰ったその日にはさらり、と見ただけで気づかないまま、改めてじっくりとプログラムを見たのも今日が初めての悠里は若手教師有志の中に泰隆の名前があるのも今、初めて見た。
「何するとか聞いてんの?」
「全然! 出るとも聞いてないよ!」
「・・・・・黙ってたのか言いそびれてたのか、どっちだろう?」
夏の呟きに悠里は無言で首を傾げた。
体育館にはそれなりに人が既に集まっていて悠里と夏は壁に寄りかかりステージを眺める。座る場所なんかもうどこにも無かった。
「・・・・・これ、何か凄くない?」
「うん。 体育館、去年もこうだっけ?」
「・・・・・どうだろう? 俺、あんまり去年の記憶が無いんだよ。 体育館行かなかったかも・・・・・」
「俺も行ってないや。 空き教室でサボってた気がする・・・・・」
去年はクラスも何かの展示を出しただけで、あまりお祭り人間もいなかったせいなのか、盛り上がった記憶もない。 当日は数人の友人と空き教室でゲームとか持ち込んで遊んだ記憶しか悠里の中には無かった。 夏も同じなのか肩を疎め互いに顔を見合わせると何となく笑みを交わす。 暗幕で暗くした体育館の中はステージだけが妙に明るくて、ちょっとしたライブハウスの広い場所が思い浮かぶと隣で話す生徒の声を聞きながら悠里はステージへとやっと目を向ける。 今は有志の生徒によるバンド演奏の真っ最中で低音が体育館中に響きあまり歌っている人の声は聞こえない。
「伊藤、もう少し前に行く? 何か、あんまり分かんない。」
「だな。 とりあえず、あれ終わってからにしようぜ・・・・・前で騒いでるのはファンか?」
演奏してるバンドに向かって手を上げている前の生徒達を眺めながら呟く夏に頷いた悠里は上手いのか下手なのか分からない演奏を奏でているステージをぼんやりと眺めていた。
「滝沢! 終わったみたいだから前行こう! 次だろ?」
「・・・・・うん」
腕を引かれ悠里は前へと歩き出す。 若手教師達の有志の出し物は意外なものだった。バンドの次だから、もしかしたらな気がしていた。普段はネクタイをきっちり締めお堅い授業をしているはずの物理の教師佐伯(さえき)のTシャツにジーパンの普段着片手にギターが妙に嵌る。泰隆の私服は見慣れているけれどこちらもやっぱりギターを手にしている。悠里は泰隆がギターを引けるなんて事も知らなかった。正しい日本語を教えているはずの現国の教師吉川(よしかわ)がボーカルなのも意外だった。そして若手といってもこちらは入学当事からこの学校にいる体育教師の長野(ながの)がドラム。そして若いと言えば若い方だろう悠里達のクラスの担任宮路がベース片手に立っている。若手教師の有志といってもたかが5人、その彼らが披露したのは正しくロック。そして立派なバンドだった。 ひやかしの声を出していた悠里達よりもずっと前にいる生徒達の声が演奏と同時にぴたり、と止んだ所から見て、上手い部類なんだと悠里は思わず背筋を伸ばす。
「・・・・・驚き、吉川上手いじゃん!」
「うん、というか、何かさっきのバンドよりもレベル高い気がするんだけど・・・・・」
「凄いじゃん! 意外な才能。 長野のドラム凄い嵌ってるよ!!」
流れる曲のスムーズさ、はっきり透る声で歌うボーカル。ひやかしの声が止まるのも頷ける。素人目から見ても上手いと思えるバンドが付け焼刃だと言われたら前に演奏してたバンドが可哀想に思える。 終わった時に思わずもったいないと悠里はステージを見上げる。演奏をしていた時とは変わって笑顔を振り撒くのは泰隆と宮路、そして吉川だけで、一礼すると佐伯と長野は早々にステージの袖へと引っ込む。
「アンコールとか出そうだね。」
「・・・・・今日は終わりだけど、明日はありそうだよな。 明日も来る?」
呟く悠里の声に頷きながら夏は視線を向け窺う様に問いかける。その問いに無言で頷く悠里に夏はただ笑みを返した。
*****
「お帰り〜! 焼きそば買ってきた?」
「はいはい、どうぞ! 俺ら明日も朝一で抜けるんで。」
お土産にと頼まれていた焼きそばを哲也へと渡しながら告げる夏の声に馨が顔を上げる。
「何? 何か面白いのあったか?」
「あるある! 宮路君のバンドマンな姿を見れる。 これがまた格好良いのよ!」
「嘘! 宮路君何か楽器弾けたの?」
「まじ?」
「どんなの演奏した? 宮路君出たのって・・・・・あっ、この若手教師有志参加の?」
プログラムを見直し、夏のそばに近寄るクラスメートの声が降ってくる。悠里はそんな輪から静かに離れると鞄に入れたままの携帯を取り出すと早速メールを打ち出した。
「滝沢〜っ!逃げんな!!」
夏の叫びが聞こえてくるけど、悠里は打ちこんだメールを手早く送信すると顔を上げクラスメートに囲まれる夏に肩を疎め笑みを返す。 「滝沢、たこ焼き食う?」
「ありがと。 あれ、焼きそばは?」
「もう、俺の腹の中です。 ごちそうさまでした。」
たこ焼きを渡しながらぺこり、と頭を下げる哲也に悠里は笑みを浮かべながらたこ焼きを貰う。ぴぴっ、とメールの受信音が手の中の携帯から鳴り響きすぐにたこ焼きを食べながら携帯を開き確認したメールを眺めた悠里はそっと笑みを浮かべた。
『記憶の中から今すぐに消せ!』
シンプルに文字しか書かれていないけれど、慌てた様子が伝わり悠里はまだクラスメートに囲まれている夏へと目を向ける。 解放されたら見せてあげようと思う。きっと夏なら爆笑してくれるだろう。 明日が楽しみになってきた悠里はこみあげてくる笑いを必死に堪える為に口の中のたこ焼きをゆっくり、と噛み締める。
本番まであと少しの回でした。 BL要素もあまり無いのでちょっとストレス溜まってますが、次回にババーンと、有るのか? では、また。
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