それきり硬く口を閉ざした未知に困った様に四人は互いの顔を見合わせる。
「・・・・・とりあえず、無実で良いんじゃないかな?」
沈黙を破り突然響いた声に、五人は声の出た方向を一斉に見つめる。それまで沈黙を続けていた義人はいきなりの注目に顔を赤くしながらも掌をぎゅっと握り締めると微かに息を吐く。
「誰だって触れられたく無い事の一つや二つはあるだろうし、それが坂井にとっての今なら関わらないで良いと思う・・・・・だけど、それで困ってるなら力を貸すよって言うなら、また別だろうけど・・・・・」
控えめな義人のその言葉に悠里は思わず笑みを浮かべたまま未知へと目を向ける。
「第三者のままじゃ、声をかけた意味が無いって俺は思うよ。五人も人がいるんだから、何か良い考えを導けるかもよ?」
少しだけ首を傾げ告げる悠里に未知は頭を掻き毟り俯く。
「・・・・・一人で解決できるなら俺達は何も言わないよ・・・・・協力はいらないなら、そう言えよ!」
最初から協力前提で続ける夏に声には出さないけど同じ気持ちなのか馨と哲也が便乗する様に頷いてくる。一度は俯いた顔を上げた未知は顔を上げると五人を真っ直ぐに見つめてくる。
「・・・・・物好きなヤツら・・・・・」
呆れた声で呟くけれど決して突き放す言葉じゃないソレに悠里は笑みを深くした。同じ様にここにいる人が皆笑みを向けているのだろうその視線を受け未知はやっと微かに笑みを浮かべた。
「何から、話すべきなのかな?」
躊躇いを隠せないまま、視線を彷徨わせながら未知はやっと口を開いた。立っているのも何だからと皆、好き勝手に椅子に腰掛けたり机の上に座ったりとしているその真ん中、椅子に座った未知は真っ直ぐに伸ばした姿勢のまま周囲を見回した。
「あの人は、俺の兄貴の彼女で、まぁ知らない人じゃない。彼女、妊娠したって俺に相談してきて・・・・・」
「・・・・・何で? 普通なら彼氏に相談するだろ?」
「認めてないから。うちの兄には別に婚約者がいて、あの人が彼女だって事は親には秘密だから、それで・・・・・」
「・・・・・認めてないから、それだけの理由で彼氏には言えないっておかしくないか?」
夏の問いかけに一度は答えた未知は再度の問いかけに言葉に詰まった様に俯く。そのまま言葉を探しているのか黙り込んだ未知に悠里はこくり、と喉を鳴らすと口を開く。
「婚約者って、結婚の日取りまで決まってるの? もしかして、本当はお兄さんとあの人、もう別れてる?」
悠里の言葉に驚いた顔を向けてきた未知は自分の態度に微かに舌打ちする。それは肯定したも同然で、掛ける言葉も無いまま黙り込む五人の前、未知は溜息を吐くと髪を掻きあげる。
「そうだよ、当たり。というか、兄は彼女との事、真剣には考えてなかった。だから、あっさり別れ話を切り出したらしい。妊娠した事を告げようと思ったその場所で別れを告げられたら彼女もそれ以上は言えなかったって・・・・・だから、妊娠してるなら堕ろしたいって、あそこに。」
「出来てたのか?」
「・・・・・中絶の日取りも決めてきた。」
眉を顰め呟く未知に五人は息を飲み黙り込む。命を軽々しく思ってるわけじゃないけれど、想像も出来ないけれど、おなかの中、確かに生きている命を消す彼女の気持ちが気にかかる。
「それで、彼女は、言わないつもりなの?」
「・・・・・知らないままの方が良いって、そう言うんだよ。だけど、俺は兄も知らないといけない気がする。真剣に考えてなくても簡単に終わる関係だったとしても、命が出来る事はしてたんだろ?」
だけど、波風は立てたくない、と呟く未知は重い溜息を吐き出した。二律背反の気持ちに板ばさみされている未知に答えは無い気がすると悠里は微かに溜息を零したあといきなり立ち上がる。
「・・・・・滝沢?」
「あのさ、知らないといけないと思う。波風立てたくないのも分かるけど、だって中絶って体にも心にも負担をかけるんでしょ? 別れたそれだけでも彼女は傷を負ってるのに、また傷を負うの? 彼女だけなんて不公平だよ!」
「・・・・・だけど、俺は家族には知られたくないんだ・・・・・」
「それでも、坂井のお兄さんには知る義務がある。 命が消えるんだよ、簡単に中絶すれば良いとか言うけど、おなかの中で生きている命を殺す事だろ? きっと彼女は凄く罪悪感があると思う。婚約者と結婚間近だろうが、知らないといけない義務があるのが男の責任じゃないのかな?」
知らない場所で命が消えるのは悠里なら嫌だと思う。そんな過ちは無いと思いたいけれど、散々遊んでいた恋人にも後ろぐらい事があるかもしれない。命を作り出せる神秘な体に触れた報いを受けないといけないと力説する悠里に未知は困ったように笑みを浮かべた。 「親の言いなりに生きてる兄貴が彼女を紹介してくれた時、俺は凄いと思ったんだ・・・・・あの兄でも親に反発できるんだって、だけど、別れたって聞かされた時、それだけの男だったって幻滅した。」
悲しそうに呟いた未知はだから彼女に助けを求められた時、自分でも力になれるかもしれないのが嬉しかった。だけど、高校生の自分には経済力も何も無い。中絶なんてしてほしくない、だけど守れる力なんてどこにも無いのが悔しかった。
「兄に言うよ・・・・・それで何が変わるって分けじゃないと思うけど、言わないといけない気がする。」
はっきり、と告げる未知に悠里は笑みを浮かべる。波風が立たない方がおかしい、だけど、変わらないかもしれないけれど、命の重みを知る事が出来るかもしれない。大きく息を吸い込み吐き出した未知は「聞いてくれて、ありがとう」と笑みを浮かべる。
*****
最近出来た味もかなり評判の噂のホテルのレストランの中。ふかふかで柔らかな椅子の上、緊張を隠せないまま辺りを見回した悠里はドキドキと高鳴る胸をぎゅっと握り締め目の前へと視線を戻した。
「・・・・・なんか、緊張するんだけど・・・・・俺、変じゃない?」
「可愛いよ。そのスーツ似合ってる。」
窺う様に見上げる赤い顔が更に赤くなるのを見ながら笑みを浮かべる泰隆は見慣れないスーツ姿の悠里をじっくり見つめる。制服とはまた違う趣がある、数年後、きっとスーツに着られるじゃなくて着こなす立派な社会人になるだろう可愛い恋人に笑みを深くする。 「本当かな?・・・・・こういう所滅多に来ないから、本当に緊張する。」
マナーとか大丈夫かな?と真剣に悩む顔も更に可愛さを誘い笑みを深くしながら泰隆は目の前に座る悠里を飽きずに見つめていた。薄暗い店内にはざっと見た限りでは圧倒的にカップルが多い。後は家族連れとかで、周りから見れば二人は浮いているかもしれないけれど、特別な日とかでは無いので予約はスムーズに取れた。運ばれてきたお洒落な皿に盛られたお洒落な料理にまた目を輝かせる悠里を泰隆は食べる間も楽しく眺めていた。 ほとんど泰隆の家に篭りきりなので久々の外食は緊張が中々取れ無いまま美味しい料理なのに味もほとんど分からなかったまま悠里は食事を終える。運ばれてきたデザートへとスプーンを運びながら目の前で食後のコーヒーを飲みながら煙草を吸う泰隆をじっと見つめる。
「・・・・・何? ほら、アイス溶けるよ?」
「うん・・・・・泰隆さんは格好良いなと・・・・・」
「何を今更」
肩眉を上げ、当然の事を告げるな、と自身満々に呟く言葉に悠里は微かに笑みを浮かべる。デザートを食べているからなのか、レストランの雰囲気に慣れたのか緊張が段々と解れて来たからこそ分かる視線。どこからなのか、方々から泰隆を見ている視線を感じて悠里は微かに溜息を吐く。確かに格好良いのは自分だって認める。普段よりもお洒落なスーツ姿の彼はとても教師には見えない。車で来たからと飲んでいるのはコーヒーだけど、そのカップを持つ姿も煙草を吸う姿もとても様になる。ぐちゃぐちゃ、と無意味にデザートにスプーンを入れる悠里に泰隆は微かに眉を顰める。
「悠里?」
「・・・・・見られてる気がする、俺のなのに・・・・・」
ぶすっと唇を尖らせたまま呟きアイスを口に含む悠里に泰隆は一瞬固まるけれどすぐに笑顔を向ける。
「もちろん、悠里も俺のだろ? ほら、早くアイス食べて家に帰ろう?」
ひっそり、と囁く小さな声に悠里は顔を赤く染めたままこくこく、と頷きデザートを急いで食べ始める。可愛い恋人の微かな嫉妬と必死にデザートを食べる可愛い姿に泰隆はますます笑みを深くしないではいられなかった。
「会計済ますから、先に乗っといて。」
車のキーを手渡しながら告げる泰隆に頷き悠里は一足早く店の外へと向かった。秋というよりもすっかり冬が近づいて来る匂いがする冷たい風が火照った頬を冷たく撫でる中、車へと近づき乗り込もうとしたその時、声を聞いた気がして辺りを見回す。ホテルの駐車場とはいえ、周りは歓楽街に近い、夜だというのにネオンがあちこちで煌めいていて昼間の様に明るい。注意深く辺りを見回したけれど、何事も無いような気がして空耳だと車のドアに手をかけた悠里はもう一度聞こえた声に振り向く。目をこらし声のした方へと向けた視線の先、反対側の少し薄暗い路地の中、言い争う人影が見えて悠里は思わず走り出す。
「警察呼びますよ!」
咄嗟に大声で叫ぶ悠里の声にばたばたと駆け去る足音と崩れ落ちる人の姿を確認し近寄る悠里に顔を上げたのは女だった。顔は暗くて良く分からないけれど、とりあえず男ではないだろう証拠に胸がある。手を差し出すと「大丈夫だから」とか弱く細い声が返る。 薄暗い路地から抜けてメイン通りの明るい場所で見た女の顔に悠里は「あ」と微かな声をあげる。その声に首を傾げた女の顔は坂井と一緒にいた女にそっくりだった。
「・・・・・あの、本当にありがとう。・・・・・えっと、どうかした?」
「坂井の知り合いですよね? 俺、坂井未知の同級生です。」
ぺこり、と頭を下げ告げる悠里に女は体をびくり、と奮わせる。「未知君の」呟き震える手を重ね合わせる女に悠里は口を開こうとして名を呼ばれ振り向く。
「悠里、何して・・・・・ナンパ?」
近寄ってきた泰隆にびくり、と肩を奮わせた女は悠里へと問いかける泰隆に微かに頭を下げる。
*****
外じゃ寒いから、と事情も分からないまま泰隆は悠里と彼女を近くのファーストフード店へと誘う。俯き着いてくる彼女をそっと見た悠里は隣りからの視線に気づ
き微かに肩を疎める。
「由里希(ゆりのぞみ)と申します。 危ないところを助けていただいて・・・・・」
「・・・・・若いお嬢さんがこんな遅くにこんな所で何を?」
「学校の帰りなんです。 私夜間学校に通ってますので・・・・・」
呟きながら希はバッグの中から生徒手帳を取り出した。彼女の写真と名前、生年月日が載っているその手帳の学校は確かに目と鼻の先にある学校のもので確認した泰隆が彼女にソレを返した時、悠里は彼女が大して自分と変わらない年なのに驚いた。
「・・・・・一つ、上なだけ、ですか?」
「はい? えっと、そうですね。未知君と同い年なら、一つ上ですね。」
つい口に出した疑問に希は顔を向けると微かな笑みを浮かべ頷きながら答える。そんな悠里へと視線を向けた泰隆はひっそり、と耳元に「知り合い?」と呟いてくるから悠里は微かに息を吸い込むと口を開いた。
「坂井の知り合い。 で、学校に行っても大丈夫なんですか? 坂井から聞いてますけど、逃げた人は知り合い?」
「・・・・・そう、未知君から。 あの人は、未知君のお兄様です・・・・・」
微かに眉を顰めると呟く希の声に悠里はぎゅっと唇を噛み締める。別れた恋人同士がどう見ても押し問答をしているみたいだった、と首を傾げる悠里に希は微かに笑みを浮かべる。
「この近くを通るなって言われてるんです。学校があるから無理ですって言っても聞いてもらえなくて、・・・・・婚約者さんがうちの学
校の昼間の生徒さんだそうです。」
そう呟く希の声に悠里は微かに眉を顰める。少しでも顔を合わせる危険を避けたい、そういう事だろうと納得するけれど、扱いが酷い。 「あの、なんでそんな人と付き合ったんですか? 俺、坂井の方が良い奴だと思いますけど?」
未知を擁護するわけじゃないけれど、同じ血が通ってても、片方は彼女を切捨て片方は彼女を出来るだけ守りたいと思っている。性格に難有りだと呟いていたくせに未知を擁護する悠里に隣りに座る泰隆が驚いた様に目を向けてくるけれど言わずにはいられなかった。だって傷ついているのは、確かに目の前に座る彼女の方だから。
「出会ったのがあの人だから、好きになってしまったから。その後は全部あの時からきっと決まってた事。」
呟きにっこり、と笑みを向けてくる希に悠里は拳を握り締める。守れる力が欲しい、と呟いた未知の言葉が何となく分かった。
「悠里、また何かに巻き込まれてる?」
希を送った帰り道、信号待ちで止まった車の中、問いかける泰隆の声に悠里は曖昧な笑みを向ける。
「巻き込まれてないよ、だけど、関わりたいって思った。 何が良い方向なのかなんて俺は分かんないけど、あの人が良かったと思える方法が俺は欲しい・・・・・」
「・・・・・分かんないけど、程々に。」
「泰隆さん?」
頭ごなしに反対するかもしれないと思ってたのに以外なその言葉に思わず驚いた顔を向ける悠里へと泰隆は信号が変わったのを見て車を動かしながら告げる。
「納得するまで関われば? 止めても無駄だろ、以外に頑固だから・・・・・」
泰隆は肩を疎め、悠里へとちらり、と視線を向ける。向けられた視線ににっこり、と笑みを返す悠里に泰隆はそっと微かな溜息を零した。
まだまだ迷いながらも書いております。 ですが、とりあえず進むだけなので、よろしくお願いします。 痛い話にはしたくないのですが、どうなるかな?
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