それでも次に言う言葉が見つからなくて沈黙が四人の中を流れる中、軽快な着信音が流れ出す。
「・・・・・・滝沢?」
「ごめん! あの、メールだから・・・・・」
夏の唸り声にも似ている低い呟きに焦った様に携帯を取り出し悠里は曖昧な笑みを浮かべると折りたたみ式の携帯をぱかり、と開いた。メール画面を開いているのかピピッと微かな操作音の後、黙って携帯を見つめる悠里の横、夏は安曇と穂高へと顔を向け「すいません」と呟きながら頭を下げる。
「・・・・・嘘っ・・・・・」
「滝沢?」
「・・・・・あの、えっと・・・・・どうしよう、伊藤、これ!」
携帯を夏へと見せながら辺りを見回し、明らかに動揺している悠里の横、携帯を見ていた夏の目が少し細まる。
「あの、大人の意見聞きませんか? 参考になると思うんですが。」
携帯を悠里へと渡しながら、夏はにっこり、と微笑む。その内容に眉を顰める安曇と穂高は近づいて来る影に気づいた。
「伊藤に滝沢。 絡まれてるわけじゃないみたいだけど、どういう知り合い?」
怪訝そうに眉を顰め告げる低い声。ラフなパーカーにジャケットを羽織、綿のパンツ姿で一応気崩してはいるけれど、明らかに高校生の知り合いにしては立派な社会人に見えるその人を微かな疑問を抱いたまま思わず顔を見合わせる安曇と穂高の前で夏は変わらない笑みを向ける。
「ちょっと、関わってしまいまして。あなたの滝沢が、ですが」
淡々と告げる伊藤に彼は眉を顰めたまま夏から縮こまっている悠里へと顔を向ける。
「滝沢?」
「・・・・・話すと長くなるんですけど、あの、とりあえず・・・・・こちら永瀬泰隆さんです。うちの学校の先生です。」
「それで、滝沢のコレです」
躊躇いながら告げる悠里の横で夏が親指を立てて付け加える。唖然とした顔で顔を上げる安曇と穂高にちらり、と視線を向けた泰隆は否定も肯定もしないまま悠里の隣りへと無造作に腰を降ろすと、店員にコーヒーを頼み、やっと教え子達へと顔を向ける。
「で? 何に関わったって?」
最初のきっかけから、昨日までの事を悠里がぽつぽつと話し始めるのと比例する様に泰隆の眉はどんどん歪められていく。面白そうにソレを見ていた夏は話が終わる頃を見計らい口を開く。
「・・・・・年の功で何か良い策ありますか? 先生」
「良い策って、はっきり言えば? 結局どうしたいのか良くわかんないんだけど、止めたいならはっきり断る。これしか無いだろ?」
「断れないから、困ってるんじゃないの?」
微かに呟く悠里の疑問に泰隆は軽く息を吐くとまだ状況が巧く飲み込めないままの安曇と穂高へと顔を向けてくる。
「結局はどうしたい? 彼女と公認のままで隣りの彼とはきっぱり別れるのか? 続けたいなら、きっぱり向こうを切るか。 周りの噂が広まった、だから何? 現状維持が良いならそうすれば良い。どうしたいのか決めるのは結局他人じゃないだろ?」
それは振りだしに戻る当たり前の意見だった。言われた言葉に唖然とする安曇から泰隆は穂高へと視線を移す。
「君は? どうしたら良いのか、答えはひとつ、簡単だろ?」
言葉に釣られた様に頷く穂高に泰隆は笑みを浮かべると悠里を促し立ち上がる。
「・・・・・先生、それ答えなの?」
「だから、正しい答えなんか無いだろ? 結局自分が一番必要な選択をするのが良いと俺は思うよ。 ほら、伊藤も立って、他人がああだこうだと言っても、結局決めるのは自分だけ。なら、考えても無駄だろ?」
さらり、と言い切り夏をも促すと泰隆は伝票を手に取るとまだ座りこんだままの二人へと視線を向けた。
「誰かに話して意見を求めるのも確かに良いかもしれないけど、それは一般論であって、決して君らの理に適ってるわけじゃない。なら、どうすれば良いのか決めるのは自分だけだろ? 他人の意見に左右されて選択した事を後悔しないなんて言える? 何度も言うけど答えはひとつだろ?」
至極当然の様に言い切ると泰隆は「じゃあね。」と二人を促すから、悠里と夏は座ったまま何の反応も見せない二人を気にしながらも渋々と背を押され店を出て行った。
*****
風の様に現れ風の様に去っていった泰隆の言葉を何度も繰り返し頭の中で反芻した安曇は隣りでまだ考え込んでいる穂高へと視線を向ける。
「答えはひとつだけって言い切れるの凄くない、か?」
「・・・・・え?」
「答えはひとつ。つまり大事なものもひとつって事だろ? それ以外はどうでも良い事、そういう事だろ?」
「・・・・・そう、か。 それは凄い・・・・・」
安曇の言葉に先ほどの泰隆の言葉を穂高も改めて思い出しながら、ぼんやりと呟く。答えはひとつ、何度も言った。それは後悔しない選択はひとつだけかと思ったけれど、安曇に言われて初めて気づく。確かに他人の意見に左右されて出した選択はきっといつか後悔する。それだけじゃない。大事なものを切り捨てる意見を出されたのならばきっと後悔するだろう事は言われる前から目に見えてる。自分が決める事。たったひとつ、大事なものを決めること。そこまで考え、穂高は触れてくる温もりに思わず隣りへと顔を向ける。 「安曇?」
「・・・・・離したくないんだ、それに現状維持は俺がもたない。 なら、本当に答えはひとつなんだろうな。」
「うん」
ただ頷き、穂高は繋がれた手にそっと力をこめた。自分達の望むモノが手に入る事以外の全てを捨ててしまう勇気はまだ無いけれど、それでも繋いだ手を離したくはなかった。
「もっとまともな意見とか無かったのかよ、一応大人なのに・・・・・」
「・・・・・煩いよ、伊藤。 あれが第三者の意見だよ。きっちり線を引いただろ?」
「どこが?」
納得いかないのか背後からぶつぶつ言われる夏の文句にもとれる愚痴を泰隆は軽く交わし、隣りを歩く悠里へと目を向ける。
「お前も不満?」
「・・・・・えっと、分かんない・・・・・どうすれば良いのか未だに分かんないし・・・・・」
顔を覗き込み問いかける声に悠里はびくり、と肩を揺らすと足を止める。そうしてゆっくりと躊躇いながらも答える。そんな悠里に泰隆は笑みを向けると頭をぐりぐりと撫でる。
「・・・・・ちょっ、何して!」
逃れるように下がってくる悠里にすぐ後ろを歩いてた夏が横へと素早くどける。驚いた顔で泰隆を見てくる二人に彼は笑みを深くする。
「分かんなくて良いんだよ。 他人の恋路に無駄に足を踏み込むとこっちが流されるんだから。 それにあの二人、答えはちゃんと持ってたんじゃないのか? ただ誰かに聞いて欲しかっただけで、答えなんて望んでなかったのかも、な。」
大人の仲間入りをすでに果たしているだろう先ほどの二人を思い出し、泰隆は笑いながら答える。何を手にして何を失うのかそれは当人にしか決められない事だ。失って気づいてからでは遅い場合も有る。
「大丈夫。多分、間違えないよ。」
確信を持って断言する泰隆に悠里と夏はただ眉を顰める。だから泰隆もそれには触れずに微かに溜息を吐くとまだ互いに顔を見合わせ不思議そうに首を傾げる二人へと視線を向ける。
「それにしても、悠里。 お前、本当に何かに巻き込まれるの好きだね。」
「・・・・・それは・・・・・」
「滝沢言われてやんの! もう、お前、トラブルを引き寄せる体質だといい加減自覚しとけよ。」
「・・・・・ひどーっ!」
泰隆の溜息吐きながらの呆れた呟きに便乗した夏のからかいに悠里はむっと眉を顰め呟く。でもそれ以上は言わない事からも、本人だって当たらずとも遠からずな事ぐらいは思っているのだろう。面白そうにからかう夏に膨れた悠里のじゃれあいに泰隆は肩を竦めると歩き出す。
「・・・・・待ってよ! 先生、フォローなし?」
「実際当たってるんだし、どこをフォローしろと?」
歩き出した泰隆に追いつき、縋る眼差しで呟く悠里に泰隆は笑みを浮かべるとさらり、と告げる。その言葉に悠里は唇を尖らせぶすり、と膨れて何も言わない。背後から笑い声が聞こえてくるけれど、それには答えずに泰隆は時計へと目を向けるとだらだらと歩いている二人を急かす。
「もうお昼に近いから、奢ってあげよう。 他の奴らにはオフレコで。」
「おおっ、先生太っ腹!」
「・・・・・ありがとう、先生」
悠里と夏のお礼に頷きながら「高いのは無理だから」と泰隆は付け加えるのも忘れなかった。
*****
長い様で短い修学旅行最終日。大して観光はしていないはずなのに、行きよりかなり多い荷物をどうにか鞄の中に押入れ、それでも入らない荷物を手に持ちロビーへと降りた悠里の目に泰隆の言葉を最後に別れたはずの安曇と穂高を見つけた。
「良かった、帰りは今日だったんだね。 間に合って良かった。」
「朝一で正解だな?・・・・・結構荷物多いけど、これも持てる?」
悠里に気づいて近づいてくる二人が笑みを向けてくるから釣られて笑みを浮かべる悠里に安曇が手提げ袋を押し付けてくる。
「・・・・・あの、これ、は?」
「世話になったお礼。 大したもんじゃないから、受け取って!」
「俺は何も! こんな、貰えないです。」
首を振り拒む悠里に安曇はそれでも強引に手提げ袋を押し付ける。
「いいから、貰っといて。 折角の旅行だったのに、親身になって話聞いてくれたのには感謝してるんだから、そのお礼!」
「・・・・・でも・・・・・」
何も役には立てなかった、と呟く悠里に安曇と穂高は顔を見合わせると二人同時に笑みを浮かべる。
「二人だけなら、あのままだったと思う。誰かに聞いてもらえて何かすっきりしたし、何が大事なのかももう一度考え直せた。 どうでも良い話を真剣に考えてくれたそのお礼だから、受け取ってくれないと俺らが困る。」
「・・・・・わざわざありがとうございました。」
「いいえ、こちらこそ! 次、来る時があったら、地元のお勧め紹介するから、ね。」
頭を下げる悠里に苦笑を浮かべた穂高が顔を覗き込み笑みを浮かべたまま告げる。不思議そうに首を傾げる悠里に安曇が種明かしをする様に手提げ袋の中に入っている封筒を少しだけ上にと持ち上げながら口を開く。
「これに、連絡先書いてるし、遊びに来たら俺らを呼べよ! お友達と恋人にもよろしく!」
最後の言葉はひっそり、と声を潜め告げると、じゃあな、と二人は人で溢れてきたロビーから足早に去って行く。その後姿を見送り悠里は微かに笑みを浮かべるとすぐに友人を探す為に辺りを見回す。 鞄の中にも外にも溢れた荷物を持ち悠里は見つけた友人の元へと歩き出した。
夏編と変わらないのに何度も息詰まったおかげで長かった「修学旅行編」がやっと終わりました。 物語はラストへ突っ走ります。横道に逸れる事なく悠里視点でラストまでいきたいと思いますのでよろしくお願いします。
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