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具体的にどんな事をすれば良いのかもまだ分からないけれど、ちらちらと様子を窺いながら悠里は困った様な笑みを向けたままの夏へと顔を向ける。
「どうすれば良いのかとか案はあるのか?」
行き当たりばったり、な事をお見通しなのか、少しだけ心配そうなその声に悠里はただ首を振る。
「でも、ちょっと・・・・・話してみないと・・・・・」
何が正しいのか、他人に言える自分じゃない事を悠里は知っている。だけど、そんな悠里でも、さすがに二股はまずいと思う。彼女がいるのに、他にも手を出すのが趣味なのだと言われたらそれまでだけど、二股されているのが自分だったらさすがに良い気分はしないと思う。
食べ終わったのを確認して立ち上がりかけた悠里はお仲間らしき人達が彼らに近づくのに気づいた。
「・・・・・だめだ、無理かも・・・・・」
「お仲間と合流したら無理だろうな。 どうする、諦める?」
「・・・・・でも・・・・・」
まだ迷っているのか、眉を顰めたまま苦笑する悠里に夏は溜息を吐くと立ち上がる。
「・・・・・伊藤?」
「ここにいても仕方ないだろ? チャンスがあるなら、外に出た時だと俺は思うけど?」
だから 出よう、と促す夏に悠里も立ち上がる。お仲間が近づいて来たおかげで盛り上がるテーブルへともう一度目を向けた悠里は先に出口へと歩き出した夏を追いかけ歩き出した。

レストランが見える近い場所にあったほんの少し休める場所に腰を降ろした悠里と夏はジュースを片手に入り口へとちらちらと視線を向ける。出てくる気配すらないのに半分諦めかけ、手にずっと持っていたおかげで温くなってきたジュースに口をつけた時夏が慌てた様に悠里の肩を叩く。顔を上げた悠里へと目線でレストランの出口を指す夏に視線を向けた先には一人きり、出口から出てくる彼がいた。
「・・・・・俺、行く!」
「待てよ、俺も行くからっ・・・・・」
ジュース片手に立ち上がり歩き出す悠里に夏も慌てて立ち上がりながら声をかけてくる。時間を気にしているのか、腕に嵌っている時計を見ながら早足で歩く彼の背を追いかけながら、悠里は改めて彼を見る。
背が高い、すらり、としているのではなく多分そこそこがっしり、とした肉付きの良い体なのが背後からそれも服越しなのに遠目でも分かる。モテル男というのはやはり顔だけではないのだとどうでも良い事を頭の隅に思い浮かべながらも悠里は手を伸ばせば届く位置にまでやっと追いつく。
「すいません!」
もしかしたら、の名前は口に出せずに無難に掛けた声と同時に伸ばした悠里の手は彼の服の端を掴む。
掴んだからなのか、少し体勢を崩した男は足を止め、背後にいる悠里と遅れて近づく夏へと気づく。瞳が不審者を見るかの様に細められ、少しだけ釣りあがった目元はそれだけの仕草で一気に鋭さを増した。
「・・・・・何、っていうか、あんた・・・・・誰?」
不機嫌な顔で見知らぬ他人を見る彼の瞳から目を逸らさない様真っ直ぐに見つめたまま悠里は大きく息を吸う。
「はじめまして、通りすがりの修学旅行生です!」
名前も名乗らず、おもいっきり不審人物な返答に夏が頭をそっと抑えるがそれでも悠里は視線を逸らさないまま彼を見つめる。
「俺、あなたに言いたい事があって、いきなりですが、二股は止めるべきです!!」
真剣な顔で告げる悠里の言葉に彼は目を見開く。じっとそれでも視線を逸らさずに見つめてくる悠里の顔を思わず見つめなおした彼は瞬きを繰り返しそうしてそっと口元を緩めた。
「通りすがりの人がいきなり、何?」
「・・・・・俺、あなたの事見たのはこれで二回目です。だから、言うんです。・・・・・公認の彼女が可哀想です!」
掴んだ服の端を握ったまま離さない手を見つめ、溜息を吐いた彼の呟きをも跳ね返すように答える悠里の声に目を向けてきた彼は長い事悠里を見つめた。

長い沈黙、大勢の他人が行き交う通路で立ち尽くしたままの三人をちらちらと見つめる他人の目。その視線が気にならないのか、じっと彼を見つめる視線を逸らさない悠里とその横に立ち尽くしたままの夏。沈黙が破られたのは突然鳴りだした携帯の着信音だった。
「・・・・・っ!」
舌打ちして慌ててズボンから取り出した携帯を眺めた彼は悠里と夏の顔へと視線を流し、鳴り止まない携帯を耳元へと押し当てる。
「はい、ああ・・・・・ごめん、ちょっとまずいと・・・・・良いよ、そこにいて。 今から行く!」
淡々とした会話を強引に終わらせた彼は未だに服の端を掴んだ手を離さない悠里へと顔を向ける。
「用事があるんだけど、あいつも無関係じゃないから、一緒に来れば・・・・・それに俺は・・・・・」
言いかけた言葉を遮るように頭を振った男はそのまま、有無を言わせず歩き出した。


*****


「安曇! 遅いよ、って・・・・・だ、れ?」
彼の待ち合わせの人物なのか、手を上げ声を掛けてくる男は後ろから着いてくる悠里と夏へと視線を向け、首を傾げる。
「出歯亀の修学旅行生さん達。」
淡々と告げる彼の答えに疑問が更に湧いたのか眉を顰める男をじっと見つめた悠里は「あっ」と微かな声を漏らす。その声に男が悠里へと視線を真っ直ぐに向けてくる。少しの間の後、声こそ出さないけれど、驚いた顔で見る男へと悠里は無言で頭を下げる。
「・・・・・知り合い?」
男もすぐに頭を下げてくるのを見て、ぼそり、と呟く彼と夏だけが、取り残されていた。

「ホテルで会った人?」
「うん、初日の日だから、一昨日・・・・・ですよね?」
「そうだね。 そっか、あそこが宿泊先か・・・・・結構金持ちの学校?」
「・・・・・普通、だと思いますけど?」
夏へと答えを教えた後、呑気に会話を始めだした二人へとこちらは何もかもが分からないのか男の袖を彼は軽く引く。
「・・・・・ああ、その前に自己紹介をしときます。 俺は志波穂高(しばほだか)です。」
「谷内安曇(やちあずみ)」
軽く頭を下げて名乗る安曇と穂高にこちらも頭を下げた夏と悠里も簡単に名乗る。
往来では目立つからと場所を移動した彼らは近くの喫茶店の中、互いに頭を下げあった。
名乗りを上げてから、頼んだ品物が届くまでひたすら無言の四人の沈黙を破ったのは一番の当事者であるだろう安曇だった。
「で、俺に言いたい事って、あれだけ?」
そんな問いかけに横に座っていた穂高が不思議そうな顔で安曇と悠里達を見つめる。
「・・・・・あれだけ、です。 あの・・・・・」
隣りに座っている穂高を気にしているのか、戸惑う悠里に気づいたのか、安曇はその顔に笑みを浮かべる。
「こいつも当事者だから・・・・・昨日の俺の相手。」
「安曇?」
「「え?」」
ほとんど同時に答える悠里と夏の疑問形の返事と被る様な穂高の問いかけに安曇は無言で笑みを深くした。

「・・・・・昨日、って?」
「だから、トイレでのあれ。 見られてたんだよ・・・・・まぁ、お前は気づかなかったけど・・・・・」
「見られたって・・・・・そんな事一言も・・・・・」
「聞かれなかったから、気づいてないんだと思ってたし、こんな事になるとは思ってなかったし、ね。」
顔を真っ赤に染め小さな声で呟く穂高に安曇は薄い笑みを口元に浮かべたまま淡々と答える。動揺しているのか声が大きくなる穂高に比べて安曇の声のトーンは変わらずだから悠里は夏と顔を見合わせるとおかしな二人にただ首を傾げる。動揺するなら、二股かけてる安曇の方であるべきだなんて、悠里の勝手な思い違いなのか不安になるけれど、夏も同じ事を思っているのを何となく合わせた目で感じる。


*****


「ごめん、つい・・・・・」
そのまま俯く穂高の横、顔色ひとつ変えない安曇はまだ顔に笑みを浮かべたまま悠里達へと目を向ける。
「二股って、こいつと別の相手って事だよね?」
「・・・・・そう、です。 彼女がいるのに、その人も恋人なんですか?」
「それとも唯のセフレとか?」
悠里の横から夏が声を重ねてくるけれど、それでも安曇は口元の笑みを崩す事の無いままで、隣りで聞いている穂高は肩を奮わせたけれど、俯いた顔を上げようとはしなかった。
「確かにあれが公認と言えるなら公認の彼女がいるよ。 あそこにいたって事は俺と一緒にいた女も見てるんだよね?」
安曇は少し目を細めると呟き、悠里達へと問いかけると同時に顔を向けてくるから、二人は同時にこくり、と頷く。
「いつのまにか公認になってたあの女の名は道井由香(みちいゆか)。大学の知り合い、学部は別だけど付き纏われていつのまにか彼女になってた存在。」
さらり、と告げるけれどその顔は思い出すのも嫌なのか少し苦い顔をしていて、悠里は思わず瞬きを繰り返す。
「あの・・・・・彼女、じゃ?」
「俺個人の意見だと違う、だけど・・・・・学校じゃいつのまにか公認だな。」
「それって、ストーカーとか勘違い女ですか?」
「・・・・・勘違い女だと否定したいのは山々だけど・・・・・言っただろ、公認だって。」
分からないのかますます首を傾げる二人に安曇は苦笑をその顔に浮かべる。やっと顔を上げた穂高の方へと一度視線を向けてから、安曇はもう一度悠里達へと顔を向ける。
「付き合ってると公言した勘違い女の言葉を真に受けて学校全体にソレが広まってるんだよ。 周りの友人には否定しているけど、今更学校全体を否定する気にはなれない、それが理由。 ちなみにこれが俺の本命!」
横へと指を向け、最後に笑みを浮かべて告げる安曇に悠里と夏は顔を見合わせる。思いこみの激しい女の話は一応聞いた事があるけれど、まさか現実にいるとは思わず何て言葉をかけたら良いのか分からずにただあんぐり、と口を開く。
「・・・・・巻き込まれついでにだから、協力してくれない?」
だからにっこり、と笑みを浮かべたまま告げる安曇の言葉も巧く理解できずに悠里と夏はただお互いへと目を向けた。
「安曇! 何、言って・・・・・彼らは部外者だろ?」
やっと口を出す気になったのか穂高の声に安曇は眉を顰めると顔を隣りへと向ける。
「俺達で何とかできないから、協力者を募るんだろ? 穂高があの女に言いたい放題させてたのも、こじれた原因だって分かってる?」
「・・・・・でも、それは・・・・・」
「俺は穂高には聞いてない。 ねぇ、協力してくれるなら、どうしてこんな事になったのか内容を詳しく話すけど、どうする?」
甘い誘惑の様な囁きに聞こえるその声に悠里と夏は釣られるようにこくり、と頷いた。平和で波風立つ事なく終わるはずだった修学旅行のはずが、波乱を含んだ印象深い旅行に変わるまさにその瞬間だった。


これから波乱ですか、というか引きづりすぎな修学旅行編ですいません;

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