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「お早いお帰りだったんだな?」
部屋のドアをあけてすぐ掛けられた声に悠里は顔を上げると苦笑をその顔に浮かべたまま両手を合わせる。呆れた顔で悠里を見る夏は申し訳ない顔で笑みを浮かべる悠里にただ溜息を零した。
「・・・・・あいつらにはとりあえず適当な理由はつけたけど・・・・・覚悟はしとけよ、絶対突っ込みが入るぞ。かなり気にしてたからな。」
そう脅す夏の声にドキドキしながら望んだ夕食の席では普段と全く変わらずの哲也と馨で悠里は溜息を零すのと同時に友人に隠し事をしている後ろめたさでぐるぐると悩みながら食べる。そんな風に思っていたからなのか当然夕食の味はあまりしなかった。部屋に戻ってすぐにベッドへと倒れこみ、かなりの動揺を押し隠しての夕食でいかに気を張っていたのかに気づいた悠里は枕へと大きな溜息を零した。
「・・・・・滝沢、気にしすぎ・・・・・」
「伊藤が言うから、俺、いつ聞かれるかって・・・・・」
「堂々としてろよ。別に悪い事したんじゃないだろ?・・・・・それとも、人に言えない事も入ってた?」
「・・・・・伊藤!!」
ベッドに横になりぐったりしている悠里にからかいの声を掛けてくる夏は面白そうな笑みを浮かべたままで、反論しようと起き上がった悠里は口で目の前の友人には勝てないのを認めると口を開き掛けてはいたけれど、結局閉じると何も言わず黙り込んだ。

「さて。今日は途中でいなくなるなよ?」
開口一番の哲也の声に悠里はただ苦笑を零す。馨と夏が横で肩を疎め互いの顔を見合わせてはいるけれど、悠里に何か言おうと意気込んでいたのは哲也だけだったのか、すぐに話は今日行く場所へと切り替わる。
「どうする?・・・・・観光人らしくロープウェイにでも乗りに行くか?」
「・・・・・うーん、とりあえず、お土産買いたいし、駅の近くをふらつくだけでいいんじゃないのかな?」
「そうだな、あんまり遠出も大変だしな・・・・・」
面倒だと、互いの顔を見合わせながら、話を決めた夏と馨が先に歩き出し、後ろを歩く悠里は苦笑を哲也は眠たそうに欠伸をひとつ零した。
観光人とはとても思えない発想に悠里はそっと溜息を吐き出すけれど、特に異論は無いので、そのまま後ろを歩く。
「そういやさ、札幌も碁盤の目みたくなってるって、聞いた事あるな。」
ぼそり、と呟く哲也の声に悠里は隣りを歩く彼を黙って見上げる。
「哲にしては良く知ってるじゃん! ただ微妙にずれてるとか言われてるけどね。屯田兵だっけ、開拓したの?」
哲也の声に前を歩いていた馨が振り向き答える。茶々を入れるように顔だけ向けて笑みを浮かべる馨に哲也は面白くなさそうに唇を尖らせる。そんな哲也を横目に悠里が苦笑と共に馨へと顔を向け、馨へと答える。
「そうだった気がする。何か、もっと歴史とか勉強しとくんだったよね?」
「・・・・・まぁ、良いんじゃないの? 目的はほとんど『買い物』派が多かったし・・・・・」
修学旅行といえども、北海道。しかも、観光地といっても買い物する場所がほとんどだという、この札幌を選んだ悠里達のクラスは85%が買い物を一番の目的にしていたアンケート結果を思い出し苦笑を浮かべる悠里に哲也も馨もそのアンケートを思い出したのかただ苦笑を浮かべる。
「歴史について調べる気があるなら、資料館でもいくか?」
振り向き問いかける夏に三人はぶるぶると無言で首を振る。
自分の街の歴史でさえ詳しく知らないのに、知らない街の歴史なんて本当はどうでも良かったから、ただそれだけだった。


*****


ひやかしの様に見て周りながらも、四人の手には確実に荷物が増えていき、わざわざここに来てまで買うものじゃないだろ?てなモノまで購入したのもあり、お昼を少し回ってから、目についたレストランへと入る。
「・・・・・うわぁー何、それ・・・・・」
「うん? 一応パンフレットも貰ってきた。観光地も探そうかな?と、ね。」
「・・・・・やっぱり、北海道の本場は冬だよな。」
雪祭りの写真を見ながら呟く哲也に三人は無言で頷く。秋の北海道は山に行けば楽しさはあるだろうけど、町中はやっぱり何もない。大通公園は観光というには物足りなくて、札幌よりも小樽とか函館案をもう少し押すべきだったと今更の様に後悔したくなる。
「そういや、隣りのクラスは小樽行くって言ってたな。」
「小樽か。ガラス工芸とかあるんだっけ?」
「そうそう。・・・・・他に何あるんだか知らないけどさ。」
観光ガイドを手持ち無沙汰に捲りながら呟く夏に馨が頷きながら答える。そうして話しているうちに頼んだ料理が届き、歩き疲れてお腹が空いていた四人は無言で届いた料理へと箸をつけた。
お昼時、しかも平日なのに、若者が多い場所だと食べながらのんびり周りを見回した悠里はあるテーブルへと向けた視線をそのまま止める。どこにでもいるカップル、見覚えある横顔に少しだけ眉を顰めた悠里の頭の中にパズルのピースが嵌る様に衝撃的なシーンが蘇る、だから食べていたものを口からぽろぽろ、と落とした事にも気づかなかった。

「滝沢! 零れてる、零れてるって!」
丁度向かいに座っていた夏がおしぼりを手に取り、零れたモノへと手を伸ばしてくれ、悠里は「ごめん」とただ呟く。それでも、気になる場所へとちらり、と視線を向けるけれど、他人に関心が無いのか、振り向く事すらしない横顔から無理矢理視線を逸らした悠里は睨むように自分を見ている夏にごまかす様な苦笑を返した。
「滝沢〜っ! 何、考えてる?」
「・・・・・いやだな、ちょっと、ぼーっとしてただけだよ、本当にごめん!」
箸を置き両手を合わせ頭を下げる悠里に疑いは消えないのか、それでも睨み付けてくる夏に悠里はそっと溜息を零した。
「・・・・・昨日なんだけどさ・・・・・」
小さな声は周りの喧騒で油断していると聞こえなくなる。隣りに座っているのに、馨と哲也は別の話題で盛り上がり、夏と悠里のピリピリした雰囲気にも気づかない。
「・・・・・あそこにいるのが?」
「はっきり、とは断言できないけど・・・・・昨日トイレで会った人だと思う。」
あまり会話の無いその問題のカップルのテーブルへともう一度視線を戻した悠里はそれまで全く関心の無かった女にも見覚えがあるのに気づいた。修学旅行に来た、知らない街で出会う人はもちろん通りすがりの人ばかりなのに、その偶然に背筋がぞくぞくしてきた。
「滝沢?」
窺う様に問題のテーブルへと視線を向けていた悠里の顔色がどんどん青褪めていくから夏は思わず呼びかける。
「・・・・・偶然って、どこまでが偶然?」
「は?」
そろそろと顔を向け、ぼそり、と呟く悠里に夏は眉を顰めると首を傾げた。


*****


「腹ごしらえも済んだし、次はどこ行く?」
「・・・・・何、行きたい所あんのか?」
「哲ともう一度、ここに行こうかと思っててさ。」
呑気に館内パンフレットを見ながら話しかけてくる馨に夏は悠里へとちらり、と視線を向けてから笑みを馨へと向ける。
「俺らも行きたい場所があるから、待ち合わせ決めて自由行動にしないか?」
「それは、良いね。・・・・・じゃあ、二時間後にここに水の広場とかどう?」
「了解!」
親指を立て頷く夏に馨は哲也を急かすと手を振りレストランを出て行く。
「・・・・・伊藤?」
「気になるなら、とりあえず解決しないと、だろ?」
戸惑う視線を向けてくる悠里に夏は綺麗な笑みを向けると手を伸ばしてくる。
「で、顔色悪いのは何で? 俺には聞く権利は無い?」
好奇心が勝ったのか、浮かべる笑みからも興味津々だと訴える夏に悠里はいつのまにか張り詰めていた息を吐き出すとただ苦笑を返した。そうして、旅行初日から妙に縁のある出来事を覚えている限りの範疇で細かく語りだした。

「偶然は何度まで、か。」
納得した、と頷きながら呟く夏はすっかり温くなった水へと手を伸ばす。
カップルのテーブルへと視線を向けると頼んだ食事が届いたのか、やっぱり無言で食事をしている奇妙な二人がいる。
昨日、トイレで会った彼の目の前に座るのはこれが三回目のニアミスになる彼女、だとするなら、彼が名前だけは頻繁に出てきた「あずみ」という人だろう。
「彼女」とはもちろん、二回とも公認カップルみたいな話し方だったから、まさしく恋人同士で間違いない。それなのに、トイレで見かけた彼が一緒にいたのは彼だったはずだ。他人の事だから、ただの旅行先で出会った人だから、と割り切れるなら悠里はここまで気にしない。
「それにしても、滝沢が巻き込まれ体質なのか・・・・・それとも面倒なのを背負って立つのが好き、なのかな?」
ぼそり、と呟く夏の声に悠里は返す言葉もなく無言で通す。面倒事が別に好きなはずじゃないはずだと思う、だけど気になるのだからしょうがない。
順風満帆な生活をしているはずなのに、可愛い彼女、誰もが認めるそんな相手がいるのに、他人に手を出す人なんて関わらないのが正しいのは分かっている。ただの旅先で出会った人がどんな生活をしていようと気にしないのが、関わらないのが本当のはずなのに、恋人である泰隆にまた困った笑みを向けられるのを承知で悠里はこくり、と唾を飲み込んだ。
「だって、気になるんだよ。 俺は見て見ないフリは絶対にしたくない、から。」
困った様に告げる悠里に夏は肩を竦めるとただ苦笑を返した。


すいません、遅くなりました;
何か、本当に先行き不安な修学旅行編です。

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