気にするな、なんて気休めは全然当てにはならなかった。 大通公園のなんとか、という彫刻家が作った滑り台を携帯のカメラに収めた時、メールが鳴り響く。
「今のって、滝沢?」
「ああ、ごめん・・・・・メールみたい・・・・・」
三人の視線から逃れるように背を向けた悠里は夏の問いかけに頷きながらもメールを開く。小さな点で黒い塊の場所に固まっている自分達が収められている画像と共にメールには一言だけ。
------会いたい Y
どきり、と鼓動が跳ねる。思わず見上げた上に見えるものはテレビ塔の展望台だけで、そこから映したのだろう画像をもう一度眺めた悠里は笑みが零れそうな口元を必死に堪える。
「滝沢?」
「ごめん、俺、ちょっと用事がある・・・・・行っていい?」
名前を呼ばれたから夏へと振り向き問いかける悠里の訴えに馨と哲也も驚いたまま悠里を見つめる。
「メール、見せて」
悠里へと近づくと耳元へとそっと問いかけてくる夏に悠里は携帯をそのまま掲げる。シンプルな文字、たった一言とどこから撮ったのか、豆粒の様な自分達を眺めた夏は苦笑を浮かべるとそのまま悠里へと顔を向ける。
「良いよ、行ってくれば。・・・・・なんか、熱いね、君達。」
ぱたぱたとわざとらしく手に持っていたガイドブックで内輪の様に顔を仰ぎながら告げる夏に悠里は顔を微かに赤く染めるとそのままメールを返信すると走り出した。
「ちょっ、滝沢!・・・・・夏、良いのか?」
「良いんじゃない? 自由行動だし、誰といても構わないだろ?」
慌ててその背に声をかけようとしながらも、呑気に手を振る夏へと顔を向ける馨に笑みを浮かべ答えると小さくなる背中をただ見送る。立派な保護者になりうる人と一緒なのだから、問題にはならないだろうと微かに夏は思うが、目の前の友人達に何て言い訳するべきなのか、それが残された夏の問題だった。
テレビ塔の入り口に見慣れた人が立っていて、悠里は手を振ると近づいて行く。 「良く、分かったね、あれが俺らだって・・・・・」
近づいて開口一番の悠里の声に泰隆はただ笑みを浮かべるとそのまま彼の肩を引き寄せる。
「何処にいても分かるよ。・・・・・それより、良いのか?」
「うん、きっと伊藤が何とかしてくれるから。・・・・・持つべきものは理解溢れる友人だろ?」
「・・・・・そう、だね。じゃあ、見つからないうちに移動しますか。」
「うん。」
肩を引き寄せた手を離すと歩き出す泰隆の横、悠里は内心置いてきた友人達に謝りながらも歩き出した。まるでデートみたいな気分を味わいどこかドキドキと逸る胸をそっと抑えた悠里は今度は躊躇う事なく笑みを浮かべた。
*****
「持つべきものはやっぱり金持ちの恋人?」
「・・・・・失礼だな、こういう所の方が目立たないだろ、それとも別のレストランとかが良かった?」
テーブル越し問いかける泰隆にふるふると頭を振り、悠里はただ笑みを返すと窓の方へと視線を向ける。パノラマサイズの窓から見る景色は壮観で、地上からのかなりの高さを立ち並ぶビルの頭が見える事で何となく感じる。
「それで・・・・・高くないの?」
「・・・・・そう、でもないよ。それに、可愛い恋人に大人で金持ちな俺としては見栄を張りたいだろ?」
笑顔でさらり、と普段は滅多に言わない事を告げる泰隆に悠里は真っ直ぐ顔が見れずその言葉にどんどんと赤くなっていると分かる頬を押さえ俯いた。 そんな悠里の耳に泰隆の笑い声が聞こえてはきたけれど、暫く顔を上げる事すら出来ず、メニューが運ばれてくる迄会話らしい会話は全く無かった。 頼んだ食事が消えた皿を眺めながら、かなり欲張って食べたおかげでかなり膨れたお腹を擦った悠里は食後に頼んだコーヒーを優雅に飲む泰隆へと顔を向ける。
「何?」
視線に気づいたのか、首を傾げながら問いかける泰隆に悠里はふるふるとただ頭を振る。
「ごちそうさまでした。お腹いっぱいです。」
「そう?・・・・・眠くなったりしてるとか?」
「んーと・・・・・ちょっと、だけ?」
「おいおい、頼むから移動の最中に寝るなよ。俺は良いけど、突っ込み入る分大変だろ?」
泰隆の苦笑を浮かべての呟きに想像するだけで背筋に悪寒が走る出来事になりそうな展開が見えてきて、悠里は慌てて背筋を伸ばした。
「怖い事言わないでよ・・・・・・寝ないように気をつけるから、寝たら起こして下さい。」
真剣な顔で頭を下げてくる悠里に泰隆は堪えきれないのか、目の前で笑いだす。真剣に告げているのに、それを笑いのネタにされて悠里は思わず唇を突き出すけれど、それでも旅行という解放感があるからなのか、学校で見るよりも素に近い泰隆にこみあげてくる笑いを隠せず唇を噛み締めた。こんな事で感動しているなんて、目の前の男に知られたら、絶対に後が怖いと身を持って悠里は知っていたから。
「泰隆さん、俺、トイレ!」
「じゃあ、会計済ませたら外で待ってるから、早く来いよ。」
頷いた悠里の頭を軽く叩きそのままレジへと向かう泰隆とは別のお手洗いの看板の出ている場所へと足を向け悠里は歩き出した。 「・・・・・んんっ、んっ・・・・・んっ・・・・・」
ドアを開けた瞬間聞こえてきた声に悠里は思わず足を止める。『君子危うきに近寄らず』なんてことわざが頭の中を駆け巡るけれど、声のするほうが気にもなるしもちろん本来の目的でもあるトイレにも行きたい。 躊躇った足を一歩、また一歩と前に踏み出しながら、悠里は予感が当たらない事を祈り、ずっと俯いていた顔を上げる。 目の前に広がる光景に悠里は眩暈を感じる。 洗面台の台の上に腰を降ろした男の股の間に座っているのも男で埋めた顔の先に何があるのか、そんな事の分からない悠里でも無かった。 どうも他人の行為に遭遇する率が最近増えている自分に内心溜息を漏らしながらも、まだ気づかれてない内に出るのが得策だと分かり、ゆっくりと後退りだした悠里は何気なく顔を上げた、男とばっちり目が合う。 だらだらと嫌な汗が背中を伝い、それでも後退る悠里に見られているにも関わらず男は微かに唇を歪め笑みを浮かべる。 背筋に悪寒が走り、背にドアの感触を感じた悠里は逃げる様に押し開いたドアから走って行く。 ばたばたと走る悠里に店にいた人間の視線が刺さるけれど、そんな事構う事なく悠里は入り口を目指し駆けて行く。 外のひんやりとした空気に触れた瞬間、肩の荷を降ろした様に溜息を吐き出した悠里は気を抜けばその場に座りこみそうになりながらも少しでも店から離れようと歩き出す。
「悠里! どこ行くんだ?」
背後からの声に振り向いた悠里は本当に腰が抜けそうな自分を堪えながらも、目の前の人にしがみつくように抱きつくと、その胸元へ顔をぐりぐり、と擦りつけた。
「・・・・・悠里?」
入り口から血相変えて出てきた悠里に入り口のすぐ前で待っていた泰隆はすぐに声を掛けたのだけど、無言でしがみつかれ、頭を押し付けてくるその態度にただ首を傾げ、その背を軽く叩くくらいしか出来なかった。
*****
「・・・・・もう、平気か?」
いつまでも入り口の前は迷惑になるからと、引きづる様に連れてきたベンチに悠里を座らせ、自販機で買った冷たい飲み物を渡しながら問いかける泰隆に悠里はただ無言でこくり、と頷いた。 受け取った冷たい飲み物でじんわり、と手が冷えていくからプルタブを開け悠里はごくごく、と勢い良く飲みだす。ゆっくり、と浸透していく飲み物が手だけではなく内側から体を冷やしていき、やっと人心地ついた悠里は心配そうに眉を顰め自分を覗き込む泰隆にやっと笑みを返す。
「ごめんなさい、もう平気。・・・・・ちょっと、凄いもの見ちゃって・・・・・泰隆さん、俺、トイレ行ってきて良い?」
「・・・・・行ったんじゃなかったのか?」
「訳有りで、ちょっと行ってくる、すぐ戻ってくるから!」
立ち上がった悠里は飲み干した缶をゴミ箱へと捨てながら、周りを見渡し、トイレの表示を見つけるとそのまま走り出す。その背を見送った泰隆は自分の飲み物をこくり、と飲みながら、ただ首を傾げた。
「・・・・・それは、災難と言うべき?」
「言っていいから! 何か、こっちが申し訳なくて・・・・・」
誰が来るか分からない、公共の施設でする方もする方だけど、とぶつぶつ文句を言いながらも、話す悠里は見た当初のショックはどこへ行ったのか、今は怒りが湧き出ているのか、そのまま興奮した顔で告げてくる。事と次第を聞いて納得した泰隆は苦笑を隠せないまま取りあえず何も言わないままただ頷く。公共の、といえば、自分達も誰が来るか分からないやばい場所で何度もそれよりまずい事をしてきたのだが、悠里の中ではそれらは完全に忘れ去られているらしい。 世間は広いから色んな人がいて当然だ、と口では言いながらも泰隆はこの短い旅行でも目の前の恋人はまた何かに巻き込まれそうな気がする、と微かなため息を漏らした。 その予感は的中するのだけど、それは悠里だけではなく周りにいる全員が巻き込まれる事なのだとはさすがにその時は気づいてもいなかった。
巻き込まれ体質の悠里君の今後をよろしく〜♪
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