「・・・・・んっ、今、何時?」
ごそごそと、布団の中から顔を出しのんびりと問いかけてくる擦れた声にベッドから離れたテーブルで煙草を吸っていた泰隆は灰皿に煙草を押し付けると近づいて来る。
「もうすぐ、22時になる、かな?・・・・・部屋に戻るか?」
「・・・・・戻る、伊藤・・・・・一人、だし・・・・・」
目元をごしごしと擦りながら起き上がると悠里はこくり、と頷き答える。
「眠そうだけど、明日は大丈夫なのか?」
「・・・・・平気、だよ。これから、部屋帰って寝るだけだし・・・・・」
ベッドの端に散らばった自分の服を掻き集め、もそもそと着替えながらのんびり答える悠里に泰隆は笑みを返すと手を伸ばし頭を撫でる。
「・・・・・何?」
「いや・・・・・ほら、ちょっと乱れてるから・・・・・」
不思議そうに首を傾げる悠里に泰隆は頭を撫でていた手をそのまま背へと回しぎゅっと抱きしめる。
「・・・・・・泰隆、さん?」
「何か、可愛いすぎ、離したくないよ。・・・・・早く家に帰りたい・・・・・」
抱きしめた腕の中慌てた悠里の声に更に腕を強めたまま泰隆は耳元へとそっと呟く。その言葉にみるみる赤くなる悠里の頬へと笑みを浮かべたまま唇を触れさせるとそのまま悠里をベッドから降ろし立たせる。
「・・・・・好き・・・・・」
腕を背へと回し胸元へと顔を押し付けたまま呟く小さな悠里の声に泰隆は言葉の変わりにもう一度きつく悠里を抱きしめた。
名残惜しさを残しながらも泰隆の部屋から出た悠里はふわふわと気分が浮ついている自分を自覚しながらも自室への道を歩く。まるで地に足が着いていない様な軽い気分、それは決して床が柔らかいカーペットのせいだけじゃないと分かっていた。夢見心地な最近は少し前の自分が呆れる程浮かれている、「恋」が辛くて悲しいものだと教えてくれた人と今度は楽しくて嬉しい気分ばかりが降り積もる「恋」をしている自分の油断するとへらへらと緩みそうになる唇を引き締め直した悠里はいきなり襲った衝撃に耐えきれず床に尻餅をついた。
「ああ、ごめん!・・・・・大丈夫?」
降ってくる声と同時に伸ばされた手をまじまじと見つめた悠里はやっと顔を上げる。
「俺、一人で立てますから・・・・・・大丈夫、です・・・・・」
言いながら見上げた顔を見る悠里の瞳は驚きで大きく見開かれる。「綺麗」そんな言葉が似合う人は結構周りに存在しないようでするのだと実感してしまうほど、目の前の人はまさにそんな言葉が似合う人で、思わず悠里は顔を上げたままぽかん、と口を開きぼんやりと目の前の人を見つめる。
「・・・・・あの、大丈夫・・・・・かな?」
首を傾げ問いかけるその仕草、ふわり、と揺れる髪も心配そうに眉を顰めるその姿さえも、絵になる人で悠里は呆けた自分に慌てて気づくと急いで立ち上がる。
「こちらこそ、すいませんでした! あの、失礼します!!」
「あの・・・・・・君!!」
慌てて頭を下げるとそのまま逃げる様に走る背に慌てた声がするけれど、悠里はそのまま止まる事なく走った。さすがにいきなりの全力疾走は体力的にきつくて、ある程度の所で足を止めた悠里は思わず大きく息を吐き出した。多分、もう会う事は無いだろうけれど、部屋で待つ夏への良い土産話が出来た事に浮かれながら今度はゆっくり、と歩き出した。
*****
興奮した様子で部屋に帰ってきた悠里の常に無い騒がしい声にガイドブックをベッドに横になり見ていた夏は起き上がるとドアの前に立つ友人を見つめる。
「美形な男?」
何の抑揚も無い声で淡々と呟く夏の前まで近づいて来た悠里は興奮で赤くした顔で口を開く。
「だから、美形じゃなくて「綺麗」が似合う人だって!」
それ、同じじゃね?と首を傾げる夏の前、悠里は必死に頭を振る。「綺麗」なんて言葉が似合う人はあまりお目にはかかれない。悠里の持論ではそうだ。美形なんて言い方を変えれば、とりあえずそこそこましに整っているだけれど、「綺麗」はイコール完璧なのだと力説する悠里に夏はますます首を傾げる。
「伊藤も見れば分かるよ。 俺は、「綺麗」が似合う人に会うのは初めてだよ!!」
思い返しても、やっぱり「綺麗」なあの人を頭の隅っこに思い出しながら告げる悠里に夏はただ苦笑を零す。
「んで、「綺麗」なその人とお前の恋人はどっちが上?」
「上って・・・・・一番は一人だけだよ。 目の保養になるかもな人と俺の恋人を比較するなんて有り得ないよ。」
むぅ、と頬を膨らませ告げる悠里に夏は一瞬目を細めるとすぐに笑いだした。そんな夏の様子に悠里は眉を顰めるとただ首を傾げた。 そのまま話は明日からの行きたい場所の話へと変わる。
「やっぱり、ここには行くべきかな?」
「時計台? 何も無いって言ってたけど?」
「でも、テレカになるぐらいだよ、一度は生で見とくべきじゃないか?」
「・・・・・まぁ、良いけど・・・・・ならここ、テレビ塔も見とく?」
「だね。」
ガイドブックを開き、ここが良い、あれが良いと語りだした二人はすぐに些細な話の事は忘れてしまい、これから始まる短い旅行への関心へと心は動いていった。
二日目は朝からホテルで簡単な朝食を取ると、皆好き勝手に行きたい場所へと向かいだした。悠里も昨日夏と話した場所を朝食を取りながら、哲也と馨に話、承諾を貰い行きたい場所へと歩き出した。
「何か、外観が格好良いよな?」
携帯で映しながらぼんやり、と呟く哲也の隣りで馨も携帯を取り出している。ビルに囲まれた場所に佇んでいる建物、それが時計台だった。古い建物の作りだけれど、もちろん改装しているだろうし、中の様子もそれなりにだった。車の音や様々な雑音にかき消されてはいるけれど、昔は遠くどこまでも澄んだ鐘の音が響いていたのだろう。悠里は新しい街並みに100年経ってもやっぱり馴染んでいる時計台を見上げ微かに笑みを浮かべる。
「腹減ったー! 何か、食べようぜ」
携帯をしまいこみ呟く哲也の声に三人は無言で頷くと歩き出す。
「どうする? やっぱり、ラーメン屋とか探すか?」
「普通でいいよ、ラーメンも捨て難いけど、とりあえずまだ昼には早いし、間食程度で何か食べれる所探そう。」
「だね〜。ついでに大通公園も見て行く? ほら、すぐ近くだし・・・・・」
「テレビ塔にも近いし、良いんじゃないか?」
ガイドブックを眺めながら呟く馨の声に夏が返し、彼らは大通公園へと歩き出した。 広いけれど、公園というからには悠里の固定概念の中にあるのは滑り台とブランコだけど、それらは見当たらず、ただベンチがぽつぽつと置かれていた。
「・・・・・公園?」
「まぁ、広場だよな、要するに。」
ぼんやり呟く悠里の声に答える夏も回りを見渡し寒々しい光景に苦笑しか浮かべない。
「地下に行けば何か無いかな? ほら、ファーストフード店、とか?」
「まぁ、ありそうだけど・・・・・ここまで来てファーストフードって、俺らって・・・・・」
「良いじゃんか! 全国共通のマクドとかありそうじゃねーか?」
四人は好き勝手言いながら、地下への入り口へと歩きだす。
*****
「もうすこし、時期が遅ければクリスマスフェスティバルとかあったみたいだぜ。」
地下街を歩きながら、貼ってあるポスターへと目を向ける哲也に悠里も同じく顔を向ける。ドイツのミュンヘンがやってくる、と書かれたポスターの下にはカラフルなイラストもついているが、残念ながら来月半ばからの開催だと告知されている。
「クリスマスとかだと、上も賑やかだったのかな?」
「かもな。ほら、イルミネーションとか何処でも流行ってないか、そういうの。」
「まぁ、そうだね。」
適当におなじみのファーストフード店を見つけると、奥へと進み席へと荷物を置いた彼らは財布を片手に適当な軽食を頼むとまたトレーを持ち席へと戻ってくる。
「どうする? 大通公園に戻っても何も無さそうだし、もいわ山ロープウェイとか今から行く?」
「遠いって、あっ、滑り台ならあるらしいよ、ほら、ここ!」
悠里の目の前で大通公園のページを開いた馨が指差したのは黒い彫刻だった。南と北を分ける大通公園の真ん中の道路に作られたその滑り台は有名な彫刻家の作らしい。
「何か、変な形・・・・・」
「・・・・・彫刻家が作ったのだからな。写真にでも撮っておく?」
「だね。」
また、上に行くのか?と眉を顰めながら目の前のバーガーに齧り付いた哲也に習って三人も頼んだ物へと手を伸ばした。
「まぁ、適当に散策しょうや、何かあるかもだし・・・・・」
「そうだな。」
頷き食べるのに専念しだした四人の横のテーブルに地元の人だろう若者がトレー片手に座りだした。私服だけれど、誰もが鞄を持っているから大学生もしくは高校生だろう男二人に女二人という組み合わせ。隣りへとちらり、と目を向けると興味が無いのか、また目の前の食べ物に専念しだした哲也の横悠里は地元の若者の服装へと目を向ける。寒いのに結構薄着、地元の人間だからこそなのか、素足にミニスカートの彼女達の姿に悠里は自分が寒くなりそうでぶるり、と少しだけ身震いする。
口を開くよりもまず食べる事なのか、彼らは話しをするより先に目の前のものへと手を伸ばす。
「そういえば、後期の試験ってどこだっけ?」
「ああ、試験範囲貼りだされてたのに見なかったの?」
「そんな余裕なくてさ、見た〜?」
「俺らが見るわけないだろ。・・・・・そういえば、ミチは?」
「あの子は安曇のとこ。」
「すげーっ、まだ続いてるんだ、あそこ。」
「まぁ、続いてるというか、ミチがベタ惚れじゃん、あの顔だけ男の何処が良いのかは分かんないけどね。」
聞き覚えのある名前に悠里は顔を上げる。駅で昨日見かけた彼女達、その片割れに似ていなくもないけれど、悠里には確信はない。だけど昨日聞いた名前の人物と同じ話をしている気がして悠里はとくり、と鼓動が跳ねるのを感じていた。 偶然なんて言葉は一度だけ、縁があると思うのは悠里の気のせいじゃない気がした。
「滝沢、食わないのか?」
横から哲也に問いかけられ、悠里は我に返ると慌てて目の前のモノを片付けはじめる。
「滝沢、平気?」
「ごめん、ちょっとぼんやりしてました。」
へへっ、と笑いながら、ジュースへと手を伸ばす悠里に夏と馨は苦笑を哲也は呆れた顔で返してきた。そんな三人の前、悠里は一人だけかなりの量が残っていたものを少しづつ片付けていった。 それでも離れない、縁のある名前が頭の中でぐるぐると回っていた。
苦し紛れの続きをUP。ただの修学旅行はつまらないので、一味加える事にしたのですが、とりあえず続きをお待ち下さいませ。
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